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時雨崎
時雨崎
時雨崎
@rainstormbook99
SFとミステリを中心に色々読みます。
  • 2026年5月26日
    容疑者Xの献身 (文春文庫)
    トリックが秀逸。犯人を天才と銘打っただけある。 ミステリとしても十分面白いんだけど、とにかく石神がどうなるんだとハラハラしてページを捲る手が止まらなかったので謎解きが二の次になってしまった。 読んでいる途中で、トリックがあるにしても死体をあんな雑に置くよりバラバラにして処分した方が確実では?と思ったが、そこに対してもちゃんと理由づけがあって驚いた。 記憶を消して謎解きにチャレンジしたい。が、記憶を消したとしても石神という男の物語として素晴らしすぎて謎解きどころではなくなりそう。 湯川も、石神も、花岡靖子も、どうすればよかったんだろう。読後しばらく引きずってしまう何とも情緒を揺さぶる結末だった。
  • 2026年5月25日
    新装版 8の殺人
    新装版 8の殺人
    8の字の形をした屋敷での殺人。 点対称だからいくらでもトリックができそうだけど、これだ!と当てるのは難しい。 登場人物はコミカルでサクサク読めるけどノリが軽いのでちょっと好み分かれるかも。同作者がシナリオを手がける「かまいたちの夜」をやったことあるせいかノベルゲーで想像してしまう。 トリックは割とフェアだったと思うけど犯人あてはちょっとそれはずるいのでは!?っとなってしまった。ミステリオタク向け。
  • 2026年5月24日
    傲慢と善良 (朝日文庫)
    身につまされる! 多くの人がウワ!自分の話じゃん!ってなったと思う。 恋愛小説であり婚活小説であり、分かりやすく高慢と偏見のオマージュではあるけれど、人間関係全般に言えるなあと思うし男も女も弱者も強者も陽キャも陰キャも全員平等に刺してくる。でも誰が悪いとも言わず救いを残したり一方的にこの人だけ糾弾するのは違うよね、ってバランスを取るのが辻村深月先生らしいポジティブさがある。 ミステリー読み慣れていると、冒頭は絶対あれよねーとは思っちゃうので、素直に驚いて読める方が羨ましいな。でも真髄はそこではなく、後半の巻き返し。ヒロインを真実と書いてマミと読ませるの、単純な仕掛けだけど良かった。適当に使えば陳腐になったかもしれないが念入りな心理描写で盛り上げるからついていける。 2人の主人公たちはリアルにいたら好きにはなれない人たちだと思う。でもかつて自分も快適なゾーンから一歩勇気を持って踏み出したことが何度もあったし、その時の怖さと誇らしさをよく覚えているから肯定したい。 「コンビニ人間」と立て続けに読むとなんかこう…普通に生きるって大変だな!でもこっちが後で良かった!
  • 2026年5月24日
    闇の奥
    闇の奥
    「征服というのはほとんどの場合、われわれとは膚の色が違い、鼻がちょっとだけ低い連中から土地を巻きあげることで、見て気持ちのいいものじゃない。」 これを植民地支配する側の国の人間な台詞とするの、攻めてる。 イギリスの小説家による植民地支配の闇を、主人公マーロウが過去を振り返る形で仲間の船乗りたちに語りかける形式の冒険譚。 暗く重いテーマだけど新訳はあくまで仲間に武勇伝やら思い出話やらを聞かせるような形式の軽い口語体なのでかなり読みやすい。ヨーロッパ、アフリカの読者であれば自国のことであるという当事者としてもっと解像度を持って真に迫ってくるのかな? 植民地支配について、啓蒙してやった/文明化してやった、と捉えることを馬鹿馬鹿しいとばっさり切って捨て、植民地で原住民を搾取し狂った人間を一人称の語りで生々しく描写している。 この時代のイギリス小説としては衝撃的だったのかな。 現代で(しかもアジア圏の読者である以上は他人事として距離があるのに)攻めてると思わせるぐらいには大胆に踏み込んでいる。 つい最近、文化相対主義について聞いたばかりだったのでヒェーッてなった。現代人である自分らは「文明的に優れている/野蛮で未開である」で序列をつけることが大きな誤りであることを知っているけれど、でもそんなお綺麗な言説は植民地の闇に分け入ったことがないから何の気負いも無く言えるのかもね。
  • 2026年5月22日
    コンビニ人間
    コンビニ人間
