八本脚の蝶

八本脚の蝶
八本脚の蝶
二階堂奥歯
河出書房新社
2020年2月6日
128件の記録
  • uni
    uni
    @puinpui
    2026年5月22日
  • 5年前に図書館で借りて読んだ際、彼女の文章が浸透しすぎて苦しくなり半分ほどで挫折。 今回改めて再読チャレンジを試み、無事読了。 (内容はほぼ忘れているので、感覚としては初見みたいなもの) 赤の他人である私がこんなことを思うのもあれだけど、ご両親を含めた彼女を失いたくなかった人達は、言葉ではない形で彼女をもっと引き止めるべきだったんじゃないのか?と思ってしまった。 暴れようがなんだろうが、彼女の腕を強く掴んででもしてすくい上げるべきだった。 それが最後まで読んでみて抱いた一番の感想。 奥歯さんに送られた雪雪さんの長ったらしいメールを読んでいて、正直「いやいや、そんな場合じゃねえだろ」と思ってしまった。 彼女はこんなにもギリギリの場所に立っていたのに、「ほんとうに誰も気づけなかったのか?」と憤りさえ覚えた。 言葉なんてそんな軽いもので足りるわけがないだろう。 雪雪さんや恋人の方?に関しては、そんな陳腐な言葉の羅列を渡すだけで彼女を"この世界に繋ぎ止められる"と本気で考えていたのか?となんて驕った人間だろうと正直思った。 全員が本気で彼女をすくい上げるべきだったんじゃないのか? 彼女の文章から受けた感銘よりなにより、ただただ本当に悲しさだけが残った。 メモ ➕ 合間合間の感想 🦋𓈒𓏸 𓈒 𓏸 𓐍 化粧というものは、一般に外出する際には常にするものなだけに、義務になってしまうとこれほど面倒で気の重いものはありません。 私としては、やはり化粧は変身の儀式であってほしいのです。 テンションを高めるための、望む自分になるための。 🎡...この頃にもブルベイエベってあったんだ😳 🦋𓈒𓏸 𓈒 𓏸 𓐍 女性幻想を書いた小説は多くて、それを気にしていたらあまりに多くの物語を味わえずに終わるので我慢しているのですが。 でも、女性幻想って、われわれ(=書き手と読み手=人間)以外の何か別のものである女性を書くものなのだもの。 あなたが「われわれ」と呼び、当然男性だと信じている読み手である私は、実は女性なのですが。それでも、一緒になって女性幻想を称揚しないとわれわれ扱いしてもらえない。 人間扱いしてもらえないの。 レヴィナスなんて私はとても平静で読めないのです。 レヴィナスは、主体を男性とみなし、他者を女性とみなす。 (〜割愛〜) このようなことを言われて、聞き流さなければ議論に加わることも出来ないという事実。 日常。 哲学している主体は女性ですけれど。それとも、名誉男性にしていただいているのでしょうか? 🎡...彼女の聡明さは、先の時代を行き過ぎていたのかもしれないと開始24ページ目で感じた。 目が醒めている、でも目醒めるのが早過ぎた。時代が追いついていない。全くと言っていいほど。 この令和の時代でさえ、私たちの目の前に横たわる石を退ける目処が立っていないのに。 この時代で持つ彼女の苦悩はどれ程のものだっただろう、と思った。 🎡...奥歯さん、赤江瀑さん読んでたの!?5年前に読んだ時は全然気付かなかった!多分、私が赤江瀑作品を読み始めたのが八本脚の蝶を読んだ(not完読)後だったんだろうな...。『虚空のランチ』はまだ読んでないのよね...いつか読みたい。 🎡...ひっかかる、けれど惹かれる、好き、という感情。とても分かる。 こういった作品が生み出されるような世界の構造を許しているわけではないし、むしろ嫌悪している。けれど、作品(フィクション)として見る世界観であったり造形であったりに己の潜在的な好奇心から惹かれてしまうの、とても分かる...。 矛盾した、相反したものが己の体の中に同居している。 🦋𓈒𓏸 𓈒 𓏸 𓐍 その時期読んでいる本の傾向に思考は如実に動かされるから、ちょっと違う方向も伸ばしてやらないと。 🦋𓈒𓏸 𓈒 𓏸 𓐍 『遺書にして艷文、王位継承その他無し』 (加藤郁乎 『えくとぷらずま』) 🦋𓈒𓏸 𓈒 𓏸 𓐍 おそろしいのは恋のはかなさなどではない。 