Reads
Reads - 読書のSNS&記録アプリ
詳しく見る
masarumilano
@masarumilano
本屋さんでブラブラして、かなり直感的に「面白そうだな」と思った本を読んでいます。 AB型なので、ストライクゾーンが人と少し違うかもしれませんが、その辺りはご理解いただきたく。
  • 2026年10月27日
    レッドゾーン(下)
    組織の優劣はNo.2を見ればわかる、という言葉がある。 そういう意味では、アカマはいい番頭を持ったのだと思う。 ただ、最後に残したあの忠告が気になる。 あれは、すべて計算ずくだったのだろうか。それとも、思わず口をついて出た本音だったのだろうか。 もし前者なら、これまで鷲津に見せていた態度も、すべて演技だったということになる。相手の出方を見ながら、最後の最後まで自分の手の内を明かさなかったのか。 それとも、あの忠告こそが、アカマにとって一世一代の逆転サヨナラホームランだったのか。 答えはわからない。 だが、どちらだったのかと考えること自体が、この作品を読み終えた楽しみのひとつなのだろう。 このシリーズを読み通して、ひとつ変わったことがある。 鷲津にならって、目の前で起きていることを額面どおりに受け取らず、その裏に何があるのかを考えるようになったことだ。 人が何かをするときには、それなりの動機があるはずだ。表向きの説明と、本当の目的が一致しているとは限らない。むしろ、誰かが何かを仕掛けてきたときほど、見えているものだけで判断してはいけないのかもしれない。 もちろん、世の中の出来事すべてに裏があると考え始めたら、それはそれで面倒な話になる。単に考えすぎということもあるだろう。 それでも、目に見えるものだけで判断せず、隠された事情や相手の動機を想像する習慣は、少しずつ身につけていきたいと思う。 そして、観察眼と勘だ。 相手の言葉や態度、ちょっとした違和感から、何かを感じ取る力。鷲津のように、表に出ている情報をつなぎ合わせ、その先にあるものを見抜く力。 小説の主人公と同じように振る舞えるとは思わないが、少なくとも、何も考えずに目の前の話を信じ込むよりは、少し立ち止まって考える人間でありたい。 それにしても、賀一華が次々と仕掛けてくる買収案を追っていたら、実はそれ自体がダミーで、本丸は血縁関係にある将ファミリーの策略だったという展開は、予定調和的だったが重厚感に唸らされた。 目の前で動いているものが、本当に狙われているものなのか。 派手に仕掛けられた買収劇に目を奪われているうちに、その背後では別の思惑が動いている。表に見える動きだけを追っていては、本当の狙いにたどり着けない。 そう考えると、アカマの最後の忠告も、単なる別れ際の言葉として片づけるわけにはいかない気がしてくる。 あれもまた、何かを見抜いたうえでの言葉だったのだろうか。 読み終えた今も、そんなことを考えている。
  • 2026年10月20日
    レッドゾーン(上)
    舞台は、日本の自動車産業を代表する巨大企業・アカマ自動車をめぐる買収劇である。 中国側の交渉相手は、こちらの常識や信頼関係が通用せず、利益のためなら手段を選ばない。その姿には、思わず憎らしさを覚え、こんな相手と仕事をするのかとウンザリさせられる。 しかし、ふと考える。かつて高度経済成長期の日本企業も、欧米から同じような目で見られていたのではないだろうか。もちろん、どんな買収手法も正当化されるわけではない。それでも、立場が変われば、正義と悪の見え方も変わる。相手を一方的に悪者にするだけでなく、かつての日本の姿を振り返るきっかけにもなるところが、本作の面白さだ。 物語は大企業同士の資本争いにとどまらない。芝野が関わる中小企業の製品が、アカマ自動車を救う切り札になるのだろうか。これまでの「大阪編」では、自動車開発の難しさが繰り返し描かれてきた。優れた技術さえあれば勝てるわけではない。資金も、人材も、組織力も必要になる。だからこそ、中小企業の技術が巨大企業の運命を左右するかもしれないという展開に期待が高まる。 また、大企業も中小企業も、精神的な支柱を失えば一気に不安定になるという共通点が印象に残る。組織を支えるのは、資金や制度だけではない。人をまとめ、進むべき方向を示す存在が欠かせないのだ。そして、人が集まれば、それぞれの思惑が生まれ、さまざまな企みが動き始める。それもまた、人間社会の避けがたい一面なのかもしれない。 アカマ自動車は、この窮地をどう切り抜けるのか。芝野が関わる中小企業の技術は、どんな役割を果たすのか。上巻を読み終えても、先が気になる。
