回復する人間
120件の記録
森々@mori_hkz2026年4月5日読み終わった"回復するには痛みを伴う"なるほど。 「エウロパ」は二人の唯一無二の関係とそれが長くは続かないところが良かった。歌も素敵。 「外に出る以外、道がない。それがわかったとき、もうお葬式は終わったと思ったの。これ以上、お葬式をやってるみたいで、生き方ができないってわかったんだ。もちろん私はまだ人が信じられないし、この世界も信じてないよ。だけど、自分自身を信じないことに比べたら、そんな幻滅は何でもないと思う。」 「青い石」恋愛物語で、私はロマンスが苦手だけどこれは本当に良かった。お互い想いあっているのに激情に駆られていないところが。 「すべての絵が自画像なら、木の絵は人間が描き得る1番静かな自画像だという思いも、その時ちらりとよぎりました。」 「左手」どんどん悪くなる状況にやめてくれーって思いながら読んでいた。他の作品が希望のある終わり方をしているのにこれだけ異色。 「火とかげ」大ボリューム!もっとも希望のある終わり方をしている気がする。人の嫌な距離感がうますぎる。



長月雨@september_rain2026年3月14日読みたい読み終わった心的外傷、身体的外傷。 時間とともに癒えていく。 でも、決して元通りではない。 跡が残る。確かに傷ついた痕跡が残る。 なかったことにはできない。したくもない。 あの時の痛みをそのものをリアルには思い出せないとしても、傷跡が薄れても、再生した皮膚の下で変形した細胞を携えて生きていく。
はな@hana-hitsuji052026年3月8日読み終わった図書館本図書館で借りた「左手」 久しぶりに、昔、気になっていた女性と再会する既婚男性。 「なんであんなことに命を賭けたのか」という彼女の言葉の圧倒的な余韻。 「熱に浮かされた思いとか、涙とか、私らしくない行動とか、わけありな事情とか、心の底まで見たり見せたりすること…もう嫌だし、うんざりだわ。」 泥のような人間関係の果てに感じるこの気持ち。最初はあんなに自由になれたような気がしたはずなのに、いつのまにか自分らしくいられなくなることが嫌になる。 彼女は身体の一部だけでなく、意思を持って選択しようとした。そこがよかった。 「火とかげ」 同音異義語って本当、その国の言葉だけが持ち得るニュアンスで、そこを秒で理解出来ないもどかしさと、わけなんてわからないまま読む勘違いの良さもある気がする。 終わりの見えない言うことをきかない身体と共に、健康な側がそれをいつか負担に思う生活について考える。 健康の上で成り立っている関係性で上手くいってた長い時間を経て、健康ではない状態が訪れてお互いを支え合っていくのって、健康な時に覚悟は出来てない。それが崩れて、長引いた時に、これまでとは違ったフェーズを自覚する。







はな@hana-hitsuji052026年3月6日まだ読んでる図書館本図書館で借りた「エウロパ」 途中から性別が混沌としてきた。 彼女に何があったのか私の力では真っ直ぐ読み解けず、気になる。 読んだ人の人生の光を通していく通りもの受け取り方や解釈が生まれそうな雰囲気。 「フンザ」 本の背には「この本の関心事は、ほかの読み方をすることが困難なほどはっきりしている。それは〈傷と回復だ〉ということになる」とある。他の物語は今のところ、確かにそう。 でも私はこの物語からまだ回復を感じられる部分を見つけられないでいる。もっと読解力ほしいなと思うけど、誰のことも何でもかんでもわかるはずなんてなく、驕り高ぶるな自分。 「青い石」 お手紙の物語にハズレなし。 届くまでに時間がかかるし、月日が巡っていくごとに何かを追い越していくのは不思議な気持ち。 もし人生の最後がわかるとしたら、私は誰に会いたいんだろう。







