明六社
22件の記録
LUCiA@gogo2026年4月5日途中から拾い読みにちょっと私には難しかったのと、図書館への返却期限が迫ってきた。最初から読んでいたが途中で拾い読みに切り替えた。 ただ、当時のスーパースターである福沢諭吉のページは、急ぎつつも焦りつつも読んだ。 お札の肖像画しか福沢諭吉については知らなかったが、タイトルの明六社という結社に所属していた。しかし、福沢諭吉がスター過ぎて、現在では明六社の存在は霞んでいるそうだ。 明六社の他の所属メンバーについて各章で述べられている。福沢諭吉もあくまでその一員として書かれている。ちなみに大男だったそうだ。 印象に残ったところ 箕作麟祥と言う人の翻訳に対する考え方が見える。「自由(liberty)」について、アジアと西欧の気候の違いや歴史的文脈から自由の気風の醸成について理解していったり。 福沢諭吉は議論や討論に不信感を持っていた。何か反対意見がある時、真正面から論駁すれば、むしろ相手の意見が広く読まれるようになる。だから、相手の意見を放置し、無視するのが良いとしている。 これって、今で言う炎上商法の解決策やねぇ。 以上。
小野 妹子歩@imokov2026年3月22日買った読んでる明治六年の東京物語 〜明六社という社名は、設立されたその年にちなむ。また「明け六つ時」におそらくかけている。明け方の六つ時、つまり当時通用の不定時法に基づく、日の出の前後の時間帯のことで、夜の終わりとまばゆい日の光を連想させる名称である。〜まえがきより。
高橋典幸@takahashinoriyuki2026年3月18日買った@ BOOK COMPASS エキュート上野BOOK COMPASS エキュート上野店にて、新書の本棚に目の高さの面陳列で5冊ほど陳列されていたものを手に。
i.@rom-random1900年1月1日読みたい知的結社の話 福沢諭吉 西周 江戸から明治へ時代が移り変わる頃の知識人の議論 現代の炎上への恐怖は当時でいう暗殺への恐怖 PageTurners 三宅香帆
















