

歌子Bookland
@bekobook73
2026年からの読書記録です。
- 1900年1月1日
映画で知る韓国韓光勲読み終わったあらかた見た作品だったので、わかりやすく読むことができた。(もちろん、未鑑賞であっても面白いはず) まだ見ていない、『成功したオタク』をとりあえずみようと思う。 『国際市場…』での、ベトナム戦争の描写については、あれが当時の限界だった説には考えさせられるものがあった。いま、ネットで炎上している親日派についての歴史で背景も説明されていて良い。 - 1900年1月1日
東京の市場さんぽ柴山ミカ読み終わったネットで買うことがあまりにスタンダードになりすぎている最近の自分。こういう市場での買い物の楽しさって、旅と連立しているところがあって楽しかったなぁ…という思いが湧いて来て、読んでいて楽しかった。秋になったら、出かけてみたい。 - 1900年1月1日
女ふたり、暮らしています。キム・ハナ,ファン・ソヌ,清水知佐子読み終わった1人でいるのが快適からの、誰かがいる事の安心感へのプロセスが新鮮だった2人のエッセイ。 女2人だと舐められる悔しさとか、色々思い当たる箇所があって染み入りました。あと、2人の部屋のインテリアがめちゃくちゃオシャレで素敵です。 - 1900年1月1日
死体は語りだすフィリップ・ボクソ,神田順子読み終わった冒頭信仰について滔々と語り出したので、あれ?そっち系だったか?と読むのを断念しそうになったけど、どうやらそうでもなく、経験したケースをテーマだてとかもなく書かれ出したので、興味深く読むことができた。 - 1900年1月1日
地上の楽園月村了衛読み終わったとんでもない話で、恐ろしいながらも一気読みしてしまった。前編は、帰還事業にいたる諸々のエピソード、後半は北朝鮮で起こった出来事を、合わせ鏡のように構成されている。誰もが信じられなくなるが、本の中の人々は、誰がを信じるという、わずかな希望にすがってもいる。それがとにかく切ない。 小泉純一郎の拉致被害者を北朝鮮から戻したニュースの裏で、その父親が帰還事業に手を貸したことなどを考えると、複雑な気持ちになった。 - 1900年1月1日
天井から降る哀しい音耕治人読み終わった老いた夫婦の日常を描いた随筆。 様々な事を忘れていき、できることが少なくなっていく妻。経済的な困窮と、妻の変化に怯え苦しむ夫(筆者)の、どうしようもなさと社会的な死を当事者として書かれた貴重な作品だった。狂おしい。 - 1900年1月1日
旧ソビエト連邦を歩く星野藍読み終わった旧ソビエト…なんかもう、SFのセットみたいなことになってるけど、今だって存在するはずなのに、この本の中の写真は時が止まっているように見える。ウクライナは、もはや戦争により様相が変わってしまっただろうから、この本もアーカイブになりつつあるのか…と思うと、儚さが胸を妙に打つのでした。 - 1900年1月1日
血肉となる読書安田登,小川公代,斎藤幸平,秋満吉彦読み終わった能楽師の方などが、おすすめ本を紹介したブックガイド。アプローチ視点が、少し変わっているので紹介される本が変わっていて面白かった。ネガティブ・ケイパビリティと読書論について書かれた、小川公代さんの章が特によかった。 - 1900年1月1日
あの人と、あのとき、食べた。椹野道流読み終わった食べる事を時系列の楔にしているのがわかるエッセイだった。食べることは生きることなんだと改めて思う。認知症になってしまった母親のおにぎり、昭和パワハラ編集者との資生堂パーラー、あの時食べたものと情景が一体化して記憶される。なんて切ない機能なんでしょうか。 あと、エッセイにあった美々卯のすき焼きを食べてみたいです。大事な人に囲まれて! AIには、まだ代替えできない機能かもしれないなぁ…とふと考えてしまった。 - 1900年1月1日
- 1900年1月1日
自転車泥棒呉明益読み終わった読書会の課題本のため読み直す。 2回目に読むと、この作品が「歩道橋…」の余韻を感じさせる作品であることを改めて感じられ、あっちも読み直すか…という気持ちになりました。 自転車を通して、人生や時や記憶を見せてくれる?と思いきや、ゾウの存在もまた重要だったりで、よくまあこんな複雑なプロットがあるものだと感心しました。 - 1900年1月1日
