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慎
@sin_gt91
for severe addicts onlyというバンドでギターを弾いています (2026年1月登録)
  • 2026年2月19日
    気づいたこと、気づかないままのこと
    日記は日々の積み重ね、エッセイは人生や過去の積み重ね。 それにしてもこんなにも文章に人柄が表れるものなのか。 それはご自身のことを書いておられるのだから当然といえば当然なのかもしれないが、だんだんと友だち、とまではいかなくともご近所さんくらいの親近感が湧いてくる。
  • 2026年2月11日
    脳男
    脳男
    連続爆破事件に隠されたトリックを暴きながら真相に辿り着く。というものではなかった。 最後まで読み、これは何も解決していないのではと思ったがやはり続編があるようでこれはプロローグの物語ということか。 ここから先は精神医学や脳科学、心理学などが深く関わってくるのだろうか。 何となくタイトルにつられて手にとったがシリーズ完結まで追っていきたくなる。
  • 2026年1月31日
    やがて海へと届く
    大規模な災害などが起これば、社会という大きな枠組みに対して大きな影響が生じる。 しかしそれ以前にそれを体験したひとりひとりそれぞれの人生にも計り知れない影響を与え時には大きな影を落とす。 喪失やそこからの再起、折り合いはあくまでも最後は自分自身で何とかしなければならない。 だからこそ、そばにいる誰かの支えがかけがえのないものになるのもまた事実。 この物語は、同著者の「暗い夜、星を数えて」で綴られた現実に対するひとつの答えなのかもしれない。 淡々と流れていく文章それ自体がまるで海へと流れていくかのよう。
  • 2026年1月24日
    被差別部落の青春
    本筋とは異なるが、人は住んでいる場所や生まれた場所など、「土地」で判断することが多いなと思う。 「○○の人は〜」なんて会話をよく耳にする。 それだけ広い土地の様々な場所に点々とそれぞれの暮らしがあり、それが今ではそれぞれの場所から簡単に行き来や拠点の変更ができるようになり点が線となり面となり自分と異なるところが目につくようになってしまう。 しかし、部落というものはその異なるところを強制的に与えられている。 実際には土地に境界線などないのに文字通り線引きされている。 その中、外、どちらにも様々な思いや意見があり、なかなか一元的には捉えられない問題である。 確かに今では気にしない、そもそも知らないという人も増えているのだろうが、元あった差別がなくなったとしても、かつて差別があったと知ることは次の新たな差別を生む危険性も孕んでいるのではないか。 ならば様々な立場や属性の「人」単位で実情や意見を知ることのできるこの本はとても貴重なものに思える。
  • 2026年1月14日
    クローズドサスペンスヘブン
    突飛な設定の誠実なミステリー。 設定故の都合が良すぎるのではという部分もあったが、設定故のおもしろい仕掛けもありどんどん展開が気になっていく。 全員死んでいるからこそのあまり緊迫感がない空気がこちらをあくまでも傍観者でいさせてくれてやわらかく進んでいく。全員死んでいるのに。 所謂「館もの」はこれが初めてだったのだが、これが基準になってしまうのは良いのか悪いのか。
  • 2026年1月12日
    変な家
    変な家
    とんとん拍子で事が進み、サクサク読める。 想像していた展開ではなかったが、その展開によって「家」の意味が変わるのはそういう仕掛けだったのだろうか。 考察の余地を残しただけなのかまだ続く物語なのか。 どちらにせよ他の「変な」シリーズも気になる。
  • 2026年1月10日
    木曜日の子ども
