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小石川
小石川
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@mkgaogao
楽しく過ごしてます
  • 2026年4月2日
    羊をめぐる冒険(下)
    13/26 小説として必要な要素がほとんど揃っているよなぁと何度読み直しても思うし、村上春樹の作品としては珍しい種類のカタルシスがある作品だなと思う
  • 2026年3月23日
    羊をめぐる冒険(上)
    26/12 僕に対して先生の秘書が羊を探すように言うシーンで最初に話される、正直さと真実を船の舳先と船尾に例えた話は働くようになってからよくわかるようになって好きになった 上巻は全体的に過去と向き合うシーンが多いのだけれど、ちゃんと足を運んで対話をしてできる限りのフェアネスを発揮して過去に向き合える人間に自分もなりたいなと思う
  • 2026年3月19日
    鯨の岬
    鯨の岬
    26/12 ふと思い立って、何かに引っ張られることってあるから、ふらっと何かを投げ出したり辞めたりできるように普段からものごとに真摯に向き合おうと思った ちゃんと見るから、ちゃんと感じるから、美しいとわかるんだと2篇両方から知れた
  • 2026年3月19日
    道徳の時間 (講談社文庫)
    26/10 エンタメとして観られるドキュメンタリーはそれを観に来た人々の価値の反転や転換に寄与できるが、そうでないドキュメンタリーはそもそも観る側が潜在的にその価値の反転や転換に気づいている、という話が出てきて、なるほどと思う反面、この作品の筋としてもこの作品を読んでいる側の思考としても、「ドキュメンタリーにおいて観る側の「期待」がその作品の方向性を決めてしまう」という法則がドキュメンタリーの基本になるおかげで、作品の方向性を観る側の期待まで細かく決め打ちながらも予定も予測もしなかったダイナミクスこそがドキュメンタリーをドキュメンタリーたらしめるというジレンマが発生するなと思った 生きていると「ここまではこうなるだろう」とわかる場面と、「どうしてこうなるのか」と思わざるを得ないくらい予測できなかった場面の両方に当たるよな〜、と思うし、それがドキュメンタリーの面白さや不可解さになるのでは?
  • 2026年3月19日
    1973年のピンボール (講談社文庫 む 6-2)
    26/11 「遠くから見れば、大抵のものは綺麗に見える」ように描かれている小説だと思った、景色や物事をたくさん装飾して綺麗に見える文章が並んでいるけれど、近づいて(中心に向かって)見てみると書いてあることは孤独、無力感、無意味な効率化、取り残される寂しさなど、進行形で失われているものたちへの憧憬みたいなものに思える 「多かれ少なかれ、誰もが自分のシステムに従って生き始めていた。それが僕のと違いすぎると腹が立つし、似すぎていると悲しくなる。それだけのことだ」という一文にいつも感激する、こんなふうに書けるとわかったらきっと小説を書くだろうなと思う 鼠はこの作品で、街を去るとジェイに伝える前に、ジェイとの会話で自分の「弱さ」についてちゃんと伝えているのに今さら驚いた。 変化は崩壊の過程に過ぎない、そしてその無に自ら飛び込んでいく人々にも社会にも、もちろん街にも、好意なんて持てなかった。だが、自分の弱さゆえに、変化を求めてしまう自分について、ジェイにだけ素直に告白している。「僕」とはこれについて話すのはきっと『羊をめぐる冒険』の最後だし、ここまで明確な話にならない、というようなことに気づいた
  • 2026年3月15日
    風の歌を聴け
    風の歌を聴け
