ロゴスと巻貝
72件の記録
いのかわ@sayatmyukaisa2026年2月7日読み終わった@ カフェ読書という行為の概念が、静かに書き換えられるような一冊だった。 「本」とは、文字が書かれた物質のことだけを指すのではない。 書き手と読み手が、時空を超えて交差し、そこで新たな火花が散ること。そのダイナミズムこそが、本の真実なのだと考えさせられました。 先日訪れた本屋「Ammel」さんで、同じ年月を生きてきた店主さんから「5月の本」を受け取ったとき、まさにその「交わり」を肌で感じました。 誰かの胸のともしびが、別の誰かの心に火を灯す。 地球を覆う蛍の群れのひとつに、自分もなれたような気がしました。




ポセイドンが飼ってる犬@big82842026年1月12日読み終わった「いましもこの世界の片隅に、本を読んでいるひとがいる。それはほかの鑑賞で見られるような熱狂を生み出さない。読書の情動は、はかなくゆれるたった一本のろうそくの炎にすぎないのだ。でも目をとじれば、この世界のあちこちで、鼓動のように、だれかの胸のともしびが明滅しているのが見える。それが至るところで起こっていて、地球はいつも決して死なない蛍の群れに覆われているみたいだ。」
こづえ@kozue33732025年9月3日読み終わった図書館で借りたすすめられた読書家の友人が最近読んで良かった本、と教えてくれたエッセイ。詩人のエッセイっていいよね、とわたしは長田弘の『私の好きな孤独』をお返しに勧めた。 読書にまつわるエッセイが多いのだけれど、いわゆる文学作品や詩に疎い自分には到底わからない感覚が認められていて、ああ本をちゃんとよく読む人ってこういうふうに物事を感じたり表現することができるんだ、と思った。音楽や料理の味を言葉にすることができるのって、読んだ人も決して書いた人が感じた通りに感じることはできないのに、意味あるのかな、と思いつつも、面白いなとは思う。




nogi@mitsu_read2025年3月8日まだ読んでる積読中大好きな本もうとっくに読み終わってるはずの本なのに、小津さんの文章が好きすぎて読み終わりたくないなと思って、残り少しだけなのに積んでいる。小津さんの新刊がもし出るのなら、出るとわかってから読み終わりたい、という、きもち。今朝も積み上げた本の中にある背表紙を眺めながら、開きもせずに、うつくしいな……と思っている。 思いながら検索して、小津さんの俳句日記の連載を知り(遅い)眺めにゆき、これがいつか本になるのかなと期待してみたりする。 「カモメの日の読書」もずーっとちまちま……と読んだり閉じたり積んだりしている。ああいうのは、短歌や詩みたいに、好きなときにひとつ、瓶の中の飴を摘むみたいに読みたい。 「いつかたこぶねになる日」と「なしのたわむれ」は読み終えている。小津さんとの出逢いは数年前に紙片で買った「なしのたわむれ」だった。往復書簡が本になる、というのを知ったのも面白いと思ったのもあれが最初だった。 小津さんのいるニースというまちをGoogleマップで見て、海のにおいを思い浮かべ、そのまま指を動かして、イタリアへ向かい、須賀敦子や内田洋子の書くまちの景色を思い浮かべる。 本は開かなくても想うだけで、こころを豊かに拡げてくれる。





昆布川@knbwkmmz2025年2月12日読み終わった私はなんてものを知らないのだろうという落胆と、知らないことががたくさんある、それは素敵なことだ……という思いがさざなみのように押し寄せる読後。高校時代の恩師が『智恵子抄』を嫌っていて、どんなところが嫌かを詳細に語っていたのを久しぶりに思い出した。













































































