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慎
@sin_gt91
for severe addicts onlyというバンドでギターを弾いています (2026年1月登録)
  • 2026年1月10日
    木曜日の子ども
    終わりが終わってようやく始まった。 いじめや少年犯罪に関わる子ども、そしてそれらに巻き込まれる大人というのはいつどこで歪んでしまいいつどこでその歪みに気付くことができるのか。 この物語はほんの一例であり、現実に起こりニュースで見るような様々な問題にも単純な目線だけでは理解し得ないいくつもの歪みが潜んでいるのだろう。 むしろこの世にどこも歪んでいない人間はいないのかもしれない。 重松清の暗い話における、街全体が醸し出す圧迫感や緊張感は苦しい。
  • 2026年1月4日
    QJKJQ
    QJKJQ
    謎が謎を呼ぶというより、謎が遷移していく。 エンターテイメントから哲学的なところへと。 きっと自分が思い及んでいないような意図や意味がたくさん残されているのだろうが、家族という集団から人間そのものへとスケールが壮大になっていきつつも根本は同じようなものなのかもしれない。
  • 2025年4月9日
    星のかけら
    「生きてるって、なんか、すごい」 それに気付いているかどうかで明日への向かい方は少し変わる。 今日と明日が違うことや、「死ぬ」というのは「生きられなくなる」ということなど、一見当たり前に思えるようなことこそが本当に大切なことなのかもしれない。 文章が読みやすくて少し物足りなく思うところもあったが、小学生向け雑誌に連載されていたものが元となっていると知り納得。 小学生は小学生なりに、大人は大人なりに、また違った立場でそれぞれ感じるものはあるに違いない。
  • 2025年3月28日
    遠野物語
    遠野物語
    民俗学と言えばこの本とのこと。 ずっと読もうと思っていたものをようやく。 自然と共にあり、得体の知れないものや現象に畏れていた当時の生活が目に浮かぶよう。 現代のように他の地域と繋がりがなかったからこその独自の伝承。 しかし他の地域にもあるような話もあり、あるものに対するある種の共通認識というものはどこからか発生していたのだろうとも思う。 文語体なので全てを理解できたとは言えないが、遠い地での人々の営みに思いを馳せるには充分。 遠野は勿論、知らない場所に行きたくなる。 民俗学博物館に行った時も思ったが、土着的な物事に触れるのは楽しい。
  • 2025年3月2日
    母性
    母性
    母も子であり、子もまた母になる。 愛情を伝えたい、与えたいだけの母子がこうもすれ違ってしまうのは何故なのか。 同じ行動や言動に対しても受け取り方が異なってしまう。 これハッピーエンドなのだろうか。 最後の母性に対する解釈にどこか不穏な空気を感じてしまうのは考え過ぎだろうか。 自分が男性である故、「母性」というものを自分のものにすることはできない。 読者の性別によってこの物語の捉え方も変わってくるのかもしれない。
  • 2025年2月5日
    四十回のまばたき
    自分は重松清の作品が好きだが、この物語に関しては手放しで好きとは言い難い。 だがそれは自分が勝手に抱いている「重松清の作品」像によるものだとも思える。 この物語はこの世界のどこかにいそうな誰かの感情を共有してもらいながら進んでいく物語、ではないかもしれない。 感情移入の先が見つからなかったのは自分の人生経験の乏しさからか。 これはどこかの誰かの物語ではなく著者自身の内面の物語だというのは考え過ぎだろうか。 穴に気付いた時、その穴を埋めるのか塗り固めるのか避けるのか跨いでしまうのか。 きっと自分は見て見ぬ振りをするんだろうなと思う。
  • 2025年1月21日
    近親殺人
    近親殺人
    日本の殺人事件の半数以上は家族など親族によるものらしい。 家族なのにとも思うし、家族だからこそとも思える。 生きていく上で最初のコミュニティであり最小単位のコミュニティである家族。 その言葉からはどこか温かかったり優しかったりそんなイメージが漂う。 しかしそんな家族が抱える悩みや問題というのはなかなかそこから外へとは出ていかないように感じる。 だからこそそこで煮詰まってしまえば最悪の結果まで引き起こしてしまうのだろう。 家族の問題と言えどそこには介護等福祉や社会的な問題が内包されることもある。 簡単に解決できるような問題ではないだろうが、最悪の事態も辞さないほどの苦痛と共に生活しなければいけない家族が今もどこかに存在するというのが現実なのである。
  • 2025年1月10日
    ガダラの豚 3
    ガダラの豚 3
    1巻と2巻とは少し雰囲気が変わった気がする。 前巻までで広げたものを納めようとしたらこうなるのも頷けるが、個人的に期待したような内容のものではなかった。 しかしエンターテインメントとしては先が気になり続ける展開で決して面白くない訳ではない。 「アフリカの呪術」というと我々には縁遠い別世界のもののように感じるが、名は違えど実は同じようなものが何処にも蔓延っているのではないだろうか。
  • 2024年12月18日
    ガダラの豚 2
    ガダラの豚 2
    物語はアフリカへ。 部族、呪術、そして科学。 捉え方の問題なのか本当に超能力というものが存在するのか。 バナナのキジーツの正体に驚き、引き起こされる大きなトラブルに驚き。 そして舞台はまた日本へと。 これらのアフリカでの出来事がそれぞれの暮らしにどう影響を及ぼすのか。
