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M市のR氏
M市のR氏
@aoi-honmimi
  • 2026年10月2日
    この身体で生きていく
    AIの発展がめざましい昨今、多様な50人の生き方や考え方から人間にできること、そして自分の身体で生きることについて考える。 ペットロスになった女性が迎え入れたペットロボットの行動に対して解釈をめぐらせるのは、まさに人間ならではの思考だと感じたし、身体の「凝り」というのも、生活をしている人間の身体に起こる現象だと言える。難病を患っている人、人体の一部を損傷するほどの大けがを負った人、盗みを繰り返してしまう人、親から虐待を受けた人、死んだ後にこの地に還元する埋葬を望む人など、おのおのの人生の中での気づきや、理想や信念がある。 人間の身体は外部に触れることで知覚・思考・感情が生まれ、「個」というものに奥行きが生まれる。ひとつの物事でも、その捉え方や感じ方はまさに十人十色だろう。だから人は他人と関わり合ったり、あらゆる媒体で多様な価値観に触れたくなったりするのだろう。 しかし、誰かの人生ばかりを追いかけていると、自分の人生が知らぬ間に流れていく。時間の概念を実感するのも人間ならではだろうか。 AIは学習できても、発生源にはなれない……と思っている。本当のところは分からないし、この先、人間やAIはどうしたらいいかなんて、なおさら分かりようがない。AIの進歩が止まらないのなら、ほかの誰でもない唯一の自分の実感を持って生きることが大事なのかもしれない。
  • 2026年9月27日
    ロブスター
    ロブスター
    《ファイアーヒル》と呼ばれる、世界最高気温を記録したオーストラリアの砂漠の鉱山で過酷な労働を強いられている日本人がいると情報提供を受けたネットライターの寿美佳のもとに、アメリカから逃亡し、政治犯として鉱山で強制労働させられている夫を救出してほしいという依頼が彼の妻から届く。 ​ 高額な報酬とジャーナリストとしての地位を確立するための野心を掲げ、寿美佳は灼熱の砂漠に足を踏み入れる。しかし、そこでは彼女のこれまでの価値観や先入観が静かに揺さぶられる。 ​ 世の中の当たり前という不確かなものが通用しない極限の場所で、寿美佳は次第に、外から与えられたものではなく、体から湧き上がる根源的な「喜び」を自覚する。そこからの彼女の選択は、現状に流された思考停止や現実逃避のように見えなくもない。しかし、彼女も見つけてしまったのだ。本当の自由と個人の幸福が与えられる、天国のような地獄を。
  • 2026年9月23日
    世界屠畜紀行 THE WORLD’S SLAUGHTERHOUSE TOUR
    家畜を殺して解体する屠畜やそれを行う人を日本では、仏教の殺生戒や部落差別の歴史からの忌避感を抱き、かわいそう、残酷だという考えを持つ人が一定数いる。では、世界の屠畜事情はどうなのか、そもそも食卓に並ぶ肉はどのようにして作られるのかを現地調査したルポルタージュ。 ​ 日本と同じように屠畜を行う被差別民がいた韓国や、日本以上に屠畜を忌み嫌うヒンドゥー教徒のいるインド。一方で、同じヒンドゥー教を信仰するバリ島では多くの男が豚をつぶすことができる。そして、本土よりも仏教の影響を受けなかった沖縄や、仏教を信仰するモンゴルでは家畜をつぶせる人々が尊敬されるなど国によって屠畜への認識は大きく違うことが分かる。 ​ 私自身は肉を食べるけど、生き物を殺して捌くことを怖く感じる。だから、屠畜をする人たちに感謝はあれど、差別の感情はないし差別をする意味も分からない。それとは別にそもそも他の生き物を殺して、その肉を食べるほどの価値が自分にあるのかと考えてしまう。そうは言いつつも、これからも私は肉は食べ続ける。だから、せめて責任を持って食べる。それが肉を食べる人間にできる唯一のことだと思うから。
  • 2026年9月17日
    陛下、お味はいかがでしょう。「天皇の料理番」の絵日記