    周囲の「普通」の人間は普通のまあまあ良い人たち。なのにこんなグロい人間関係描写あるか? 異物を認めない、異物を異物として受け入れない、自分が理解できる枠組みの、ラベリングされた存在でないと認められない。 異常者側の視点から見るとグロいんだけど、普通で、平凡で、平和な生活を脅かされたくないと思うのも当たり前だよな。 異物でなくなるため模索する後半パートも…その…もうちょっと手心を…いやこの空気でつっきったからこその芥川賞かもな…と 登場人物全員にうっすら嫌悪感を抱かせる、人間の嫌な部分を生々しく描写するのが上手い。イヤーッ 扱いにくそうなテーマを飽きさせることなく最後まで引っ張っていく、納得の文章力、構成力だった
  • 2026年5月22日
    華氏451度〔新訳版〕
    華氏451度〔新訳版〕
    華氏451度。紙の燃える温度。 昔に旧訳を読んだはずなのに記憶が8割がた消えてしまった。新訳で再読。 焚書管を昇火士に変更したのは名訳!原語のFiremanに込められた意味がよく伝わる。 これを電子で買っちゃうのは違うかなと紙で購入で正解だった。 「テレビは"現実"だ。即時性があり、ひろがりもある。あれを考えろ、これを考えろと指図して、がなりたてる。それは正しいにちがいない、と思ってしまう。」 やっぱ面白いなこの話。メディアがエンタメ重視のドーパミンをいかに掻き立てるかに比重が重くなるたびに"今こそ読んでほしい一冊"にあげ続けられるのかもしれない。 耳にワイヤレスのイヤホンを突っ込み、ショート動画とSNSのタイムラインを延々とスクロールし、AIの中身のない"もっともそれっぽい"言葉の羅列で肯定と共感を簡単に得られ、より刺激的なことをして"いいね"を際限なく稼ごうとする現代だから。 刺激に対する反応という消費をし続けているだけ、人間なんてそれで満足するんだから本を無駄だとしながら様々な本の一節を暗唱するベイティーの態度は世界に対する諦念なのか、あるいは本をよく知った上でその力を忌み嫌っているのか… 本を読む側のことも窘めている。 「気安く詩を引用するなんざ愚の骨頂。通を気取った大ばか者のやることだ」 「安受け売りの文学かぶれめ、引き金を引いてみろ」 「ずっと昔、本を手に持っていた時代でさえ、われわれは本から得たものをまともに利用してはいなかった」 「われわれは本のほこりよけのカバーにすぎない、それ以上の意味はないのだからな」 「チ。」のメッセージ性と似たところもあるな。良い再読だった
  • 2026年5月15日
    ディファレンス・エンジン(下)
    ディファレンス・エンジン(下)
    イギリス作家ってなんかロンドンを悲惨なことにさせるの好きじゃない?気のせいかな? 訳のわからないままロンドンを駆けずり回る下巻、物語の締め方やよく分からん…!と思ったので伊藤計劃の第二位相(はてなブログ)を読みなるほどな〜ってかんじ。これはマッド・ヴィクトリアン・ファンタジイ。産業革命、ラッダイドの時代に情報革命と(当時の)最先端科学への強い関心、大きな期待を盛り込んだもの。 下巻の最後には結構手厚めの用語集がある。当時のイギリスの歴史的背景もしっかり書かれているので、読んでる途中に何の話かよくわからなくなったら引くをちょっと理解できる。 でもどこまで史実だったか歴史の知識が曖昧なので副読本が欲しいな。ギブソンのノリ自体は分かるようになってきた。
  • 2026年5月5日
    箱庭世界
    箱庭世界
    本屋で一目惚れして即購入。箱庭絵はいいぞ。 様々な作家の箱庭絵が見れる。現実の世界の写実と違って、要素がぎゅっと詰められていたり、実際にはありえない夢のある世界観が限られたスペースの収まるように描かれていて、ドールハウスやゲームのマップのような可愛らしさ、楽しさがある。 描いてる作家は様々で、日本作家だけではない。連絡先がX、Pixivアカ名の情報もあって親切。 SNSをぼんやり眺めるよりこういう本をぼんやり眺める時間を増やしたほうがいいんだろうな
  • 2026年5月5日
    ディファレンス・エンジン(上)
    ディファレンス・エンジン(上)
