水曜生まれの子
94件の記録
Yamada Keisuke@afro1082025年12月25日読み終わった近年、イーユン・リーの翻訳版がコンスタントにリリースされている。小説を手にする機会が減った今も、彼女だけは例外として追い続けている。久しぶりの短編集は、短いからこその切れ味が冴え渡り、一編読み終えるたびに思わず遠い目をしてしまう、そんな余韻の深い一冊であった。 本著は2009〜2023年の14年のあいだに発表された短編をまとめた作品である。その歳月を感じさせないほど、まとまりのある短編集という印象だ。それは壮年もしくは中年の女性が主人公であり、子どもの不在を中心に思い悩む姿が繰り返し描かれるからだ。最近の長編においては、自身の出自と距離のある登場人物の小説に挑戦しているが、今回は「中国からの移民女性」という主人公が多く、著者の気配が色濃く漂っていた。 訳者あとがきにもある通り、著者の人物描写は最小限に抑えられているゆえに切れ味鋭いフレーズが際立つ。長編でも同様なのだが、短編で話の密度が大きくなることに比例するかのようにフレーズの威力も増しており、これほど付箋だらけになる小説もそうそうない。エンパワメントされる言葉もあれば、心の隙間に入り込んでくる言葉もある。 科学では妥当と考えた仮説だけを追究する。人生は、それではすまない。 人生は、死への控えの間だ。 家というのはどれほど照明がついていても、どれも同じであることを思い出させる。すべての家が、無関心な暗闇の中にある。 あたしが人間のどこが嫌いか知ってる?"これはあなたの学びになる"ってすぐ言いたがるところ。だって、学んで何の意味があるの。人生で何かに失敗しても追試は受けられないんだよ 『理由のない場所』から続く、自死によって子を失った母親の物語がやはり重く響く。先日読んだ『Θの散歩』でも書かれていたが、私自身、親となって以来、我が子か否かに関わらず、幼い命や若い命が失われることへの恐怖は増すばかりだ。そんな中で取り残された親側の心情の繊細な描写の数々は、著者の実体験と筆力がかけ合わさった結果、唯一無二のなんともいえない味わいがある。書くことでしか消化も昇華もできない感情の澱があるのだろう。子育てめぐる以下のアナロジーは、彼女の重たい心境を端的に表している。 子育てとは裁きだ。運のいい者は慎重な、あるいはやみくもな楽観主義のまま、自らの正しさを主張し続けている。 子育てはギャンブルなので、はったりをきかすしか手がないのだ。 なかでも「幸せだった頃、私たちには別の名前があった」は子どもを失って直後の短編ということもあり、感情の生々しさが他の作品よりも強烈だ。主人公はエクセルシートに記憶にある限り、自身周辺の死者を書き出して、それぞれの死を回想しながら、我が子の死を相対化しようと試みる。アプローチ自体はドライなんだけども、奥にあるウェットな感情が夫との会話のラリーで表現されていて胸が詰まった。積読していた本著をこのタイミングで読んだのはエッセイがリリースされていることを本屋で知ったから。早々にそちらも読みたい。



iram iram@booklover02142025年12月24日読み終わった子を喪った親や若者の死が何度も登場するのは筆者の痛切な実体験によるのだろうけど、年の離れた男に性的に見られる不快な感触も繰り返し描かれる。喪失や死の色濃い短編集であっても、なんとなくユーモアもありいたるところにハッとするような鮮やかなフレーズがあって、読書としてはたのしい。




iram iram@booklover02142025年12月20日読み始めたここ、ぐっときた。『空気は酸化するし、水は濁る。時間も空気や水のように腐る。そして人生には時間の腐食に耐えられるものなどほとんどない。』