    宮内庁大膳課─いわゆる、天皇の料理番を1947年から5年間務めた著者が謎に満ちた大膳の仕事や天皇陛下をはじめとした皇室の方々との日々、そして自身の半生を綴った一冊。 ​ 入庁当初は独自のルールに困惑し、入ってはいけない魚の骨やタコ糸が陛下の皿に入ってしまったなどの失敗に肝を冷やした経験を経て、自身の手がけた「あゆの千切りポテト焼き」を陛下が「美味しかった」とおっしゃったことに感動したというエピソードや辞め時のタイミングには感慨深いものがあった。 ​ 著者が天皇陛下をはじめとした皇室の方々を心から尊敬しているのは文面から伝わるが、そこまでの敬意を持っていない私にとっては、過剰に敬いすぎじゃないかと思う箇所がいくつかあったのが気になった。個人的には、著者が大膳を志したきっかけとなった伝説の人物・秋山徳蔵氏に興味を引かれた。
  • 2026年9月14日
    凍てつく太陽
    凍てつく太陽
    昭和20年、北海道・室蘭で発生した殺人事件の捜査を行う特高刑事の日崎。後に続く手口が同様の事件を隠蔽する憲兵の妨害に遭いながらも、被害者たちがある軍需工場の関係者だと突き止める。そこに隠された巨大な陰謀。スルクと名乗る犯人が語る「カンナカムイ」や「国賊」とは一体なにを意味するのか。 ​ 大和人とアイヌの間に生まれた日崎は、幼い頃から差別を受けながらも、皇国臣民としてアイヌに近代化と豊かさを与えてくれた国のために働く。しかし、それがアイヌを幸福にしたのかという問いが彼に投げかけられる。先祖代々暮らしてきた土地から彼らを追い出し、名前と文化を取り上げた国はアイヌのみならず、多くの大和人をも欺き続ける。 そんな国に命を捧げる価値はあるのか、その意味を見いだせなくなった者の絶望と怒りによる凶行を食い止めようとする日崎は同時に自分の中の答えを見つけていく。 ​ ​戦後を生きる私にとって、皇国臣民なんて聞くだけで寒気がするが、それを誇りとして戦地へ行った人々や銃後を守った人々が確かにいた。そこにはアイヌ民族や朝鮮人なども含まれる。そんな彼らは戦後になにを思い、どのように生きたのだろうか。
  • 2026年9月12日
    コクーン
    コクーン
    これは、存在したかもしれない一つの世界線。 1995年、宗教団体『シンラ智慧の会』の信者が起こしたテロ事件。これによってある母親は幼い息子を失った。かつて教祖の親友だった男は人生に絶望していた。そして、家族が信者だった者たちは、彼らがたどった数奇な運命に思いを巡らせ、人生の分岐点とifについて考える。 戦争や災害、差別や貧困、孤独など、人々が悩みや苦しみを抱えてしまうのは、この世界が狂った神が作った〈悪の世界〉だと説くシンラの教祖。それに傾倒したくなる者たちの気持ちが分かるほど、世界はゆがんで見える。 本来の世界には善悪はなく、ただそこに在る。その中での選択によって世界は大きく変化する。それを幸福か不幸かと決めているのは人間の視点に過ぎない。だけど、人は不幸や過ちに出くわしたら、そこから救われたいと願い、赦されたいと思う。その「救われた」も「赦された」も、結局は認識に過ぎない。そして世界はなるようにしかならない。それを絶望と取るか、希望と捉えるかも、また認識に過ぎない。
  • 2026年9月9日
    針女
    針女
    あの戦争から変わってしまったのは、いったい誰なのだろう。 出征した一人息子の弘一の帰りを待つ、東京の下町で仕立屋を営む夫婦と一家と同居する孤児の少女の清子。食糧不足や迫り来る空襲などに遭いながらも肩を寄せ合い日々を過ごした。そして、終戦を迎えて数年後に弘一は復員した。しかし、そこから彼らの関係は大きく変わってしまう。 弘一に淡い想いを抱いていた清子が、片足に障害を負ったことで女としての幸せを諦めるという心情にはピンと来なかったけど、周囲の反応からしても当時はそういう認識だったのだろうか。 終戦から弘一の復員を通して、清子が本当は独りだと自覚させられるだけではなく、かつての信頼し合っていた関係が醜い形で変わってしまったのが辛かった。しかし、戦後の女は強かった。ミシン工場でともに働いていた清子を引き抜いて洋裁学院を開設した河野夫人や、進駐軍の日系二世と結婚してアメリカへ旅立とうとする友人の世津子のような目に見える逞しさではないが、幼い頃から培ってきた仕立ての技術と持ち前の勤勉さで心身ともに自立する清子の芯の強さは応援したくなるし、見習いたいものがある。 そして、彼女が諦めていた女性としての幸せ。それを彼女が望むのなら掴み取って欲しいと思う。
  • 2026年9月5日
    おばけパーティ
