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だってことにして前進。 ここは本と過ごした日々、読書日記をつづる場。
  • 2026年7月6日
    二月のつぎに七月が
    7月某日 いまだに冷房をつけずに過ごせており、今年は涼しい夏のスタートを切っているなあと思いながら起きる。朝ごはんは頂きものの桃。歳を重ねるほどに、果物を貰えるありがたさが心と身体に沁みる。 7月に入ってからは『二月のつぎに七月が』をちみちみと読み進めている。不思議な本。舞台である「食堂」での日常が描かれており、堀江さんの書き方がうまいのか、わたしもその食堂にいて様子を見させてもらっているような感覚になる。そのせいか、本を読んでいない間も心はどこか食堂のなかに置いてきたままのような感覚で、夜、本をまた開くとどこか「ただいま、じゃあ続きをはじめようか」みたいな気持ちになる。 P.22 「それからね、あなたの話し方があくまで仕事の道具であって、ふだんとはちがうのだとしても、使っているうちに自分の顔になって、脱ぎ棄てることができなくなりますよ。」 ところでわたしは家のなかに不意に出来る影が好きで、昔からついつい写真を撮ってしまう。この写真は季節の変わり目に少しやられてしまいキッチンで療養中の植物の影。
    二月のつぎに七月が
  • 2026年6月29日
    スピン/spin 第16号
    スピン/spin 第16号
    6月某日 用事で連日、初めましてのひととお久しぶりのひとと、とにかくひとに会いすぎてへとへと。この1週間で1..2..3..4..5..6...それ以上のひとに会った。もう少し加減というものを学ばねば。 朝、早起き。昔から夜行性で、大人になってずいぶん経つのに未だに早く起きるのが苦手なままだけれど、早く起きたほうが夜の自分が助かる、ので今日も頑張って早起き。朝食はくるみ食パンとコーヒーと貰いもののスイカ。夕食は茄子と豚トロとしめじを炒めたもの、もずく、あさりの味噌汁、きゅうりの和え物。夏野菜は水分がたっぷりで、食べていて身体が満たされる気分になる。夜、届いた本を読む。高瀬隼子さんの投稿で知った『純文学って何だよ』と『スピン 最終号』を。今回のスピンには10年以上推してるひとが文章を載せていて、最初に読んで、息を呑む、この少しの文章でこんなにもぐらんぐらんさせられるなんて、目の奥が熱くなる、これ以上もこれ以下もない文章だった。
    スピン/spin 第16号
  • 2026年6月17日
    じゃむパンの日
    6月某日 引き続き『じゃむパンの日』を読む日々。お昼休みに近所の公園へ散歩に出かける。コンビニでコーヒーを買い、少しだけ丘高いところにあるベンチへ腰掛けた。犬を散歩させているおじいさんとおばあさん、これまた犬を散歩させているお姉さん、自分自身が散歩中のおじいさん、4人とわたしが丘高いところにおり、みな同じ方向を見ていた。6月にしては湿気の少ないカラッとした風が吹いていて、なんだか、みんな、気持ちがよさそうだった。お姉さんだけがなぜか犬とふたり微動だにせずなにかを待っている様子で、なにをしているのかなあと見ていたら、おじいさんおばあさんおじいさん3人が帰ったあと、犬のリードを外してやり、少しのあいだだけ木の棒を投げて遊び始めた。はは〜、危ないから人が少なくなるのを待っていたのだなと気がつく。 夜は、そろそろ痛みそうなニラを使って、ニラ豚玉を作ろうと思い、冷蔵庫を開けるとこれまたそろそろ危なそうなキャベツとたまねぎがあったからそれをフライパンに入れる。食卓に出したあと、ニラも卵も入れ忘れた(つまり豚肉とキャベツと玉ねぎの野菜炒め)ことに気がつく。う〜〜〜〜ん…と一瞬悩んだけれど、もうニラを使ったメニューを考えるのも面倒だし…と、野菜炒め化していたそれをフライパンに戻してニラと卵を追加し炒めなおした。毎日こういう小さい間抜けをやらかしており、まあでもこういうのが結果的に自分を生きやすくしているのだよなと楽観視しながら、静かな夜に『じゃむパンの日』の続きを読む。面白すぎるが家族を起こさないよう、くっくっくっと笑いを堪えながら読み進める。
    じゃむパンの日
  • 2026年6月16日
    じゃむパンの日