はな@hana-hitsuji052026年3月2日読んでる図書館本図書館で借りた涙の箱を読んだ時とは何かが少し違う感触のする文章。とっても不思議。こういう表現をする人だったのか。目の前に確かにあるのに、少しも触れることが出来ないような、でも感触は伝わるような本当に不思議な書き方。 全く晴れた日に頭がズキズキと痛み始めて、その日は訳が分からずに過ごし、次の日の朝から雨が降り始めると、あ〜…だから頭が痛かったのかとわかるような、なんていうかそういう痛み方をする本だなと思った。 「明るくなる前に」 一体どうすれば良かったのか、何を選択していれば1つも後悔しないルートだったのか、何を間違えたと思うのか、読んでいるとそういう自分の記憶も引っ張り出されていく感じ。 もっと遠くに行けたらと思うこともあるけれど、どこにいたとしてもどうなのよ、などと考える。自分のことを1ミリも責めずに過ごす1日があれば。 「回復する人間」 あなたと呼びかけ続ける人の存在は、自分がどこから姉と彼女を見つめたら良いのか、目を奪われたような気持ちになった。 助けてと言ったのは、はたして身体の痛みからだけなんだろうか。 みんなそれぞれ、相手の気持ちをこのくらいの感覚で理解出来ていないんだろうなと思う。推測することさえ出来ないくらい、本当は誰の気持ちに対しても手がかりはない。わかったつもりになって解釈したことを自分の答えにしているだけである。









みゆ@ant12bb212026年2月26日読み終わった@ 自宅ハン・ガン作品は物語の中にどっぷり入り込んでしまい、精神的に苦しくなることが多いけど、この短編集は比較的に読みやすく感じた。 特に「青い石」が好きで、この話は長編『風が吹く、行け』に展開していくらしい。読みたい!…けど、未邦訳みたい。原書読めるかなあ。- hinatsu@hnttym2026年2月26日読み終わった「すべての状況には条件がある。私たちの平和は私の健康を前提としたものだった。」 「あの人はこんな人ではなかった。だが、すり減った。」 他人と暮らしていると漠然と予期する不安を明確に表すことばに怯む一方、 「自分があのときに戻りたくないと思っていることを。あの、何も知らなかったときに戻ることはできないと思っている自分自身に気づく。」 病気や障害やそのほかの困難を経験したあとに何度も自問したことのある人に寄り添ってくれることばも多い。勇敢さと優しさのある本だった
ちょこ@chocorate2026年2月25日読み終わった雨の日は読書がはかどる ☔️ 痛みがあってこそ回復がある 大切な人の死や自らの病、家族との不和など、痛みを抱え絶望の淵でうずくまる人間が一筋の光を見出し、ふたたび静かに歩みだす姿を描く。 ❤️🩹 装丁すてき。 気力つかいそうだなと借りてから 結構な時間置いてしまったけど、 読み始めたら思ったより読みやすかった 時間あくとむしろ読めなくなりそうだったから わりといっきに読み終えた 時間のいったりきたりで頭の体操になったような 「明るくなる前に」で印象的だった一節 --医師の診断を聞いた直後、私の人間関係は、ずっとつきあえる人と、無理をしてまで会いたくはない人たちに分けられた。 「回復する人間」 痛みがあってこそ回復がある、この本を貫く大きなテーマ。 感覚がない状態からふと、痛む時が治るということ。なるほど...。 なんかわかる気がする。 「エウロパ」 関係性なんかいいな。なんか綺麗だな。 と思いつつ途中からよくわからなくなる。 「フンザ」苦しい現実にどう立ち向かえばいいのか。どこに逃避すればいいのか。 先が気になってどうなっちゃうの〜!となったのは「左手」 左手、ヤメロ〜!!!っと止めたくなる。 やるせなさに引き込まれたのは「火とかげ」 過去の美しさ、でもそれって記憶の中で美化されたものなのかも。 --改善すべき私の癖とは、ときにバランスを失うほどの意欲で無我夢中になってしまうこと。一つの課題が与えられたら三つ成しとげてようやく安心する優等生気質。迷惑をかけることを必要以上に嫌う潔癖性。 --一瞬一瞬が驚きなのよ。おなかがすいてない限りはずっと笑ってるんだもの。ひっきりなしにいらずらの種を見つけ出して、それで幸せで、活気に溢れてる。いちばん自然な状態のとき、人間ってこういう存在なんだろうね。 --私の中の死んだ部分を蘇らそうとしてもだめなのだと。その部分は永遠に死んだのだから。まるごと、新たに、もう一度、それを生まれさせるべきなのだ。