ふたつの家の少女メーガンエリカ・ジョング読み終わった両親の離婚(別居?)により、世帯が二つに分かれて生活することを迫られたメーガンの物語。 両親それぞれに恋人がいるのが既にシビアな現実だなぁと思いました。メーガンの願いと、そうはならないであろう現実をうっすら笑買っている感じは、岩舘まりこの漫画みたい!!と思ってしまうのでした。 - 1900年1月1日
ぼくたちはどう老いるか高橋源一郎読み終わったこんなに死や老いを考えさせられる本はなかった。 自分の母が社会的な死を受け始めていると感じたからだろうか。病院、携帯会社、銀行、保険会社、ありとあらゆる場所で、家の中心であった彼女が、いつしか保護者が必要な存在となる。 担当職員は、母ではなく私に向かって話すのを感じて、小さく傷つくことはあるはずだが、もはや受け流して気にしないようにしている。(でも、内心は憤慨している) これまで様々な人が書かれた老いについての書籍は、自分自身当事者として読めなかったし、書いている人も『ザ・老人』というイメージの方が多かったから、他人ごとだったが、この本はどうしてか当事者として読める。 それは、わたしが自分の身内の死を体験し、自分自身の老いや死を意識し始めているからだと思う。 母の老いも日々目の当たりにしているせいか、絶妙なところで響くのだ。 また、耕治人氏の三部作についての章が、ものすごく心に残った。怖くもあるけど読んでみたい。 - 1900年1月1日
日韓SF交換日記 あなたの言葉を聞くための対話ミン・ジヒョン,日本SF作家クラブ,韓国SF作家連帯読み終わった韓国文学は好きだけど、実はSFのジャンルは読みきれていないので、ピンときていないものもあったのだけど、フェミニズムとの関わりとか、SFだから描けたこと諸々の話を知ると、読まないと!という気持ちになった。 日本の作家や翻訳家との往復書簡で、表現方法の違いがすでに出ていて、こういうのも面白く感じて読んだ。手の内を最初に開示していく距離の詰めかたも、韓国の方だなぁ…と。で、日本の方は、割と自分の作品論や、遠巻きなとこから入って、ジワジワ中心に向かっていくという違いも興味深いです。 - 1900年1月1日
コレットとわがまま王女ルイス・スロボドキン,小宮由読み終わった一般的な王女イメージを覆す、わがままな迷惑おばさん王女が、小さな村の幸せな日常を乱していくさまと、或る事件で再び日常が戻るまでを描いた低学年向け読み物。スロボトキンは、ファンシーな空気感を出しつつ、案外毒を含ませるから油断ならない書き手である。 - 1900年1月1日
あおいくもトミー・ウンゲラー読み終わったウンゲラーの作品の中でもマイナーな作品のような気もするが、意味深な部分もあって、読んでいて面白かった。 全部青にしちゃえば、争いごとはなくなるのかというと、そういうわけでもない現実もあるわけで、ウンゲラー割と雑か!?と思ったりしつつ、これはちょっと大人を意識して描いてるところがあるかな?と思った。 平和関連図書館としては、捻ってるよなー - 1900年1月1日
くらやみ小学校姫野カオルコ読み終わった子供の世界は無邪気で美しいという、単純な括りは一切なくて、忘れていた記憶のはてにあった嫌なネバネバした体験と思いが発酵した物語を紡いでいる。そうだ、これこそがこの作家の面白いところなんだった!と思い出させてくれた。 あーでも、誤字とかがそのまま校正されずに印字されていて、ん?どうした小学館となりました。 書き下ろしは危険。 - 1900年1月1日
- 1900年1月1日
感情労働の未来恩蔵絢子読み終わった思っていたアプローチとは違っていたけれど、この本を読むうちに、これはこれで面白いなぁと思ってしまった。 (とはいえ『感情が商品になるとき』の章で、私が期待していたものはきちんと書かれていた。ちょっと労働や社会科学方面での期待値が高かったかも) 日本人は他者を助けないという項目では、なるほど特に職場において顕著かも…と、思うところがあった。 - 1900年1月1日
どうすればよかったか?藤野知明読み終わったドキュメンタリー映画に、収めきれなかった家族のエピソードが追加されているノンフィクション。映画を見ていなくても、十分読み物として完成されている。著者が自ら書いている通り、文体がギクシャクしてはいるけれど、そのせいか妙なリアリティがあって、緊張感がある。
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