
碧衣
@aoi-honmimi
- 2025年10月10日殺人者の記憶法キム・ヨンハ,吉川凪読み終わった16歳から殺人を繰り返してきたキム・ビョンスは70歳になり、認知症の診断を受ける。 彼の日記からは日に日に混濁し、忘れられていく記憶と鮮明に思い出される彼と韓国の歴史と詩の記憶が記される。 そんな彼の一人娘のウリが婚約者として紹介した男の目に自分と同じものを感じたビョンスは娘の危険を予感して男の殺害を計画するが─。 ビョンスのある意味で自分を特別視しているような文章を読んでいると純文学を装ったライトノベルを読んでるみたいでその辺は若干、白ける。 認知症のビョンスはそもそもが信頼ならない語り手なのでウリの正体については驚くことはなかったけど、“娘の”ウリの存在はビョンスの中にある潜在的な罪悪感の具現化だったのだろうかと考えたりする。 それではビョンスの認知はいつから歪んでいたのだろうか。
- 2025年10月8日わかったさんのマドレーヌ寺村輝夫,永井郁子読み終わった港に停泊しているマドレーヌ号という船から頼まれごとをされてワゴンを走らせ、港へと向かったわかったさん。 港に着いてみると大きな海賊船!? なんと、この船がマドレーヌ号のようだ。 戸惑うわかったさんと人目を忍んで接触する海賊たちは何かを知りたがっている。わかったさんは海賊たちを連れて彼らの親分である姫に会いに行くことに。 海賊たちも恐れる姫の脅しをあっさり受け流して、逆に圧倒してしまうわかったさん。数々の冒険を経てきた歴戦の猛者の風格を感じる(笑) マドレーヌって自分では買わないけど貰うと嬉しいお菓子の位置づけ。 たまには自分でも買ってみようかな♪
- 2025年10月8日球形の季節(新潮文庫)恩田陸読み終わった5月17日に如月山にUFOか宇宙人がやって来て、エンドウという生徒が攫われるか、殺される─。 東北の地方都市にある四つの高校の生徒達の間に広まる噂を調査する四校の生徒が集ったクラブ地理歴史文化研究会(地歴研)のメンバーは噂の出所を探そうとするが… そして、5月17日。ひとりの女子生徒が行方不明になる。 眠っているような町、管理された毎日に飽きと不満と鬱屈を募らせる高校生達。彼らの強い自意識と葛藤が見えて来る。 そこに現れた非日常。そして、ある者達が辿り着ける本来の町の姿。 予測出来る未来に退屈と失望を覚える者、予測出来ない未来に恐怖と不安を覚える者、どんな未来にも正面から立ち向かうと決めている者、そして、いなくなった人を待つ者。 どの人が町に行けるのか、そうではないかが否応なく分かってしまう。 自分はどちら側だろう。少なくとも行ってしまう方ではないけど、かと言って待つ方でもないのだろうな。
- 2025年10月4日薬物依存症松本俊彦読み終わった薬物乱用防止教室で見た映像に恐怖を感じた小学校の高学年の頃、いつしか恐怖は薬物に限らず依存症全体への興味と関心に変わっていった。 どうして人は薬物を使用して、それに依存し、捕まってもやめることが出来ないのか。 薬物の歴史から依存症のメカニズム、刑罰や規制の問題点、自助グループへのハードル、精神医療の課題など長年、薬物依存症患者の支援に携わる著者の試行錯誤と実績が記された一冊。 そもそも、飲酒やギャンブルをする人すべてが依存症になる訳ではないように薬物を使用した人すべてが薬物依存症になる訳ではないという一文にハッとさせられた。その辺から認識が伴っていなかったことに気付く。 それでも薬物を使用し続け、依存症にまで至ってしまうのは快楽を欲しているというよりも苦痛や悩みや孤独感などの一時的な緩和、自身のトラウマから来る苦痛を薬物使用という別の苦痛で緩和させようとしてしまうというのはどこか納得がいく。それは他の依存症にも言えそうだ。 そんな薬物乱用のリスクにあるとされる中高生の特徴に自尊心が低く、家や学校に居場所や信頼できる大人がいない自傷行為の経験がある子というのにかつての自分は当て嵌まっていた。だけど、私は薬物に対する恐怖心があったから薬物には手を出さなかった。その辺はある意味で運が良かったのかもしれない。