ni@u_kiuki302026年1月22日読み終わった6年ぶりに再読 肉体や精神が壊れ救いようがないほど損傷したとき、もう何も信じられなくなってしまったときにそれでも生きることを望むための短編集 ハン・ガンの考える回復の側にはいつももう交わることのできない過去と今そばで揺れている自然がある それを垣間見ることで再び生に立ち向かうことができると 人間の回復について書きながら、勝手に回復していく身体や過去への執着や後悔から回復したくないと望む切実さ、回復して変わっていく人に対する寂しさにも目を向けていて、それも含め本当に著者の生きることに対する誠実さには心打たれる 「明るくなる前に」「回復する人間」「エウロパ」「青い石」「火とかげ」が好き そして今更「火とかげ」が2003年の作品なことにびっくり、しかし他者が負った痛みを引き受けるような近年の作品と比較するとこの頃は個人的な傷にとどまっているのかなあと思ったり




斉木景@Psyche55112025年10月18日読み終わったまた読みたい精神科に入院中に読んだ。 入院中、パートナーの勧めで「火とかげ」から読んだのだが、最初は主人公の感情に上手く移入出来ずよく理解できなかった。 私は主人公と同じように「絵を描くことは私の人生だ」と思いつつも、精神的に損なわれていたからだ。 しかし最初から順に読み進めていくうちに、「これは傷と回復、そしてそれに伴う痛みの話なんだ」と理解した。 「青い石」が特に好きだった。 もう会えなくなってしまった人に、それでも、「私もここでそれを感じている」と思うこと。 それにとても優しい「回復」を感じた。
DN/HP@DN_HP2025年10月3日かつて読んだarchive繊細だけれどとても鋭い、傷ついたり傷つけたりしてしまいそうな文章。そんな文章でしか書けない傷や悲しみ苦しさ、人生がある。それらの殆どの人生、物語には最後に光がさす、希望が垣間見える。前に進めるように開いた小説たち。それらは回復を促すように書かれたのかもしれない。 だけれど、ある短編の登場人物が「私を回復させないで欲しい」と願うように、残しておきたい傷や忘れるべきではない悲しみ苦しさもある。回復とは忘却にも近い。傷や悲しみ苦しさを忘れないために書き残された、そんな風にも思えた。 回復も忘却も、時間を使って人生が行使する必要な力だ。 だけど、それに抗うように傷を悲しみや苦しさを持ち続けることも必要なことがあるのが人生だ。相反するようにも思えるけれど、どちらも必要なことがこの短編集には同時に書かれていた、そう読んでいた。 最後の一編を読み終わって、知らずに強張っていた身体が解れてため息が出た。消えることのなかった傷や忘れていなかった悲しみ苦しさを思う。もう一度ため息が出た。その意味を考えている。 そうだということを意識させない、元々あった繊細さや鋭さも失っていないように思える翻訳もやはり凄かった。 この短編集のなかでは異質な一編、勝手に動き出す左手に翻弄され、生活を狂わされ、自らも狂っていく、不可解で悲しくて希望もない話。三人称で書かれているから書き方はまた違うものなのだけど、その短編で感じる、不可解だけれどない話ではない、自分にも降りかかることがあるかもしれないという怖さは、実話怪談に感じる怖さとも同じようなものだった、ということも書いておきたい。








