Reads
Reads - 読書のSNS&記録アプリ
詳しく見る
本読みねこ
本読みねこ
本読みねこ
@neco-
なかなか読む時間を取れないけれど年に50冊はなんとか読みたいと思っている
  • 2026年7月6日
    かめたいむ
    かめたいむ
    著者の亀の絵が描かれたサイン本を2年近く前に買。お恥ずかしながら存じてなくて和田ラヂヲさんの表紙が可愛いなあ、サインの亀が可愛いなあで、買ってからあっという間に2年ほど積ん読。 俺のかめたいむ。でも読み出したらするすると進む、かめたあああああああいむ。 実のところ、亀はあまり得意ではないのだが読んでいる時間は亀への愛おしさ高まり。 31頁が特別、好き。高う高うの多幸感。
  • 2026年7月4日
    石原吉郎詩文集
    石原吉郎詩文集
    すごかった。今の自分が読んでよかったと思える一冊だった。全く知らなかったのに急に旧知の人に出逢ってしまったような体験は読書において多々ある。この本もそうだった。 もういいよ、と思ってしまうような繰り返される思考や言葉を理解して好む今の若い人たちも多いのでは。学生のときに知りたかったよ。こういう人の作品を若いときに教育として、その背景も含めて学ばせてくれよ。 まだ頭のなかは重く暗くいろいろ考えているが、一筋の光のようなものは見えていて。全集も手にしたい。
  • 2026年6月17日
    戦火の馬
    戦火の馬
    劇場作品の公開当時(2012)、原作を読んでからと思ったがタイミングを逃してそのままになってしまっていたのを時を経て読む。 馬のジョーイが語る、戦火の物語。 確かに酷く辛く苦しいことばかりだけれど、ジョーイの周りにいる人間はアルバートをはじめ優しさを持つ者がたくさんいる。 どうして戦争は起きるのか、起きてしまったら前線で巻き込まれるのは起こした者たちではないのはおそらく今も昔も変わらぬはずだ。 こういう作品のように平和と優しさを持つべきだと語る素晴らしい作品が世の中にはたくさんあるのに、それでも世界が変わらないというのは文学を含む文化の力ではどうにもならないということなのだろうか。 そんなことはないよな。そうではないと信じているから自分はこれからも本を読む。
  • 2026年6月9日
    タフィー
    タフィー
    おもしろかった。 ときどき、ほろほろ泣いた。 父の暴力から逃げたアリソン、認知症のマーラ、2人の手を繋げていないようで繋がっている感じ、ほんとうではない生活が苦しくも愛おしい。 ひとは、どうしていろんなことを忘れていってしまうんだろう。忘れたいことを忘れられずにいるんだろう。 サラ・クロッサンは、これと『わたしの全てのわたしたち』しかまだ読んでいないのだけれど好きだ。 読んでいて辛くて胸が苦しくなるのだけれど、そういう読書体験も必要なものだと思う。 定期的に三辺律子さん訳のYA読みたくなるのだが、大抵どれも好きだ(金原さんのも然り)。
  • 2026年6月2日
    その姿の消し方
    著者の名を文字だけではとてもよく目にしていて、でも実際にはまだ全く読めていない作家さんというのが何人もいて。そのなかの1人だった。 どうしてもっと早く読んでいなかったのだろう、と読みながら思う。 タイトルと、小タイトルからして言葉がすっと体に入ってきたし、内容ももちろんするすると入ってきておもしろかった(自分が理解できているかどうかは別として)。 「打ち上げられる贅沢」でヨーグルトを食べるおばさんが笑っているところがとても好。はあっは!
