夜想曲集
39件の記録
綾鷹@ayataka2026年4月17日音楽をテーマに、人生の夕暮れ(転換点)に立つ男女の揺れ動く心情を描いた5つの短編集。 時代が過ぎ去ったこと、現実と夢の間で揺れる切なさ、男女の微妙な人間関係が描かれている。 短編だから気軽に読めた。 ・エミリは、しばらくワインをすすりながら音楽を聞いていたが、やがて「ねえ、レイモンド」と呼んだ。「パーティにいるとするでしょう、ダンスパーティに。スローダンスが始まって、心から一緒にいたいと思う相手と踊っているわけ。これで十分、部屋にいるほかの人なんてみんな消えてしまっていい・・・・・そう思うけど、実際はそうならない。そうはならないのよ。いま腕の中にいる人が最高。ほかに半分もすてきな人はない。それはわかっているのに、部屋にはいろんな人が大勢いて、そっとしておいてくれない。大声で呼び、手を振り、ばかげたことをして、こっちの気を引こうとする。”"おい、なんでそんなので満足してるの?もっとなんとかなるんじゃない?こっちをご覧よ・・・・"って。しょっちゅう、そんな声をかけてくる。もう絶望的。好きな相手とだけ静かに踊っていたいのに、それができない。言っていることがわかる、レイモンド ?」 ぼくはしばらく考えてから答えた、「まあ、ぼくは君やチャーリーほど運がよくないからね。 君みたいに特別な誰かがいるわけじゃない。でも、どういうことか、なんとなくわかるよ。どこでよしとし、何でよしとするか。判断は難しい」 「そのとおりね。あの人たち、やめてくれるといいのに。あの有象無第。ちょっかいを出さずに、放っておいてくれればいいのに」 「さっき言ったことだけどね、エミリ、ぼくはからかっていたわけじゃない。チャーリーは君を大切に思っている。君との間の波風でまいっている」 エミリはぼくに半ば背中を向け、長い間じっと黙っていた。サラ・ボーンのヘパリの四月)が始まった。多少スローすぎるとも思うが、とても美しいバージョンだ。そのサラに名前でも呼ばれたかのように、エミリがぎくりと顔を上げた。ぼくに向き直り、首を横に振った。 「嫌よ、レイ。あなたがもうこういう音楽を聞かないなんて、肩じられないし、認めたくない。 昔はよく一緒にレコードを聞いたじゃない。大学に来るときママが買ってくれた小さなレコートプレーヤで。あれをなんで忘れられるのよ」 ぼくは立ち上がり、グラスを持ったままフレンチドアまで歩いた。外のテラスを見やったとき、気がつくと目から涙があふれそうになっていた。エミリに見られたくなくて、ドアを開けてテラスに出た。だが、すぐ後ろからエミリもついて出てきたから、あるいは見られたのかもしれない。 ぼくにはわからない。 夜は暖かくて、気持ちがよかった。サラ・ボーンと楽団の奏でる音楽もテラスまで漂ってきていた。星はさっきより明るさを増し、近隣の家々の明かりも夜空の延長のように瞬いた。 「とってもいい歌」とエミリが言った。「これも忘れてしまったと言うの、レイ?でも、たとえ忘れてしまっても、踊ることはできるわね?」「うん、できると思う」 「フレッド・アステアとジンジャー・ロジャーズみたいに」 「うん、みたいに」 ぼくらはワイングラスを石のテーブルに置き、踊りはじめた。とくにうまく踊れたわけではなく、膝が何度もぶつかり合ったが、ぼくはエミリをしっかりと抱き寄せた。エミリの服、エミリの髪、エミリの肌の手触りを、体中の感覚で受け止めた。そうやって抱きながら、エミリの体重の増えぐあいを改めて感じた。 「あなたの言うとおりよ、レイモンド」とエミリが耳元でささやいた。「チャーリーはまともな人。わたしたち、やり直さなければ」「そう、やり直さなければ」 「あなたはわたしたちの大事な友人よ、レイモンド。あなたなしでは、どうすればいいの」「いい友人と言ってくれるのは嬉しい。ほかは何もかもだめだもの。ほんとうのところ、ぼくは役立たずだ」 肩が鋭く引っ張られた。 「そんなこと言わないで」とエミリがささやいた。「そんなふうに言わないで」そして、一瞬ののち、「とてもいい友人だもの」とつづけた。 これはサラ・ポーンのヘパリの四月)。クリフォード・ブラウンのトランペットで歌った一九五四年バージョンだ。だから、長い。少なくとも八分間はつづく。ぼくにはそれが嬉しかった。 この歌が終われば、ぼくらが踊ることはもうない。部屋に入ってキャセロールを食べる。そのあと、たぶん、エミリはぼくが日記帳にした仕打ちを思い、はてなと思い返し、結局、最初思っていたほど無害ないたずらではなかったことに気づいて、怒るかもしれない。ぼくに何がわかる。 だが、少なくともあと数分間、ぼくらは安全だ。だから、二人は星空の下で踊りつづけた。 ・リンディはさらに奥まで通路を進み、振り返った。「覚えてる、スティーブ?わたしたち、昨日ここで、あの男たちが来る前にちょっと言い合いをしたでしょ?」「覚えてますよ。でも、蒸し返さんでください。無礼だったのはわかってます」 「そうね、忘れましょう。さて、あの七面鳥はどこかしら」リンディはもう一度ぐるりと見回した。「あのね、スティープ、わたし子供の頃は歌って踊れる女優になりたかったの。すごくなりたくて、だからすごく努力した。どれほど努力したか、神のみぞ知るよ。でも、だめ。何をやっても笑われた。この世は不公平だって恨んだわ。でも、少し大きくなってから、結局、それほど不公平でもないのかなって思うようになった。わたしみたいにとくに才能に恵まれてない女にも、チャンスがないわけじゃない。