  • 2024年11月22日
    ガダラの豚 1
    ガダラの豚 1
    この第一巻の内容だけでも十分に面白い。 まだまだ下地作りの段階だったのだろうか。 物語はいよいよ日本を飛び出す。 早く続きを読みたい。
  • 2024年11月8日
    成瀬は天下を取りにいく
    西武より向かいのPARCOの方が馴染み深い存在だったが、そういえば大津じゃなくて膳所で降りた方が近かったななど思い出が蘇る。 どこかにいそうでいなさそうででもやっぱりどこかにいそうな主人公の行動や言動は一言で思春期故とは片付けられない何かが見え隠れする。 しかし最終章での主観的な目線にはどこか安心感も覚える。 舞台となっている大津市や滋賀県に馴染みがあった方がより楽しめるのは間違いない。
  • 2024年10月31日
    人間失格
    人間失格
    そう言えばこういう“定番の名作”みたいなものはあまり読んだことがなかった。 不信故の道化が人間なのか道化の裏の不信が人間なのかそれとも。 フィクションという形を選んだからこそ書けるものもあったのかもしれない。 自分も「曲に思いを込めて」といったような発言をすることはあるが、ここまで自分自身を作品に投影できる日は来るのだろうか。 それとも来ない方がある意味幸せなのだろうか。
  • 2024年10月20日
    乱反射
    乱反射
    誰もが持ち得る可能性のある事情や身勝手の連鎖が引き起こす痛絶な悲劇。 その一つ一つは罪と呼ぶには程遠く断罪を求める心は自分の身にも降りかかる。 誰かのせいにできるということはある意味では幸せなことなのかもしれない。 そしてまたある意味では自分も犯人なのかもしれない。 紆余曲折を経てのラストシーンは救いの景色であって欲しいと願う。
  • 2024年10月4日
    野火
    野火
    これはフィクションかノンフィクションか。 センセーショナルな人肉食の描写が取り沙汰されがちのように思うが、それは飽くまでも一部分。 極限状態に陥った人間の内省、哲学、宗教。 「戦争はいけない」理由の最小単位。偶々焦点を当てられただけの一人の人間の壮絶な物語。 一読して理解することは難しかったのでまた読み直さねばならない。
  • 2024年9月8日
    人間標本
    人間標本
    下流から源流へ。 序盤はいくつかの意味でいつまでこれを読み続けないといけないのかと思ったが、そこから先はどんどん引き込まれる。 感情移入という引き込まれ方ではないが真相を知りたい気持ちと蝶の世界への興味と。 決して晴れやかな結末ではなかったが、最後の1ページが僅かな救いになるのかどうなのか。
  • 2024年8月31日
    謝るなら、いつでもおいで: 佐世保小六女児同級生殺害事件 (新潮文庫)
    やりきれない感情と共に生きていくということはどれほどのものなのだろうか。 赦しなのか諦めなのかそれとも。 ただ、そんな単純な言葉のどれかで表せるようなものではないことは確か。 部外者である自分があちら側やそちら側にとやかく言えることはない。 ただ、その感情の機微の一片にでも触れさせてもらえて自分の心の中に納められたことは今後生きていく上で大切なことになり得るだろう。
  • 2024年8月13日
    儚い羊たちの祝宴
    上品で丁寧な語り口と仄暗く残酷な物語のギャップ。 それぞれの短編の登場人物の関連性、そして荒れ果てたサンルームと羊たちの意味が分かった時背筋が寒くなる。 解説にもあったように他の文学作品を知っていたら違う視点でもより楽しめたんだろうなと思い、更にこの作品だからこその数々の隠し要素のような表現に感服する。 名作ミステリーとして紹介されることが多いのも納得。
  • 2024年7月20日
    そして父になる
    そして父になる
    この話、何か知ってるなと思ったら昔映画を観ていた。 それでも映像では気付かなかったような感情の機微など文章ならではの表現があり、(映画を忘れていたということは置いておいて)自分の中での新しい作品として楽しめた。 家族というのは不思議なもので、はじめからこの物語の最後のような形に落ち着くのが最良と思うのは第三者的な目線で見ているからだろうか。 血や制度に従わなければならない、従うべきだという感覚は当事者ならではなのか。 だからこそやりきれない辛さや哀しさがあり、共に過ごした時間の温かさを第一に選べないのかもしれない。 「元に戻したい」大人と「元のままがいい」子ども。 そのギャップが胸を締め付ける。
  • 2024年7月13日
    最後の命
    最後の命
    終始重く暗い空気と共に。 ミステリーなのかと思ったが一筋縄ではいかなかった。 この物語の世界は狭い。 主人公と数人の登場人物。 しかしこの物語の世界は深い。 トラウマや悩みを持ち続ける苦悩。 フィクションだからとも言い切れない生々しさは読後も影を落とし続ける。
  • 2024年6月29日
    ヴィクトリアン・ホテル
    長い歴史に幕を下ろすホテルで起こる群像劇。 それぞれの登場人物の物語が少しずつ交錯していくのかなと思っていたらそれ以上の仕掛けが用意されていた。 もう一度始めから読み直さなければ。 優しさをどう捉えるのか。 優しさで傷付いてしまうのは誰なのか。 でもやっぱり優しさは人を救うものであるべきだと思える結末で良かった。
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