    6月某日 ここ数日、買うか買わないか、買うなら何色にするか悩み続けたユニクロのボトムスについて自分のなかで結論が出たため、買いに行く。1,000円まで値下げされているのだから、そこまで時間をかけて真剣に熟考しなくてもいいのにと自分でも思うけれど、服は失敗したときに(断捨離などで)捨てる際の罪悪感がしんどいから気軽に買いたくない。1,000円まで値下げされている割には全カラー全サイズがいつまでも店頭にあった、なぜこんなに人気がないのか分からないくらいかわいいのに。 以前泊まったホテルのアメニティが日東紅茶で、久しぶりに飲むと記憶よりも美味しく感じたので購入。100パック450円。え?紅茶って1杯4.5円で飲んでいいんでしたっけ?という気持ちになった。毎日飲んでも9月末まで飲める計算。1,000円のボトムスと450円の紅茶を抱えて帰る。1,450円にしては幸福度が高い買い物だった。 昨晩、小山田浩子さんの『作文』を読み終えた。併読でオースターの『幻影の書』を読んでいるけれど今夜はそういう気分じゃないので、赤染晶子さんの『じゃむパンの日』を開く。岸本佐知子さんとの交換日記の部分から読み始めた。1ページ目から「ドッチボールは法律で禁止にしたほうがいい」という岸本節にくすくす笑いながら読み進める。
    じゃむパンの日
  • 2026年6月15日
    作文
    作文
    6月某日 夜。カーテンの隙間からもれて反射した光が天井で揺らめいて、それを1時間くらい仰向けになって見つめていた。出来事と呼べるような特別な何かがあったわけではないけれど、たしかにそれは尊い時間で、たぶんこのことは死ぬまで忘れないんだろうなと、ふと思った。 最近は牛すじこん煮に熱中しており、どこの牛すじを使えば柔らかく美味しいか、どこのこんにゃくが一番味が染みるか、もはや研究や実験の域に達しており、今夜も作った。それとご飯をかき込んで食べたので口のなかをやけどしてしまう。珍しく22時までに1日のすべてが終わり、小山田浩子さんの『作文』を読む。小山田さんの文章、成り立ち、本当に好き。なぜこんなに滑らかに、つるつると入ってくるような文章が書けるんだろう。もうすぐ読み終わる。
    作文
  • 2026年6月10日
    あたらしいともだち かわじろう短編集
    6月某日 朝、遠くに住む親戚へ手紙を書く。3年前に電話で話したきり、とんとご無沙汰になってしまった。いつでも会える、いつでも話せる、と思う相手こそ大切にしたいのに、気を抜くとこの調子だからだめだなあと反省しながら筆を走らせた。用事で銀行へ行くも、手続きには印鑑がいると言われ、よく考えれば当たり前のことなのに忘れた自分が間抜けすぎていやになる。帰りにポストへ手紙を投函するも、このまま帰るのはつまらないなと思い、本屋へ寄る。むりやり理由をつけているだけで、銀行で失敗しなくてもわたしは本屋へ寄っていただろう。小説は積読がたくさんあるので漫画コーナーへ。いま観ている『ひらやすみ』がとてもとても良いので、作者の真造圭伍さんが推薦の帯を書かれていた『あたらしいともだち』を買う。胸の奥が泣いたときのようにしっとりする。わたしはこういう「光」を描いてくれる作者が本当に好きだ。社会人になってから見えなくなった「光」が多すぎると思う。夕日が差し込んで眩しくなるような時間帯の電車にはもう乗らないし、太陽が真上から刺すような頃に芝生でコーヒーを飲む平日もない。昇り始めた朝日を遠くに見る静かな始発の車内、そのあと家まで自転車で帰る途中にすずめが飛び立ち光のなかへ消えていく姿、カーテンをしても溢れる朝日のなか眠る午前。もう見ることのなくなった光が懐かしい。その懐かしさを見せてくれる漫画だった。 あとがきより 「最初のマンガを仕上げているとき、線画にトーンを重ねると、自分のへろへろな絵にぱっと光が差したように見えました。この錯覚の光で、いまの自分をどこかから照らしていて、でもそれが何だったか、いつか忘れてしまうような明るさのことを描けると思いました。」
    あたらしいともだち かわじろう短編集
  • 2026年6月5日
    帰れない探偵
    帰れない探偵
