

小石川
@mkgaogao
楽しく過ごしてます
- 2026年5月11日
大英自然史博物館 珍鳥標本盗難事件カーク・ウォレス・ジョンソン,矢野真千子読み終わった@ 自宅27/26 生き物系の話は定期的に読みたくなるんだけど、どちらかというと犯罪者への対応と環境負荷に対する考えについて書かれている本だったように思う カーソンの『沈黙の春』を思い出したのと、毛針やフライフィッシングから『リバー・ランズ・スルー・イット』もまた観てもいいなと思った - 2026年5月10日
失われた貌櫻田智也読み終わった@ 自宅26/26 図書館で借りた本 刑事物と探偵物のちがいは、事実ベースで話が進むか感情ベースで話が進むかにあるのではないかと考えた もちろんグラデーションはあるが、刑事物はわかりやすく事実ベースであることが多く個人的に好き ドラマ化しそうだなと思った - 2026年5月6日
抒情的恐怖群高原英理読み終わった@ 自宅25/26 ホラーには正であれ負であれカタルシスやロジックが伴うことが多いと感じるけれど、それとは別種の、根源的な怖さを扱いつつ、社会的な目線がその恐怖に絡みついていて、読んでいる間は夢と現実のはざまに繋がれているみたいだった 『町の底』と『グレー・グレー』がよかった 執拗と言えるほどグロテスクな描写がよい意味で重くて読み応えがあった - 2026年4月30日
キュレーションの時代佐々木俊尚読み終わった@ 図書館24/26 図書館で借りた本 2011年に書かれた本だったけれど、その年から大学生になって4年間過ごした時の実感に近いことがたくさん書かれていて、メディアの過渡期にいろんなことを考えてメディアに関わろうとしていたんだなと感じた その時代を経た今だからこそ一次情報をきちんと漁りたいという気持ちがずっとある - 2026年4月27日
呪いの☒☒三津田信三,上條一輝,北沢陶,澤村伊智,背筋,芦花公園読み終わった@ 電車23/26 呪いはホラーには普遍的なテーマだけれど、王道と変化球が両方あって、それぞれに捻りもあって、満足できるオムニバスでした - 2026年4月21日
- 2026年4月21日
青木きららのちょっとした冒険藤野可織読み終わった@ カフェ21/26 「消滅」「幸せな女たち」「愛情」がよかった 作者の「訴えかけてきていない感じがするのに物語が動き回って真に迫ってくる」という読書体験を小さく何度も存在感を伴ってできた - 2026年4月20日
- 2026年4月19日
中動態の世界國分功一郎読み終わった@ 自宅19/26 能動態と受動態という二項対立が「何かを意図していつからか始まったのではないか」という仮説から、言語が確実に人間とともにまるで生き物のように変化していることに驚いた 意志への批判、責任の問い直し、中動態という旧来の概念から今の時代に必要なエッセンスと視座の獲得、という多岐にわたるテーマを観念的なパートと現実的なパートにわけてぐるりと回る、軽やかな気持ちで進むハードな登山のような読書体験だった 重い荷物を背負って登り切った山からしか新たな展望は得られないと思った - 2026年4月17日
- 2026年4月16日
- 2026年4月11日
- 2026年4月10日
大学の未来地図五神真読み終わった@ カフェ15/26 コロナの前に書かれたフィクションではない本を久しぶりに読んだ気がする、国立大学が自分たちで稼ぐことなく経営していかなきゃならない状況はけっこうおかしいよなと感じた - 2026年4月9日
- 2026年4月2日
- 2026年3月23日
羊をめぐる冒険(上)村上春樹読み終わった@ 自宅26/12 僕に対して先生の秘書が羊を探すように言うシーンで最初に話される、正直さと真実を船の舳先と船尾に例えた話は働くようになってからよくわかるようになって好きになった 上巻は全体的に過去と向き合うシーンが多いのだけれど、ちゃんと足を運んで対話をしてできる限りのフェアネスを発揮して過去に向き合える人間に自分もなりたいなと思う - 2026年3月19日
鯨の岬河崎秋子読み終わった@ カフェ26/12 ふと思い立って、何かに引っ張られることってあるから、ふらっと何かを投げ出したり辞めたりできるように普段からものごとに真摯に向き合おうと思った ちゃんと見るから、ちゃんと感じるから、美しいとわかるんだと2篇両方から知れた - 2026年3月19日
