話の終わり
53件の記録
- 海老@ebi-2026-32026年3月27日読み始めた読書日記図書館本まだ冒頭2p読んだだけなんですけれど… もう既に先が気になっている… 彼(元カレ?)の住所はどれも短命に終わるって何回もアドレス帳に新しい住所書き直してるの怖すぎる
絵美子@835emiko2026年3月2日読み終わった主人公の女がとある年下の男と出会って別れ、別れた少しあとまでのお話。なのだけれど作家、翻訳家である書き手の現在の近況やこの小説の進捗、どのように書き進めて何処でつまづいているか、当時の彼や彼について思いを巡らせる自分をメタ的に眺めるわたし等、様々なわたしが登場する。 感情的な文章は無く、淡々と冷徹に語られ、ウミイチジクが生えている様子も彼や私の喧嘩での態度も同等の事象、現象のように書かれている。 初めの方と中盤すぎに出てくるページがすきで読み進めては戻って読み返したりした。 「 まだ何ひとつ始まっていなかったあの時間こそが、ある意味では最良の時だったのかもしれない。二本めのビールを開けたとき、私たちは秋の終わりから冬にかけて起こったその後のすべての出来事もいっしょに開けてしまった。けれどもまだ二本めを開けずに座っていたあの島のような時間には、幸福だけが二人の目の前にあって、二本めを開けないかぎり、それは始まらずにいつまでもそこにあった。」 「他人と暮らすと、自分がいかに身隣手かを思い知らされる。他人を愛することも私には難しいが、こちらのほうはだいぶ上達しつつある。(中略)たとえばテーヌは、愛するということは他者の幸福を自分の目標にすることである、と言っている。私はこれを自分の場合に当てはめてみた。だが、もしも愛するということが他人を自分より優先させることだとするなら、そんなことはとてもできそうにないと思った。とるべき道は三つあった。他人を愛することをあきらめるか、身勝手をやめるか、身勝手なまま他人を愛せる方法を見つけるか。最初の二つはとてもできそうになかったが、ずっとは無理にしても、休み休み誰かを愛せる程度に身勝手でなくすることなら、できるようになるかもしれないと思った。」 何事も始まれば終わると常々感じているし、終わらせたくなければ始めなければよいが、始めないとわからないことも多々ある。始めようとしてわざわざ始めるなんて事はないだろうし、何処が始まりだったのかは終わってからでないとわからない。でも終わってみるとわかるし、そのどれも全く不思議な事では無いと思った。
まりりん@mariring_10152026年2月18日読み終わった☆☆☆☆超オススメ本屋さんで目に留まって手にした一冊。 本当に本当によかった。 淡々とした文章なのに ここまで入り込んでくるのは本当に凄いと思う。 岸本佐知子さんの訳もすばらしかった。 今までにない読後感を味わえました。









カランコエ@forget_me_better2025年12月31日かつて読んだ物語のなかでいちばん難しいのは終わり方である。語り手あるいは書き手がその物語への干渉をやめる、別れの瞬間だから。 この本に出てくる無数の終わりかけは、語っている人がその思い出を手放したくないがゆえに、用意周到に「失敗されている」。 見方によっては冗長かもしれないが、とある出来事が目の前で記憶として腐っていくとき、はたして私たちは口を噤んでいられるだろうか。
jyue@jyue2025年10月2日読書日記積読山に戻した10月某日 最近、朝目が覚めたらとりあえずAMラジオをつけて適当なニュースを流しながら、顔を洗ったり、飲み物を作ったり、働く準備をしている。スマホやテレビをだらだら観たくなくて始めた習慣が割と心地よい。 夜、すだちときのこのパスタを食べて、上林暁の『星を撒いた街』を読み終える。うん、素晴らしく良かった。あとがきも含めて素晴らしかった。 子どもの頃から、本を読み終えて、次に読む本を選ぶために自宅や図書館の本棚と向き合っているとき、美女と野獣のベルを思い出す。ずっと好きなシーン。今夜からは途中で止めていた『話の終わり』を、今回はちゃんと読み終えたい。





























































