やくしゅ
@kan_2024
ジャンルに一貫性なく、いろいろ読みます
- 2026年8月14日
- 2026年8月14日
滅びの前のシャングリラ凪良ゆうかつて読んだ読みやすく軽めの文体だけど、それぞれの人物の背景や思いを章を分けて丁寧に書いている。もちろん最後は「世界の終末」なのだけれど、それが単なる「すべての終わり」ではない。自分が生きてきた意味を、その罪も含めてそれぞれに自分なりの答えを見つける。極限状況で人間の醜さが露わになるとか、暴力と絶望が支配するという「終末パニックもの」に安易に逃げないところに、視線の温かさを感じる - 2026年8月14日
忙しい人のための美術館の歩き方ちいさな美術館の学芸員かつて読んだ美術館を楽しむのに「アウトプット」の重要性を説いていて、美術館の紹介ではなく味わい方の本。鑑賞しながらメモが取れるのは知らなかった。音楽や演劇、映画などは瞬間で消えてしまうし、聴きながらメモは取れない。でも美術館では作品をじっくりと眺められメモも取れるなら、感想の解像度も上げられるかもしれないな - 2026年8月14日
仕事と人生に効く教養としての映画伊藤弘了かつて読んだこれは衝撃だった。ふだん映画はほとんど見ないけど、海街diaryは見たことがあって、でも是枝裕和監督がそれぞれのシーンで、4人の視線の動きにどういう意味を込めているかの解説を読んで、その計算の深さに驚き、言われなければ何度見ても気づかないなと感じ、でもどれだけの人がそこに気づくだろうかと思案した。映画に限らないが、トッププロが、莫大な時間を注いで磨いたスキルを注ぎ込むというのは、とてつもなく凄いことなのだなと。受け手の私が、そこから拾えることなんてきっと本当にごくごくひと握りなのだろうと。絶望感とともに、そういう絶対に掬いきれないものと対峙することを楽しむことが大切なのだろうと。などと、いろいろ考えた - 2026年8月14日
灯台からの響き宮本輝かつて読んだ最後まで明かされない、蘭子が「神の歴史」に葉書を挟んだ理由。これが店の継続を計算して仕組んだというのは、いくらなんでもあざとすぎる。差出人を知らないと言ったこと。それは蘭子にとって、康平に対する唯一の「嘘」だった。やましいことはない。でも蘭子の口から話すつもりはなかった。「ごめんなさいね」。それは愛と信頼とわずかないたずら心が混ざった、投げキッスみたいな感覚なのだ。最近の作家に比べて文体が緩い。展開のテンポがゆったりしている。ぼんやり読んでいても取り残される感じがない。NHKの朝ドラみたいな感じ - 2026年8月14日
終わった人内館牧子かつて読んだ伏線回収とか、パズル的な仕掛けとは無縁で、無理にしっかりオチをつけないところも、よい読後感だった。サラリーマンであれば、みんな直面して、それぞれにその人なりの落とし前をつけて成仏していく。そこには正解もないし、他人との比較する意味もない。少し肩の力が抜けたような気がする小説 - 2026年8月14日
- 2026年8月14日
俺ではない炎上浅倉秋成かつて読んだ「自分は間違っていない」という誤った認識は、SNSのユーザーばかりでなく、アナログ世代も含めた普遍的な認知の歪みだという問題提起は興味深い。全体として緊張感もスピード感もあり、退屈せずに読めた。ただ「どんでん返し」を意識する余り、あえて読者をミスリードさせるやり方はあざと過ぎて、少し興ざめ - 2026年8月14日
長い長い殺人宮部みゆきかつて読んだ「財布が語る」ことで、登場人物の主観とも、いわゆる「神の視点」とも違う、あらたな視点を得ているのが新鮮。家族や恋人という近い関係の人間ドラマでなく、肥大化した承認欲求を持つ男を、肥大化した人心掌握術の男が利用する、という狂気の組み合わせが凄い - 2026年8月14日
52ヘルツのクジラたち町田そのこかつて読んだ傷ついた心、深い孤独ゆえに、目先のぬくもりに盲目的に縋り、結果として最も大切にすべき人を失ってしまう。読後感として希望の兆しはあるけれど、新たにつかんだ「つながり」はゴールではなく、これからずっと、つかみ続け育み続けていくもの。読み終わって、彼らの穏やかな未来を祈るような気持ちになる - 2026年8月14日
悪人吉田修一かつて読んだ力のある作品だった。母親に捨てられた原体験があり、誰にも頼れない孤独があり、恐怖から衝動的に犯した殺人があり、ようやく手にした温もりがあり、一途に自分を頼る存在があり、そのただ一つの存在を守るための選択がある。自首をしようと決めていたのに、結果的に死刑になるかもしれない選択をする。それはきっと、人生の中で、唯一自分が認められた、自分を愛してくれた、その存在は自分の命と引き換えても惜しくなかったのだろう。読み終わって、切なくて、しばらく呆然としていた - 2026年8月14日
かつて読んだこの小さな村の人々が本の行商人として生き抜いた経緯や、当時の人々の中で「本」が果たした役割や、出版社や取次など現在の本の流通の原点が既にあることや、そのイタリアでも時代が下って本が読まれなくなっていることや、そうした書かれている内容をすべて上書きしてしまうほどに、最も驚き、感動したことは「日本人の作者が、イタリアのこの小さな村の歴史について、これだけ重厚な話を地元のたくさんの人たちから引き出したこと」に尽きる。SNSとか電子書籍に時代の重心が移っていくとしても、いま、自分が心を寄せて、時間を注いでいる「読書」という行為の原点を見出した気がする。今後もときどき読み返して、自分の座標軸を確認するような本だった
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