目立てる場所がある。その他大勢の一人に甘んじることはない。 簡単なことじゃないし、必死でがんばる必要があるし、他人の目なんか気にしてちゃだめだけど、でも絶対にチャンスはある」 ・「スティーブ、聞いて。奥さんが戻ってくれるといいし、わたしもそれを願ってる。でもよ、戻ってこなかったときは、それはそれで頭を切り替えなくちゃ。奥さんはすてきな人だったんでしょう。でもね、人生って、誰か一人を愛することよりずっと大きいんだと思う。あなたはその人生に出ていくべき人よ、スティーブ。あなたみたいな人はその他大勢と一緒にいちゃだめ。わたしをご覧なさい。この包帯がとれたって、はたして二十年前に戻れるかどうかわかりゃしない。 それに独身だったときなんて、もう大昔だしね。でも、わたしは出ていって、やってみる」 ・次の二日間、ティボールはこのときのやり取りを幾度となく考えた。自分が誇らしい思いでペトロビッチの名前を出したとき、女の口の周辺に浮かんだ薄笑いを思い出し、そのたびに新しく怒りが込み上げてきた。だが、あらためて思えば、あれは旧師のための怒りではなかったのだとわかる。これまで、旧師の名前を出せばそれなりの効果があることに慣れ切っていた。相手から注目され、敬意をもって迎えられることを期待できた。つまり、自分は旧師の名前を権威として世界に振りかざし、それに依存してきたのではなかったのか。あのときあれほど動揺したのは、ひょっとしたらこの権威には思っていたほどの威力がないという可能性に気づいたからではなかったか…・・・・・? ・さて、本書である。常々、大きく影響を受けた作家の一人にチェーホフをあげているとおり、モーパッサン的なドラマ性や落ちはなく、どれも人生の一瞬を切り取ってみせたような作品に仕上がっている。 タイトルが『夜想曲集』、副題に「音楽と夕暮れをめぐる五つの物語」とあれば、音楽と夕暮れが重要なテーマになっていることは当然だが、もう一つ、どの話にも共通しているのが夫婦間もしくは男女間の危機である。たとえば、第三備「モールバンヒルズ」に登場する音楽家夫婦は、目指す音楽の違いから仲が険悪になりつつある。旅行中に若いころのイシグロを連想させるようなシンガーソングライター志望の若者と出会い、その歌から一瞬の安らぎをもらう。第二篇「降っても晴れても」では、いまは外国で英会話教師をしている五十近いジャズ大好き男が、大学時代の親友夫婦の間に生じた波風を静めようと悪戦苦闘するし、第四備「夜想曲」では、才能はあるが醜男のテナーサックス吹きが、去っていった妻を取り戻そうと整形手術を受け、回復中に隣室の患者とホテル内を探検して回る。この二作にはドタバタ喜劇的な要素がたっぷりと含まれていると同時に、『充たされざる者』を思わせるようなシュールな味わいがある。第四でホテル内探検を先導した隣室の患者は、実は第一篇「老歌手」にも往年の大歌手の妻という役割で登場している。この歌手夫妻は結婚して三十年近くになるが、ますます深く愛し合っていて、いまイタリアのベネチアに来ている。夫はゴンドラを雇って運河を漕ぎ下り、窓辺の妻に向かってセレナーデを歌う計画を立てる。その心にある思いとは・・・….。そして、私自身がいちばん不思議な話だと思っているのが、第五篤「チェリスト」である。ここには他四と違って夫婦は登場しないが、結婚を望む求愛者から逃げてきて、ひっそりとホテルに隠れている自称チェロ演奏の大家がいて、若いエリートチェリストに個人指導をする。 それぞれに独立した話であるし、場所もベネチア、ロンドン、モールバン、ハリウッド、アドリア海岸のイタリア都市とさまざまながら、イシグロ自身が一つのアルバムにたとえるだけあって、テーマにも雰囲気にも強い共通性(若かったころの思い出、失われた機会、拡散していく夢…ノスタルジア)がある。時代的にもほぼ同じで、イングロの言葉では「ベルリンの壁の崩壊から9・11まで」を想定しているらしい。最初は六篇を収める予定だったが、一節だけ時代設定が一九五〇年代になったため本書から除いた、とも言っている。これはいずれ別の形で発表されることになるだろう
monami@kiroku_library2026年2月20日読み終わった聴き終わった音楽家であり、「大人」である登場人物たちの、ほろ苦く、情け無く、でも少しロマンティックな日々を切り取った短編集。 なんというか、等身大だ……。




ぷかぷかナミ太郎@pukanami2026年2月1日読み終わった昨日読んだ『浮世の画家』が面白くてもっと読みたくなったので。「チェリスト」の自称天才の女が良かった。純度100%のうぬぼれから生まれる神々しさ。
Daidaigo@df21792026年1月17日読んでるカズオイシグロはわたしを離さないでが断トツベストだが、短編も好きかも。 音楽の素養があればもっと楽しめるである短編集。ままならないこともあるよね、けど音楽は救いだよね
RIYO BOOKS@riyo_books2023年1月7日読み終わった人生って、誰か一人を愛することよりずっと大きいんだと思う。あなたはその人生に出ていくべき人よ、スティーブ。あなたみたいな人はその他大勢と一緒にいちゃだめ。わたしをご覧なさい。この包帯がとれたって、はたして二十年前に戻れるかどうかわかりゃしない。それに独身だったときなんて、もう大昔だしね。でも、わたしは出ていって、やってみる。





