    6月某日 2週間かけて風邪が治ったので、やっとこさ出掛けることに成功。近所に期間限定でパン屋さん(とてつもなくロゴがかわいい)が来ていた。以前ここで食パンを半斤買い、カビが生える前に食べ切れるか心配していたが、あまりの美味しさに、わたしも家族もぺろりと平らげたので今回も迷わず購入。行列に並ぶあいだ、たくさんのひとの優しさに触れた。他にも、夏しか店へ卸さない冷麺や、最近お気に入りの豆腐、煎餅などを買って帰る。 帰宅後、少し時間が出来たので『帰れない探偵』を一気読み。久しぶりに読了後、あたまが、意識が、目線がぼぅっとなる本を読んだ。主人公やその他の登場人物、場所など、あらゆるものが匿名性であるにも関わらず、それらすべての輪郭ははっきりしていて、不思議な読み心地だった。私を私たらしめるものはなんなのか、考えながら読み終えた。 こういう本は、次読むものに悩む。流浪する、浮遊感のある物語を読みたい気分で、とりあえずオースターを手に取った。別の本にするかもしれないけど、まあとりあえず読み始めてみる。朝昼は兼用で食パン、夜は牛タン、という忙しいんだかなんだか不思議な食事を取った1日。
    帰れない探偵
  • 2026年6月3日
    帰れない探偵
    帰れない探偵
    6月某日 風邪。かれこれ1週間以上症状が改善されず、咳、微熱からくる身体のダルさ、寝不足などなどで、とうぶん家から出ていない。近所のスーパーでポイントカードを出すと「今日から6月なので、この5月のスタンプラリーは終わっちゃったんですよ〜」と言われ、自分だけが知らないうちにいつの間にか6月になっていたことに驚き、きょとんとしてしまった。どんなに忙しくても、どんなに眠れなくても、どんなに疲れていても、1日のどこかで、5分、いや1ページ、いや1行だけでいいから、本が読みたい。本へ帰り、また現実世界へ戻って生活を続けるような感覚。今年は本が読めない、それは仕方がない、覚悟していたことだし、忙しい割には読めている方だと思うし、でも本音を言うともっと読みたい。わがままを言うなら晴耕雨読みたいな生活をしたい。『帰れない探偵』は残り100ページ。果たして帰れるのか。夜はタコライスを作り、家族に「これは店を出せるよ」というセリフを促して言わせた。
    帰れない探偵
  • 2026年5月21日
    帰れない探偵
    帰れない探偵
    5月某日 明け方5時に目が覚める。少しだけ家のことを済ませて二度寝。 朝、クロワッサンとコーヒー。 2時間もしないうちにお腹がぺこぺこに減ってしまう。 昼、牛すじとこんにゃくの煮物、豆ごはん、パイナップル。 なんだか最近惰性的に同じ毎日を過ごしている気がして、焦って今年中にやりたいことリストをピックアップする。久しぶりに運転がしたいなあというのと、ずっとおざなりにしていた洋服と化粧について見直したい気持ちがむくむくと湧き上がってくる。そのままの勢いで、潤いがたっぷりとうたっていた下地と、ETVOSのファンデーションを、ネットで購入。 『帰れない探偵』はこのままどうなるのだろうとそわそわする不穏さが漂っている。ずっと読んでいたい気分にさせる物語。これを読み終えたらオースターのニューヨーク三部作を再読したくなりそう。 夜、すじこんと豆ごはんの残り、しそ餃子、冷やしトマト、ポテチ5枚(偉い)
    帰れない探偵
  • 2026年5月19日
    BUTTER
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    5月某日 これから当分、雨模様が続くということで、もう少ししたら必要になりそうな薄手のお布団を引っ張り出し洗濯をする。本当に雨が降るんだろうかと疑いたくなるくらい、雲ひとつない空の下で乾したお布団が気持ちよさそう。雨の日に来客があるので、その日に楽しくおうち時間を過ごせるよう、洋菓子を買いに出かける。 2週間近くかけて、ゆっくりゆっくり読み進めた『BUTTER』を読了した日の夜、スーパーでマーガリンのコーナーを通る。バターと比較して悪者扱いされやすいマーガリンがわたしは大好きだなと思った。 次になにを読もうか考える。わたしも、『kotoba』で荒俣宏さんが紹介していた「尻取りゲーム型読書法」で本を選ぶから、『BUTTER』から連想される本にしたい。梶井を見ていて、なんとなく森茉莉の文章を読みたくなった。あとは『BUTTER』優先のため横へ避けていた『日の名残り』も再開しよう。雨が続けば言い訳をしなくても正々堂々と家ごもり出来るから、たっぷり時間をかけて、乱暴な併読をしたい。
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  • 2026年5月18日
    BUTTER