人生なんてたちの悪い冗談だと言えるほど私は達観できず覚悟もできない。少なくとも今はまだ。 日常はこれほど強固で、一分一秒ずつしか刻まれていかないものなのだから。 酔い続けているには人生は長すぎる。 そして、それでも酔い続けているにはこの強固な現実に対峙できる強さが必要なのだ。 ずっと覚醒し続けることができる者、甘い慰めを必要とせず、守らなければいけない「私」を持たない者にしか、全存在を投企することはできない。 「明日が来るのがこわいの」と泣きながらすがりつく夢は、日曜日のようなもの。月曜日はその後必ず来る。そのような夢は日常の中で、日常を送るために癒し手として用意されたものであり、日常の一部分に過ぎない。 目覚めなさい。 現実から目覚め、「私」から目覚めなさい。 もっと深く夢見たいのなら。 🎡...この人がまだこの世界にいたら、どんな言葉を残していたのかなと思った。 まだこの本の半分も読んでいないのに、もうここにいない彼女の言葉を恋しく、愛しく感じている。 🦋𓈒𓏸 𓈒 𓏸 𓐍 でも、マリアンナは八十三歳まで生きた。 阿部定もおばあさんになった。 そして私も日々を生きております。 過ぎればなんとかなるものよ。 🦋𓈒𓏸 𓈒 𓏸 𓐍 ドウォーキンによれば、性において主体的であろうとする女性は、自分が奴隷ではなく完全に自由であると錯覚するまでに徹底的な奴隷状態におかれているわけだ。ヤプーの幸福。 それは、強姦されている女性がどうしようもない悪意と暴力にさらされながら、それでも「楽しもうとする」かのような絶望的な努力なのだと彼女は言う。 選択の余地も与えられず強いられた暴力に対して出来ることは、自分が楽しんでいると思い込むか、それとも自分は人間ではなく使用されるための物体であるという事実を受け入れるかのどちらかなのである。 彼女の言説の持つリアリティと、しかしそれに感じる疑問。そしてその疑問は私自身に向けられる。 私はどこまで刷り込まれているのか。 私はどこまで自分をこのように育てたのか。 🎡... 「私はどこまで刷り込まれているのか。 私はどこまで自分をこのように育てたのか。」 5年前に半分読んで以降正直ほとんど何も覚えていなかったはずなのに、ここ数年ずっと同じ事を考えていた。 遅効性の毒(ある意味では薬?)のように彼女の言葉が私をじわじわと目醒めさせていたことを、今回再読を試みたことで5年を経た今になって知るとは思わなかった。 🦋𓈒𓏸 𓈒 𓏸 𓐍 人工的に身体の線を作りあげるような衣服はやめた方がいいんじゃない?とか、すっぴんのほうがいいよ!とか、ある男性に言われた。 彼の真意は別として、そういった女性に対するナチュラル志向というのは、支配欲からくるものなのだろう。 彼らが欲しいのは自分好みに作り上げるための素材としての女性であって、自分の身体(容姿)を自分自身てまコントロールしている者ではないのだ、おそらく。 ロリータファッションは、自分はあなたのための素材ではなく、自分自身のための素材なのだという意思の表明のように私には思われる。自分で自分を着せ替えできる人形には、御主人様なんて必要ないのだから。 「〇〇(女性アイドルのような彼女がほしい)」と、異性に対するアピールが今ひとつ不足しているように思われる男性が本気で言うのを聞いて驚くことがままある。 そんな「女のコ」(アイドルグラビア的表現)と付き合いたい人は何千人、何万人の中から選ばれるに足るだけの男性かどうかを、どうして考えてみないのだろう。 彼らはどうも自分は常に一方的に「見る者」であると無邪気二信じ込んでいるようだ。 自分もまたコミュニケーションの場においては「見られる物」であり、見た目で判断されるのだという意識が欠けているように思われる。 あなたは、モニター越しに、なんの痛みもなく、気楽に、「女のコ」たちを顔と肉体で審判する。 それもいいだろう、彼女たちは容姿(見た目)を売るのが仕事だから。あなたは観客だから。 しかし、あなたがその選別者の視線を隣にいる私に向けようとするのなら、あなたは知らなければならない。 