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@takupochi_1993
サブカル的なモノ好き。趣味:🎬映画(アニメ・SF etc.) 📚文化(読書・アニメ・サブカル)哲学(ドゥルーズ・ベルクソン・スピノザ・ニーチェ) シャドバ🃏将棋(振り飛車・アマ四段)🀄麻雀(雀魂)🐺(MWAM)🎧EDM(Skrillex•Marshmello)
  • 2026年9月30日
    心はどこへ消えた?
    すらすら読めるのに、大切なことが書かれているのはちゃんと伝わってくる。東畑さんの、不思議で魅力的な文章にはいつも感心する。 コロナ禍以降、心の調子を崩すことが増えて、メンタルクリニックに通うようになった。最近はカウンセリングも受けている。それでも、自分の心のことは、自分でもよくわからない。 この本には、いろいろな人の小さな物語がある。誰かに言われた言葉が忘れられなかったり、ささいな出来事に気持ちが揺れたり。そういう話の中に、その人の心がある。一つひとつを読んでいるうちに、自分の中にも思い当たる痛みや寂しさ、うれしさがあることに気づく。 誰かの心の物語を読んでいたはずが、いつの間にか自分の心にも触れていた。うまく言葉にできなくても、ここにちゃんとあったのだと思えた。そのことが、うれしかった。
  • 2026年9月30日
    会社でいちいち傷つかない 認知行動療法が教える、心を守り成果を出すための考え方と行動
    ためになることも書いてあった。職場の人間関係で、自分を必要以上に追い詰めないための工夫は参考になる。 ただ、自分で手に取っておいてなんだけど、心を楽にすることの行き先は、結局「ちゃんと働ける人」になることなんだっけ、とも思った。人とうまくやらなければ、という思い込みは緩めても、仕事で成果を出すことは前提として残る。 「働かざる者食うべからず」。本がそう言っているわけではないけれど、働いて役に立たなければならないという規範からは、あまり外に出られない感じがした。その規範こそ、自分を苦しめるスキーマになっていることもあるんじゃないか。 今の職場で少しでも楽に過ごすための本だというのはわかる。それでも、ちゃんと働くために心を守る、という順番に、どこか引っかかりが残った。
  • 2026年9月27日
    屁理屈と哲学
    小川哲の文章の切り抜き集。以外にも未発表原稿からの文章の数の多さに驚いた。当たり前だけど作家は表に出ている文章以上に書いている。 バラバラの作品から並べられた文章たちもあるテーマの元に並べられると不思議と繋がっているような感じがして面白い。 著者自身はこの選出に関わってはいないという事実も面白い。言わば他者から見た小川哲の鏡像みたいなものが立ち上がってくる。 あとがきでそれらの誤読を含めた読書の可能性に触れているのも良かった。
  • 2026年9月22日
    帳の向こう
    帳の向こう
    若林正恭と國分功一郎が、4年半にわたって社会への違和感を語り合った対談集。若林の身近な実感と國分の哲学の話がつながっていくところが面白かった。 新自由主義というと難しく聞こえるけれど、何をするにも成果や役に立つことを求めてしまう感覚には覚えがある。ただ夕日を眺めるだけの時間にも、ためらいを感じるという話が特に印象に残った。 楽しむことにまで理由が必要になっていないか。読みながら、自分もそういう考え方に慣れてしまっていると感じた。すぐに生活を変えられるわけではないけれど、何かのためではなく、その時間自体を楽しむことをもう少し大事にしたい。
  • 2026年9月21日
    デジタルネイチャー: 生態系を為す汎神化した計算機による侘と寂
    マタギドライブに備えて読んでみたけど、まだ難しい。AIが浸透し始めている現在の視点から読むとまだイメージはつきやすいが、当時読んだらもっと訳分からなかったかも。
  • 2026年9月17日
  • 2026年9月13日
    エチカ(倫理学)下(スピノザ)
    エチカ(倫理学)下(スピノザ)
    最後風のように清々しく終わった。こんな哲学書ははじめてかも。
  • 2026年9月13日
    スピノザ
    スピノザ
  • 2026年9月6日
    魔法の世紀
    魔法の世紀
    この本を今読むと、当時は未来の話だったものが、かなり今の生活に近づいていると感じた。スクリーンの中にあった情報が外に出て、計算機が現実の環境そのものに入り込んでいく。その変化を「魔法」と呼んでいるのがこの本の面白いところだと思う。 何度か出てくる「生成」という言葉が、今読むと少し違って見える。ここでの生成は、計算機によってモノや現象がその場で立ち上がるような意味で使われている。でも生成AIが当たり前になった今だと、「生成」と聞くだけで文章や画像を作るAIを思い浮かべてしまう。たった10年で言葉の受け取り方まで変わったことも含めて面白かった。
  • 2026年8月30日
    ヒトとAI
    ヒトとAI
    この本は、ヒトとAIの能力比較をする本ではない。AIという異質な知能を置くことで、むしろヒトの知能が何によって成り立っているのかを逆照射する本だ。 AIは判断できても、その失敗を自らの履歴として背負い、判断を「自分のもの」として引き受け続けることはない。そこから浮かび上がるのは、ヒトの知能が計算能力だけでなく、有限性、感情、文化、そして一度きりの時間の中で積み重ねた履歴の上に成立しているということだ。 AIに生成を手放したあと、人間に残るのは、すべてを自分で作ることではない。生成された可能性から選び、監査し、変更し、ときには停止させ、その判断の結果を引き受けることだ。生成が容易になるほど、「何を選び、何を捨てるか」という判断の重さは増していく。 本書が問うのは、AIが便利か危険かではなく、AIに何を委ね、それでも誰が責任を引き受けるのかという問題である。技術解説というより、AI以後にもヒトが主体であり続けるための見取り図として読んだ。