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    5月某日 人生における「始まり」はゆっくりやってきて、「終わり」は突然やってくる、というようなことを最近ひしひしと感じている。Xで「数年ぶりにレゴの箱をあけたら、作りかけがあった。最後に娘たちと遊んだ日のことを思い出した」という投稿を見かけて、改めて、やはり「終わり」のその瞬間は足音を立てずにやってくるよなあと思う。 午前中。外。散歩へ出かける。草木が芽吹いた、暑い時期特有の力強い命の香りを感じる。ぬるい風。突然、小学生の夏休みに書いていた一行日記を思い出した。 『バター』はもう少しで読み終わる。読みながら食べたクロワッサンの原材料を見ると「マーガリン」と書いてある。バターが食べたい。
    BUTTER
  • 2026年5月6日
    BUTTER
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    5月某日 近所に新しくできたスーパーへ行く。ふだんあまり見ることのない野菜や、産地のものがあり、じっくり見て回る。店員さんのおすすめも聞きながら吟味して、結局、しろ菜と春大根、みかんどりを買った。 帰宅後、『きのう何食べた?』の映画版を流しながら料理をする。しろ菜は、中途半端に残っていた豚肉とオイスターソースで炒めた。春大根は千切りにして、ポン酢とマヨネーズとツナでサラダにする。みかんどりでは塩焼きそばを作った。料理をするときは、料理関連のドラマや映画を観るのが好き。孤独のグルメを流して、お酒を飲みながらする料理もたまらなく好き。 今朝から『BUTTER』を読み始める。河出書房で再出版するニュースが流れる前に購入してしまったから、手元にあるのは新潮社。こんなに話題書なのに、たまたま情報に触れる機会がなく、まったくあらすじを知らないまま読み始めることが出来た。最近もやもやすることが多く、本当に久しぶりに、たぶん10年以上ぶりに、家族のまえで泣いてしまう。子どもの頃は、泣けばもっとすっきりしていた気がする。大人になったいまは、どうだ。
    BUTTER
  • 2026年5月2日
    kotoba (コトバ) 2026年 4月号
    5月某日 家族に、友人に、住んでいる地域の住人たちに、「明日からゴールデンウィークだぞ」という空気が漂っていて、こちらもわくわくする。 明日はおもてなしをする日で、メインは牛タンのお弁当だからそれだけで満腹になるだろうし、特に他は用意しなくてもいいのだけれど、なんだかそわそわしてしまって3品作った。かぼちゃの煮物、タコとブロッコリーのジェノベーゼサラダ、ピリ辛きゅうり。かぼちゃは母が教えてくれた順番に味付けをしたらとても美味しくできて、ただ味付けの順番を変えただけで量はいつも通りなのに、なんでこんなに美味しくなるんだろうと感動。というより実家の味になったので、夜中のキッチンで少し涙ぐんでしまう。最近本当に涙腺がよわよわ。 煮物の待ち時間に、引き続き『kotoba』を読む。あるインタビューではああ言ってたのに、隣のインタビューではそれを否定するような意見が出たり、他のインタビューでは肯定するようなコメントがあったりと、人それぞれの意見が連なっていて面白い。久しぶりに当たりすぎる雑誌が買えて嬉しい。のこり半分。
    kotoba (コトバ) 2026年 4月号
  • 2026年4月27日
    kotoba (コトバ) 2026年 4月号
    4月某日 YouTubeで「すきなものを100こ挙げる」という企画動画を見ていて、多くのひとが「家族」や「愛犬」などを書くなか、ひとりのひとが「朝4時のおふとんのなか」とか「夕方から観る映画」などを挙げていて、いいなあと思う。ひとをいいなと思う瞬間は突然くる、というようなことを思い出した。 最近は眠る前に1特集ずつだけkotobaを読んでいる。心の底から本を愛しているひとたちの言葉が響く。このペースだと読み終わるのに時間がかかりそうだけれど、雑誌や本は買ってしまえばこっちのものなのでのんびり読もう。 『書棚って「自分はこれだけ本を読んだ」と誇示するものじゃなくて、「自分はこんなにものを知らない」という、おのれの無知を可視化する装置だと思うんです。』
    kotoba (コトバ) 2026年 4月号
  • 2026年4月22日
    日の名残り
    日の名残り