  • 2026年10月13日
    ハゲタカ2.5 ハーディ(下)
    今までの会社買収や企業再生の延長線上にある経済小説かと思っていたが、本作は諜報、騙し合い、駆け引きの色合いが強く、シリーズの中でも異色の作品だった。 次巻『レッドゾーン』のあらすじを読む限り、本作は「中国」あるいは「中国資本」という巨大なテーマへと物語をつなぐ橋渡し的な役割を担っていたように感じる。その意味では、従来の企業再生や買収劇から国際資本同士の覇権争いへと舞台を広げる転換点の作品だったのかもしれない。 主人公・松平貴子は、物語を通じて確かな成長を見せた。周囲に翻弄されながらも己の信念を失わず、ホテルマンとしての矜持を持ち続ける姿には好感が持てる。しかし、その一方でミカドホテル奪還の決着にはやや物足りなさも残った。貴子自身の努力や成長は認められるものの、最終的な成果は周囲からもたらされた部分が大きく、どこか棚ぼた的に映ってしまう。 むしろ、たとえ格好悪くても、泥臭くても、自らの手で取りに行く姿が見たかった。読者としてはその成長の集大成となる「自ら勝ち取る瞬間」を期待していただけに、少々肩透かしを食らった印象である。 また、本作から『レッドゾーン』へつながる存在と思われる賀一華についても、現時点では大物感より危うさの方が先に立つ。将来の主役候補かどうかの判断は保留せざるをえない。今のところは自ら盤面を動かすプレイヤーというより、終盤に登場した大人物たちに利用される傀儡、あるいは捨て駒としての将来が見えてしまう。 最後に、個人的には真山仁は「企業や事業の運命」の描き方が魅力である作家だと改めて感じた。本作では諜報戦や国際政治の色彩が濃くなったが、私が最も引き込まれたのは、やはり企業や組織の行方を巡る駆け引きである。そうした意味では『ハーディ』はシリーズの中でもやや異色作ではあるものの、『レッドゾーン』へ向けて物語の視野を大きく広げたスピンオフ作品だった。
  • 2026年10月7日
    ハゲタカ2.5 ハーディ(上)
    面白い。間違いなく面白い。 それなのに、なぜか満たされない。 読み終えた後、真っ先に浮かんだ感想は「もっと欲しい」だった。 本作は『ハゲタカ』『ハゲタカⅡ』に続く物語でありながら、主人公は鷲津政彦ではない。ミカドホテル創業家の娘である松平貴子が中心となって物語を動かしていく。だから鷲津の登場が遅いことは理解している。これは作品の筋からして仕方がない。むしろ貴子を主役に据える以上、当然の構成だろう。 それでもどこかで鷲津の登場を待ってしまう。その存在感の大きさを改めて思い知らされた。 同じことはアランの死の真相についても言える。シリーズを通して大きな謎として横たわるこの問題に本作が踏み込んでいくのも当然の流れだ。避けて通れる話ではない。 しかし、それらを差し引いてもなお、何かが足りない。 「イマイチ」という言葉は少し違う。 不満というよりも飢餓感に近い。 もっと先を読みたい。 もっと深く知りたい。 そんな感覚が終始付きまとった。 興味深かったのは外資系企業の内情だ。 舞台が海外企業に移ったことで、合理性に支配された世界が描かれるのかと思いきや、実際には権力闘争、思惑、派閥争い、人間関係が複雑に絡み合う。 会社組織の魑魅魍魎ぶりという点では、日本企業も外資系企業も大差ない。 人が集まるところには必ず政治が生まれる。そういう意味では妙な安心感すらあった。 そして本作で何より気になるのは、副題にもなっている「ハーディ」という言葉である。上巻を読み終えた時点で、この言葉が単なるタイトルではなく、上下巻を貫くテーマそのものであることは明白だ。 なぜ貴子は「ハーディ」なのか。 その意味が明かされるとき、物語はどこへ向かうのだろうか。 個人的には、下巻では買収劇だけではなく、会社を再建することの現実をもっと掘り下げてほしい。 『ハゲタカ』や『ハゲタカⅡ』は「買う側」の論理を描いていた。 一方で本作には、買われた会社をどう立て直すのかという、これまであまり描かれなかったテーマがある。 もっとも、上巻を読む限り、その要素主菜というよりスパイス程度に留まりそうな気配もある。 