なぜならそれは言葉にできるから
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くりこ@kurikomone2026年2月6日読み終わったトラウマ(特に紛争、収容所、災害と言った大量に命が奪われるもの)を語ること、聴くこと、伝えることについて深く考察されている本。著者が、時に耳を背けたくなるような暴力体験にあった人が語りを取り戻すことをテーマに当事者と向き合いながら熟考していく様子に胸が熱くなる。 あとなんせ文章がうまく、心に突き刺さる言葉が沢山あった。 「被害者から主体性と言葉を奪うことは犯罪国家の意図の一つであり、権利はく奪と暴力のメカニズムの対抗手段として再び被害者の主体を保存する=語り耳を傾けること、が必要」(p.107) →トラウマを抱えた人は「整合性がない」「論理的でない」と語りを否定されるけど、それは被害者が「語れない」のではなく、私たちが「言葉を奪っている」のであること、そしてその行為は「加害者(権力)に加担する行為」であると改めて感じた。 ーーーーー 「民主主義という挑戦」 この論考が一番感動して胸が熱くなった。民主主義が崩壊している昨今、排除のメカニズムに抗うには、排除されてない人にも理解できるように具体的な体験によって説明されなければならないという著者の意見を読んで、今年こそzineを作りたい!同じ現実を生きてこの「私」から見えた風景を書きたい、と決意を新たにした。 数字やラベルでなく、「その人」と出会うことの、重要性を痛烈に感じる。 ーーー アブグレイブ刑務所で虐待に加担しなかったのも、ハイチで地震に見舞われ売春させられなかったことも、本当に「たまたま」。今ここに生きている私とこの本に出てきた人々はみんな繋がっている。 世界中のあらゆるところで暴力があり、被害と加害が反転している。語りを共有すること、そしてそれが私の一部になることが暴力を少しでも減らす第一歩になるのでは??


くりこ@kurikomone2026年2月4日読み始めたp.128 人を蔑み虐待するあらゆる政権が、まず最初にすることは被害者の外見を変えるこであり、結果的に自分の隣人でないという意識を植え付けさせる。 →青い芝の横田さんが、「脳性麻痺者は総理大臣になれるか?」というテーマで対談してた思い出した。脳性麻痺は一瞥しただけでわかる障害であり絶対に隠すことが出来ない。ルッキズムの差別はかなり根深い。人は差別したり、暴力を振るうときに、「この人は自分より動物に近い」という非人間化の感覚を持つことが発端になるのだろう。 p.140 イラク戦争に派遣され、その後アブグレイブ刑務所で拷問をする兵士の語りがすさまじく、言葉を失っている。 兵士たちが戦場やアブグレイブ刑務所で追い詰められていく様子を見ると「私は絶対人を拷問しない」と言い切れなくなった。きっと私も彼らと同じ状況になると拷問してしまう。(もしくは自死しかない) 命令に従った予備兵役しか懲役刑に処されず、「あの人たちは、私たちに嘘をついて戦争に駆り立てた」「そして今度は自分の犯した罪を下っ端の兵士にかぶせている」という拷問実行犯の言葉は本質をついている。 ーーー この本を読んでいるとアイヒマンの「一人の死は悲劇だが、集団の死は統計上の数字に過ぎない」という言葉を思い出す。トラウマを社会で共有するということは、サバイバーを「再人間化」すること。 --






くりこ@kurikomone2026年2月3日読み始めた岩川ありささんの『物語とトラウマ』を読んで、サバイバーが言葉を紡ぐには?と考えたくて借りた。強制収容所や戦争と言った過酷な暴力体験を生き延びた人々の語りを分析していてとても良い。 ーー p.14 当時の私を突き動かしたのは、まさにこの「言葉にできないこと」と暴力との関係だった。暴力の被害者が、体験した苦しみを描写する能力を奪われるとき、そして、彼らのために語る者がいないとき、「言葉にできないこと」とはもはや単なる解釈上または心理学上の問題ではなく、正義の問題となる。暴力の被害者が、身をもって体験したことを語れなくなれば、独裁者と拷問が勝利するのである






- hinatsu@hnttym2026年1月21日読み始めた暴力の証言はどのように語られるのか。証人を突き動かす動機はなにか。証言の内容は誰かを巻き添えにするのか。語るのは誰か。自身の証言をできる限り広め、世間にさらすことでしか、トラウマを乗り越えられない? 職場の先輩が実はセクハラしていた人だと分かって、とても混乱したり、共通の知り合いに言うべきか悩んだりしていたところだったので、トラウマの証人、語りに対するこれらの問いがとても具体的に迫ってきた。 暴力を「言葉にできない」と忌避するのではなく、その暴力によって世界からの断絶を経験してしまった被害者をもう一度世界に繋ぎ止めるために、それでも言葉にしていくこと、それを我々が聴く覚悟を持ち、示すことが常に必要となる









































