魔法の石板
51件の記録
佐波長太郎@sabatyou2026年6月12日読み終わったかつて読んだ著者の『その姿の消し方』を思わせる作品だが、ここで輪郭を縁取られるジョルジュ・ペロスという詩人は実在の人物だ。沈黙と音楽について思いを巡らせなが読んでいると、次第にこの詩人の文章を纏って読んでみたくなる。ただ、私は断章群のような文章が苦手なので、実際に読んだらそんなに好きではないかもしれない。引用されている部分だけ読んでもピンと来ず、引用部を受けて書かれる堀江敏幸の文章の方が面白い。堀江敏幸のジョルジュ・ペロスへの愛着のようなものに同調しているだけだろう。そういうことはよくある。高井有一の『立原正秋』を読んだときも、高井有一の文書が好きなだけで、きっと私は立原正秋の文章は好きではないだろうと思ったものだ。
chroju@chroju2026年6月9日読み始めた@ 本の読める店fuzkue初台"書くという行為には、さまざまな誤解がまとわりついている。あまりにも多くの人間が、書くことには才能が必要だと思い込んでいる。しかしそれはまったくちがうとペロスはこれからも繰り返すだろう。書くことは、「奇妙な隷属状態に反すること」であり、問題は、才能の有無とはべつに、つねに螺旋を描いて、中心部がぽっかり空いているところに身を置きつづける勇気があるかどうかなのだ。" (Page 68)
琉璃@ruri-xxx2026年6月6日読み終わった「読書は自分の身体をなにかが横切る行為なのだ。痛みが、言葉が、端役が身体を通過する。通過し、横切ったあとに残る意味を彼は探さない。横切る行為じたいに真実があり、痛みであると知っていたから。」 (P.391) 詩人の言葉を見つめるまなざしの真摯さに貫かれるようだった。 書くこと、読むこと、孤独であること、そして生きること。読みながらうまれたいくつもの思いを、今はまだ上手く言葉に出来ずにいる。
K@readskei2026年5月6日読み終わった帯には「長篇エッセイ」とあるが、仏文研究者の側面ももつ著者がジョルジュ・ペロスの人物像を掘り下げる、これはもはや、ちょいと抒情的かもしれないが「論文」では。 グルニエとの友情の断裂を追う章「空白のダンディズム」は哀歌の傑作。一冊で何度でもおいしい。








熊ぐらたん@kumagura2026年5月5日読んでる『ひとは文学を愛するから書くのではありません。むしろその逆でしょう。気が触れないために書くのです。そして書くことが火口に達したとき、ともに弾けるのです』




琉璃@ruri-xxx2026年4月24日買った白水uブックスの〈堀江敏幸〉コレクション、第一回配本の作品。 緒方修一さんの装釘がすてきだし、追記の断章群にすこし目を通したのだけれど、言葉の連なりに耳を傾けていると矢張り心地よさを感じる。 第二回以降の配本も楽しみ。 エッセイだけではなく、翻訳作品も手に取りやすくなるのがうれしい。

nyuki@nyukibook20252026年4月24日読み始めた@ ジュンク堂書店 吉祥寺店『雪沼とその周辺』『河岸忘日抄』と並ぶ代表作、と帯にあり、読んだ記憶がないことに慄きながら読み始める(そして本当に読んでいない気がする…)。 400ページ超で1700円+税? 安すぎでは? 他社で版切れしていたのもに加筆しての復刊とはいえ。 作家30周年おめでとうございます。

ジクロロ@jirowcrew2026年4月22日読んでる人生のなかでひとが何者であるかなんて ぼくにはどうだっていい ぼくを駆り立てるのは べつのなにかになりたいという彼の欲望だ 手綱を握っているつもりでいながら 冒険の気まぐれに振りまわされている、 ひとりでさまよっているやつなんかとはべつのなにかに あのよそよそしさがぼくを いっそう孤独にする だから誓う ここで終わりにすると でも誰に? (p.344-345) この人の人生の不安定さ、 そのものが詩のリズムとなって、 悲しみを躍らせている。 そんな印象を受ける。
























