    おばけパーティ
    ともだちのおしろのばんさん会にしょうたいされた6体のおばけたち。 カクテル、かぼちゃのスープ、サーモン、サラダにチーズ。そして、とろけるほどおいしいとくべつメニューを楽しむおばけたちがずっとかわいくて読んでる間口角が上がりっぱなしだった。シンプルだけどおしゃれな絵が魅力的で何度も見返したくなるくらいに好きになってしまった。
  • 2026年9月1日
    お屋敷拝見 新装版 (らんぷの本)
    明治から昭和初期に建てられた洋館のお屋敷。宮家やかつての大名たち、企業家や政治家といった社会的地位の高い上流層たちが家族の生活の場と同時に客人をもてなす場として巨額の建築費をかけて自身の存在感や思想を反映させた。 お屋敷と一括りに言ってもゴシック様式、アールデコ、スパニッシュ様式、モダニズム様式といった建築様式や施主のこだわり、時代の流行によってまったく異なる様相を見せる。 昔、本書に載っている旧岩崎邸と旧古河邸(中は見学できなかった)に行ったことがあるのだが、旧岩崎邸の建物内外の豪華さ、旧古河邸の庭の広大さに圧倒された覚えがある。これが個人邸宅だなんていまだに信じられない。それゆえに維持の難しさが指摘されていて、本書で紹介されているお屋敷の中の一軒は取り壊されてしまったとのこと。当時の上流層の本物の贅沢な暮らしを追体験できるお屋敷はまさにロマンの結晶といえる。上記の旧岩崎邸、旧古河邸はまた行きたいと思えたし、それ以外のお屋敷にも行ってみたくなる。
  • 2026年8月29日
    七三一部隊の日中戦争
    なぜ、七三一部隊を始めとした細菌戦部隊が中国戦線で細菌戦にいたったのか。彼らと彼らを指揮する陸軍参謀本部の視点で読み解いていく作戦史となる本書。 創作物などの七三一部隊=人体実験や化学兵器を製造するマッドサイエンティスト集団みたいなイメージがあったため、表では自国軍の防疫防水を担っていたことを知らなかったし、七三一部隊以外に細菌戦部隊が存在していたことも知らなかった。 ナチスの快進撃やソ連防衛に備えての中国戦線の人員削減から、長引く日中戦争の早期解決を目指した細菌戦が、逆に戦争を長引かせてしまったという皮肉。そして、細菌兵器がどのように扱われ、敵のみならず味方の日本軍にまで被害を及ぼし、多くの一般市民をも巻き込んだのかを知った。 細菌戦の全貌を見ていく内容なので、そこに感情は入り込まないながらも、かつての日本軍の行いを見ていると、いまだに中国で反日感情を持つ者がいるのも分かる気がしてしまう。 戦後80年、今後の歴史研究で七三一部隊や細菌戦部隊についての進展は見られるのだろうか。
  • 2026年8月26日
    八月の博物館
    八月の博物館
    小学校最後の夏休み。いつもの帰り道と反対の道を行った先にその博物館はあった。巨大な振り子に螺旋階段、アフリカゾウやシロナガスクジラや恐竜の標本、あらゆる時代の収蔵品が展示されている部屋の数々。そして、広大な館内を案内する少女と黒猫。そこでの冒険は安全なはずだった。ある出来事が起こるまでは… 劇場版ドラえもんのような舞台にエジプトの古代文明が関わっていく物語を小説を書くことに悩む作家が紡いでいく。ワクワクする要素のはずなのに残念ながら面白く感じられなかった。思春期の少年少女の感情の機微や郷愁には心動かされたけど、説明の読みにくさからくるテンポの悪さや、小説の作為性が気になる作家の書く話そのものの作為性が気になったりなどして作品全体がいまいちな印象になってしまったように感じた。
  • 2026年8月21日
    骨を喰む真珠
    ─咳に効く奇跡の薬。そして、ある一家の秘密。 大正時代、大阪の新聞社に身上相談として届いた手紙にただならないものを感じた婦人記者・新波苑子は、手紙の送り先の丹邨(にむら)邸に潜入する。 そこには、あまりにも若すぎる製薬会社社長夫人の姿や手紙の送り主で丹邨家の長男・孝太郎の様子と彼に無理やり食事をさせる両親の姿、それを淡々とみつめる影で一家を牛耳る存在。一家を観察する苑子に射抜くような視線を向ける社長秘書。そして、持病がある苑子に与えられた丸薬。そこから結びつく伝説の存在が物語に大きく関わっていく。 グロテスクな描写がありつつも全体的にライトな印象で、作中の人物たちの察しがいいことから早く物語が進むけれど、それ故に淡白にも感じてしまう。アクの強さやおどろおどろしさが足りないことが物足りなく感じて人物描写も踏まえて惜しいという感想だった。