私は、一方的に見られているだけのものではないということ、そして私はあなたを見、あなたもまた私によって裁かれるということを。 あなたはその覚悟があるのですか。 あなたはそれほど美しいのですか。 🦋𓈒𓏸 𓈒 𓏸 𓐍 私は腐っていく。私は朽ちつつある。 彼女は変わらない。彼女は誰も見ない。 十二歳の私の前に天野可淡の少女人形が立っていた。おなじかたちをしていた私は、まるで鏡に写った像のようにその前に立ち尽くしていた。 動けなかった。あの時、あの子と私は交換可能だった。 あのまま動かなかったら、私はガラスケースに入れられていたはずだ。 でも、私は動いてしまった。変わってしまった。成長してしまった。 あなたは決して私を見ない。私に気がつかない。 もう、間にあわないのでしょうか。 🎡…二十三、四の若さで「私は腐っていく。私は朽ちつつある。」の言葉が出てくることを苦しく感じる。 🎡…『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』私もめちゃくちゃ好きなので、出てきてテンションが上がってしまった。「BD(ビューティフル・ドリーマー)いいよね!」って、24年後の未来から奥歯さんに向かって叫んでる。 🦋𓈒𓏸 𓈒 𓏸 𓐍 (サロメの話) しかたがない。数多の恋心、それも片想いのものだけを込めて読んだ文章の方が見に迫るのは当たり前なのです。 (純粋に恋の醍醐味が味わえるのは片想いで、他の楽しみが増えるのが両想い)。 恋焦がれる人にくちづけをしてその罪で殺されるなんてそんな幸せはまたとない。 人間が、いやむしろ私がら幸せの絶頂で死んでしまうくらい弱いいきものだったらよかったのに。 🎡…⬆ わかる〜〜!! 🦋𓈒𓏸 𓈒 𓏸 𓐍 生を呪うのは裏切られた者だけで、そして裏切られるのは信じていた者だけなのだ。 生自体には根拠も目的もないということを自明のものとした上で、「あー!〇〇ほしい!」「××したい!」という小さな(長いスパンのものも、短いスパンのものもある)欲望に引っ張られて私は日々をすごしている。 (それらは「〇〇を手に入れるまでは生きていよう」「××するまでは生きていよう」ということと同義だ) 徹底的な絶望から生まれたものは、余計な夢や望みを脱ぎすてているから遠くまでいける。 🎡…⬆「わかるわぁ…」となったし、現代社会で生きる人々もそういう人って多いんじゃないかなと思った。 🦋𓈒𓏸︎︎︎︎ 𓈒𓂂𓏸 自分が拵え息を吹き込んだ偶像の前に跪き、存在しないということを知っている神に向けて、届くことのない祈りを捧げること。 信仰とは、神に向かって自分の全存在を捧げること。 自我を手放しその御手にこの身を捧げること。 自分の存在を神によって支えてもらうこと。 私は神を信じていない。キリスト教の神に代表される、意思を持つ神を信じていない。 (これが例えばスピノザの神(*1)なら納得するが、それは信仰ではない)。 神が存在するならそれは信仰されるようなものではない。 信仰されなければならない神を私は信じない。 その私が、架空の神を拵えて、その前に跪かずにはいられないということ。それは弱さのあらわれなのでしょうか?それとも敬虔さ? しかし、何に対する? 私はいわばソフィア(*2)にして、祭司、信仰者、そして供物。 私の悲鳴も、私の願いも、私の意思も、私の涙も、私の叫びも、何一つ意味など持たないと知るとき。 この苦痛が悲嘆がいかばかりであろうとも、それは神を微塵も動かしはしないと知るとき。 私には何の選択も出来ず、すべては決められた通り私はそれを受諾するしかないと知るとき。 この躰からあふれ流れるもの、それは例えば涙ではなくて、私の意思、私。 もっと溶けて流れてゆけ。私がなくなるまで。 私に意思はない。私の意思は認められていない。私に選択の余地はない。 私に自由はない。私は世界に介入できず、私は世界を変えられない。 これほどの自由が他にあろうか。 私はただひたすらそう在らしめられているところのものとして存在する。 世界は神の望むがままに。世界はあるがままで完全であり、それは赦されている。 