    4月某日 スーパーで割引シールの貼られたタコを見て、これに冷蔵庫のきゅうりと乾燥わかめを戻したやつとを和えて、酢の物にしようと思う。お酢を使った料理を食べたくなったことに、夏が近づいているなあと実感する。他にも特売だった茄子を購入し、厚揚げと一緒に煮浸しにする。料理はあたまを空っぽに出来るから好き。特に和食はこんこんと作れるから良い。 今日からカズオイシグロの『日の名残り』を読む。まずはプロローグを。過去にした旅の思い出を回想形式で語ってゆく物語のようだ。オースターを読むときの感覚に近く、のっけからわくわくが止まらない。むしむしと暑い今日のような日こそ、酢の物とビールで読書をしたいところだけれど、ビールを切らしているので、なんてことはないコーヒーを飲みながら読み進めた。
    日の名残り
  • 2026年4月17日
    わたしを離さないで
    わたしを離さないで
    4月某日 夜中3時に目が覚める。トイレへ行ったついでに、昨晩サボった洗い物を終わらせたら目が冴えてしまったから、『わたしを離さないで』の続きを読む。これまで、カズオイシグロはミステリーやSF作家だと思って、なんとなく読まずに来たけれど、これは完全に純文学ではないか。夜明けの空は、まずカラスが鳴き始めて、次に小鳥たちが鳴く。木々の葉が風で擦れる、軽い音たちを聞きながら何章か読んだ。残り1章は翌日の移動時間に読もうと思い、わざと読まずに寝る。 翌日の電車移動中に読み終える。最後の最後まで、ものすごく、良い。最後2ページを読む間、ぎゅうぎゅうに人が乗った車中の雑音が、一瞬聞こえなくなった。その2ページを3度繰り返し読み、胸の奥にぎゅっとしまう。良い物語を読んだときにしか震えない心の奥が揺らぐのを確かに感じた。
    わたしを離さないで
  • 2026年4月14日
    わたしを離さないで
    わたしを離さないで
    4月某日 急きょ予約が取れたので、朝から小走りで病院へ行く。道中、何匹かクマン蜂がいて、恐々と逃げながら進んだ。ひんやりとした空気のなかにぬるい風、もうこんなに近くへ春が来ていたのかと驚く。病院では優しいひとたちの優しさに直接触れた。もう少しだけがんばってみようという気になった。優しさは、身体の奥底で、持続する。 少しずつ本が読めるように、戻ってきた。積読していた『わたしを離さないで』を読む。とてつもなく良い。とんでもないものをわたしは読んでいる、と思いながら読む。久しぶりに「読書っていいよなあ」という根本的なことを思い出させてくれる本かもしれない。カズオイシグロは長編が8作品しかないということで、ちみちみ読み進めている。読み終わりたくない、もったいない、ずっと読んでいたい、ただし時間は残酷にも有限。
    わたしを離さないで
  • 2026年2月22日
    すべての、白いものたちの
    すべての、白いものたちの
    2月某日 身体が2つ要る。腕が3本欲しい。いまとってもそんな状況。少しでも、自分だけの静かな時間が出来たら、さっそく本が読みたくなる。読書欲があるというのは、なんだかんだ健康な証拠だ。昨晩『グレタ・ニンプ』を読み終えた。つぎは静かな本が読みたいと思う。本棚からハンガン氏の『すべての、白いものたちの』を手に取った。
    すべての、白いものたちの
  • 2026年2月20日
    暁のヨナ 47
    暁のヨナ 47
    2月某日 眠れない日々が続いている。日と日の境い目がなくなって、長い長い一日を過ごしているような気分。そんななかでも2/20は楽しみに待っていて、日付が変わった瞬間に読んだ。あと1巻で終わりかあ。寂しいなあ。
  • 2026年1月20日
    書いてばかりいた (yoyo)
    1月某日 『チ。』を見終えてしまい、最後のよく分からなかったところの解説を求めてYouTubeを探していたら、魚豊さんが「パブサさせたくないからタイトルは『チ』一文字にする。最近はまず観たあとに、自分の頭で感想を考えず、作品名で他の人の感想を検索して、あ〜そうだよね俺もそう思ってたんだよね、というふうに、他の人の感想を自分の感想として取り入れていく。それをさせたくない」とおっしゃっていて、静かにSNSを閉じた。 頭のなかがやかましいときは日記本に限るので、yoyoさんの『書いてばかりいた』を読む。冬特有の、薄い夕方の光のなかで読み終える。何がよかったのか、咀嚼しながら見つめたい。
    書いてばかりいた (yoyo)
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