
碧衣
@aoi-honmimi
- 2026年4月10日
大鞠家殺人事件芦辺拓読み終わった陸軍少将の娘・中久世美禰子の嫁ぎ先、大阪船場で化粧品商として富を築いてきた商家『大鞠百薬館』で起きた連続殺人事件。 神隠しにあった創業者の長男、店に現れた日露戦争の軍服を着た謎の男、真夜中の廊下で踊る小鬼の目撃談。 事件発生前に起きたこれらの意味することとは─。 事件の後すぐに空襲で謎解きどころではなくなってしまい事件の結末を心配した。 その後の探偵登場の流れは無理矢理な感じが否めなかったけど、探偵談義の締め括りのある人物の登場には感情が昂ぶった。 国のために自由を許さず国民に命を捧げさせる時代。それ以前から人生の選択を既に決められていた商家の子供たち。幼い頃から店に仕え、半ば飼い殺しにされる丁稚たち。 今を生きる私には想像も出来ない世界を生き延びるために起こしたことが招いた悲劇。実際に多く存在したそれらの人々に思いを馳せる。 余談だが、前回2段組みの本を読み終えて安堵した矢先に今回もまさかの2段組み仕様に思わずド肝を抜かれた。この本は図書館の貸出期間が結構ギリギリに迫っていたものだから。 なんとか当日に読み終えて返却も済ませられたので今度こそホッとしている。 - 2026年4月7日
老いたる詐欺師ニコラス・サール,真崎義博読み終わったこれまで数々の詐欺を働いてきたロイはインターネット上で出会った未亡人で資産家のベティと生活を共にするようになり、彼女の信頼を得られてきたと思しき段階でロイは資産を奪い取る策を打ち出す。 恵まれた容姿と高い知能を持ちながらプライドが高く、癇癪持ちで常に他者を見下し、人を陥れることになんの罪悪感も抱かない。そんなロイの標的にされたベティだが彼女にはある企みがある。彼女の思惑はあの戦争の時代にまで遡る。 命の危機がつきまとう時代を生き延びようとした男女。 幼い頃に遭った理不尽で過酷な体験も糧にする強靭な精神力と明晰な頭脳で平凡な幸せを手に入れ、多くの人に愛されるベティ。一方、目的のためにはリスクを冒すことも厭わず他人も自分自身すらも偽ってきたロイ。仮に戦争がなかったら彼の性格に変化はあったのだろうか。そうでなければ根本的に彼はただの性根が腐ってる奴としか言いようがない。そんな正反対な彼らが辿る結末はある意味妥当な流れだろう。 - 2026年4月4日
ジーキル博士とハイド氏ロバート・ルイス・スティーヴンソン,村上博基読み終わった─どこか不快で厭わしい男。 ぶつかった少女の顔を平気で踏みつけ、見た者すべてに不快感を抱かせる男を善良な博士はなぜ法定相続人にしたのだろうか。 「有名すぎてかえって読まれない名作」についに手を出した。人間誰しもに備わる二面性を無理やり引き剥がすことの危うさ、引き剥がした側を制御できず、分離した人格に本来の人格が乗っ取られようとする恐怖がまざまざと描かれている。 「人前ではことさら威厳を見せたい自分」に潜む相容れない「我慢のきかぬ快楽思考」を隠して生きてきたと語るジーキル。 読む前は彼を「自分の内なる欲望に苦悩する善人」という印象を持ってた。しかし本書の彼は世間体を気にする見栄っ張りで案外、俗っぽい男に見えた。そんな人格を分けた二人が同じ恐怖によって破滅したのには皮肉に感じる。 「一個の人間とは、多様な、相矛盾する、独立した生き物の棲む社会の縮図」というジーキルの言葉が真実なのだろう。 余談だけど、ジーキルが人格が分裂する薬を飲んだ時の苦しみを「生みの苦しみも死の苦しみもおよばぬ痛苦」と書いてる文言を見た時、比喩表現だと分かりながらも生んだことも死んだこともないくせに何言ってんだと思わず反応してしまった。 - 2026年4月1日