アーメン。 唇を塞がれたまま祈る私の声などどこにも届きはしないことを私は知っているけれど。 ※1 スピノザは意思も人格もない「存在」を「神」と呼んでいる。 🎡…私が神を信ずることの出来ない理由を言語化してくれているようだと思いながら読んでいた。 🦋𓈒𓏸︎︎︎︎ 𓈒𓂂𓏸 白い杖を持ち替えて伸ばされた手に手を添えて頬に導くと、その指はそれまで誰もしなかったような仕方で私を読んだ。 これが私の形。 うすい表皮で外界と隔てられているその輪郭を外側から指先は知り、内側から私は知った。 🦋𓈒𓏸︎︎︎︎ 𓈒𓂂𓏸 「十七年近く、生きてきた。物語にはいっぱいあった。世界が崩壊してしまう話。世界が崩壊した後の話。だけどどうして物語って世界が一気に壊れてしまうのかな。今日の後の明日って突然に壊れてしまうのかな。現実にはそんなことはない。現実はもっとひどい。世界は少しずつ、少しずつ壊れていくのに。みんなが一生懸命生きて、支えているのに一ミリミリ数えるみたいに落ちていくのに。きっとみんな怖いのよ。怖過ぎて物語にできないのよ。世界が完全に壊れきるまで一つ一つ少しずつ何かを失って、それでも生き続けなければならないなんて。やりきれない。どうして神様ってこんな世界に してしまったんだろう。こんなになるまで放っておいたんだろう」 (町井登志夫「今池電波聖ゴミマリア」)
  • メモの続き 🦋𓈒𓏸︎︎︎︎ 自分の死を生を、存在を価値づけてくれる何かを今更信じるなんて出来るだろうか。 初めて親しくなった異性が生涯一人きりの異性だったころなら、運命の人を信じることができたかもしれないけど、私はすでに何人もの人を愛してしまった。この人が最後の人だなんてどうして思えよう。 愛という名の無償労働という言葉を知った上で、母性ファシズムという言葉を知った上で、どうして無邪気にも傲慢にも愛を特権化できるだろう。 宗教を信じた結果のオウム事件。国家を信じた結果の、主義を信じた結果の・・・・・・。 破綻した物語を超えてさらに何を新たに信じることができるだろう。 何かを信じるということは、目をつぶり鈍感になることだ。 それによって生まれる単純さによって安らぎと強さを得ることが出来る。 自分で立たず、大きな価値にくるみ込まれて「意義のある」人生をおくることができる。でも、それは偽物だ。 私は一人で立っていられないほど弱いのかと問えば弱いと答えるしかない。 だからたまに自分を支える物語が欲しくなるけど、それは転落であり不誠実な態度だという気持ちがいつもつきまとう。 いつでもその根拠を支える根拠を問うことができる。だから信仰はいつも仮のものだ。 現実はいつも定義されたところのものだ。 これに根拠はない。しかしこれを現実としておこう。そうやって日々を生きている私が、今更どのような自己欺瞞を行えば何かを信じることができるだろう。 それでも私はほっとしたい、何かを信じたいと思ってしまう。身を投じてしまう。 これは偽物、架空のもの。これの正当性に根拠はない。私の信仰によってこれは信仰に値するものとして聖化される。そう意識しながらそれでも行う信仰には最初から破綻がつきまとっている。 だから、破綻する前に、この(私によって)聖化されたものと、聖化されたものによって価値づけられた私を凍結したいのだ。 🦋 私が裏付けした私的な価値体系しか私を裏付けるものがないとき、その私の生死を超えてまでやらねばならないことの存在など、可能でしょうか。 苦しみながらそれでも生き延びて成し遂げるべきことを私は持っていません。 やりたいことがないわけではない。しかしそれを位置づけてくれる文脈はありません。 私の目標の根拠は私自身なのです。 生きていく目標もありません(生きてさえいれば目標はありますが)。 遠くにある希望とか、理想とか、それは私を離れても存在しているのですか? それは誰が支えているのですか? 神ですか? 神は誰が支えているのですか? それでも、小さな小さな私的な物語を楽しみ、ささやかな信仰を支えにとりあえず明日 は生きるだろう、明後日も。 そのように生きています。 