  • 2026年8月15日
    友情
    友情
    新進脚本家の野島は友人の妹・杉子に恋をした。彼にとってはじめての恋だった。美しく、清く無邪気な杉子は自分が結婚するのに相応しい相手だと思った。野島は杉子に夢中だった。 常に杉子に会いたかったし、他の誰かと結婚してほしくなかった。杉子に悪く思われたくないし、嫌われたくなかった。彼女を失いたくなかった。自分が病気になった時は他の者と笑わないで自分のことを気にかけてほしかった。そもそも自分は彼女に相応しい相手なのか(ぐるぐる) そんな野島の恋を親友の大宮は心から応援してくれたが、この恋の結末はあまりにも残酷だった。 大正に書かれたとは思えないくらいに本書は読みやすかったし、主人公の野島の言動には、おまえは森見登美彦の小説の主人公かと思ったほど(時代的にこちらの方が先だが)。だけど、最後の勇ましさと情けなさが混ざり合う場面は彼の魅力となったと感じた。 一方で障害と情熱をもって結ばれた恋人たちに対しては、果たしてその情熱がいつまで保つのかなと少し冷ややかな気持ちで見届けた。
  • 2026年8月13日
    掃除婦のための手引き書 ルシア・ベルリン作品集
    三度の結婚と三度の離婚を経験し、シングルマザーで四人の子供を育て、自身が書いた小説が没後11年目にして日の目を浴びる。遥か昔の芸術家のような運命をたどった著者の実体験に基づく24篇の小説集。 いわゆるブルーカラーの職種に就いていた人間が書いた小説が注目されたことに興味を持ったけれど、もともとは学校を飛び級できるほどの才女でおまけに三度も結婚できるほどの美人。正直に「なぁんだ」とがっかりしたことを否定できない。そして、作者の小説的技法のすごさも絶賛される理由も分からなかった。 だけど、物語の語り手が幼少期によかれと思ってしたことが思わず裏目に出てしまう事態には共感を覚え、アルコール依存症の祖父と母親からの暴力や学校での居場所がない絶望感から唯一、守ってくれるアルコール依存症の叔父の存在を心強く思う。そんな語り手自身もいつしかアルコール依存症となり、アルコールを求める必死さがリアルに伝わる。 鉱山町、テキサスの貧民街、召使いつきのチリの屋敷、ニューヨーク、メキシコなどで掃除婦、刑務所での創作指導、認知症の父親やガンで末期の妹の面倒を見る。この多彩な人生経験のどこまでが事実でどこまでが創作なのかは本人のみぞ知るというのはある意味壮大なミステリーのようだ。
  • 2026年8月10日
    ホテル・バルザール
    ホテル・バルザール
    巨大なオウムを連れた伯爵夫人は、戦地に行った父親の帰りを待つ少女に語る七つの物語。それは少女に何をもたらすのか。 ホテル・バルザールの屋根裏部屋に暮らす少女マルタはホテルの客室掃除の仕事をする母親の言いつけを守り、小さなネズミのように静かに過ごしていた。ある日、ホテルの宿泊客としてやって来た全身を真っ赤にまとった伯爵夫人に招かれたマルタは、オウムに変えられた将軍、絵を通して神と通じられる修道女、美しい歌声を持つ少年、眠れない王さま、少女とキツネ、道に迷った老女とサーカスの綱渡りの物語を聞かされる。果たして、これらが意味することとは…。 信じることは疑うことよりも勇気がいる。あらゆる困難を乗り越えた先に奇跡は訪れる。よくも悪くもこの本そのものが「物語」なんだと思った。
  • 2026年8月8日
    悪魔が来りて笛を吹く 金田一耕助ファイル 4
    ─笛を鳴らす悪魔はいったい誰だ。 昭和22年、白昼の宝飾店を阿鼻叫喚の地獄に変え世間を震撼させた「天銀堂事件」の容疑者とされた元子爵・椿英輔氏が失踪した。その後、戦火から焼け残った椿邸から始まる連続殺人に金田一耕助は挑む。 不気味なフルートの音色、いたるところに提示される火焰太鼓、さまざまな場所で目撃される椿子爵の影。そして、美貌の元子爵夫人を含めた椿邸の人々。彼らが放つ歪さはやがて思いも寄らない形を見せる。 椿子爵にとって犯人はまさに「悪魔」であっただろう。しかし、悪魔を悪魔たらしめたのは果たして誰なのか。かつての特権階級の人間の醜悪な戯れから生まれた悲劇は、どこまでも悲劇しか生まなかった。 個人的には、事件後に残された者、特に椿家の外側の人たちのその後が気になる。