  • 2026年5月23日
    トゥデイズ
    長嶋有を読んだあとは、日常すべてが小説になりうる感じがしてくる。 実際にそうなのだろうし、そうなりうるのだけど、それをかたちにしようとするとたぶんめちゃくちゃにむずかしい。 けれど長嶋有の作品はそれがさらりとかたちになっていて(さらりとして見えるけどたまにものすごいぶっ込みがあったりもする)自分は読むと安心感というかそれに近い気持ちになる。 『ルーティーンズ』もそうだけれど、「今の現実」のもやりとしたものが目に汚れず描かれていて、それでいて考えさせられる言葉になっていて、要は長嶋有好きだなあ、しか言えなくなる(大の字)。 同収の『舟』もとてもよかった(表題作よりこちらの方が好きかもしれない)。「クリティカルに台無しな」ってすごい笑った。
  • 2026年5月17日
    苦海・浄土・日本 石牟礼道子 もだえ神の精神
    石牟礼道子に辿り着くまでに随分と時間がかかってしまった。もっと若いときに知っていたい人だった。 高橋源一郎+辻信一の思想シリーズを読んで、石牟礼道子を知った。過去を辿って著者と辻信一の共著も読み、この本に至る。 まだ石牟礼さんの本は全然読めていないが、作品はもちろんのこと、そのひとについても知りたいのでこの本を手にしてよかった。 わたしも著者のように学生時代に石牟礼道子の作品に出会っていたら、とつい考えてしまう。けれど今の自分が出会ったことに意味がある、と前向きに考えるしかない。 まだまだ石牟礼さん関連では読みたい本が山積だ。
  • 2026年5月16日
    犬から聞いた話をしよう
    犬がすきです。だいすきです。 (ねこもだいすきです) とても素敵な犬の写真がたくさんでもだえます。 素敵な犬の話がたくさんで微笑みが自然に浮かびます。 自然の中の動物はとても強い。 ひとなどいなくても悠々と歩いて悠々と生きる。 そんな動物を愛おしく見つめて互いに平和な気持ちで過ごせるように、そんな世界が続いてくことがまさにこれからの希望では。
  • 2026年5月7日
    ネルーダ詩集 (1961年)
    羽出庭 梟が編訳。貸出カード(懐かしい)が挟まっている1969.1.15初版本を図書館で借りる。 この本が出た頃、まだネルーダは生きていたのだなと解説を読んで時間を思う。 この頃の時代背景やネルーダについての知識も浅いので正直、読み取れることは少なかったかも知れないが言葉の力強さだけはぐいぐい感じた。 勿論のこと時代というものは言葉を語る上でとても重要なものだと思うが、それだけではない言葉の強さ。50年以上経ってもそれはよくわかる。「パンへのオード」がとても好きだ。
  • 2026年4月24日
    ほとんど見えない
    ほとんど見えない
    丁寧に作られたスープみたいなことばたち。 でもやわらかだと思ったそばから知らないスパイスが顔を出す。 『犬の人生』をはるか昔に読んでいたけれど、それ以来は全くだったけれど急に手に取ったのは今の自分に彼の言葉が必要だったからなのだろうと思ったり。 「両手の中に顔を埋めよ」「文科省大臣、願いを果たす」「これから数百年先であろうとも」「世界の果ての通り」を書写。
  • 2026年4月16日
    争いばかりの人間たちへ
    ゴリラは4年に1度しか出産しないって知らなかったな。 いつだったかNHKでやっていた「ゴリラから見る暴力と戦争の起源」というのを見た(たぶん2021年。年は書いていないが10/25という日付のメモが残っていた)。そこに出ていたのが著者。 とても興味深くてこの人の書いたものを読んでみよう、なんて思って光陰矢の如し。 (いしいしんじさんの作品の中でゴリラと相撲をとる著者は見たものの) 「言葉」=情報を伝えるもの、すなわちそれは「共感」を暴力化させてしまうと番組では語られていて、まさにそのことについてもこの本に書かれている。 やたらと同じことばかり書いているなと思ったら、いろいろなところに載った文章をまとめた1冊だった(今度は1つのまとまったものも読みたい)。 「同じこと」というのは、きっとそれが重要だから何度も語られるのでしょうね。第3章のなかの「美徳と道徳の違いを超えて」の考えはなるほど、となった。 ゴリラについてもっと知りたくなったし、人間というものの愚かな(愚かだと思われる)部分を是正するのに役立つ知識がそこにはきっとあると思う。
  • 2026年4月14日
    港、モンテビデオ
    港、モンテビデオ
    三崎とセント・アイヴスとバルパライソ、そしてモンテビデオ。遠く離れてみえる場所もするりと繋がるときがある。それは時間さえ越えて。 いしいさんの作品は水辺が出てくるものも多い。そこに出てくる川も湖も海もいろいろな色と流れ(かたち)を見せてくれる。かたちがないのに、それを言葉として見せてくれるというのは実はとんでもないことだ。 繋がらないような時と場所を繋いで、あっちとこっちを混ぜてしまうその言葉はいつもやさしくてひんやりとつめたい。
  • 2026年4月3日
    さらさら流る
    さらさら流る