私が死んだら悲しむ人がいて、私がいたらうれしいという人がいる、そういった私的な支え合いの中で生きています。 生きていたらやりたいことはたくさんあります。 でも生自体を支える根拠はありません。 私は自分の髪を自分で掴んで虚空の中に落ちていかないように支えているような気がします。小さな信仰だけがそれを可能にしているのです。 🦋 涙を流すことなど出来ない。溜息一つつくことが出来ない。 ただ息を詰めて、詰めて、読み進める活字によって自分の感覚が拡張されるがまま、震えていた。 (この詩だけが素晴らしくて感動したのではありません。この詩は詩集の一七番目に位置するのですが、それまで私の身内で育っていた感興がここで閾値を超えたのです)。 🦋 私と友達は四月生まれなので、三日遅かったと悔しがる。 でも、よく見ると一二歳までなのだそうだ。 倍しても私たちの年齢に足りない。そんな歳になっていることに気がついて驚く。 それでも私は花火を手に持った人形を席に置いてほしい。ばかげた電子音でハッピーバースデートゥーユーを鳴らしてほしい。 中学校の同級生は結婚したり、あまつさえ子供を産んだりしているそうだ。 私を最後の一片とする血族の鎖。 私は親に繋がっているが、私の後には誰も繋がっていない。ふらふらとゆれる最後の一片が私だ。 私の後に新しい一片を継いだら、両側から引っ張られて私は動けなくなってしまう。連なりの中に居場所を作ってしまう。動けないまま、動かなくていいまま。 気が触れたようにけたたましい電子音の祝福。 一生子供でいて親にはならない決意とか。 私で終わりにする決意とか。 🎡…『頭脳を勃起』ってすごい表現だな。たまげた。 🦋 ああ、そうやって囲い込みたいのか。 そう思った。 普段服を着て生活している普通の可愛い女の子、みんなの前で服を脱いだり男の人の前で性器をさらしたりするなんて恥ずかしいでも仕事なんですがんばりますから応援してくださいね、という裸が見たいのか。 出自のない裸体、絡め取ろうにも手がかりのない抽象的物体、自らの存立を問い直すような性の深淵、そんなのを見るつもりはないわけね。 服を着て演奏している女の子を頭の中で裸にするように、裸で演奏している女の子には頭の中で服を着せるのだ。自分の手は汚さずに、自分の立場は変えずに、ただ女の子を着せたり脱がせたりして貶め犯すような性のあり方を私はもっとも不愉快に思う。 隣に座った中年の男性は服を脱いでいく演奏者をみながら身じろぎをした。 あなたの隣にいる私のことも、頭の中で脱がせていますか。 🦋 彼女は専制君主であるイエスの愛の玩具になろうとした。懲罰を受けることが神に愛される証明だと思えた。「苦しんでいないときが一瞬でもあれば、(イエスに)忘れられたか捨てられたかと思ったでしょう」。その懲罰は単にあれやこれやの日常的な罪や失敗に対してだけではなくて、彼女の「存在しようという誘惑」そのものへの懲罰でもあったので、決してやむことがなかったのだ。 (竹下節子 『バロックの聖女』) 「神」を信じさえすれば楽になるということは重々承知なのです。 でも、そんな操作をして楽になるのって欺瞞だわ。 「どれほどの過剰な愛も受け入れてくれ、救ってくれる者」はどれほどの過剰な愛も受け入れ、救ってくれるだろう。定義上(ちなみに罰してくれる者と救ってくれる者は同義だ)。しかしそのような操作は見え透いている。 自分でなしたその操作を忘れることができればその機械仕掛けは完璧だけれど、それでおしまいだ。 私には制御できないこの衝動をいんちきな永久機関に流し込んで楽になってはいけない。どうすればいいのか。 とにかく、安易な解答には決して飛びつかないこと。瞬時にして幸福にしてくれるなにかがあったらそれとは一線を画すこと。感情なんていう一番安易に動かされるメカニズムに足を引っ張られてはいけない。感情はせいぜい利用すること。最大のエネルギー源なのは確かだから。 「私たちは愛さんが為に心を、苦しむ為に肉体を持っている」 (聖マルグリット・マリー) だけどそれは「神」のためではない。 