スマホ時代の哲学失われた孤独をめぐる冒険
63件の記録
あきやま あき@aki_mountain2026年10月4日読み終わった『働いているとなぜ本が読めなくなるか』と似たテーマかなと思いきや東畑さんの『カウンセリングとは何か』寄りの話だった。 スマホとどう折り合いつけながら生きてくか、という話。スマホから完全に離れる(SNS断ち)の本は読んだことあるけど、現実的ではなくない?と思ってたので、本書でも同じ意見で安心した。 東畑さんと同じく「寂しさ」が現代病なんだろうな。 趣味、突き詰めれば創作や何かを育てることが自分との対話、のも納得。確かに文章書いてると自分との対話や一種のセラピーになってるなと思うことあるので。とすれば文章書きたくても面倒で逃避に走る(SNS見ちゃう)のも、自分と向き合うのが怖い/面倒、ということなのかも。

高尾清貴@kiyotakao2026年3月16日読み終わった【1人の中に2人いる】 中学のときの何かの授業(たぶん国語)で、川柳を作ろう、という単元があった。 当時ぼくは、「先生や、友だちの目が、気になって」という川柳を提出して、担任の先生をひどく心配させた。 定期的に先生と生徒の面談の場が設けられていたのだが、基本的に、成績優秀、品行方正なぼくは、普段は最後の方に呼ばれることが多かったのだけど、あの川柳を提出したときは、トップバッターで呼ばれた。 僕が、先生や友だちとの関係性で悩んでいるのではないか、と心配してくれてのことだった。 いま思い返しても、本当にいい先生だ。 しかし、僕としては、何かに悩んでそういう川柳を提出したわけではなく、ちょうどそのとき、「1人の中に2人いる」ということに気がついて、その発見をシェアしたかっただけなのだった。 「うわー、自分の中に、他者の目線を気にする自分がいる…!おもしろー!」ということが言いたかった。 しかし、当時の僕にはそんな語彙はないし、何より、「〇〇て」で終わる川柳がカッコいい、と思っていたことと相まって、冒頭の川柳が誕生してしまったのだった。 あの川柳を優等生が提出してきたら、心配になる気持ちも、よくわかる。 それが、谷川さんの「スマホ時代の哲学」において、ハンナアーレントの「孤立」「孤独」「寂しさ」について紹介してくれており、僕が中学生のときに表したかったのは、これだ…!と、25年近く経って、ようやく、言葉に辿りついた、という気持ち。 僕は「孤独」の大事さに気がついたらことが伝えたかったのに、言葉が適切でなかったので、先生はぼくの「寂しさ」を心配してくれていたんだと思う。 ハンナアーレントを読む機運が、高まっている。しかし、本屋で人間の条件を手に取ってみたが、そのときは、そっと、棚に戻されたのだった。いつかは…


















