私が期待しているのは、松平貴子が真正面からミカドホテルを取り戻す物語だ。 だが、中国資本側の狙いがまったく読めない。誰が味方で誰が敵なのか。そもそも貴子自身が大きなゲームの駒として踊らされているだけなのではないか。そんな疑念も拭えない。 結局のところ、タイトルが『ハゲタカ』である以上、正攻法だけでは終わらないのかもしれない。 プロキシーファイト。 買収合戦。 企業支配を巡る駆け引き。 そうしたシリーズのお家芸が待っているような気もする。 それでも私は期待したい。 「ハーディ」という言葉が象徴する強さが、最後には貴子を救うことを。 そして、その強さが単なる忍耐ではなく、自らの意思で未来を切り開く力として描かれることを。
  • 2026年10月2日
    神と王2 謀りの玉座
    改めて読んでみて感じたことは、王とは、単に権力を持つ者ではなく、人々から「この人に従う」と認められることで初めて成立する存在なのではないかということです。 王には、国を治め、人々の生活を守り、現実に起こる問題に判断を下していく責任があります。どれほど立派な理念を掲げても、民衆の生活が成り立たなければ支持は失われてしまう。その意味で、王は極めて現実的な存在です。 しかし一方で、人間は現実だけでは生きていけない部分も持っています。 苦しい状況に置かれた人、現実の社会から十分な救いを得られない人にとっては、たとえ実在しない「神」であっても、それを信じることによって精神的に救われる場合があります。 ここに、この作品の「神」と「王」の興味深い対比があるように思いました。 王は現実を引き受けなければならない。 神は現実では救われない人の心を引き受ける。 乱暴な言い方ですが、課せられた問題を王という篩にかける。篩を通り抜けてしまった問題を受け入れる皿の役目が神であると言えないでしょうか。 王には食料や秩序、安全といった具体的なものを民衆に与えることが求められます。それに対して神が与えるものは、希望や意味、心の拠り所といった目には見えないものです。 そして面白いのは、両者とも結局は「人々が信じること」によって成り立っている点です。 民衆から支持されない王は、肩書だけが王であっても、その支配はいずれ揺らぎます。同様に、神も信じる者が誰もいなくなれば、人間社会における存在意義を失ってしまう。 つまり本作では、「王」と「神」は正反対の存在であるように見えて、人々の信頼や信仰によって、その存在を支えられているという一点では、実は非常によく似た存在として描かれているのではないでしょうか。 ただし、その「信じる」という行為の中身は違います。 王に対する支持は、「この人物なら自分たちの生活を守ってくれる」という、ある程度現実に根ざしたものです。それに対して神への信仰は、現実ではどうにもならないものを、それでも何とか受け止めるためのものでもある。 だから私は、本作が単純に「神は虚構だから不要だ」と言っているようには感じません。 むしろ、現実を変えるには王が必要であり、現実だけでは救われない心には神が必要になることがある。 その両方が人間社会には存在してしまう、というところに、この物語の面白さがあるように思います。
  • 2026年10月1日
    神と王1 亡国の書
    慈空の夢と中のセリフ↔︎断章のハルのセリフ
  • 2026年10月1日
    神と王2 謀りの玉座
    杜人の連絡用猿にふりがなでコーダ↔︎断章の研究員の頭に埋め込まれているものがコーダ 日樹の黒硝子の眼鏡↔︎ハルの黒縁の眼鏡(シールド) 琉劔の瞳の色↔︎ハルの瞳の色
  • 2026年9月30日
    JK VI
    JK VI
    Ⅴを読んだときに感じた、優莉匡太に対する「この人物、なんだか今までと違わないか?」という違和感は、思ったより早く解消された。 ただ、だからといって安心して読み終われたわけではない。 今回の着地には、思わず「う〜ん、そうきましたかぁ」と唸ってしまった。 その「う〜ん」には、匡太がそんなに簡単に納得するかね?という引っかかりと、ここまで話を広げてしまって『高校事変24』で本当にきれいに収拾がつくのかね?という、少々の不安が入り混じっている。 とはいえ、武闘派の他シリーズとも世界線がつながっていることが改めて確認できたのは大きい。単独のシリーズとしてではなく、松岡圭祐作品全体がひとつの大きな世界として、いよいよ最終局面に向かっている感じがする。 11月の『高校事変24』が、その「大ラス」。 ここまで積み上げ、広げ、つないできたものを、最後にどう着地させるのか。 期待と不安を半々くらいに抱えながら、これはもう読むしかない。