    19世紀ロンドン、蒸気機関の発達した(19世紀時点から見て)近未来(近過去)SF。つまりスチームパンク。 19世紀イギリスといえば現実ではヴィクトリア女王とホームズの時代、大英帝国の栄華の頃。 ノスタルジーと、IF文明である蒸気機関におる高度情報社会が浪漫溢れてる。 序盤3分の1ほどまでと以降で主人公が違うけどどうつながっているのか…上巻ではまだよくわからない。何かの陰謀か?翻訳が上手いので良くわからないままでもとりあえず読み進められる。 とりあえず古き良きロンドンの空気感が良い。 伊藤計劃の屍者の帝国と時代設定が大体同じなはずなので割とスムーズに想像できた。パンチカードとかね。ありがとう伊藤計劃。伊藤計劃がギブスン好きだっていってたから積んでたので順序は逆だけど…。Indifference Engineのキレのある文章はやっぱ黒丸尚訳ギブスンから来ているんだな。
  • 2026年4月30日
    モナリザ・オーヴァドライヴ (ハヤカワ文庫SF)
    前情報無しで半分読んでも一向に読みこなせず …??? と疑問符だらけで読んでいたが途中でようやく三部作のうちの最終作と知る。とりあえず読み終わるだけはした。 ギブスンは読者に優しくない。理解したきゃ想像力を働かせろ、と突き放されている感覚がある。そこも含めて未知の世界の魅力も感じる。 とはいえ段階をすっとばしてサイバーパンク読むのはきついな…ニューロマンサーから追い直してまた戻ってこよう。 世界観は攻殻機動隊だな…と思ったけどもちろんこちらのほうがルーツなんだろうな。
  • 2026年4月29日
    禁忌の子
    禁忌の子
    主人公である救急医が、ある日運び込まれた死体を見ると、自分と全く同じ顔、同じ背格好だった。 なかなか魅力的な出だし。主人公はワトソンポジションで探偵役はまた別にいるがその人物もまた個性が強い。 登場人物はそれぞれバックボーンや人柄が描かれていて飽きはない。それゆえ真相は動機やキャラクター性の面からある程度消去法が効くが…そう来たか!と唸らせる仕掛け。フェアではあるが設定が奇抜なので捻りをかなり感じる。 記憶消してもう一回推理チャレンジしたいな…同作家の別作品をあたるか…
  • 2026年2月28日
    銀河ヒッチハイク・ガイド
    銀河ヒッチハイク・ガイド
    宇宙系SFっていえば人類が宇宙を冒険するとか、宇宙人の襲来によって地球がどうこうなるとかさ… 予想していた展開と違って冒頭1割ぐらいで は??? ってなる。 以降、中盤まで何言ってるんだ???っていう展開が続く。 でも面白い!何言ってるんだ!読み返してもずっと意味のわからないことを言っている! 「無限不可能性ドライブは、恒星と恒星を隔てるはるかな距離を一瞬にして移動できるという素晴らしい新技術である」 わかる。 「ごくわずかな有限不可能性であれば、強力なブラウン運動発生機(たとえば入れたての熱いお茶とか)内に原子ベクトル記録機を懸吊し、バンブルウィーニイ第五十七版亜中間子頭脳の論理回路をそこに接続するだけで生成できるし、その原理は言うまでなくよく理解されていた――」 わからん。 「不確定性原理にのっとり、女主人の下着の全分子を同時に三十センチほど左にずらすのである」 何を言っているんだ? イギリス流のおちょくりとはこういうことなのか? ずっと意味わかんない話してんな〜って読んでると、終盤で急に話がまとまってくる。えっここからまとめに入れることあるんですか!?一応ちゃんとオチもついているので驚き。 読み終わってから本作がラジオドラマ発で続巻があるのに気づいた。次も読もうかな。
  • 2026年2月27日
    地面師たち
    死人がゴロゴロ出るようなヤマ。 得体の知れない不気味さを持つハリソン山中が印象的なネトフリドラマの原作。 ドラマ版より死人が少ない。というかドラマ版のバイオレンス要素モリモリはかなり気合が入っていたんだなあと。 小説版でも騙し切れるかの緊迫感は十分に感じる。ドラマ版で結末は知っているんだけど細部が違っているのでどう乗り切るんだろうとハラハラする。 主人公 拓海の内面の脆さと「地面師」になることで逃避する姿、過去の重さはじっとりとした暗さで表現されてる。小説の地の文だからこそって感じ。ドラマ版とは若干設定が異なるし、何よりドラマ版は勢い重視な感じなのでそれぞれの味がある。 絶望で心にぽっかり穴が空いてしまったところへ地面師という役割に徹することが入ってしまった、拓海が求めていたのは金ではなくただ埋めてくれるもの、これが小説でもドラマでもブレないので良い原作だし良いドラマ化でした。
  • 2026年1月29日
    謎の香りはパン屋から