  • 2026年8月30日
    はじめてのベルクソン 時間をひらく哲学
    この本は、入門書というより、ものを見る時間の倍率を変えるための思考装置だった。 時計で区切られた時間を唯一の時間だと思い込む癖から距離を取り、「もう終わった」「こういうことだった」と閉じてしまう知性に、「待て、まだ動いている」と差し戻す。そのために渡されるのが、「アスペクト」と「スケール」という二つの道具だ。予定や記憶、決意だけでなく、自我、生命、社会まで、すでに完成したものではなく、それぞれ異なる時間の幅のなかで、過去を巻き込みながら生成し続けるものとして見えてくる。 四つの主著を順に案内しながらも、思想の要約には終わらない。ベルクソンの美しい比喩の奥にあるロジックを取り出し、現代の読者が使える思考の道具へと組み直していく。文章は驚くほど読みやすいのに、読み進めるほど、日常で無意識に下している「もう決まった」「もう終わった」という判断のほうが怪しくなってくる。 ベルクソンが「わかる」本というより、わかったつもりで固定していた世界を、もう一度動かす本。読み終えたあとに変わるのは、ベルクソンについての知識以上に、自分が時間のなかで何を見ていたのか、その見方そのものだ。
  • 2026年8月29日
    平熱のまま、この世界に熱狂したい 増補新版
    弱さをさらけ出すというより、著者本人が素直に自分を語っていると感じられる文体が良かった。カッコつけるでもなく背伸びするでもなく、ただ素直に自分のことを書く。自分もそういう文章を書いてみたいと思った。
  • 2026年8月21日
  • 2026年8月18日
    ビジネスパーソンのための「芸風」で書く技術
    おわりにでも触れられている令和人文主義の人たちの本を読んでいるとみんな「文体」の話をしている気がする。 AI時代に考えたものをなんでも気軽に作れるようになったら、人間の側に残るのはその元となる思考の「型」みたいなものなのかもしれない。それは身体性かもしれないし、その型の現れのひとつが「文体」なのかもしれない。
  • 2026年8月15日
    人生の意味の哲学入門
    人生の意味の哲学入門
    人生の意味なんて、川の流れのように変わり続けるものなのだから、考えても仕方がない。ずっとそう思っていた。 けれど、ちょっとした病気をきっかけに、自分の人生について考えざるをえなくなり、本書を手に取った。 読んでみて分かったのは、私が退屈だと思っていたのは「人生の意味」という問いそのものではなく、人生には本人とは独立した客観的な意味がある、と考える「客観説」のほうだったということ。 むしろ「主観説」や「独在説」のように、意味がどこから生まれるのかを自分の側から考える議論にはかなり惹かれた。 「人生の意味なんて考えてもしょうがない」という自分の考えも、実は人生の意味についての一つの立場だったのかもしれない。
  • 2026年8月2日
    死ぬまで生きる日記
    今受けている1年と少し経った自分のカウンセリングもいつか終わるのかなーと思いながら読んだ。 自分を表現するメタファーを見つけたいと思った。
  • 2026年8月2日
    コロナ時代の哲学
    コロナ時代の哲学
  • 2026年7月25日
    なぜあなたの感想はふつうなのか
    映画や本などのコンテンツに対して「独自の感想」を持つための技術や心得が書かれている本。 読みながら感じたのは、その方法が作品鑑賞だけにとどまるものではないということだった。 作品を見終わった直後に他人の感想を検索し、「自分の感じたことは間違っていなかった」と確認する。あるいは、多くの人が褒めているから褒め、批判されているから自分も違和感を探し始める。こうした態度は、コンテンツに対する感想だけでなく、政治や社会問題に対する意見の持ち方にもつながっているように思った。 この本が教えているのは、奇抜な意見を言う方法ではなく、自分の小さな違和感を見逃さず、それがどこから生まれたのかを考え、他人の言葉と比較しながら自分の視点を確かめる方法だ。 そう考えると、この本の裏テーマとして、他人と違う感想を持つこと以上に、周囲の空気に流されず、自分の判断をつくるという広い意味での政治的なテーマがあるのではないかと思った。
  • 2026年7月24日
    推したちとどう生きるか
    「推し文化について考察した本」くらいのつもりで読むと、少し痛い目を見るかもしれない。 この本で語られるのは、推し活の楽しさや問題点だけではない。推し文化を入口にして、日本社会における家族、共同性、労働、市場の歴史までを掘り下げていく、もっと根本的な文化論だ。それが三宅さんらしい柔らかな文体で語られる。 労働と市場に埋め尽くされた生活のなかで、私たちはなぜ推しを必要とするのか。推しを育て、守ろうとする母性的な共同性を暴走させず、それでも推しについて自分の言葉で語るにはどうすればいいのか。そんな問いを読者に投げかけてくる。 推し文化論という皮で包まれているが、その中身は日本人論であり、戦後社会論でもある。『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』と同じく、身近でポップなテーマを扱いながら、そこに本格的な批評を忍ばせるのがうまいと思った。 三宅香帆の文章は、甘いあんパンだと思ってかじると、あとから黒胡椒が効いてくる。
  • 2026年7月23日
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