    26/09 鼠が女の子に会ってほしいと頼んだあとに、僕がクローゼットの中からいちばん「まとも」な服装を選んで車で街をまわるパートがあって、そこに「川口近くで車を降りて川で足を冷や」すシーンがある。これと、それに続く街についての話を読むたび、数年前に神戸の塩谷と夙川に行ったときのことを思い出す。 何もかも全て嫌になってきていた時期で、そんななかとある友人に神戸にいるからと誘われて行ったのだ。ヤナーチェクのシンフォニエッタを聴いたり、朝早くに瀬戸内海の穏やかな海辺を散歩したり、本棚を見せてもらったり、実に不思議で素敵な体験をいくつもしたのだが、そのときに夙川河川敷を川口まで歩いた。その川口のことをこの話を読むたびにいつも思い出す。 自分はとても気の利いたことなど言えるようなまともな状態ではなく、友だちだというのも憚られるような人だったように思い出されるのだけど、あくまでも自分側からこの思い出を振り返ると、あの時のことはこれから先もずっと、この小説と一緒に覚えているだろうなと思うくらいとても救われたし、とても素敵な思い出だ。 余談だけれどそのとき、この小説に出てくる猿の檻がある公園のモデルらしき場所にも行った。残念ながら猿はおらず、遊具に二人で腰掛けて取り止めもない話をした記憶がある。 こういうことがこれから先もあればいいなと思うけれど、そう思っていればやってくるものでもないなとも思う。 その友人は今も元気そうで、ときどき絵を描いて過ごしている。 村上春樹の小説を読むと、孤独になんとか立ち向かい、自分の信じるものを貫き通すための緩やかな活力を見出すことができるところが、16歳のときに初めて読んでから33歳になった今でも変わらず好きだ。 隣で温かい猫が寝ている時に読み終えた。
  • 2026年3月15日
    メルカリで知らん子の絵を買う
    26/08 無駄だとか意味がないだとか余計なことだとか非効率なことだとか、そういうものを放逐してスマートで穏やかに真面目で素直に生きるのが下手なので、楽しく読めた。 この本がくれた「そういう人が他にもいるんだな」という気づきのおかげでなんとか生きていける気がする。 「有用性という言葉を捨てて、人間の精神を解放せよ」というのは自分も好きな言葉で、そこに「次は何をしよう。死なないために、アイデアを考えて、それを実行し続けるのだ」という著者の言葉を加えようと思った。
  • 2026年3月15日
    「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を。
    26/07 自分の当たり前以外に対する想像力と解像度を上げてくれる一冊だった
  • 2026年3月8日
    ループ・オブ・ザ・コード
    26/06 読み手側の世界に向けてのメッセージや命題がある作品はやはりパワフルで筆力に圧倒されるけれど、そのぶん読むのに体力がいるし、途中から物語の行く末とメッセージや命題への思考が混ざって飽きてくることがあるなと思った
  • 2026年2月26日
    彼女は頭が悪いから (文春文庫)
    26/05 これでもかというくらい詳細な描写にそれが必要な理由を感じながら読み進められた小説は初めてかもしれない。バックグラウンドが引き起こす無意識から生まれる社会の歪みにどうすべきか考えた
  • 2026年2月21日
    骨の子供 (集英社文庫)
    26/04 ホラーにカタルシスを求めなくてもいいということに最近気づいた
  • 2026年2月15日
    怪物の森―未解決事件捜査官ヴァン・リード―(新潮文庫)
    26/03 翻訳もののサスペンスは独特のリズムがあって読むのに苦労するものとそうじゃないものに分かれるんだけれど、これは後者だった。 次作も期待したい。
  • 2026年1月15日
    無限の回廊 佐々木事務所シリーズ (角川ホラー文庫)
    26/02 佐々木事務所シリーズは主人公の自己卑下が強くて(それも売りなんだけど)ちょっと苦手だったんだけど、今回はそれをテーマに仕立てられててうまくまとまっていたのでよかった。
  • 2026年1月12日
    赤虫村の怪談 (創元推理文庫)
    26/01 クトゥルフ神話をオマージュしながら進むホラーミステリだった。キャラクターや地名からオマージュ元を想像するのが楽しかった。ホラーミステリって上手い書き手が多い印象。
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