庭とエスキース
94件の記録
ゆい@no1sin2026年7月25日読み終わった>「あんたな、そんなに深く考えることでもないんじゃ。年寄りが喉を詰まらせて死ぬことなんて、いくらでもあっていいことなんじゃ。それも寿命のひとつじゃ。年寄りじゃもの、いつか死んで当たり前だわ。じゃがな、その前にわしだってな、餅を食いたいさ。わしほどの餅好きなんてそこらにはおらんぞ。昔は餅男って呼ばれたほどじゃったんだぞ。この新聞に出てる爺さんもな、餅食わんで死ねるかと思って食ったのかもしれん。気持ちはようわかる。餅を食わん人生なんて、しょうもないさ。あんたも考えてみい。餅も食えんのじゃぞ。そんなの人生じゃないわい」。弁造さんはいつもよりも甲高い声で笑った。 「ただな、だからといって、餅を詰まらせて簡単に死ぬわけにもいかんとも思うんじゃ。無様に老いて生き続けるのもみっともないが、これはもう生命の話じゃ。何とかして生きてやろうって意地を張ることも悪うない。掃除機を咥えてでもな。同じ死ぬんでもな、最後の最後まで尽くすってことじゃ。それもまたちっぽけじゃが、もしかして餅を食うよりは意味のあることかもしれん。きっと」。弁造さんはもう笑っていなかった。(P.120)
ゆい@no1sin2026年7月25日読み終わった>「あんた、入れ歯なんて一度作ったらそれで終わりじゃと思っておるんじゃろう。実際、わしもそう思っておったからな。歯が無くなって、入れ歯にしたとき、ああ、これでこの入れ歯を一生使っていけばいいんじゃなと思った。じゃが、入れ歯は合わんようになるんじゃ。あんたにはわかるまい?」。僕は首を縦に振った。弁造さんは続けた。 「入れ歯を作ってもらうとな、しばらくは調子いいんじゃ。そりゃそうじゃ、歯医者がわざわざ口に合わせて作ってくれるんじゃからな。じゃが、そのうちに合わんようになるんじゃ。年を取っていくと歯茎までが痩せたりと変わっていく。しかも、とどまることなくじゃぞ。だから、こうして生きているうちは入れ歯を作り続けんといかん。あんた、入れ歯ひとつとってもこうなんじゃぞ。入れ歯なんてと馬鹿にしとってもな、そんな簡単なものじゃないんじゃ。生きていくってことは一筋縄で行かん。全く簡単ではないんじゃ」。そう言うと、「ほれ」と大きな口を開けてみせた。 口の中は真っ暗で、どこまでも深い穴のようだった。弁造さんはぱくりと口を閉めると、「年をとるとな、自分が言ってることがようわからんときがある。いくら年寄りでもそんなときは反省せんといかん。じゃがな、死にかけの年寄りに若い者が理詰めで言い負かすのは、もっとほめられんぞ。半分ボケた年寄りでも傷つくんじゃからな」と言って笑い声をあげた。(P.169)
ゆい@no1sin2026年7月25日読み終わった> 「自給自足が惨めではいかん。自給自足は喜びなんじゃ。だから、我慢した生活ではいかんのじゃ。今の現代文明の暮らしが行き詰って自給自足に戻ってきたときに、これをずっと続けていきたいと思えるような暮らし。そういうものをわしは作りたいんじゃ。それには楽しみを生み出すことが大切なんじゃ」 これも弁造さんが繰り返し、繰り返し、話したことだった。だから、生きていくために必要な穀物などの主食のほかに美味しい果物、春の喜びを感じられる山菜など、楽しみになる作物を育てることも重要視していた。また、「自給自足の庭が労働の場だけになってもいかん。散歩して楽しいな、きれいじゃなって思えるような場所にせんといかん」と庭の景観にもこだわっていた。弁造さんにとって"砂糖を作る”とは、自給自足の庭に込める精神性のようなものだったのかもしれない。(P.91)
るり@utatanest2026年6月26日読み終わった今はもういない人の「生きていく」ことについて、生前の交流を思い出しながら考え続けること。自分以外の人生について長く考えることは、自分のためなんだろうなあと思う。 他者と関わる中での「わかりたい」と「わかった」はとても難しいと感じる。わかった気にならない、でもわかったような気がする、結局わかっていない。「わかる」ってなんだろうなあ。自分の人生を生きながら、他者の人生についても考えることは、自分の庭を耕していくことにもなるのかも。



- ふるふる@furufuru02162026年5月27日読み終わったラジオ、チャポンと行こうの佐藤店長の勧めで手に取る。一文毎じっくり読み進めた。 心に残る一冊になった…。 気難しいおじいさんであろう弁造さんのことが 筆者と同じように好きになった。