    終わりが終わってようやく始まった。 いじめや少年犯罪に関わる子ども、そしてそれらに巻き込まれる大人というのはいつどこで歪んでしまいいつどこでその歪みに気付くことができるのか。 この物語はほんの一例であり、現実に起こりニュースで見るような様々な問題にも単純な目線だけでは理解し得ないいくつもの歪みが潜んでいるのだろう。 むしろこの世にどこも歪んでいない人間はいないのかもしれない。 重松清の暗い話における、街全体が醸し出す圧迫感や緊張感は苦しい。
  • 2026年1月4日
    QJKJQ
    QJKJQ
    謎が謎を呼ぶというより、謎が遷移していく。 エンターテイメントから哲学的なところへと。 きっと自分が思い及んでいないような意図や意味がたくさん残されているのだろうが、家族という集団から人間そのものへとスケールが壮大になっていきつつも根本は同じようなものなのかもしれない。
  • 2025年12月17日
    おくれ毛で風を切れ
    他人の日々の暮らしがこんなにも愛おしくなってしまう不思議。 前作に引き続き、なんてことない日常が綴られた本がいつの間にか優しい物語にも変わってしまっていて、「日記エッセイ」「日記文学」と呼ばれているのも大いに頷ける。 フィクションのようでフィクションではない、瞬間瞬間に目を留めることができたら自分の生活もこんな豊かな見方ができるようになるのだろうか。
  • 2025年12月3日
    人の砂漠
    人の砂漠
    人の砂漠を漂った末行き着く先は北か南かそれとも。 あとがきを読み、あるようでないように思えていた8篇の共通点がはっきりした。 昭和55年に発刊されたものなのに今の時代にも通ずるところは多く感じられ、この砂漠は今も広がり続けていて墓標は増え続けているのだと思う。
  • 2025年11月8日
    骨を弔う
    骨を弔う
    生まれ育った町から離れてしまった登場人物それぞれが、幸せだとは到底言えないような生活を送っているのにとある幼少期の出来事をきっかけにまた人生を取り戻していく。 なぜそこにその名前がという引っ掛かりはあったが大した意味はないのだろう。 故郷や幼馴染みの存在というのは例え忘れていたとしてもふと頭に蘇りまた人生の糧になり得るんだなと思う。
  • 2025年10月27日
    巣鴨のお寿司屋で、帰れと言われたことがある
    たぶん、土地や場所に関する思い出や記憶が好きなんだと思う。 ここと言えばこれ、あそこと言えばあれ、のような。 そこに暮らしていたり訪れたりしたことのある人は数え切れないほどいるだろうけれど、当たり前ではあるが、この思い出や記憶を持っているのは自分たったひとりだけ。 例えばこの本にも登場する恐山には自分も行ったことがあるが、自分の記憶の恐山とは全く異なる。 だからこそ他人だけしか持ち得ない記憶のすがたをお裾分けしてもらえるのはとてもおもしろい。 そしてまただからこそ自分も再び色んなところに赴いて記憶を辿ったり思い出を色濃くしたり忘れていたことを思い出したりまた忘れてしまったり、しっかりと自分にしかない「あの場所」にしたいと改めて思わされる。
  • 2025年10月23日
    歪んだ波紋
    歪んだ波紋
    メディアの持つ役割とは。 かつてはほとんどの人がメディアの言う(書く)ことは正しいものなのだと思い込んでいたのだろう。 それが今では鵜呑みにせずに疑念を持って対峙しなければいけないという意識が当たり前になっているようなところもある。 最近は特にそれが顕著になってきている。 何らかの思想の為、どこかの誰か若しくは団体の為、自分自身の為、人が介するものなので仕方ない部分もあるのかもしれないがもうそれでは済まされないところまできてしまっているかもしれない。 インターネットやSNSが成熟した今、報道やメディアはどんな形になっていくのだろうか。 「結局、ジャーナリズムの質は、政治の質を映す鏡ですから」
  • 2025年10月13日
    世界でいちばん透きとおった物語 (新潮文庫 す 31-2)