もぐもぐ羊@sleep_sheep2025年12月16日読み終わった「ひとり」「幸せだった頃、私たちには別の名前があった」「すべてはうまくいく」この3編には特に死と喪失の痛みが絡みついていた。 全編を通して生きることの苦痛が感じられた。 また著者自身が息子を自死で亡くしていて、それを登場人物の中に自身を投影している物語もあった。 似た経歴のリン・マーの小説とはテイストが異なるが、世代の違いなのか。 私はどちらも好きだ。 作品の中には書かれた時期の世情が反映されていて記録として読むこともできる。 コロナ、トランプ政権(1期目←多分)、カリフォルニアの森林火災など。 アメリカにとって災難な時期でもあり、特に移民の著者(アメリカに帰化しているが)にとっては脅威となる事態がさらに今エスカレートしていることが今後の創作に影響するだろうが、悲劇にならないよう祈りたい。









もぐもぐ羊@sleep_sheep2025年12月15日まだ読んでる「非の打ちどころのない沈黙」 二度しか会ったことのないジジイから毎年そのジジイの誕生日月にメールが送られてくる関係って何?と思ったらすごくキモいジジイだった。 19歳のミンに自分の息子の花嫁候補として息子本人ではなくジジイ(この時はまだジジイではないかも)が会いにきて、仲人の家で二人きりになり、不自然な接触をしたり自分の権威を振りかざすようなことを言ってミンをしらけさせ、英語のレッスンをしてやるから連絡しろとか、実にキモい。 中国に住んでいるミンがアメリカに住んでいるジジイの息子と結婚すればミンはアメリカに行けるので、ミンが自分の言いなりになると思ったようだ。 その後、ミンが別の男性と交際をはじめた頃に家を訪ねてきてその交際を咎めたり、さらに数年後(ミンは結婚してアメリカに住んでいて子どももいた)ジジイが実家を訪ねてミンの連絡先を聞き出し、そこから毎年メールが来る。 ずっと返信せずに沈黙をまもっていたミンがラストにジジイ宛てのメールの返信に書いた言葉は原文では何だったのか気になる。 ジジイの中ではミンは二十歳そこそこの若い女のままだけど実際のミンは40代の中年女性なのだからガツンと言ってやればいいのである。 「母親に疑わせて」 中国の内モンゴル自治区出身で舞踏団の団員だった両親がアメリカ公演中に亡命して、サンフランシスコで中華料理店を開き、アメリカンで生まれたのが主人公のナラントゥヤー。 彼女がパリのレストランで目撃したよくしゃべる居丈高な男がドナルド・トランプで脳内再生されてちょっとウケてしまった。 多分「非の打ちどころのない沈黙」でトランプ支持者の夫が感じ悪いなと思いながら読んでいたことや共和党支持者(トランプ支持者)だと学校でいじめられるまではいかなくてもクラスメイトから避けられるかもしれないのが今のアメリカなのかと思った(州によって違うだろうけど)









もぐもぐ羊@sleep_sheep2025年12月13日まだ読んでる「こんにちは、さようなら」と「小さな炎」を読んだ。 訳者あとがきのおかげで読めているなと感じるのは「小さな炎」の中に出てきたD.H.ロレンスの「狐」がどんな物語なのかを簡潔に示していてくれたこと。 そして「狐」の詳しいストーリーや顛末を知りたくなってしまった。









もぐもぐ羊@sleep_sheep2025年12月11日読み始めたはじめて読むイーユン・リーの小説。 短編の名手だそうで「中国のチェーホフ」といわれているらしい。 とはいえ北京生まれで、大学卒業後アメリカに留学してアメリカの市民権を取り英語で創作している彼女を「中国のチェーホフ」と呼ぶのは少しずれているような気もする。 表題作の「水曜生まれの子」と「かくまわれた女」を訳者あとがきを読みながら読んだ。











きりんモリモリ@tantakadance2025年11月12日タイトルに惹かれて読み始めた。 最近本を読んでいなかったからか、読み慣れるまで時間がかかる。 私はこのような感情たちを薄い膜からしか眺められないから、ダメな気がしてくる。