〜中略〜 ああ、なんという幸せだろう。「神」でも、「悪魔」でも、信じた者から楽になれる。 でも私はそんな風に楽にならなくてもいい。「神」のくれる幸福をかいくぐって、どこまで行けるかを知りたい。 🦋 おそらく、私は簡単に救われてしまう。ぬかずき祈ることの安楽を私は知っている。救われたいと思っている者は何にだって救われてしまうのだ。鰯の頭も信心。 私は弱いので、あたかも神聖なものであるかのような「信仰」で救われては勘違いしてしまうかもしれない。だから、苦痛にのたうったり誰かを好きになったりしてかりそめに救われていくことの方が真実に近くいられると思うのだ。 🎡ロザリオって数珠なんだ!? 昔見ていたアニメで登場キャラクターが首から下げていた(気がする)ので、(注 ロザリオは数珠なので普通首に下げません)と書かれていて驚いた。 🦋 世界を創造し、私をかくあらしめ、私の喜び苦しみを嘉納したもう神を愛することを信仰と呼ぶことができるだろうか。 しかしそれはあまりに恋愛に似過ぎている。それも、性愛の気配を漂わせた。 私が跪いて祈るとき、その祈りは心からのものだろう。しかし、「神」とはそれを喜ぶようなものなのだろうか。 私の祈りは、どこかに届いているのだろうか。 🦋 虫のオブジェで一番好きなのは、東大寺大仏殿にある花挿しについている青銅の揚羽蝶だ。 修学旅行で見つけて大喜びして、行くたび土産物になっていないかと探すけれど、見たことがない。 この揚羽蝶はからだがむくむくしていてかわいいし、なんといっても脚が八本もあるのだ。昆虫の定義は六本脚であることだというのに。本当におかしなやつだ。 揚羽蝶という家紋(平家の紋)があって、これはデザイン的には東大寺の揚羽蝶と同じ だけど、脚は六本。その他の日本古来の蝶の図版を見ても、みんな六本脚だ。 なんで東大寺だけ八本なのか調べていたら、次のような説を見つけた。 福寿寺にある平家の赤旗に描かれている揚羽蝶は、触覚が六本脚の後方についている(へんな蝶だ)。 それを元にして作って間違えたのではないかというのだ。 すてきだ。デューラーの犀のように、間違いが間違いを呼び、怪獣が生まれる。 八本脚揚羽蝶を私の紋にしようかな。 🦋 私はあなたを見ないし、あなたに向かって話さないし、あなたを抱きしめないし、あなたの声を聞かないし、あなたを私の中に入れはしない。 そう、決して。 🦋 このぎりぎり感。崩壊が必ず来ると知っていながら見る未来。 だって、崩壊の原因は自分自身なのだから。自分自身によって内側から浸食されつつある存在価値。 ねえ腐っていく音聞こえないですか? 私の中から腐っていく音聞こえないですか? 崩れる寸前までは完璧でいるから。崖から落ちるまでは見事に踊って見せるからね。 🦋 完璧な左の耳を持つ人がいた。 ウィンスロップ・コレクションに行く。「今、ここではない場所」を探して、海を越え月にまで至った。世紀末は過ぎ二十一世 紀がきた。 でもいつもここだし、いつも今なのだ。 「今、ここではない場所」なんてどこにもない。自分でつくらない限りは。 世界の外が定義上存在しないならば、入れ子の世界を内側につくるしかない。 そうしてつくられた小さな入れ子の世界はでも入ってしまえばこの世界より広いの。 そのような世界を描いた絵が並んでいます。 完璧な左の耳。あの耳に住まいたい。 🦋 何不自由なく満ち足りたこの世界で私はなぜだか戦場にいるような気がします。 ほんの小さな失敗でもしたら私はここにいることを許されなくなってしまうような気がします。 挨拶はきっと複雑な合図で、それを間違えれば即座に虐殺されるような気がします。 私をかこむ隣人達の中に入っていくとき、砲弾の飛び交う中を進んでいく気がします。 時限爆弾を解体するかのように息をつめて仕事をします。 世間話をしながらも銃弾が耳を掠める音が聞こえます。 私の微笑みは自然に見えますか?口の中には恐怖の味がします。 今日も生き延びた。でももうすぐ明日が来る。明日は生きていられるのかな。 でも、この人だって生き延びているのだ、生き延びて、二二歳で『氷の海のガレオン」を書いた。 