この世の喜びよ
53件の記録
かけと@kaketo_sato2026年4月8日読み終わったずっと誰かの視点から穂賀さんの日常を眺めている。モールで働く穂賀さんは、毎日そこに来る少女との会話の中で、娘と少女を重ねたり、自分の行いを顧みたりしながら、生活の中の些細なことにアドバイスをしたり、時にはできずにモヤモヤしたりと悩みながらもその時間を楽しみにしている。 今村夏子さんのむらさきスカートのように、物語の語り手が明らかにされるような仕掛けはなく、ひたすら謎の語り手によって物語が進んでいく。 二人称語りの文章。時折自分に向けてかけられた言葉のように感じられて不思議な読み心地。 「あなた」はモールが好きで、輝いて見えている。弟の世話に不満を抱く少女との会話を通して娘を育てた記憶や些細なやりとりを思い出し、おそらく嬉しく、また尊く感じている。たいそうなことを言うのでもなく、等身大のままの「あなた」の振る舞いから、この世の喜びを感じました。
あさだ@asadadane2026年3月21日読み終わった小説すき@ ほんたす しんこうべ大きな起伏がある物語ではなく、淡々と詩のように綴られており、序盤は<あなた>を介して自身の父母や祖父母のことを回顧する装置のような機能を持つ作品という感覚があった うまく伝わらなかったこと、期待に応えようと無理をしたこと、そしてそれ以上に与えてもらったこと、そういうあれこれは日常の細部に宿る 終盤は<あなた>の内省が曇天から差す光みたいな切実さがあり、この小説に「この世の喜びよ」と名づけることに希望があると思った
ちゃおくりー@qiaokeli2025年10月4日読み終わった初めての二人称語り。最初はいい感じに読み進めていたが、読者時間があまり取れない中読み進めた後半は馴染み難くなってしまった。馴染めないからブツ切れになったのかもしれないが。一気に読むことをお勧め。仕事が忙しく読書時間が往復の電車内だけになり、一人称の現実社会と二人称の小説の世界との行ったり来たりが、私には上手く心にフィットしなかったのだと思う。
藤@__fjmrmk__2025年9月26日読み終わった200ページも満たない小説だから、さっと読めるとたかを括っていたが大間違い。まず「あなた」の二人称から語られる独特の始まり、文はあまり途切れることなく句点を多用に使っている。最初あまりの読みづらさに手を止めようかと思った。けれど次第に読んでいくにつれぼんやりとしていたストーリーの輪郭がだんだん鮮明になる。この読みづらさは国語の教師を経て詩人でもある作者が故に文体に囚われないことばあそびの自由さの賜物なのだ。そこに気付いたときあっという間に全て読み終え、余韻が残る読書体験が残った。



もん@_mom_n2025年9月20日読み終わった心に残る一節@ カフェ最近はひたすら井戸川射子さんの本を読んでいる。 p.45 娘たちの誕生日には、あなたはいつも産院にいる自分を思い浮かべ、力んでいる腰に手を平たくぐっと当ててやるのを想像する。本当にそこに行ければ、もらい泣きでもしながら親身になって、幾晩でも撫で続けるだろうが、今この私に降りかかっている痛みでなくて良かったと、思ってしまうだろう。撫でられている自分は敏感に、それを察知するだろう。 p.61 ゆっくりとしか時間は流れず、あなたの体がぼんやりと倒れそうになる、わざとだ、別にしっかり立っていなくてもいいと、思ったからふらついたのだ。 p.95 長いのを話している途中で少女が走り去ってしまいでもしたら、あなたは傷つくだろう。怒る時胸ぐらを掴む教師がいたのは、そうして固定でもしていなければ、最後まで聞いてもらえる自信がなかったのだろう。


1neko.@ichineko112025年4月12日読み終わった「あなた」という二人称で語られる物語。その都度、立ち止まって世界をみているよう。語られていることよりも語られていない方の情報の質と量を感じてしまう。

幸緒@kons_03202025年1月27日読み終わった『ここはとても速い川』の読後(まるでほんとうに川面のようだ)とおもったし、表題作「この世の喜びよ」でも、ことばが溢れてあふれてとどまらない感覚を抱いた。解説にも「水」についての記述があったけれど、井戸川さんの書くことばは何かが「水」らしくて、それが明るくも暗くもなりながら押し寄せてくることに、むしょうにうれしくなってしまった































