💛@okiotashikani2025年9月12日危篤の文学だ、と思った。「私はもうこんなものが好きではない。果たして右手が治るのか、また制作ができるかどうかさえはっきりわからないが、もう一度描くとしたらこんな静けさなど描かない、そんなことより私は泣き叫びたい。髪を振り乱し、足を踏み鳴らしたい。歯を食いしばり、動脈がちぎれたときにそこからほとばしる血を見たい。この絵の驚くべき静けさ、想像も及ばない歳月の重なりが停滞して醸し出す安らかさが、私に吐き気を催させる。この平和は私のものではない。私はもう違う人間になったのだ。むしろ死のような空虚、荒地の惨酷さ――その方が私にとっては真実のように感じられる」(pp.207-208)




💛@okiotashikani2025年9月12日『エウロパ』のイナ、『回復する人間』の姉。このふたりによって自分の世界と現実の社会(外の世界)との折り合いをつけることについて描いているのかなと思った。『左手』もそうかもしれない







💛@okiotashikani2025年9月12日『エウロパ』はクィアの物語だった。「優しく僕の名前を呼んだあと、イナは続けて問いかけた。(もしもあんたが望み通りに生まれてきてたら、何をしてたと思う?)僕は答えなかった。(思い通りに生きていけたら何をしてる?)僕はやっぱり答えられなかった。その瞬間、狂おしいほど熱くこみ上げてきた言葉を僕が口にしていたら、僕らは初めてけんかしたかもしれないし、それでおしまいになったかもしれなかった。(やめてくれよ。僕が君を愛してるとしても、そんな答えを僕に言わせることが可能だなんて思うなよ。黙れ。黙れってば。)」(p.90) この部分は『ギリシャ語の時間』での決裂の場面を思い出した。作中の詩の「エウロパ」は愛する他者、それは限りなく他者でもある、に向けてうたったものかもしれない。



ヤヲラ@Yawora_03022025年9月7日読み終わったハン・ガン作品3冊目。 作者自身が怪我を負い、ずっと感覚を失っていた患部が痛んだ際に、それが傷が治ったということなのだと医師に告げられたことがあったらしい。痛みを感じることが人の回復の過程には必要なのだいう意味合いのことがあとがきに書かれていた。 この短編集に登場する語り手は皆、心身に深い傷を負っている。その傷や痛みの有様が、一文一文、一文字一文字に刻み込まれるよう書かれてある。静かに、とても強く。 だからといって読みながら目を背けたくなる(あるいは読むのを中断してしまう)のかというとそんなことはなかった。それはこれらの作品に通底するテーマがタイトルの通り『回復すること』だからだと思う。回復の兆しはほの明るい。 だから私は「エウロパ」のふたりが夜を歩くシーンに見惚れ、否が応でも癒えてしまうということを拒絶する表題作の語り手の心情には覚えがあると強く思い、火とかげのラストに美しい希望を見た(ついぞ回復しえない「左手」の語り手の抑圧された苦しみが暴発し、破滅していく様は夢中で読んだのだけど)。 この流れで、6年程自宅に積んである『菜食主義者』も読んでみたいと思う。毎回同じ場面で一旦置いてそのままにしてしまうから、今度こそ読み通せたら良い。
💛@okiotashikani2025年9月4日読み終わった「私の体があぶくのように砕ける。永遠に時間が停止する。私は震える。恐ろしさのために。美しすぎることは苦痛でもあると初めて知ったために。それが釘のように、また種子のように体内に食い入ってくることもあると知ったために」p264 「火とかげ」より 美、永遠、命… 美しさの苦痛については他の作品でも描かれていたように思う。 『ギリシャ語の時間』だったかな?