ないとうなみ@eheheno_he2025年7月27日読み終わった彼女の子どものもうひとりも自死していたことを最近知った。どの話も、彼女自身の要素がいくつもいくつも散らばっているように読めた。彼女が書いた物語、と思った。 旅行先で、彼女と同じように中国からアメリカに渡ってきた女性に出会ったとき、私は彼女の話をした。彼女の作品のどこがいいかを訊かれて、淡々とした文体で、感情を揺さぶるような物語を書くところと答えた。思いついたことで英語で言えることはこれしかなかった。 今ならどう言うだろうと考える。前に言ったことはもちろん、そのうえで────人は思いや考えをいつでも明確な言葉で表せるわけではないと知っていること。そしてそれを振りかざすでも投げ捨てるでもなく、粛々と書いているところ。 https://note.com/eheheno_he/n/n6eefc229c603

タレ@miki_nike2025年7月4日読み終わった@ 草枕様々な年代の、様々な仕事を持つ人々の人生を、こんなにも物語れるなんてー。すべてのエピソードが本当にあったことのように息づいていて、なぜだか泣きそうになる。「列車の前に歩み出てきた」と言う鉄道職員。三十六個の植木鉢から流れ出る水。母親になるなんて、なんて向こうみずだったのだろう。こんにちは靴さん。さようなら靴さん。「くたばれ」。 イーユン・リーの作品を読むと、目の前が淡い寒色系のマーブル模様に染まっていくような気持ちになる。うっすらほのあかるい諦観。 登場する子どもの多くが、賢く繊細で生きづらそうにしているところに、筆者の長男の影を色濃く感じ、どうしようもなく悲しくなる。 あとがきで紹介されているインタビューで、「世界でひどいことが起きている中で、意味がないと感じてしまう時こそ、生活を回し続ける小さな物事(ケーキを焼いたり庭仕事をしたりすること)に喜びを見出す意思の力が必要である」という趣旨の発言をしているイーユン・リー。その哲学が大好きだし、どうか長生きしてほしい。








りりり@rin__39162025年5月22日読み終わった借りてきた@ 自宅装丁が素敵。 借りてみて、短編集だと知った。 そして、中国出身の方の作品を 読むのは初めてかも。 読みづらさしかなかった… 短編集なのに読むのが疲れた。
riu@riufish2025年5月15日買った@ 本屋象の旅退院読書。 行きたいのは象さん 友達のお孫さんの2歳の誕生日 贈り物に絵本を時間かけて選ぶ 1冊はわたしのだいすきなミロコマチコさん 自分にはイーユンリーの短編集を ずっと好きで読み続けている作家さん ちーんとこころ静まる言葉たちがすき 手にしては いつ読もうかなーしていた


m@kyri2025年4月20日読み終わった@ 自宅わたしにイーユン・リーを教えてくれた人と一度だけ会って話をしたときに、「わたしは哀しみがないと書けない。哀しみはわたしの動機」とその人は語った。「でも、そんなに哀しいことはなくないですか」と能天気なわたしが言ったらその人は小さく笑って「わたしはいつも哀しいよ」と言った。 わたしはリーの小説が書き表す大きなかなしみを知らないままここまできた。けれどリーの書くかなしみの形はいつもわたしに安らぎを連れてくる。


ジジ📖@gg_books2025年4月16日読み終わった借りてきた記憶と死者の声を纏わり付かせながら、対話して彷徨う。声にならない声は時として、誰にも触れられない心の奥に潜んでいるドアに触れる時がある。痛みを伴うその感触は、そっと静かに佇んでいるわたしの痛んだ心に、わずかな心の交流をもたらす。 死者との対話を掬って紡ぎ出す物語は、著者の研ぎ澄まされた言葉によって手渡される雫のようだった。

m@kyri2025年4月12日ちょっと開いた@ 図書館『ANORA』を観終わって、そのまま『SUPER HAPPY FOREVER』観ようか迷ったけどこっちを読むことにした 魅力的な会話というのはどうやって書けるものなのかずっと考えている
m@kyri2025年3月29日読み始めた心に残る一節「七十九週目や百三週目の子どもなどという言い方をする親はいない。きっと死者に対する計算も似ているのだろう。空気は酸化するし、水は濁る。時間も空気や水のように腐る。そして人生には時間の腐食に耐えられるものなどほとんどない。木曜日はふたたび、ただの平日になった。」(p12-13.)























































