木地雅映子がどのように生き延びたのか私は知りたかった。 まったく書いていないようだけど、どこかで生き延びているのなら、それを知りたかった。 その人は外国に住んでいたらしかった、昨年までは。 「昨年から、連絡がつかない状態です」。 三〇歳。三〇年生き延びたということ? それとも、どこかでまだ生き延びているのですか。 それならどうか、その世界がそれほどおそろしくありませんように。 🦋 その頃私は生きているのがおそろしかった。 そして決心した。私は決して子供を産まない。 私が耐えかねている「生」を他の誰かに与えることなど決してしない。 私は高校生で未成年で被保護者だから今はしないけれど、大人になって自分で生計を立てるようになったら、卵管圧挫結紮手術を受けよう。 避妊だとか、ましてや掻爬といった場当たり的な手段では足りない。私が生を与える可能性を完全に消し去ろう。 私は、産む機能を持たない身体を得ようと思った。 このおそろしさは、私で終わりにする。 卵管圧挫結紮手術を受け、妊娠が不可能な身体になった後、私が考えを変えて子供をほしがることがあるかもしれない。今の気持ちは変わらないなどと思い上がりはしない。 私は自分がどれほど変わりやすく、忘れやすい人間かを知っている。 だからこそだ。私は取り返しのつかない改変を自分の身体に加えようと思った。子供を ほしがる未来の私を私は決して許さない。未来の私が今の私を裏切ろうとするのならば、思い知るがいい、私は決してあなたを許さない。 子供をほしがる未来の私よ、あなたは忘れたのか。 この世界がどれほどおそろしかったのかを忘れたのか。 このおそろしさをあなたの子に味わせようというのか。 あなたは悔やむだろう。今の私を恨むだろう。これほど大きな不可逆的な決定が既に下されていることに苦しむだろう。 苦しめばいい。この恐怖を味わう可能性を産み出そうとする私など苦しみ嘆けばいい。 子供を産もうとする私よ、あなたはあらかじめ罰されている。 九年後の今、私は卵管圧挫結紮手術をまだ受けていない。 私はまだ不可逆的に身体を改変してはいない。 ごめんなさい。 でもまだ忘れていないから。 🦋 実家にいたころは冬になると天体望遠鏡をかついで出かけ、一人で月を見た。 つまみをまわす、まわす、ぼんやりした月がふいに焦点を合わせ、そしてくっきりと浮かび上がる。でもそれは指先のほんの少しの動きでまたぼやけ、そして見えなくなる。 私は、たまたま見ることができたその美しい景色を、いつまでも見続けられないことを知っていました。ほんのすこし、どこかがずれてしまえばすぐに失われる景色を。 だから私はその景色を見ていたときずっと息をつめていたのです。息をしただけで消えてしまいそうで、おそろしくて。美しく希少な一秒一秒が身を切られるようにくるしかった。 突然あなたが望遠鏡を渡し、覗いてごらんと言った。そのとき見えたありえないほど美しい夜空を見続けることはできないとわかった時、そしてこれから何度夜空を見上げようと決して見ることができないとわかった時、どうすることができただろう。 もうあの夜空を見ていなかったころには戻れない。もうあの夜空を見ることはできない。でも、それはとても美しかったのです。今でも夢に見るほど。 🦋𓈒𓏸︎︎︎︎ 𓈒𓂂𓏸 「性転換のためのホルモン剤投与は身体に負担が大きいの。私はそんなに長生きはできないと思う」 「私だって」と私は言った。「もう何年もホルモン剤を飲み続けてきました。それが身体にいいとは言えないでしょう。でも、いつでも妊娠させられ得る身体で生きていくなんてこと望みません」 彼女は笑った。 「そうよね。自分を自分で作れないで生きていて、どうするっていうのよね」 🎡「そうよね。自分を自分で作れないで生きていて、どうするっていうのよね」 この本の中で、この言葉が一番好きかもしれない。
  • りな
    りな
    @yuiquartz
    2026年5月10日
    Readsのアプリからe-honへアクセスして、店舗受け取りにて購入。 本屋さんの売り上げ貢献へ!!
