ひとごと
38件の記録
socotsu@shelf_soya2026年2月13日読み終わったコミュニケーションがないのではなくコミュニケーションしかないことへのさみしさ、日記を書き続けることについての文章がよかった。『置き配的』も読む。


socotsu@shelf_soya2026年2月13日心に残る一節p.109 誰かと親密になるということは、そのひとの固有性を見いだすことかもしれないし、そのひとでなくもなさを様々にストックしていくことかもしれない。後者の場合それは他の誰かに重なり合い、いつか会う誰かにその面影を見たり、そもそもいつかの誰かの面影を見たからそのひとと仲良くなったのかもしれない。


socotsu@shelf_soya2026年2月11日読んでる善人、悪人、馬鹿者のたとえにおける「善人と悪人」「馬鹿者」(一人一人の人ではなく、自分の中に全ている存在)は、近代における自己決定が可能な存在こそがただしい人間、という枠組みをずらす考え方のひとつととらえた。『他者といる技法』のことも思い出している。


socotsu@shelf_soya2026年2月10日心に残る一節読書メモp.10より 「ひとごと」とは、あたうかぎり慎重な曖昧さで定義しておくと、ある他者が私を主体でなくしてしまい、ふたたび我に返ったときに私がその他者に感じる、醒めた感じ、である。そこで立っている杖、から、眼を逸らすことができるのは、杖が放っておいても立っているからであり、同時に、私もまたどこかしらそうであるからだろう。 道徳も真理も腐りきっているとしたら、いったいひとは何を拠り所にして生きていけばよいのか。そんなものはない。しかしそれはたんに人生の厳しさであるだけでなく、楽しさや喜び、あるいは優しさの条件であるだろう。雑多な文章が収められたこの本に通底するのは、「ひとごと」との距離のうちにある、そのようなポジティブな条件の探究である。 私が自分であったり自分でなくなったりすることを可能にしてくれる他者。主体としての私は誰かに対してそのような他者であることはないかもしれないが、私が知らないあいだに私から剥がれる何かは、誰かにとっての自立する杖かもしれない。
Ryu@dododokado2025年11月22日読んでる「ポシブル、パサブル」だけ読み返した 「空間とはpossible なものの空間であり、それは放っておけるということと(あてもなく)通過できるということにおいてpassable だ。そもそも可能と不可能は対称な関係にない。不可能なものは絶対にできないが、可能なものはありうるがそれはたんにありうるだけだ。そこにはミニマムな複数性がすでに埋め込まれている。そしてそのつどの可能なものに私がくっつき、それとともに私は「いてもいいし、いなくてもいい」ものになる。パンデミックによってどこにいてもそこが「いるべき場所」か「いてはならない場所」のいずれかでしかないような状況において、あるいはもっと広く、つねにSNSやGPSや閲覧・購買データのトラッキングによって「そこにいるのかいないのか」、「どこから来たのか」と探られるような状況において求められるのは、どこへ行ってもおなじだという居直りでも、ユートピアとセットになったグローバリズムでも、あるいは独りで閉じこもるプライバシーの権利主張でもなく、いてもいなくてもよくなることではないだろうか。」(71-2)
しらすアイス@shirasu_aisu2025年3月22日読み終わらないうちに返却期限がきたやっと文章のリズムに慣れて読めるようになってきたところだけど返却。読めた中では「長続きしないことについて」という日記に関するテキストが良かった。







