桃缶@mel0co2025年7月25日読み終わった@ カフェ「菜食主義者」が面白くて読み終わった後すぐ購入した「回復する人間」読了。 裏表紙に書かれた、文芸評論家シン・ヒョンチョルさんの言葉通り〈傷と回復〉をテーマにした短編集でした。 主人公たちはあらゆる傷(肉体的なもの、精神的なもの問わず)に抗い、または受容しようと努め、もがく。ほとんどの話で傷がすべて解決するわけではなく、しかしこれからも傷を負ってままならないからだを生きていく。 自分には精神障害があって、ここ数年は朝起きられず、思った通りに行動することがままならないことが課題だった。 最近、主治医の薬の調整や自分の努力によって、なぜか朝すっきり目覚められる日が増えて、不思議な気持ちでいる。 この本を読み進めている最中に朝起きられるようになったことで読書の時間が増えて、やっと読み終えることができた。 そのおかげで主人公(特に火とかげ)と自分を重ね合わせ、自分にとって精神障害とは傷であり、ほんのちょっと回復をしたのだということが理解できた。 ドイツの哲学者、アルフォンス・デーケンが遺族の悲嘆のプロセスは12段階あると提唱しており、それは全て順番通りにいくわけではないし、心理的に回復したと思ったらまた元の状態に戻ることもあると聞いた。 回復とは一筋縄ではいかない。それぞれのラストの後、また辛い思いをするかもしれない。だが、生きていくこと自体が傷に対する抵抗になり得るのだと思う。 長々と回復について語ったが、「左手」の主人公のラストは例外だ。悲惨で、回復ができない取り返しのつかない最期だが、わたしはこの仕事にも家庭にも鬱憤を抱えた男性像と、寄生獣のミギーのように勝手に動く左手に好感が持てる。左手は彼の秘めた欲望を体現するような存在であり、社会の倫理と衝突し結局は自滅する。その哀愁がマチズモを感じて、個人的には好きだった。 次にハン・ガンさんの作品を読むなら「少年が来る」を読みたいのだが、一昨日読みたかった本を3冊も買ってしまったので、消化してからにする。





うえの@uen02025年7月8日読み終わった急に傷つくことはあっても、急に回復することはないのかもしれない。光の加減で少し煌めく細い糸を少しずつ手繰り寄せていくような、そんな回復。 全てを手繰り寄せたとて、壊れる以前の自分に戻るわけではない。 それを分かりながらも、手繰り寄せていくような歩み。 そして夢がどの物語にも現れる。 印象に残った言葉---------- 回復する人間 彼女はまるで散歩に出てきた人みたいにゆぬくりと、壊れやすい沈黙を保護しているかのような慎重な足取りで階段を上っていた。 どんな人間関係にもありうる誤解と幻想が、彼女と私のあいだにもあった。 姉さんの罪なんて、いもしない怪物みたいなものなのに。そんなものに薄い布をかぶせて、後生大事に抱いて生きるのはやめて。ぐっすり眠ってよ。もう悪夢を見ないで。誰の非難も信じないで。 だけどそのうち一つだって、私は口にすることができなかった。 彼女が帰ってこない。この文章を消して私は待つ。全力で待つ。あたりがほの青く明るくなる前に、彼女が回復した、と最初の一行を私は書く。 これらのすべての痛覚はあまりにも弱々しいと、何度も両目をまばたきしながらあなたは思う。今、自分が経験しているどんなことからも、私を回復させないでほしいと、この冷たい土がもっと冷え、顔も体もかちこちに凍りつくようにしてくれと、お願いだからここから二度と体を起こせないようにしてくれと、あなたは誰に向けたものでもない祈りの言葉を口の中でつぶやきつづける。 こんな日の夜の散歩でいちばん大事なのは視線に耐えるということだ。偏見と嫌悪、軽蔑と恐怖の視線、ときに露骨でときに慇懃なそれらの視線を感知しながら黙って前へと進む。 離れ小島に二人きりで漂着したように、私たちはしだいに互いを窒息させるようになった。そうして、二度と渡れない川を作っていった。互いへの配慮、相手のためになりたいという気持ち、友情、仲間意識などは川の向こうに残された。 痛みがあってこそ回復がある。 韓国の小説を読んでいると往々にして、本を閉じても登場人物が何処かで生きつづけているような気がすることがある ページを閉じても終わらない、読者と一緒に生きていく女性たち。

mimosa@mimosa0092025年5月24日読み終わった借りてきた痛みがあってこそ回復があるー回復するのか?ホントに大丈夫か?みたいな人たちばかり出てきたけど…読み応えありました。心がヒリヒリ、ザワザワする。