    たまには人の死なない日常系ミステリーを…と思ったら超スーパーライトミステリだった。人は死なない。表紙が約ネバの人でのイラストで可愛い。 すごい凝ったトリックは無い。ちょっとした謎を解き明かしていく。人と人との関わりがメイン。人情もの的ジャンルの方が近い気がする。人が死なないので何がどう謎なのかものんびり観察しながら読んでいくぐらいがちょうどよいのかも。 普段は人が死んだりガチガチのトリックもの読んでるからこれもミステリに入るのかと新鮮。このミスってここまで日常系なのもありなのか。幅広い読者層からとっつきやすそう。 自分にはちょっとゆるすぎたかな〜次は死体がゴロゴロ出るやつ読みたい
  • 2026年1月19日
    ヴィジュアル版 世界のティータイムの歴史
    「二度の世界大戦起ころうとも、英国の人々は困難な状況ながらも茶を味わい、ティータイムを楽しむことはやめなかった」 「ヒトラーの秘密兵器に対して、イングランドの秘密兵器が何かと言えば、紅茶だ。(略)――紅茶がわれわれを一致団結させている」 世界中のティータイムの歴史を紐解く鈍器本。 王道アフターヌーンティーの歴史は深い。 欧米では外で堂々と集まることができる理由や場所なって女性解放運動の象徴だったり社会的意味の側面の話が多い一方でインド周辺やオーストラリアは植民地事情とか茶の栽培の話が多い。かなり面白い。 その中で比較してみると異色文化の日本。茶に芸術性を求めたり茶菓子に季節のモチーフを込めたり手の込んだ儀式してんの日本ぐらいだった。他の国も茶菓子や付け合わせの食べ物は地域の特色あるけどあくまで食事としてだったりするっていうか季節の花を象った和菓子を作ったり茶の点てかたは厳格な手順があったり普通だと思ってたけどちょっと異常かもしれない…イギリスの紅茶狂っぷりとはまた違ったベクトルで…
  • 2026年1月9日
    N
    N
    この話は、親子の情の話でもあり、ペットとの関わりあいの話であり、あの時こうしなければという後悔の話でもあり… 全6章を気になった順で自由に読む本。 主に読み始めと読み終わりに何を選ぶかで大きく印象が変わりそう。 犬→毒→少女→鳥→硝子→蜂の順で読了。 毒の章のラストはこういうことか…というカタルシスを得たけど犬を最後にしたらああこの犬は…というカタルシスだったと思う。どの順番で読んでもそれぞれの別の章でカタルシスを得られると思うし、特に強いメッセージ性を感じるテーマがどれなのかも読者によって違うと思う。 どれかの章ですれ違った脇役は別の章で主役。ひとりひとりに物語があって、同じ舞台の中で違う景色が見えてくる。 世界の広げかたが上手い。読み終わる頃には彼らが住んでいる街が現実味を持って想像できるようになっていた。
  • 2026年1月1日
    異常【アノマリー】
    異常【アノマリー】
    これは何のジャンルだろうかと一晩考えたけど分からなかった。 斜線堂有紀さんによる解説を読んでまた唸っている。 読み手に委ねられている。大雑把に言えば群像劇。一人一人に人生があり、とある出来事で交差する。 その出来事自体はSFっぽいけど、それはこの話の主題ではないと感じた。 「何故、それが起きたのか」 ではなく 「もし、こういう形で自分とその人間関係に向き合わなければならなくなったら?」 という問いに対する思考実験、哲学的な話なのかな。3部構成で各人の心の動きを様々な文体を用いて描いている。同テーマの小説を違う軸で同時に読まされている気分。 どこまで咀嚼できるかは読者の感性次第。この話では中心となる主人公はいないとも言えるし全ての人間がそうとも言える。すごく奇妙。 「このシミュレーションは海の動きに興味があるのであって、水の分子のそれぞれがどう動こうが知ったことではありません」 という比喩が出てくるけど、この小説のほとんどはずっと海の動きを観察する視点を無視して水の分子の取るに足らない動きを描いている。 パイロットの話は…そうなっちゃうんだ… 前フリがあってオチがある物語カタルシスは無く、人間模様や情緒それ自体の深みを味わうもの…純文学的楽しみか…?やはり難しい。 第3部のタイトルは映画パロディにしているっぽいけど全部は分からなかった。 ・ソフィーの世界 ・007は二度死ぬ ・バットマンvsスーパーマン ・ボブ・ディランの頭の中
  • 2025年12月30日
    失われた貌
    失われた貌