夢伝い宇佐美まこと読み終わった突然執筆が出来なくなった小説家の夢を伝って出てくるもの。 表題作をはじめとした11篇の怖ろしく不思議な話たち。 自動車事故に遭った恋人の彼女視点で物語が進む「水族」 恋人と幼馴染の関係。違和感があったのに見抜けなかったのが少し悔しい。 持ち主の「養分」を吸い取るエアープランツは次の持ち主の何を養分とするのか。(「エアープランツ」) 因果応報、命は命をもって返す忖度も容赦もない神の怖さを感じた「沈下橋渡ろ」。 母親を亡くした少年と恋人を刺した少女が愛の裏側で育てていたものとそれを気付かせたきっかけ。(「愛とは見分けがつかない」) 感染性化の中で生まれた新たな価値観とAIの発達を用いたSF要素のある「果てしなき世界の果て」。 自分の選択しなかった人生が出現する「母の自画像」。 人の中に隠されていた本心や欲求や罪悪感。それらが何らかの形で表出することが人を恐怖させるのだろうか。 - 2026年3月26日
よその島井上荒野読み終わった東京からある島に移住して来た老夫婦と知人の元小説家。彼にらはそれぞれ抱えている秘密がある。 同じ秘密を共有する老夫婦だが、その認識や感情には圧倒的な相違があり、互いを愛し、信頼していても決して分かり合えない隔たりがある。 老夫婦の他に元小説家を入れたのにはどんな意味があるのかと考えたけど、物語のミスリードを促す以外に役割はあったのだろうか。 この場合に勝ち負けはないのだけど、最終的に“よその島”に行ってしまった側の実質勝ち逃げのような感じがどこか狡く感じてしまったし、感慨もなかった。 - 2026年3月23日
読み終わったスピリチュアル=心理学で無意識に魂を重ねた言葉。 一人ひとりによって異なる複雑で陰影に富む性格(パーソナリティ)は五つの要素(ビックファイブ)に著者が加えた三つの要素(ビックエイト)で説明が出来るとされる。 外向的/内向的、楽観的/悲観的、同調性、共感力、堅実性、経験への開放性、知性、外見 これらの些細な違いが「性格」であり「自分らしさ」と呼ばれるものとされ、社会の中での行動を選択・反映され個性やキャラとして認識される。 高度な知識社会とされる現代では、『高い知能と高い堅実性と精神的に安定した(または高い知性に経験への開放性が低い)』パーソナリティが成功しやすいと言われればそうでしょうねと言わざる負えない。 変えることが難しいとされる自身のパーソナリティに合わないやり方で人生を送ってたらいずれは破綻しかねないのでパーソナリティを受け入れた上で自身に合った人生設計をするのが大切だと説く著者にまぁ、そうだろうなと納得するものの隣の芝生は青いではないけど、悪あがきに無い物ねだりをしてみたくなるのも人の性と言うか… いつも以上にメモを取ったけど、ほとんど役立ってないし、いつも以上にまとめるのに頭を悩ませた。そんなパーソナリティがSNSのいいねだけで簡単に見分けられ、誰かの思惑通りになんの疑問もなく誘導されるてしまうのには薄ら寒さを感じる。 - 2026年3月19日
ゼロの焦点改版松本清張読み終わった結婚したばかりの年上の夫が出張先の金沢で突然姿を消した。 彼を探す妻は次々と知らない夫の顔を知ることとなり… ずっと読んでみたかった松本清張作品にようやく着手出来て嬉しい♪ 最初は本書が500ページ近くあるのに30ページで夫が失踪してるけど大丈夫か?と思ったけどその心配は杞憂でツッコミどころはありながらも勢いと読み応えで飽きずに読むことが出来た。 作中の部下の家や電車内での喫煙シーンだったり、公的機関のガバガバな個人情報の扱いとかには時代を感じた。 本来は戦後のある立場にいた女性の悲哀を描きたかったと思うのだけど、某人物が回りくどいことをしなければ今度の悲劇は起きなかったのではというのが頭にチラついてしまったのは少し残念だった。 それでも内容自体は面白かったので上下巻で読むのをずっと躊躇していた『砂の器』や他の作品にも手を出したくなった。 - 2026年3月15日