読み終わった@ 自宅26/10 エンタメとして観られるドキュメンタリーはそれを観に来た人々の価値の反転や転換に寄与できるが、そうでないドキュメンタリーはそもそも観る側が潜在的にその価値の反転や転換に気づいている、という話が出てきて、なるほどと思う反面、この作品の筋としてもこの作品を読んでいる側の思考としても、「ドキュメンタリーにおいて観る側の「期待」がその作品の方向性を決めてしまう」という法則がドキュメンタリーの基本になるおかげで、作品の方向性を観る側の期待まで細かく決め打ちながらも予定も予測もしなかったダイナミクスこそがドキュメンタリーをドキュメンタリーたらしめるというジレンマが発生するなと思った 生きていると「ここまではこうなるだろう」とわかる場面と、「どうしてこうなるのか」と思わざるを得ないくらい予測できなかった場面の両方に当たるよな〜、と思うし、それがドキュメンタリーの面白さや不可解さになるのでは? - 2026年3月19日
読み終わった@ カフェ26/11 「遠くから見れば、大抵のものは綺麗に見える」ように描かれている小説だと思った、景色や物事をたくさん装飾して綺麗に見える文章が並んでいるけれど、近づいて(中心に向かって)見てみると書いてあることは孤独、無力感、無意味な効率化、取り残される寂しさなど、進行形で失われているものたちへの憧憬みたいなものに思える 「多かれ少なかれ、誰もが自分のシステムに従って生き始めていた。それが僕のと違いすぎると腹が立つし、似すぎていると悲しくなる。それだけのことだ」という一文にいつも感激する、こんなふうに書けるとわかったらきっと小説を書くだろうなと思う 鼠はこの作品で、街を去るとジェイに伝える前に、ジェイとの会話で自分の「弱さ」についてちゃんと伝えているのに今さら驚いた。 変化は崩壊の過程に過ぎない、そしてその無に自ら飛び込んでいく人々にも社会にも、もちろん街にも、好意なんて持てなかった。だが、自分の弱さゆえに、変化を求めてしまう自分について、ジェイにだけ素直に告白している。「僕」とはこれについて話すのはきっと『羊をめぐる冒険』の最後だし、ここまで明確な話にならない、というようなことに気づいた - 2026年3月15日
風の歌を聴け村上春樹読み終わった@ 自宅26/09 鼠が女の子に会ってほしいと頼んだあとに、僕がクローゼットの中からいちばん「まとも」な服装を選んで車で街をまわるパートがあって、そこに「川口近くで車を降りて川で足を冷や」すシーンがある。これと、それに続く街についての話を読むたび、数年前に神戸の塩谷と夙川に行ったときのことを思い出す。 何もかも全て嫌になってきていた時期で、そんななかとある友人に神戸にいるからと誘われて行ったのだ。ヤナーチェクのシンフォニエッタを聴いたり、朝早くに瀬戸内海の穏やかな海辺を散歩したり、本棚を見せてもらったり、実に不思議で素敵な体験をいくつもしたのだが、そのときに夙川河川敷を川口まで歩いた。その川口のことをこの話を読むたびにいつも思い出す。 自分はとても気の利いたことなど言えるようなまともな状態ではなく、友だちだというのも憚られるような人だったように思い出されるのだけど、あくまでも自分側からこの思い出を振り返ると、あの時のことはこれから先もずっと、この小説と一緒に覚えているだろうなと思うくらいとても救われたし、とても素敵な思い出だ。 余談だけれどそのとき、この小説に出てくる猿の檻がある公園のモデルらしき場所にも行った。残念ながら猿はおらず、遊具に二人で腰掛けて取り止めもない話をした記憶がある。 こういうことがこれから先もあればいいなと思うけれど、そう思っていればやってくるものでもないなとも思う。 その友人は今も元気そうで、ときどき絵を描いて過ごしている。 村上春樹の小説を読むと、孤独になんとか立ち向かい、自分の信じるものを貫き通すための緩やかな活力を見出すことができるところが、16歳のときに初めて読んでから33歳になった今でも変わらず好きだ。 隣で温かい猫が寝ている時に読み終えた。
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