    正義と倫理と情の危ういバランスに何とも複雑な切なさを感じる話だった。 刑事が主役。事件は山林に遺棄された顔の無い死体が発見されることから始まる。そこから鮮やかに解決する有能な…ではなく、情や善意や正義感ゆえに脇道に逸れた調査をしていたら予想外のところで解決への道筋が立っていく。 現代的だな〜という印象。 トリックは分かりやすいヒントを出している。勘が良ければ中盤で多分〇〇〇がミスリードになって誰かが〇〇〇〇〇をしているってことだろうなと。タイトルもかなり大きなヒントっていうかそのまま。顔ではなく貌です。 が、途中で気づいてもなお犯人が「誰」なのかに差し掛かると あっ、あ〜今までの日常描写はそういうこと、もうやめようやめてくれと悲しい気持ちに。 ささやかな良心だったんだ…家族を想う感情は世間的な正義じゃままならないんだ…そういうやるせなさを感じるには十分な描写がさりげなく全体に仕込まれている。 令和の日本の倫理観だな…登場人物の感情の揺れが絶妙。ミステリでありながら人間ドラマの深みのある良作品だった。 今年のこのミス一位を取るのも納得。
  • 2025年12月29日
    文庫版 邪魅の雫
    世界のことを分かった気になり、自分が世界の中心にいる、あたかも創作物の主人公のような使命感を妄想することに対して丁寧に向き合った話なのだと思う。 まあ突き詰めてしまえば渦中の人物それぞれの視野の狭さが中二病乙という話ではあるんだが、その幼稚さを指摘しながらも別に否定しているわけではなくそれが人間だものな、それでも懸命に自分の個人の世界と社会とを擦り合わせて生きているんだからさ、という優しさを感じる。 「私の世界は、何も変わらない。何故変わらない。どうして壊れない。私は、天に誅されるべき、地に糾されるべき、どんな罪より重い、決して取り返しのつかぬ大罪を犯したのではないのか?」 自分の内側に閉じた狭い範囲では世界を揺るがすほどの大事件であることが、外の社会では取るに足らない卑小な存在であるギャップを認識出来ていない。私にとってあなたは私の世界の一要素に過ぎないが、あなたにとっては私こそあなたの世界の一要素に過ぎない。 それが分からない傲慢で愚かで幼稚な思考過程を生々しく書いてる。京極先生自身はそのへん達観してそうな印象があるんですけど、何故そんな真に迫った表現ができるのか… 最後まで読むと、途中で鞄に纏わる話をする関口くんはこれでも懸命に生きてるんだな…って感慨深くなる。 そんな話を幾重にも仕掛けをして、あらゆる視点を以て表現している。なので、事件を起こす個々人の話は収集がつかない。全員が全員、自分こそ事件の中心人物だと思っているので。 その幕引きをするのがいつもながらに京極堂、そして今回は意外なことに榎木津。 榎木津の「世界を社会や個人と強引に接続してしまう」、京極堂の「社会と世間の、世間と個人の関係を一旦反故にして、事件の起きている場そのものを解体してしまう」がラストに向けて重要な意味を帯びる、深みを感じるまとめかただった。 次巻はようやく最新刊の鵺だ!やっと積めるぞ〜〜
  • 2025年12月27日
    カササギ殺人事件 下 〈カササギ殺人事件〉シリーズ (創元推理文庫)
    巨匠へのリスペクトとミステリ小説への愛を感じる。これでもかというほどに作りこまれた二重構造の本格ミステリ。 クリスティをもっと読まねば…自分がイギリス人でないことをこんなに悔やんだことはない。英国のミステリドラマ事情にも触れ、ロンドンの地下鉄名とリンクし、英語の言葉遊びを絡め…これをイギリスで育ち母国話者として原文で楽しめる読者が心底羨ましい。翻訳、辻褄合うように頑張っているなあ… 本文135−136でクリスティの元ネタはこれだよって丁寧に解説してくれるので助かる。 ほなホームズと違うか…と思ったけどフーダニットとしてはホームズ読者的に予想はついた。どちらかと言えば作中作の解き明かしの方が面白かったし鮮やかだったけど、物語的になんと皮肉な…申し訳ないがそれはサー・ドイルにも言えるのでやはりリスペクトなのか。 一箇所、表現であれ?と思ったところ。 「確実なことなど何もないこの世界で、きっちりと全てのiに点が打たれ、全てのtに横棒が入っている本の最後のページに辿り着くのは、誰にとっても心の満たされる瞬間ではないだろういか」 調べたところ、英語特有の慣用句なのだそう。手書きで英文を書くと(とりわけ筆記体で書くと)、iやtの点や横棒は最後に仕上げで、転じて「細部に至るまですべてを完璧に行う」ことを指すのだそう。 これは注釈がほしかったな…
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