  • 2026年8月4日
    少女ソフィアの夏 新版
    少女ソフィアの夏 新版
    母親を亡くした少女ソフィアとおばあさん(時々パパ)との夏の小島での日々。 ソフィアの遊び相手のおばあさんは孫娘を気にかけているが、決して猫かわいがりはせず自然に接している。それゆえにお互いに本気でむきになって言い争うこともしょっちゅう。 10歳前後と思われるソフィアがテントで一人で過ごすことになったある日、夜の怖さからおばあさんのいる「客部屋」に駆けつけてもおばあさんは中に入れようとはしない。それはソフィアのことを信頼しているのもあるし、たとえ祖母と孫でもパーソナルスペースに対する意識の強さがあるのを感じて、その辺は日本とは異なる感じがした。 憎悪を覚えるほど懐かない猫と知人の人なつこい猫とを交換した際に前の猫のことを愛していたと気づくソフィアは、なかなか難儀な性格をしてるなと思ったけれど、ソフィアは著者のトーベ・ヤンソンの姪っ子がモデルとのこと。 次第に反抗期を迎えるソフィアと、体の衰えや記憶の忘却、様々なことに興味を失っていくおばあさんは島での夏をあの後、どれくらい過ごせただろう。そして、成長したソフィアはどんな大人になったのだろう。
  • 2026年7月28日
    誰も知らない色の物語 色の美しい世界にときめき、知識が深まる本
    植物や宝石、おとぎ話、時、宇宙。世界のあらゆるものの色の名前に隠された物語をたどる一冊。 同じ黄色でも、中世以降のキリスト文化では「裏切り者の色=不誠実な色」とネガティブに捉えられていた一方、古代中国では皇帝しか身に着けられなかった特別な色だったといった国や宗教によっての認識の違いはおもしろいと感じたし、「推し色」という概念は歌舞伎の頃から存在していたことに驚き、当時の歌舞伎の人気のすごさを改めて思い知った。 「樹上で完熟した柿の実が秋の日差しに照り映えたようす」を表した照柿や、「東の空がピンクともオレンジともつかない日の出前後の時間の雲の色」を表した東雲色などの情緒を感じさせる名前は素敵だと感じるが、それが行き過ぎるとこの世界のあらゆるものの色に名前をつけることや、イメージカラーをあてがうことはどこか支配や所有といったエゴを感じて、ロマンを通り越して傲慢に思えてしまったのが残念だった。
  • 2026年7月26日
    テスカトリポカ
    メキシコの麻薬カルテルの売人と元心臓血管外科医の日本人。互いに野望を持つ二人の男の出会い、そこから発展する闇のビジネス。 侵略者によって滅ぼされたアステカ、神への生贄、心臓移植、無戸籍児童、暴力、裏切り…曝け出される世界の暗部、倫理観を持たない人間たちの非道な行い、それを上回る無垢なる脅威。それはまさに純然たる暴力の神のよう。 苛烈なアステカ信仰を邪教とまでは言わないが、同じ人間でも決して分かり合えないものを本能的に感じる。そして、作品世界の「暗部」は決してフィクションではない。蠢く有象無象、水面下にはあのシェルターが存在しているかもしれないことに、何よりも恐怖を感じる。
  • 2026年7月20日
    動物たちがみた戦争
    動物たちがみた戦争
    戦前、海外の各地に動員された数多くの動物たちに焦点を当て、彼らが写された新聞写真をAIでカラー化し、遠い時代の戦争を身近に感じさせ次世代への記憶の継承を試みた本書。 色がつくことで日よけの帽子をかぶる軍馬や兵士に寄り添う軍犬のかわいらしさなどを強く感じる。だが、それらは政府や軍による国威発揚、戦意高揚のプロパガンダとして反映された「虚構の現実」を写したものとされる。 そして、その写真のカラー化も本来の色は決して分からないことからある意味「フェイク」となる。色づけられた虚構はさらに真実味が増し、それが真実か虚構かを見分けるのを困難にする。それは昨今のフェイクニュースや情報操作への危機感をも提示している。 物言わぬ動物たちの写真のみならず、世の中にあふれるさまざまな事象から見えてくるものの背景や真偽を正しく読みとることができるだろうかと不安になる。虚構に踊らされないためにはどうすればいいのだろうか。
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