こんがり、パン津村記久子,穂村弘読み終わった食パン、アンパン、ジャムパン、コッペパン、バゲット、サンドイッチ─ パンと人との思い出は十人十色。 穂村弘氏の深夜に手指と首をベタベタにして食べる最低から数えた方が早いハチミツパン、食欲を刺激する平松洋子氏のパンの耳と四方田犬彦氏のバゲットとピタ、岸本佐知子氏の学生時代のパン屋さんとの往復書簡、開高健氏のパンを通して施すこと、施されることの悲哀、昭和に子供時代を過ごした人が口を揃えて語るロバのパン屋さん、海外児童文学に出てくる謎のしょうがパン。 本書を通して明治や戦後の事情が見られるのが興味深い。 近年の私はトーストした食パンは何も塗らないかバターのみを塗ったものが好きだが、子供の頃は母親がお弁当に作ってくれたいちごジャムかチョコクリームを塗ったサンドイッチが特別感も相まって好きだった。コッペパンは給食のきな粉をまぶした揚げパンが好きだし、ガーリックトーストは今も昔も大好き。最近はタカキベーカリーのパンにハマっている。 - 2026年3月4日
呪いを、科学する中川朝子読み終わった自殺を誘発する曲に王家の呪い、離島の呪い、異形の者たちの正体…医師であり、呪いや魔法に関心のある著者がこれらの事象を医学的に紐解いていく一冊。 王家の呪いの正体は相次ぐ近親婚による遺伝病、離島の呪いはマラリアとの共存戦略による免疫疾患など「呪い」という未知なる恐怖に名前が付くとその恐怖は幾分薄れるが、不謹慎なことを承知に言うと少し残念でもある。命に関わる「呪い」の正体が明かされるのは人類にとっては有益なことだけど、オカルトなどの娯楽に関しては暴いた時の呆気なさを思うと謎は謎のままの方が楽しいのだなと感じる。 私はホラー作品が好きなのもあるが何でも暴きやすい今の時代に作り手たちがどんな「呪い」を作っていくのかが気になるところ。 - 2026年3月2日
月のケーキジョーン・エイキン,三辺律子読み終わった祖父が一人暮らす村にやって来た少年は特別な人間にしか作れない月のケーキの材料を集めることに──。 ご近所間の騒音トラブル、土地の分配、遺産相続といった現実的な諸問題、人の願望のただ中に当たり前のように魔法や竜が存在し、奇妙な出来事と死の気配が漂う世界。その中には誰かの物を強引に奪う者には相応の報いを受けるという寓話的な話も存在する。 退屈な訳でもなかったし、寓話的な話は気が晴れたけど特に大きな感動はなかったかなという印象。 - 2026年2月27日
アースシーの風ディビッド・ワイヤット,アーシュラ・K.ル=グウィン,アーシュラ・K.ル=グウィン,Ursula K.Le Guin,清水真砂子読み終わった元大賢人の元を訪ねてきたまじない師が見る夢。 この世とあの世の境の石垣で死者たちが彼に自由を求める。 一方、王は長い間敵対していた帝国、そして竜たちとの和平に奔走する。 石垣に行く者とそうでない者、死者が求める自由、かつての魔法使いたちの過ち。 ひとつだったものが二つに分かれ、多くの人々はそんなことを思いもしないくらいの歳月が経ち、混乱と争いの時代を経て世界は混ざり合い、繋がろうとしている。 いまだに問題は残っているし、新たな世界に馴染めない者もいるだろうけど、この世界の結末は作者の理想の形なのだろう。最後までとても重厚な物語だった。 - 2026年2月23日
ドラゴンフライアーシュラ・K.ル=グウィン,アーシュラ・K.ル=グウィン,清水真砂子読み終わった世界の秩序が崩れた遥か昔、魔法使いたちは私利私欲のために権力者に仕え、己の力を見せつけるために魔法を使う。それを危惧した者たちによる魔法使いのための学院の設立に至るまでの流れ。 ある島の名士の一人息子で魔法の才能を持ち、愛する人がいる若者が選び取る道。 大賢人なき知恵の場はもはや知恵の場ではなくなり、今では己の力を競い合う場となり果て、死を拒絶する者の残骸が場を支配しよう画策する。そこに訪れる変容の炎は魔法の世界に破滅をもたらすのか──。 外部を受け入れることによって生じる軋轢、男女の分断、歴史の積み重ねにより固定された価値観、人々はそれを疑いすらしない。それは魔法使いも同じ。だけど、その価値観に亀裂が入り出した。新しい時代がやって来る。 - 2026年2月12日
