気流の鳴る音
34件の記録
まつこ@matsuko--Books2026年1月8日読んでる青年は別れるときに、「また会いましょう、この生のうちに」とさりげなく言って、もう一度「この生のうちに(イン・ジス・ライフ!)」と繰り返した。 ぼくたちの死は自然への還帰であり、ぼくたちはそこでふたたび、虫や草木や水としてありつづけるだろう。そこで相会うこともまたあるかもしれない。けれどもこの人間としての、みじかい生のうちにももう一度会いたいですね、とこの青年はいう。この世にかつて存在し、これから存在する生命はすべて、このように今も存在し、永劫にこの宇宙のどこかに転生しつづけるだろう。(P201-202)
わか@waka2026年1月4日再読中p43の「世界」と〈世界〉の違い、「世界」が小宇宙、〈世界〉が大宇宙みたいなイメージなのかなと思った 前者が人間の内側内臓的小宇宙、後者が外宇宙的な…でも〈世界〉への内在(融即化)が全然わからんね…
まつこ@matsuko--Books2026年1月4日読んでる芭蕉は松島をめざして旅立つ。「奥の細道」の数々の名句をのこした四十日余の旅ののち松島に着く。しかし松島では一句をも残していない。「窓をひらき二階をつくりて、風雲の中に旅寐する」一夜を明かすのみで、翌日はもう石巻に発っている。松島はただ芭蕉の旅に方向を与えただけだ。芭蕉の旅の意味は「目的地」に外在するのではなく、奥の細道そのものに内在していた。松島がもしうつくしくなかったとしても、あるいは松島にたどりつくまえに病にたおれたとしても、芭蕉は残念に思うだろうが、それまでの旅を空虚だったとは思わないだろう。旅はそれ自体として充実していたからだ。(P.145)


まつこ@matsuko--Books2025年12月27日読んでるわれわれの文明はまずなによりも目の文明、目に依存する文明だ。 このような<目の独裁>からすべての感覚を解き放つこと。世界をきく。世界をかぐ。世界を味わう。世界にふれる。これだけのことによっても、世界の奥行きはまるでかわってくるはずだ。(P.102)



まつこ@matsuko--Books2025年12月24日読んでるおもしろい。 浜崎先生の「内面的自己」「外面的自己」のお話と通ずると思う。 ... あたかも近代文明が、あらゆる種類の本源的共同体とその自然との関係を、つぎつぎと風化し解体しつつ地表をおおいつくすように、<トナール>もまたその機能性によって、われわれの内なる<ナワール>を侵略し、抑圧し、包摂してゆく。あるいはむしろ、この言葉による内的な世界分割が完了してしまった時代をわれわれは通常生きる。そしてこの広大な、かつ抑圧された<第三世界>の解放と、それに向って<トナール>そのものを根底から再編成してゆく課題が、われわれ自身の自己解放と、存在の充全性の獲得の問題の軸としてたちあらわれる。(P.72)
uzoo@uzoo2025年8月11日読み終わった@ カフェ自分にとってとても大切なことが書かれていることはわかるが、まだうまく言葉にできない。この方に見えていた世界をもっと知っていくうちに、何か見えてくるのか。もう少し探究を続けてみよう。



