- 2025年10月4日戦前昭和の猟奇事件小池新読み終わった阿部定事件や津山三十人殺しなど戦前に起きた9つの事件を当時の新聞記事と共に辿っていく本書。 阿部定事件の記事に出て来る「怪事件」「怪美人」といった江戸川乱歩の小説に出て来そうなフレーズが実際に使われていたことに地味に驚き、定の手練れていそうな容姿や立ち振舞いとその内に秘めた激しい愛、出所後しばらくしてこつ然と姿を消す最後といった物語性を秘めた存在感に人々が惹きつけられ、彼女の存在が後世まで語り継がれるのも分かる気がした。 あの時代に新聞が大きな役割を果たしていたのは容易に想像出来るし、当事者たちもそれを自覚していただろうと『チフス菌饅頭事件』の記者が自分に酔ってる気持ちの悪い文章からも伺える。それと「女の細腕で夫を支える〜」とか余計な一言が多い。 女性の社会進出が困難な時代に夫に先立たれ、残された三人の子供たちを成人まで育て上げた後に年下の男性との心中を遂げてしまう日本初の女性アナウンサーの遺書は現代でも共感する人が多そうだと感じたし、無責任な誹謗中傷が最悪な事態を招いてしまうのは今も昔も変わらない。
- 2025年9月23日オイサメサン神津凛子読み終わったオイサメサンは怖いものが視える自分を救ってくれる。 オイサメサンは母を唆し、金銭を巻き上げ家族を崩壊させる。 鈴はある時をきっかけに赤いワンピースを着た髪の長い女の姿が“視える”ようになり、それ以降も他の人には視えない怖いものやグレーの靄のようなものを目にするようになる。 ある日、鈴は無断欠勤した勤め先の同僚の見えざる“声”を聞く。 無残な形で発見された死体。死した者を苦しめ続ける生霊。 祓えない鈴に秘められた力。事故死した親友の真意。 ジャンルからして全部まるっと解決!大団円なんてのは端からの望んでないけど、カタルシスも後引く恐怖もない絶妙な胸糞悪さとどことなく中途半端さの残るラストは個人的には好きにはなれなかった。
- 2025年9月20日統合失調症の一族ロバート・コルカー,柴田裕之読み終わった両親と男女12人兄妹のギャルヴィン家の10人の息子の内、6人が統合失調症を発症する。次々と異常を来していく兄弟を目の当たりにし、それが自身の身にも降りかかるかもしれない恐怖に他の兄妹達は苛まれる。 そんな一家の歴史と精神医学の歴史が交差する。 果たして統合失調症の原因は遺伝なのか環境なのか。 ギャルヴィン家について言えば正直に言って、統合失調症がなくてもいずれはどこかで破綻しそうな家族だなという印象を受ける。 良くも悪くも秘密主義で体面を気にして、金銭的な余裕がないにも関わらず次から次へと子供を産む無謀な両親。男兄弟と姉妹が同じ部屋で寝起きして、常に支配権争いの暴力沙汰とも取れる喧嘩が絶えない。挙げ句に末の姉妹は兄から性的虐待も受けるって…そのこともあって私はギャルヴィン家の両親が好きにはなれなかった。 だから大人になり母親に対して憤り、実家と距離を置く長女のマーガレットの気持ちがよく分かったし、逆に病気の兄達と老いた母の面倒を見る(見てきた)次女のメアリー(リンジー)の葛藤と決断には並々ならぬもの感じた。 日進月歩の統合失調症治療が思わぬ形で引き継がれていく様子は出来過ぎた物語を見ているようだった。 だけど精神医学界で「統合失調症を誘発する母親」なんて概念が長年、信じられていたとは。今だったら炎上間違いなしだろうな。
- 2025年9月15日消えない月畑野智美読み終わった物語はストーカーとその被害者の視点で進んでいく。 読んでいて気付くとストーカー側の分析ばかりしている。 認知の歪みから来る被害者への執着、嘘と見栄で塗り固めた偽りの自分。 そもそも、なぜ自分を偽らなければいけなかったのか─。 ありのままの自分では誰も認めてくれない。 それ以前に関心すら持ってもらえない。 だから、どんな自分でも無償で愛してくれる相手を執拗に求めて手放したくなかったのだろう。そこに相手の意志は存在しない。
- 2025年9月12日怪談小説という名の小説怪談澤村伊智読み終わった深夜の高速道路で発生した未来予知を描いた「高速怪談」 原書のハーメルンの笛吹きよりも切実で悍ましい「笛吹く家」 国際映画賞でグランプリを受賞したホラー映画の関係者に起きる悲劇が新聞や雑誌、ブログやネット掲示板などの媒体越しで繰り広げられていく「苦々蛇の仮面」 新婚旅行で訪れた関西の山奥で体験した地方に根付く風習と神のようなものの存在についてを描いた「こうとげい」 校舎に閉じ込められた中学生を襲う「うらみせんせい」 読んだ誰もが恐怖する神出鬼没の小説「涸れ井戸の声」 ある年の夏休みに行われた肝試しについて書かれた作文や夏休み以降の関係者の音声記録とある女性霊能者との繋がりの秘密を描いた「怪談怪談」の全7編の短編集。 「笛を吹く家」は以前読んだけど、ある一文には思わずヒエッとなった。 「涸れ井戸の声」はあのオチに持って行きたいのは分かったけど、いささか駆け足に感じられ「怪談怪談」をラストに持ってきたことで綺麗にまとまった印象を受けた。