ON READING@onreading2026年5月7日かつて読んだ@ ON READING当店ロングセラー! いなくなってしまった人のことを想う。多くの言葉を交わし、ともに時間をすごし、心に触れた(ような、気がする)人が、どう生きていたのかを。 写真家である著者は、北海道の丸太小屋で自給自足の暮らしをしている「弁造さん」と出会い、14年にわたって撮影し続けた。現代社会への反抗ではなくいずれ来る未来のために、開拓時代の暮らしを続け、庭をつくっていた弁造さん。画家になる夢を抱きながらも、1枚だけしか完成させることができなかった彼が遺したたくさんのエスキース(下絵)。弁造さんの”生きること”はなんだったのか。本書には、静かに綴られる弁造さんとの日々や記憶の断章と、呼応する40点の写真が掲載されている。 ”生きること”とか、一人の人を「本当に知る」、というのは答えの出ない大きな問いで、輪郭が見えたと思ったらその瞬間から淡くにじんでいく。他者の記憶を譲りうけること、一人の人間の輪郭をとらえようとすること、他者を通して自分を見ること。著者はこの大きな問いを簡単に結論づけることなく、繰り返し繰り返し、記憶に呼ばれるままに想いを巡らせる。この本を書き上げた今でもきっとそれは変わらず、それは描いても描いても完成することのない、エスキースのようなものなのだろうと思う。そのまなざしと、写真というメディウムが持つ特別なちからが、わたしたちの心を打つ。




Daidaigo@df21792026年4月11日読んでる画家を志していたが道半ばで諦め、地元の北海道で自給自足をするようになった老人と、その生き方を追うことに決めた写真家。写真家目線で老人との会話を振り返りながら、地に根付いた哲学を写実的に具体的に紹介していく。生きることの複雑さと単純さが描かれている。



Rie@rie_books2026年2月15日読んでる同じ人生は、過去にも未来にも、ひとつも存在しません。ということを頭で分かっていても、日々流れるように過ごしているとき、ふと忘れてしまうときがある。 ひとりひとりが、たった一度きりの、かけがえのない稀有な人生を歩んでいる。 北海道の風、大地、土の匂いがしてくる。







ryo@mybook122222026年2月12日買った読んでる読めば読むほど素晴らしくなっていく 誰かの目を通して見た、知らない誰かの生きた記録を追体験することが、こんなにも愛おしくてかけがえのないことだなんて知らなかった これまであまり関心をもってこなかったこういう本に惹かれるのは、やはりどこかで自分に重ねられる部分があるから、残して逝くこと、残されること、不在という存在に背中を押されて生きること、諭されるでもなく押し付けがましくもなく、ただ誰かの歩みをそのまま追う、美しい読書体験だとおもう






book & wine 方方@houbou_enzan2026年1月4日読み終わった早くも2026年ベストかも。 長いこと積ん読してしまってたけど、カフェゴトーの記録を読んだあとに、これも素晴らしい記録本だと聞きつけて、年末年始なら時間もあってじっくり読めそうかなと手にしてみた。昨年の秋に母が逝去した私にとって、まさに今読むべき一冊だった。とても不思議な気持ちになる。



はなこ@almost2025年10月1日読み終わった「木が枝葉を伸ばし、隣り合う木の枝葉と触れ合いながら深い森を作り出すように、僕たちにも他者と触れ合うことでしか深められない何かがきっとあるのだろう。」


はなこ@almost2025年9月30日読んでる今という時間は過ぎ去った時間から常に不思議な光で照射されているということだ。 過去の出会いや出来事から照らされることによってはじめて獲得できる“今”が誰にとってもあるのではないか。 P197
七星@nanaecle2025年8月21日買った読み終わった新聞の書評で取り上げられたものをまとめた棚(正式名称がわかりませんが)、そこで見かけて、まず装丁のうつくしさに一目惹かれて、購入に至った本です 奥山さんの書くように、なにかを見つめ続けていたい まるで映画作品のように、その風景が味わえるなと 読みながら、凪を感じます 何年かに一度読み返したい この本は、そこにあるだけで、その内容を思い出すと暖まる 静けさも共にある一冊かと思います


nishi@nishi2025年7月21日買った読み始めた"あの頃、漠然と胸の中にあったのは、人は自分の人生しか生きられないという絶対の事実だった。僕はそのことを疑うこともなく、今とこれからを生きるうえでの約束のようなものとして感じていた。でも、心の奥底では自分以外の人生を知りたいと願っていた。自分ではない誰かの人生を満たしている日々の時間に触れてみたいと思っていた、理由もなく。" (p.13) 自分がエッセイや日記を好んで読むのもこの感覚かも。でも著者は、自分の足で訪れて、見た景色にシャッターを切って、目の前の人と向き合って話をしてきたんだよなあ。その日々を本に残してくれたことがありがたい。




fufum@fufubunko-m2025年6月24日気になる読みたいちゃぽんといこうで紹介されてた。著者が、べんぞうさんが亡くなってから書くまでに時間をあけたこと、かけたこと、そのあたりのリアルな悩みも書いてあってよかったと佐藤さんが言っていて、その表現方法が気になる


ミキ@miki___632025年3月9日読み始めた久しぶりにエビス飲んだ。苦くて美味しい。タイトルに惹かれた本、図書館にあったので借りてきた。 ー 他者の人生から意味を見出すとか、何かを得るとか、そういうことではなくとも、もしかしてこうした感覚が「遠くにある人生」に触れたことになるのだろうかと思うこともあるが、今の僕はまだ答えを見出せずにいる。 だけれど、ときおり、弁造さんの生きた日々が今の僕自身の生きることを両側から支えてくれているのではないかと、錯覚にも近い思いを妙に生々しく感じることがある。p13,14




















































