帰還マーガレット・チョドス=アーヴィン,アーシュラ・K.ル=グウィン,アーシュラ・K.ル=グウィン,Ursula K.Le Guin,清水真砂子読み終わった世界に異変が起きている最中、大賢人ゲドの故郷の島で農夫の妻が傷ついた少女を拾い彼女にテルーという名を与える。 世界を旅する男たち、一処に留まる女たち。 この世界に女のまじない師はいても女の魔法使いはいない。 閉ざされた闇の世界から抜け出して、家庭を持つ“普通の”人間となったテナーの視点、彼女が内側で燻ぶらせ続けているものはこれまで作者が感じてきたものなのだろうかと思われる。 故郷に戻って来たゲドは世界の均衡を守るために魔法を失い、以前の親しみをも失っていた。 長く不在だった王が玉座について世界は変わり出している。 根本が揺るがされようとしている。それは魔法も例外ではない。 - 2026年2月9日
さいはての島へゲイル・ギャラティ,アーシュラ・K.ル=グウィン,アーシュラ・K.ル=グウィン,Ursula K.Le Guin,清水真砂子読み終わった平和と統治を司る腕環が王の塔に戻り、十数年は平和だった世界に異変が起き出している。その報せを寄越した王子と共に大賢人となったゲドは世界の変調の原因を探す旅に出る。 800年空白の玉座、魔法をかけなくなったまじない師、死んだように生きる人々、腐敗と薬物汚染の島、魔法の根幹、そして魔法と人々の信頼を揺るがす事態は何者かが均衡を狂わそうとしているとゲドは考える。 人々が持つ本能的な死への恐怖。それをどう捉えるか。ただただ恐れ、思考を放棄するのか、または恐れそのものを受け入れ限りある生を全うするか、それとも死を征服し亡者の王となるのか。この物語をどう捉えればいいのか正直、分からない。アースシーの世界を介して私達のいる現実世界になにかを訴えているのだろうか。 - 2026年2月7日
こわれた腕環アーシュラ・K.ル=グウィン,清水真砂子読み終わった暗闇に仕える少女は外海からやって来た魔法使いと出会う。その出会いは少女の生きる道の選択を迫るものとなり、深い葛藤の末、少女が選ぶ道は───。 帝国に属する島のひとつアチュアンの墓地の大巫女が死に、彼女の生まれ変わりとして選ばれた少女は「喰らわれし者」を意味する名を付けられ、やがて過去も真の名前も忘れ去り、“名なき者たち”に仕える器としての年月を過ごすようになっていく。 そんな大巫女のみが入れる墓地の地下迷宮の宝物庫に眠る古のまじない師・エレス・アクべの腕環の片割れ。統治と平和のしるしが刻まれた腕環の文字を復元するため魔法使いゲドは禁忌の地下迷宮に潜入する。 前巻でもそうだったが、この世界の魔法は最強でも万能でもない。“名なき者たち”の力が強い地下迷宮でゲドは半ば死にかけて、少女の助力がなければ助からなかった。そんな少女にゲドは「自由」という可能性をもたらす。かりそめの安寧を手放し、重荷を背負って歩む自由。広がる世界と未知なるものに対する不安と恐怖、そして犯した罪への呵責…そんな思いを抱える少女をゲドが送り届けようとする場所は少女には最良の場だと思った。沈黙が許されたあの場所で少女の心はどう変化していくのか。 - 2026年2月4日
影との戦いルース・ロビンス,アーシュラ・K.ル=グウィン,アーシュラ・K.ル=グウィン,Ursula K.Le Guin,清水真砂子読み終わったジブリ映画の『ゲド戦記』がしょっちゅう駄作扱いされているのが気になったので(個人的に悪印象はあまりない)原作小説に着手してみた。 ジブリでは主人公を導くイケオジのハイタカ(ゲド)の少年〜青年期、潜在的に魔法の能力に優れ、血の気の多い彼は自身の師匠や賢人たちの教えに内心で反発し、いけ好かない相手に自身の能力を知らしめたいという欲求から禁じ手に手を出してしまう。そこからゲドは孤独な旅に身を置くことになる。 作中の地図を見るだけでも世界観の作り込みが感じられ、SF作家でもある著者だからか魔法の話にも科学的な要素が含まれている。読む前にこの作品の重厚さを若干、侮っていたことを反省した。 戦うべく〈影〉を自身の身に受け止めたゲドのこの先の旅を見届けたくなる。 - 2026年2月1日