はぐらうり@hagurauri-books2025年4月27日読み終わったノーベル賞作家の短編集。それぞれ書かれている年代は違うものの、テーマは「傷と回復」で間違いないのだと思う。 傷がだいぶ深くて回復するのは困難を極めるものばかり。回復のきざし、をえがいているのかなと思う。とかげは再生。人はそこまで簡単には再生しない。だからかな。 淡々と進んでいくが時系列がややわかりにくく、もっと時間をかけて読まないといけない小説なんだろう。最初に読むのがこの作品で良かったのかわからないが、いくつか読むつまり。


本屋lighthouse@books-lighthouse2025年4月23日読み終わった雨が降っていてお客さんは来そうもないから、奥の部屋で最後の1篇を読んだ。フヅクエで読み進め、お客さんが来なくて静かな実質的にフヅクエみたいな環境となった店内の奥の部屋で読み終えたのはよかった。「火とかげ」の主人公には、どこか感情移入するものがある。すごいある。でもどこが、となると言葉にするのは難しい。









本屋lighthouse@books-lighthouse2025年4月22日読んでるまだ読んでる私はもうこんなものが好きではない。果たして右手が治るのか、また制作ができるかどうかさえはっきりわからないが、もう一度描くとしたらこんな静けさなど描かない、そんなことより私は泣き叫びたい。髪を振り乱し、足を踏み鳴らしたい。歯を食いしばり、動脈がちぎれたときにそこからほとばしる血を見たい。この絵の驚くべき静けさ、想像も及ばない歳月の重なりが停滞して醸し出す安らかさが、私に吐き気を催させる。この平和は私のものではない。私はもう違う人間になったのだ。むしろ死のような空虚、荒地の惨酷さ――その方が私にとっては真実のように感じられる。(p.207-208)









本屋lighthouse@books-lighthouse2025年4月21日読んでる@ 本の読める店fuzkue 下北沢はじめてフヅクエに行くならどの本だろうか、と考えて目に入ってきたのがこの本だったのは我ながらナイスチョイスだった。右肩上がりのスピーディーな回復ではなく、ときに傷を見つめることすら回復となるということを教えてくれる物語たちは、この場所に最適と思えた。表題作「回復する人間」は2人称小説なのだけど、この語り方は自ずと未来を指向するのかもしれない。たぶんどこかでこういうことを読んだ気もする。それと、やはりここでも自転車に乗ることが開放感や休息の象徴になっていて、みんなもっと自転車に乗ろう、自転車だ自転車、自転車〜〜〜となる。あと2篇を残して退店、B&Bへ。









ひつじ@mgmgsheep2025年3月13日読み終わった通底するテーマが同じ物語を、表に現れる小さな共通点でリレーしたような短編集だった。 ハン・ガンさんの小説はいつも静謐な映像が頭の中で再生される。 本書の中では少し異質な、「左手」のような抑圧された痛みも掬い上げられるようになるといいなと思う。

にわか読書家@niwakadokushoka2025年1月23日読み終わった@ 自宅長谷川書店水無瀬駅前店のレジ前に置いてあって、思わず追加購入したもの。 短編集だが、読み始めるなり「これはハン・ガンだわ」と思えるのがすごい。 『すべての、白いものたちの』『ギリシア語の時間』『少年が来る』に次いで4冊目の読了。
































































