- 2025年9月9日こまったさんのシチュー寺村輝夫,岡本颯子読み終わった冷たい風が吹き付ける日、お店を早めに閉めようと思っていたこまったさん。そこに誕生日祝いにチューリップの花束を作ってほしいと頼む男の子の声と思われる電話が掛かってくる。やって来たチューリップ柄のコートを着た男の子の後を追いかけると彼はこの日が誕生日のこまったさんのためにシチューを作っていた! シチューと言えばお馴染みのクリームシチューかビーフシチューを想像してたけど、オクラとカレー粉の入ったケニアのシチュー・カランガとラム肉とセロリの入ったホワイトシチューとは意表を突かれたような気持ちだ。 ちなみに巷で論争になっているご飯にホワイトシチューをかけるか、かけないか問題。我が家では毎回ではないがかけてた。だって、シチューだけじゃお腹いっぱいにならないから。
- 2025年9月9日100万回死んだねこ 覚え違いタイトル集福井県立図書館読み終わった『100万回死んだねこ』や『ハーメルンの音楽隊』『人生が片付くときめきの魔法』など言いたいことは分かるものから、「昔からあるハムスターみたいな本」や「ウサギのできそこないが2匹出てくる絵本」と、もはや謎解きの域に達している本のタイトルに迷える利用者を手助けする司書たちの静かなる奮闘が見受けられる一冊。 まず、なぜ事前に調べてから行かないんだ?と思ってしまうけど、利用者本人は覚え違えてることに疑いを持ってないのか、分からなければ聞けばいいと思っているのだろうか。 だけど『蜜蜂と遠雷』は覚えてても、ふとした時に『蜂蜜と遠雷』と誤認しまうのは分かる気がするし、『トシ、1週間であなたの医療英単語を100倍にしなさい。できなければ解雇よ』を『年だから解雇よ』で覚えてしまうのも何となく分かる。 個人的には『ドリトル先生月へゆく』が「ド」以外合ってない上にやたら勢いがいい『ドクタードリンク宇宙へgo』になるのがツボだった。
- 2025年9月7日読み終わったネッシーや雪男にツチノコといった世界にいるとされる未知動物(UMA)を探究する著者はベトナム中部に棲息するとされる猿人フイハイ、奄美の妖怪ケンモン、旧タリバン政権崩壊後のアフガニスタン・カブールの平野に現れるペシャクパラングを探す旅に出る。 オカルトにはそこまで関心がない私からしたら悪戦苦闘しながら本気で未知動物を探している著者の姿は奇妙に映る。 「オカルト過ぎる未知生物は現実性を重視する堅実な私の好みではない」と言う著者に対しても、そもそも未知動物そのものがオカルトでは?と首を傾げたくなるがその辺は個人の線引きがあるのだろう。 現地の人々の未知動物に対する温度差が伝聞や体験のみならず、信仰からも来ているところやアジアの未知動物と米軍との関係は興味深いし、お馴染みの陰謀論まで出て来るのはさすがだと思った。 結局、未知動物はいるのかいないのか。そもそもそれを暴こうとすること自体が野暮なのではないかと悩みつつも探究への想いは止められない著者のバイタリティには素直に感心する。
- 2025年9月4日骨灰冲方丁読み終わった再開発中の渋谷駅の地下で施工ミスや火災、そして人骨が出るといったつぶやきを投稿する現場作業員と思しき人物のツイッターの真偽を確かめるため調査に乗り出した再開発事業に携わるシマオカ・グループ本社のIR部に所属する松永。 喉の渇きと肌のひりつきを感じる乾燥した地下には、うっすら積もる白い粉塵と骨が焼けるような臭気が漂う。そんな中、辿り着いたある場所で松永は奇妙な光景を目撃する。その日から松永の身の回りで起きる奇妙な出来事はやがて、彼と彼の家族を追い詰めていく。 松永が祟りに侵食されていく姿は『シャイニング』の父親のようでただただ不気味だった(その辺は意識したのかな)し、最終的な祟りの鎮め方にはそうなるかと思いつつも軽く衝撃を受けた。今いる自分の足元の下にいるかもしれない“もの”の事を考えるとなんとも言えない気持ちになる。
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