日没
41件の記録
Sanae@sanaemizushima2026年9月1日読み終わった集英社新書「『自由』の危機」で著者が「小説が現実に追いつかれ、そして追い抜かれされてしまったという感覚があります。」とのことで読んでみた。 ディストピア小説にはいつも震え上がるが、著者の”追い抜かされてしまった“という言葉が頭から離れず本当に恐ろしかった。 沼野先生の解説が読後振り返り考えるのによくて、表現の自由・不自由について考えてみるのに役立った。 尋問中に主人公のマッツが 「私たちは自分の書きたいことしか考えていません。」というシーンが出てくる。 沼野先生はロシアと日本の作家の対談の機会を作ったそうで、日本の作家からは「読者に読んでもらわないとつまらない」という発言が出たものの、ロシアの作家たちは「読者のことなど無視して、自分のために、自分の書きたいものを書くものだと、きっぱり、あたかも自明のことのように口を揃えて」言ったのだそうだ。 ソ連時代にも言論の自由がなく、ドストエフスキーやソルジェニーツィンの文豪二人のエピソードはあまりにも有名。 そして今はまた戦争というワードは禁句。 ロシアの作家からは自由というものは勝ち取るものだということが感じられる。 この小説には転向した作家、破滅に追いやられた作家と出てくる。読んでいる時とはまた違ったふうに考えさせられた。 面白くて一気読み。だけど昨晩の寝つきは大変良くなかった笑。








Sanae@sanaemizushima2026年8月13日読みたい「『自由』の危機」より著者からの紹介。 近未来の「表現の不自由」について描かれたそうだが、「小説が現実に追いつかれ、そして追い抜かれされてしまったという感覚があります。」(p214)と著者より。読んでみたい。







サエ@daisy_3352026年8月1日読み終わった怖かった。怖かったけど面白くて一気読み。怖いのに面白いなんてあるのか!! こんなディストピアが現実になってたまるか!と思いつつ、もうすぐそこに迫っている気もする。ディストピアをフィクションのままでいさせるために、抗って抗って抗って抗って抗っていかねばならない。 “私は基本的に世の中の動きには興味がない。というのも、絶望しているからだ。いつの間にか、市民ではなく国民と呼ばれるようになり、すべてがお国優先で、人はどんどん自由を明け渡している。ニュースはネットで見ていたが、時の政権に阿る書きっぷりにうんざりして、読むのをやめてしまった。もちろん、テレビは捨てたし、新聞も取っていない。“ 結末まで読んだ後に、冒頭のここの部分に戻って、背筋が凍った。 まさに、今のことじゃないか。 絶望してはいけない。関心を持ち続けねばならない。収容されてからでは、もう手遅れなのだから。

bonjour@sparklinglemon2026年6月12日表現の自由を考えたとき、作家本人が日没と言うくらいだからこの先どうなるかを見届ける責任が読み手にはあるし、読む側の自由も守られなければならない しかし本当に桐野先生の小説はおもしろすぎる

寿司鳥風呂ねろう@Udon89292026年6月5日読み終わった感想読者である自分からすると、この作品を買って読めてる時点でピンとこないと部分的に感じた。 ただ、実際に執筆していらひ作家目線からだと「日没」のように統制されてきている不自由な環境になっているのかもしれない。 作家は自由に書いて、読書としては好き勝手に感想を述べれる(誹謗中傷は🆖)のはかなり恵まれてる。 今の環境をキープしたいししてほしい。 作中のマッツさんは択をミスりすぎやろと思った。
バルーン@9kv8xiyi2026年5月30日読み終わった@ 自宅いい小説とは書き手が自分に素直な小説である 秘密裡に言論統制が進められたディストピア日本社会を舞台にアンモラルな小説を書いていた主人公が、療養と称して軟禁されるお話。誰が味方か誰が敵か分からない中で、政治と文学の関係について書かれた本だと思いました。社会的に正解な事しか文学に残せなくなるのは、それは果たして正しいことなのか。









うに@urara04032026年2月10日読み終わった面白かったー!一気読みしちゃった。表現の自由は何よりも大切で保護されるべき価値があると、強く思わされた。希望があると期待しちゃったよ😿こんな時代が来ませんように。