  • 2026年9月28日
    新装版 ハゲタカ2(下)
    鷲津は、破壊と再生の神を託されたのではないか。 上巻では、これまでの鷲津とは少し違う姿を見せられたように感じていた。何かを壊すことには長けていても、その先に何を残すのか。その答えが、下巻で少しずつ見えてきたように思う。 そして読み終えて振り返ると、すべてはリン・ハットフォードの掌で動かされていたのではないか、という気持ちになる。 ただ、彼女の「パッション」までが計算されたものだったとは思えない。むしろ、その情念こそが本物だったからこそ、鷲津をもう一度甦らせることができたのではないか。 柴野の変化にも感慨深いものがある。かつての彼なら、鷲津と手を組むという選択は考えにくかった。それだけの経験を重ね、鷲津と対等に向き合えるところまで来たのだなと思う。 そして、伝家の宝刀ともいうべきベル・ボックス。上巻で登場しなかったのは、このためだったのかと納得した。 破壊する者だった鷲津が、最後には何を再生しようとしているのか。 そう考えると、「ハゲタカ」という物語の見え方も、少し変わってくる。
  • 2026年9月15日
    新装版 ハゲタカ2(上)
    当時の鐘紡の経営危機・合併を下敷きに、鷲津の復活と人間臭い一面、柴野の逡巡と成長のきっかけを描く。やはりエゲツない駆け引きや「金のため、仕事のためにに死ねるか?」というヒリヒリ感が面白い。自分にそんな覚悟がないことも含めてエンタメとして素晴らしい。 だからこそ惜しいのが鈴紡の顛末。あれだけ爆弾をチラつかせておいて、政治屋のちゃぶ台返しで「はい、手仕舞いです」は、ちょっと肩透かし。そこを最後まで描き切ってほしかった。いっそ「ハゲタカ1.75」として450頁くらい使ってもいい。需要、あると思うんだけどなぁ。
  • 2026年9月12日
    陰謀論バカ 排外主義者に洗脳される一億総「情弱」時代
    陰謀論バカ 排外主義者に洗脳される一億総「情弱」時代
    陰謀論が広がる背景には、単なる知識不足だけでなく、日本がかつてに比べて相対的に弱く、貧しくなったこともあるのではないかと感じた。自国の衰退や将来への不安によって生まれた心の隙間に、リテラシーの足りない人ほど陰謀論が入り込み、自尊心や安心感を補う役割を果たしてしまうのだろう。参政党の実態や陰謀論の源流を知るうえでも興味深く、単に批判するだけでなく、なぜ人がそれを信じるのかまで考えさせられる一冊だった。 NoBorderの章は、陰謀論が単なるネット上の言説にとどまらず、現実の社会や政治に影響を及ぼし得ることを感じさせられた。思想や主張の是非以前に、関わることで自分まで引き込まれてしまう怖さがある。知識として知っておく必要はあるが、個人的には「こういう世界とは、あまり関わらない方が身のためだな」というのが率直な感想だった。
  • 2026年9月9日
    海町、古書店ものがたり
    高台から臨む瀬戸内海は、物語の始まりから終わりまで穏やかな表情で町を見守っており、その傍らで人の思いが綿々と受け継がれていく文章は読んでいてとても気持ちがいいものでした。 本だけでなく、様々なものが人の思いをきれいにをつなげており、特に古時計・原稿・猫を絡めた描き方は、オーソドックスながら特筆ものです。 また物語が完了した形ではなく、季節が巡るような形で締められております。もう少し先があり、それは少しずつ前に進んでいけばいいんだよ、という作者からのメッセージだと思います。
  • 2026年9月2日
    神と王1 亡国の書
    文春文庫版を読んだのが発売直後だったこともあり、記憶をたどりながらの再読となりました。とはいえ、nex版では新たに加わった情報が想像以上に多く、作品世界への理解がさらに深まります。特に断章は見逃せない内容ばかりで、そこだけ読んで終わらせるのは本当にもったいないです。本編を含めて最後まで読むことで、続く2巻以降の人物や物語の見え方が格段に変わり、シリーズの魅力をより強く味わえる一冊だと思います。既読の方にも新たな発見があり、再読する価値を十分に感じました。