    Chappoの「めし」が好きで、それに参加してるのが著者だと知り初めて読んだ。 図書館の棚にあるなかから、この本を選んだのは暗渠が好きだから。 川の本かあ、と手に取って読み進めたら結構おもみのある作品でいろいろ考えた。 自分は笑いとエロが好きだが(語弊をうまない言い方ってむずかしいよな。うまないでくれ。という甘え)それゆえエロと芸術の差って、とめちゃくちゃ考える。 それとはまた違うテーマではあるけれど、見えるもの見えないもの、見えているけど見方によって変わるものということを改めて考えさせられた。
  • 2026年3月27日
    プロジェクト・ヘイル・メアリー 下
    プロジェクト・ヘイル・メアリー 下
    影響を受けている好きな方々がこぞっておもしろい!と言っていて気になって、そしたら映画化となりさらにはネタバレせずに読め!と世の煽り。 とはいえ昨今の情報の多さでは全くのネタバレを踏まずに生きるのはまあむずかしいこと。 ミラノコルティナ冬季五輪をたのしく見ていたら映画のCMが入り、まだ上巻の途中だった自分はロッキーって…と薄目で画面を見てしまい想像力には多少自信ありの狭き脳内で生まれてしまった存在に困惑しつつ、それから原作に登場する彼になるほど、あれが…と多少のネタバレを踏みつけさせられたもののそれ以外は何とか最後まで読み切った! SFもの特有の謎のテンション高き翻訳文章には(原作もそうなのか?)久々に触れたらちょっと疲れもしたけれど、おもしろかった! 下巻の最終章手前ではちょっと泣いたよね。 昨年カミオカンデに興味津々となりニュートリノについてもほんの少しだけ勉強していたから、マヨナラ粒子とか単語出てきてフゥッ!ってなった(これはネタバレにはならないだろう)。 宇宙規模で考えたら、そりゃ何もかも小さい。 でも個人規模では何もかも大きい。 地球規模がどれくらいの大きさか文系の自分にはうまく語れないが、でもだからこそ言葉の先で見える世界があるのは確か。 馬鹿な戦争なんてしてる暇ないんだよ、と本を閉じて思う。 文化文芸がひとのこころを動かして自由に動ける世界がここにはまだあるから、それが絶えずにいてくれ、と願う。文化の違う相手とも話し合って互いにフィストバンプできる世の中が続いてくれよ。
  • 2026年3月27日
    プロジェクト・ヘイル・メアリー 上
    プロジェクト・ヘイル・メアリー 上
    3/24上巻読了
  • 2026年3月18日
    ネズミに捧ぐ詩
    ネズミに捧ぐ詩
    眠れない夜にもキヨシローは居てくれる 今のこの世界にまだキヨシローがいたら、どうだろうかってたまに、たまによく考えるんだ
  • 2026年3月15日
    猫 石牟礼道子詩文コレクション 1
    苦海浄土を読もう読もうと思ってなかなか時間がなくて(今年中に読む)こちらを先に。 とてもとても好きだった。 「猫家族とヒト家族」と「『水はみどろの宮』断章」が特に。(水は〜はこれも今年中にすべてをちゃんと読みたい) ひとはどんどん自分のからだから離れて、それゆえにこころからも離れてしまってるなあと読みながら切々と感じる。 偽善的な自然讃美ではなく、ほんとうに必要なもののこととか、世界のありかた、自分の開き方を今こそこういう作品から吸いとるべきではないのか。
  • 2026年3月4日
    ふたりでちょうど200%
    著者の作品いくつか読んでて好きなのに、これはなぜかなかなか読み進められず。でも『カタストロフ』読み切ったらあとはどっと読めたし、やっぱり好きだった。でもまだ何回か読まないと、な作品。 年をとって丸くなったと思っていたものはただの惰性で、ついた脂肪みたいなぶよぶよのもので、そういうことに気付いてウワァと思う気持ちと、すでにそれにはどこかで気付いていて本当の気付きとして掴んでしまった気まずさと同時に起きるかなしい快感みたいなものが町屋亮平を読むと呼び起こされることが多い。
  • 2026年2月20日
    光のそこで白くねむる
    全編白く揺らいでいた。 どこからどこまでが「あって」「ない」のか、本当は全てがあるし全てがないようなぼんやりとしたほの白さ。けれどそれは時々、灰になったり、ぐっと黒味を帯びたり。 死者(とされてるけど、もはやそれさえも語るどちらが死者かわからない)と対話する、故郷に戻るというのでペドロ・パラモが頭をよぎった。
  • 2026年2月16日
    みどりいせき
    みどりいせき
    おもしろかったー!好き好きーって感じだけど途中が好きすぎて最後がちょっと何かぼやっと感じちゃったけどそれもまたいっか。 音楽が流れてる小説、好物。 ただ、井の頭公園のシーンで「?」が1つ。 読解力のなさかも知れないが、何回読んでも柵が池とベンチの間にあるように思えなくて、よく平日にベンチでビールしてた身としてはベンチと池の間に柵がない場所があったかー?と思い出せずに悶々。池を見ていたはずだけど、そうすると柵は前にあるわけでうしろに倒れて後頭部打たんよな。池に背向けてたのかなあ、そうすると何か繋がらなくて、うーん、とか、まあこういう細いことちくちく考えてるやつはアカシックレコードにいつまでもたっても辿りつけぬんか!
読み込み中...