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慎
慎
@sin_gt91
for severe addicts onlyというバンドでギターを弾いています (2026年1月登録)
  • 2026年10月7日
    彼らの流儀
    彼らの流儀
    人の生活は様々な形で、力強い。 当人はそれが当たり前として生きていても他人から見たら輝いているようなことばかりだと改めて気付かされる。 果たして自分も第三者から見た時に少しは眩しい生き方ができているのだろうか。
  • 2026年10月3日
    13階段
    13階段
    罪を犯したものにも正義はある。 そう言い切ってしまうと危険な気もするが、そんな罪と贖罪と正義の物語。 冤罪や死刑制度への言及もあり、暗く社会派な雰囲気も漂うが、予想を裏切り続ける展開にどんどん先を読みたくなるエンターテインメント性とのバランスが良かった。
  • 2026年9月26日
    かぞえきれない星の、その次の星
    大切な誰かに会いたいというさみしさ、会えないというかなしさにはほんのりとあたたかさがある。 少年少女向けの内容かなと思うところもあったが、成人男性の心にもしっかりと切なさと温もりが残った。 今となっては遠い過去のことのようにも思えるコロナ禍の特殊な空気感を思い出し少し息苦しくなったが、良くも悪くも心身ともに人と人との距離感をより濃く意識しだしたのはあの頃からだったようにも思う。
  • 2026年9月22日
    残像に口紅を
    残像に口紅を
    限られた文字で様々な言葉を織り成す日本語というもののとてつもなさ。 途中までは本当に音(文字)が消えているのかどうかさえ分からなかったほど。 著者の構成力や語彙力に感服しながらも、日本語の多様さや多彩さに改めて気付かされる。 設定の面白さと物語自体の物足りなさは表裏一体か。 どうしても幽遊白書の似たような設定のシーンが思い起こされ、そちらもまた読み直したくなった。
  • 2026年9月13日
    十二人の死にたい子どもたち
    なぜ死にたいと思うのか。 なぜ集められたのか。 少し中だるみしてしまうようなところもあったが綺麗に収まってくれた。 対話の重要性、孤立して周りが見えなくなった状況からの解放など。 ミステリーの皮を被った社会派小説という側面もあるのではないだろうか。 死を選ぶ理由は生を選ぶ理由にもなり得るのかもしれない。
  • 2026年8月24日
    よくわからないまま輝き続ける世界と
    いつもの日常に、ほんの少しでいい、非日常とも言えないほどの何かを添えるだけで生活は輝き出す。 あえて行動をしてみるのもいいだろうし、それと気付いていないだけで実は日々色んなものを添えていることもあるのではないだろうかと思わされる。 ただ他人が生きていく様を覗かせてもらっているだけなのに、やはりとてもおもしろい。 と思ったところでこのタイトルに妙に納得してしまった。
  • 2026年8月22日
    黒い雨
    黒い雨
    淡々と、体験したこと、見たこと、聞いたことが綴られていく。 人とはこんなに肉体的な脆さと精神的な強さを持ち合わせたものなのだろうか。 信じられないが、これは本当にあったこと。 そしてもう二度とあってはならないこと。
  • 2026年8月11日
    凍りのくじら
    凍りのくじら
    ドラえもんが好きな主人公の身の回りに起こった出来事をドラえもんの道具になぞらえながら辿っていく物語かと思いながら読み進めていったのにそうではなかった。 突然の展開に驚きはあったがどうやらこの物語自体も「SF(すこし・ふしぎ)」だった。 人と人との繋がりはいつだって良くも悪くも「少し◯◯」ではあるが、だからこそ愛おしく思えるのだろう。 ドラえもんが読みたくなった。
  • 2026年7月7日
    望郷
    望郷
    瀬戸内海に浮かぶとある島を舞台にしたいくつかの物語。 居続ける者、出ていく者、戻ってくる者、出ることができない者などゆく道は様々だが、島という独特の閉塞感や外への憧れみたいなものはそこに生まれた人にしか分からない部分が大いにあるのだろう。 解説にもあったように「それでも生きていく」物語であり、それでも生きていかなければならない物語。 これをミステリーとするならば、我々の生活にも気付かないだけでたくさんのミステリーが潜んでいるのだろう。 それくらい自然にそれぞれの人生に溶け込んだミステリー小説。
  • 2026年6月23日
    好きな食べ物がみつからない
    何かを好きだと表明することは、時には覚悟や決意みたいなものが必要になる。 それを経てこの世に現れた「〇〇が好きな自分」は勿論良くも悪くもそういう目で見られるし、その好きなものを通しての見方だってされるかもしれない。 そういう意味では自分は多くのことに関して一番好きなものはあまり表に出さずに生きてきているかもしれない。 好きなものの表明はセルフプロデュースでもあるという記述でハッとした。 固まったイメージで見られたくないのか自分を持っていないのか。 好きなものを見つけだすということは自分をよりよく知る手段のひとつなのだろう。
  • 2026年6月18日
    つけびの村
    つけびの村
    過疎地域、限界集落、移住、Uターン。 所謂田舎に対するイメージは、そこで暮らしたことのない者からすると静かで穏やかなものになってしまう。 人が少ないからこそのしがらみもあるんだろうなという想像はできるのだが、テレビなどで取り上げられる際は前向きな部分ばかりに焦点があたり、嫌な想像は「中にはそういう場所もあるかもしれないな」で済まされてしまう。 しかしどこで暮らそうが人間は人間。 インターネットやSNSの発展により相互監視社会だと言われているが、そんなデジタルツールがなくとも人間の本質は変わらないのだろう。 ―うわさ話は我々にとって甘美な娯楽だ。 娯楽が少ない場所でこそそれが人を狂わせるほどの存在になってしまうのかもしれない。