夜明けの縁をさ迷う人々小川洋子読み終わったかつて読んだある人が語る華やかで肉欲に満ちた残酷な物語たちは人々からは虚言や妄言として扱われ、見向きもされない。だけど彼女たちの中でそれは紛れもない彼女たちの物語なのだろう。 二作目の「教授宅の留守番」の怒涛の贈り物地獄と最後の「再試合」の永遠に終わらない甲子園の決勝戦の吐き気がしそうなほどうんざりする感じが似ている。 関節カスタネットのために文字通り自らを捧げようとする涙売り、神様から苦しまずに死ぬことを許されない生き物サンバカツギ、家が入居者を選ぶ不動産屋…奇妙で残酷な話の中に生きている人々の裏側に引っ越してきた人々がどんな理由でその人の裏側に入ったかを知ると内側から感動が広がる「パラソルチョコレート」のような話を入れてくるのはずるいと思わずにいられない。 - 2026年1月28日
シュガータイム小川洋子(小説家)読み終わったかつて読んだ真剣にものを食べている時の人間は、かわいそうな存在だと思ってた。 そんな私が今では食欲に捕らわれている。 披露宴会場に取り残されたアイスクリーム・ロイヤルに群がる宴会係、成長しない弟、肉体関係を持たない恋人… 以前、読んだ時はなんとも思わなかったけど小川洋子作品の登場人物はひとりで行動する人々ばかりだから、事故に遭った主人公の恋人と一緒にいたとされる女性の正体を友人と突き止めに行くという展開は珍しく感じた。 もう三度目にもなるので主人公の恋人の手紙には彼は自分に酔ってるなくらいの微かな感情しかなかったけど、その代わりに主人公と弟の生活にヒステリックに入り込んで来る彼らの母親の存在が不快だった。母親の気持ちも分からなくはないけど彼女の心配なんて彼らはとっくに通り過ぎてやっている。 - 2026年1月23日
冬虫夏草梨木香歩読み終わったかつて読んだ友人の家の家守をする文士・綿貫征四郎は二月も家に帰って来ない飼い犬のゴローを探すのに加え、鈴鹿の山奥にあるとされるイワナの夫婦が営む宿屋を目指し旅に出る。 急速に近代化が進む世の中に対して、綿貫の周囲には毘沙門の祭りに参加するムジナや説法を施すタヌキが存在し、鈴鹿の山には河童、さらには竜神の存在が示唆されている。そして多くの植物たちの存在がある。 綿貫は自身は憂鬱を長い間、引き受けられない性質を物書きとしての短所と語る場面がある。確かにそれは弱点になるかもしれない。けれど、旅の道中に起きた見ず知らずの人の不幸を彼は本気で同情し寄り添える。良い意味で線引が出来るのは人としては強みではないだろうかと思う。大成はせずとも細く長くは生きていけそうな気がする。 - 2026年1月8日
ブラフマンの埋葬小川洋子読み終わったかつて読んだ水かきのある短い手足、胴の1.2倍ある尻尾、ボタンのような鼻。 地上ではやんちゃだが水の中では音もなく泳ぎ、時折、思慮深い目をする。ブラフマンはまさに謎そのものだ。 芸術家に仕事場を提供する〈創作家の家〉を管理する僕と森からやって来たブラフマンとの短い日々。 初見に読んだ時は気付かなかったけど、僕が好意を寄せる雑貨屋の娘との関係は早い段階から相容れないものだなと感じた。そもそも彼女には列車に乗って彼女に会いに来る恋人がいる訳だし、彼女からしたら僕の存在は店のお得意様でその上、車の運転を教えてくれる良くて友人止まりな関係に過ぎないのだろう。その彼女の踏み越えられたくない領域を僕は踏んでしまったことで悲劇は起きたという解説にはなるほどと思った。 じゃあ、彼の命は犠牲になるためだけに存在したのだろうか。 そうだとしたらあまりにも虚しすぎる。
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