  • 2026年8月27日
    ボーイング 強欲の代償
    最も印象に残ったのは、ボーイングによるマクドネル・ダグラス買収そのものではなく、買収された側であるハリー・ストーンサイファーが、その後のボーイング経営に大きな影響力を持ったことである。 特に、マクドネル・ダグラス株主への1.3株交換という条件が、結果的に同社経営陣の発言力や影響力を維持させ、ボーイングの企業文化変容を招いたのではないかという疑問を持った。 また、ボーイングはストーンサイファーという「薬」あるいは「スパイス」を求めたが、その効き目が想定以上に強く、本来の技術者中心の文化を変質させてしまったのではないかとも感じた。 さらに、この問題は航空業界特有のものではなく、1980年代以降に強まった株主価値重視の資本主義の流れと深く結びついていると考える。企業経営者が「良い製品を作る人」から「資本を効率的に運用する人」として評価されるようになったことは示唆的であり、自社が外資ファンドから資本効率向上を求められている現状とも重なって見えた。 その一方で、企業は株主だけのものではなく、顧客、従業員、取引先、地域社会、株主といった多くのステークホルダーのために存在すると考えている。 経営の役割は、そのすべてを完璧に満足させることではなく、それぞれを一定水準で満足させるバランスを取ることにある。そして、その難しい利害調整を実現できる経営者こそ、高い報酬に値する真に優れた経営者であると考えている。
  • 2026年8月25日
    ボーイング 強欲の代償
    何故マクドネル・ダグラス出身者が経営者として残ることができたのか?
  • 2026年8月18日
    迷走するボーイング
    迷走するボーイング
    「会社は誰のものか?」という問いを強烈に突きつける一冊。株主、顧客、従業員など多様な関係者の間でバランスを取ることこそ経営者の役割だと改めて感じた。ボーイングの事例でありながら、「納期と品質」「開発と利益」「現場と経営」といった製造業共通のテーマが貫かれており、他人事とは思えない。特に印象的だったのは、マクドネル・ダグラスとの合併後に企業文化が失われていく過程。決定的な何かはないものの、それだけに病巣の深さは計り知れない。合併は数式ではなくお見合いであり、価値観の相性が企業の命運を左右することを痛感した。
  • 2026年8月18日
    ボーイング 強欲の代償
    8/17購入。 迷走のボーイングの後に続けて読む予定。
  • 2026年8月4日
    さよなら、探偵
    千早と椿が出会ってしまった。互いの秘密を知り、言葉を交わし、謎を解くたびに距離を縮めていく二人。「もっとお互いを知りたい」という気持ちが強くなるほど、「それでも将来を望んではいけない」という現実が重くのしかかる。その切なさに加え、剽窃犯への復讐と、その復讐がやがて自分自身だけでなく、周囲の人たちへも繋がっていくことに気づくジレンマも印象的。二つの物語が交差することで、青春ミステリとしての切なさがより深く感じられた。
  • 2026年7月28日
    高一事変 II
    高一事変 II
    印象に残ったのは、優莉結衣の父方の祖父の存在に触れられたことだ。『高校事変』本編を振り返っても、それに当てはまりそうな人物が思い浮かばない。いっそのこと、メフィストやノン=クオリア、恒星天球教が生み出した人造人間こそ祖父または結衣の父だった、という展開の方が先が読めず面白いのでは、とまで想像してしまった。そして、切り札であるVXガスが半分しか使われなかったことも見逃せない。「まだ半分残っている」という事実が、さらに大きな事件の到来を予感させ、続巻への期待を大いに高めてくれた。
  • 2026年7月24日
    見えるか保己一
    見えるか保己一
    作品を貫いていたのは保己一の学問への純粋な情熱と、それを見る周囲の嫉妬や差別感情とのズレである。保己一は盲人であることにとらわれず学問を追究するが、周囲は「目の見えない人」という先入観で彼を見てしまう。その姿から、人間の劣等感や偏見の根深さを感じた。こうした保己一の認識世界は文体にも表れている。終始説明を抑えた文体は、読者にも手探りで保己一の世界を理解させ、彼の世界を追体験させる。そうだとすればこの作者は相当な手練れである。
読み込み中...