  • 2026年6月6日
    魔術はささやく
    魔術はささやく
    乱雑に広げられたいくつかの事件がいつの間にか一人の少年の手の中に集まってくる。 トリックというか謎解き的な面ではよく知られながらも些か現実味のない手法が多く入り込めない部分もあったが、そんなことは大したことではないのかもしれない。 ミステリー、サスペンスでありながらこれは人間ドラマなんだと思う。 断罪、償いに苦しむ人間の姿。
  • 2026年5月16日
    エンド・オブ・ライフ
    それなりに人の死を経験してきてはいるが、看取ったこともないし最期の思いを聞いたこともないなと気付いた。 身近な人との別れもあったが何年経っても現実感が持てない部分もあるのは最期を迎える人に寄り添って向かい合えていなかったのかもしれない。 「助かるための選択肢は増えたが、それゆえに、選択をすることが過酷さを増している。私たちはあきらめが悪くなっている。」 これから先も別れはあるだろうし、自分がいなくなる時も来るだろう。 今、自分なら、自分の時は、と考えていてもいざその時になると意味をなさないかもしれない。 分からないことばかりだけれど、それでも大切な人の為にどんなことができるのかを知っておくことは決して無駄なことではないはずである。
  • 2026年5月7日
    インシテミル (文春文庫)
    それぞれのキャラクターも分かりやすく、漫画みたいな設定だなと思いつつも先が気になりどんどん進む。 何か大事な描写を見逃してしまっているのかもしれないが、目標は目的があってのことだったのかよく分からず終わってしまった。 続編がありそうな終わり方ではあるが、このまま続くことなく終わった方が余韻があっていいのかもしれない。
  • 2026年4月28日
    おかわりは急に嫌
    現代の日記の名手が日記文学の名作について語るとこんなに楽しいことになるのか。 粛々と続いていく人の暮らしに潜むおもしろさがにじみ出る。 人の生活をおもしろがるというのもどうかと思うところもあるが、自分とは全く違う、時には少し共感できるような暮らしが誰しもにあるのだと考えるとやはり人の生活はおもしろい。 他人のエピソードから嫌味なく次々と自分のエピソードを引き出していく(引き出せるものを選んだとはあるが)文章力はすごい。 当然のように「富士日記」が読みたくなる。
  • 2026年4月24日
    近畿地方のある場所について
    終始不気味な雰囲気が漂うが、心配していたような怖さはなかった。 一章一章が長くなく、この様々な要素がどのように収束していくのかという楽しみと共に次々と読み進められた。 最終的に、いつの間にか終わってしまった印象となったが、もう一度読み返せば色々と気付くこともあるのだろうか。 カクヨムに投稿されたものを読んだが、単行本と文庫で内容が違うようなのでまた機会があれば。
  • 2026年4月21日
    しゃぼん玉
    しゃぼん玉
    もう少し続きの話を読みたいと思ったということは物語に入り込んでいたということでもあり、単純に良い物語だったということでもあるのだろう。 話の流れとしては特段珍しいものと言えるようなわけでもないが、それでも惹き込まれるのは人物そのものと感情の描き方のお陰か。 実在する場所が舞台となっており、どんなところか調べてみたら、行きたい場所がひとつ増えた。
  • 2026年4月14日
    星と葬礼 (文春文庫 よ 1-23)
    仄暗く生々しい湿度を持った、死と対峙する姿や死そのものが描かれた短編集。 分かりやすい感動や結末がある訳でもなく、粛々と進んでいく物語はある意味では物語でもないのかもしれない。 最後まで読み終えると、最初はただ綺麗な絵だなと思っていた表紙のイラストの見え方が変わってくる。
  • 2026年3月17日
    河北新報のいちばん長い日 震災下の地元紙
    ある時までは河北新報という新聞があることを知らなかった。 しかしある時からその存在を知るようになった。 新聞やテレビなどマスメディアに対するネガティブな面が取り沙汰されることが増えたように感じる昨今だが、これだけ誰かの地元やそこの出来事に対して真摯に向き合い悩み本当に必要なことを伝えようとしてくれる人だってたくさんいるのだと思うとメディアの持つ力も一方からの視点では簡単に判断はできない。 特にこういった災害時においては電力がなくても情報が得られるというのは近年においてより重要なことになっているだろう。 自らも被災しながら同じ被災者の為に動き続け、誰かの為にはなっているはずなのにまた別の誰かの為になれなかったことを悔やみ苦悩するその心境はどれだけ辛いことだろうか。 医療関係や自衛隊などの方でも同じような思いをされたと耳にしたことがあるので、どうかご自身を責めないでほしいと願うばかり。
  • 2026年3月2日
    ドライブインまほろば
    それぞれのお世辞にも良いとは言えない親子関係が交錯する。 実は加害者もまた被害者だったという話に救いは感じないが、物語でもそれが大きな希望のように描かれることはなく、きちんと納得して安心して終わらせてくれる。 どんな人間関係でどんな人生を送ってきたとしても結局はそれが「光」になり得るのかと思うが、ある意味単純である意味一番大切なことなのかもしれない。
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