    これはとんでもない。 すごいすごいと噂は聞いており、何かが仕掛けられているのであろうことは分かっていた。 でもタイトルからしてこんな感じじゃないかなと失礼ながらも想像して読んだ結果、それ以上の思いもよらなかった読書体験が待ち受けていた。 フィクションと現実が重なった瞬間、鳥肌が立った。 これは紙の本で読まなければならない。 と、いつか見た誰かの言葉を自分も使わざるを得ない。
  • 2025年10月10日
    よみがえる変態
    ぽっちゃりした女性が好き? 数年後にガッキーと結婚するのに? 星野源さんがお茶の間に出てこられた頃はほとんどテレビを見ない生活だったかそもそもテレビがなかったかもしれなく、その存在をきちんと認識したのは売れっ子ミュージシャンとしての姿だったように思う。 才能はもちろんのこと、柔軟な思考やアイデアを実現するための努力を怠らない、いやむしろ楽しんでいる人だからこそあの飾らない姿だったのか。 そして何よりも後半に綴られる脳の手術前後の日々。 こんなことはない方がいいに決まっているのだが、ある種の覚悟を決めた人はその後も強い。 生きていて、好きな音楽ができているって素晴らしい。
  • 2025年10月6日
    死刑にいたる病
    生い立ちや家庭環境が悪なのかそこにいたった個人が悪なのか。 罪を犯した人間にのめり込んでいくうちに悪が芽生え始める描写を考えると後者なのだろうか。 はっきりと何かが解決して終わる訳ではないが、この不気味な物語は“ひとり”に焦点を当てていただけで、同時にまた別の物語もいくつも生まれていたのだろうと思うと恐ろしい。
  • 2025年9月29日
    新装版 殺戮にいたる病
    騙された。 叙述トリックものだとは分かっていたので少しでも何か分かればと違和感を気にしながら読んではいたが、最後の1ページで頭が混乱した。 本当に「どんでん返し」というものが頭の中で起こった気がする。 グロテスクな表現があると聞いていたが個人的にはまあ耐えられるレベルで、それよりも話の展開の方が気になりどんどん読み進められた。 仕掛けが分かった上でもう一度読み直さなければ。
  • 2025年9月27日
    アルジャーノンに花束を新版
    アルジャーノンに花束を新版
    これもSFなのか。 まるでノンフィクションかのようなリアリティは著者と訳者の作品に対する愛情と探求の賜物。 おかげでチャーリィと自分のどこかが自然と重なるように感じることもある。 物語の結末の捉え方は自分の年齢や人生のステージによって変化するのだろう。 ずっと存在を知っていたのだから若いうちにも読んでおきたかったなと少し後悔すると同時に、数年後にまた読んでみたいとも思う。
  • 2025年9月17日
    きみの友だち
    ひとりずつの、友だち同士の、みんなの物語が繋がる短編連作。 小学生、中学生だったあの頃は毎日のように顔を合わせる数百人のうちの数十人のうちの数人が人生のほぼ全てで、日々笑い、怒り、悲しみ、悩み、今になると決して広くはない世界が何よりも広い世界だったことを思い出す。 しかし大人になったからといってあの頃より世界が広がったかと聞かれると大してそんなこともなく、やはり同じように悩み同じように生きているのかもしれない。 ただ、あの頃の全てだった世界が繋がったり途切れてしまったりして今の幸せだと思えるいろんなものがあるのだと思うと、あの頃の狭くて何よりも広い世界は大人がぞんざいに扱ってはいけない繊細で大切な世界なんだと改めて思う。
  • 2025年9月3日
    献灯使
    献灯使
    大災厄の後の世界。 3.11を連想させるが、この物語に広がるその後の世界は自分が生きている今現在の世界とは大きく異なるが故に輪郭がなく頭にはっきりとしたイメージを作り出すことができないまま進んでいく。 設定は暗いはずなのに登場人物にこちらが押し付けてしまいそうな相応の暗さはなく、あくまでもその状況で生きている人間の喜びやユーモア、そして憂いが「その後」の世界を突き付ける。 これは皮肉か警鐘か。
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