  • りな
    りな
    @yuiquartz
    2026年5月4日
  • 人工芝
    人工芝
    @_k55y
    2026年4月20日
    これ時間をかけて読んでるけど、なんだかなあぁ..って気持ちになる。モヤモヤではなく、人の日記を盗み見て、当人の生きにくさを目の当たりに、心がぐちゃってなるような。そんな感じ。儚い。
  • こたつ
    こたつ
    @pgrpgar
    2026年4月20日
    読むことで心を癒してくれる種類の本ではない。むしろ心の真ん中にぐさりと楔を打つような本だと思う。でも同じところに傷がある人にとってはそれが救いになるのもわかる。強い祈りの本でもある。 2003年に入った頃から読んでいて苦しくなってきた。文章は美しいけど書いてる趣旨はどこまでも生々しく人間臭いと感じた(まるで三島由紀夫や川端康成のようだ)。だからこそ発刊から20年経つ今でも人を惹きつけるのだと思う。
  • 漣涙
    @rui-tear
    2026年4月19日
  • 波
    @namireads
    2026年4月19日
    "私は自分がどれほど変わりやすく忘れやすい人間かを知っている。だからこそだ。私は取り返しのつかない改変を自分の身体に加えようと思った。子供をほしがる未来の私を私は決して許さない。未来の私が今の私を裏切ろうとするのならば、思い知るがいい、私は決してあなたを許さない。" 反出生主義というのとは少し違って、どちらかというとシオラン的なことか。同じ年齢の頃、同じように考えていたことを思い出してときどき読みたくなる。絶対に忘れてしまわないように強く何度も刻み付けたことを思い出す
  • すー
    @mohupi_0106
    2026年4月19日
  • こたつ
    こたつ
    @pgrpgar
    2026年4月9日
  • みかこ
    @mkk_713
    2026年4月8日
    最近ちょっと調子が良くなくて、彼女の思考に引きづられたくて、日記の後半だけ読んだ。またこんどしっかり読みなおそうとおもう。
  • まろ
    まろ
    @maro
    2026年3月29日
  • よつこ
    よつこ
    @yotsu_hiyoko
    2026年3月21日
    人間が一生にできる思考には限界があるんだろうか? そう思わずにはいられない。 二階堂さんの思考がキラキラと散らばって、 目には見えないけれど、この本を手に取った人の上から振り注いでいる気がする。
  • ぐもめ
    ぐもめ
    @gumome
    2026年3月8日
    こんなに美しい本を私は知らない
  • @mmmmhmngs
    2026年3月8日
  • み
    @2000307m
    2026年2月28日
  • 藍色
    藍色
    @portoftears
    2026年1月31日
    読み終わっちゃってとてもさみしい、まだあなたの声を聴いていたかった。彼女のまなざしに貫かれた心を抱えて生きていけることをうれしく思う。
  • よしの
    よしの
    @sayonakidory
    2026年1月22日
  • 藍色
    藍色
    @portoftears
    2026年1月22日
    「この世界の読み手にして創造者にして登場人物である私には、作りたい世界像に向けて世界の中から読みとるものを取捨選択することができる。」
  • 本日お招きした本
  • Ropa
    Ropa
    @Ropa_28
    2026年1月7日
  • 物語、現実、空想を柔らかく繋いでくれたり、緩やかにほどいてくれたりします。 眠る前に読むことが多いです。
  • 涼弥
    @Suzu_0101
    2026年1月3日
    Xで、エッセイの描写で著者が富裕層の生まれかどうかわかる…みたいな文意のポストを見て真っ先に思い出して久しぶりに手に取ったやつ
  • みらの
    みらの
    @fumi8772
    2025年11月24日
    心に余裕がなくなってきているので、pidalsoさんのピアノの音と奥歯さんに慰めてもらう
  • K
    K
    @readskei
    2025年11月22日
  • Ropa
    Ropa
    @Ropa_28
    2025年11月19日
  • 猫背
    猫背
    @shiroibook
    2025年11月18日
  • ツナ
    @tunajohnny
    2025年11月8日
  • takamiiiii
    takamiiiii
    @tkm_3_mizuki
    2025年10月24日
  • 名無し
    名無し
    @ksrv0915
    2025年10月18日
    noteで絶賛している感想文を読んだため
  • 眠
    @minemui_nemui
    2025年10月17日
  • 枯れ尾花
    枯れ尾花
    @kayayan00
    2025年10月17日
  • aya
    aya
    @ayatonton1129
    2025年10月15日
  • kon
    @toko_1015
    2025年10月5日
  • aiko
    aiko
    @aiko-0
    2025年9月29日
  • みらの
    みらの
    @fumi8772
    2025年9月25日
    開く度に心を持ってかれそうになる、危ない 綺麗なものには毒がある
  • 葉
    @leaf_litter
    2025年9月23日
    文庫じゃなくて単行本で読んでみたいのだけどもう販売してないのかな…?
  • みらの
    みらの
    @fumi8772
    2025年9月19日
    再読中 一生大切にすると決めている本
  • さらさ
    さらさ
    @tea_1823
    2025年9月19日
  • macochi
    macochi
    @macochi
    2025年9月19日
  • Youth.K
    Youth.K
    @reads20004
    2025年9月13日
    こういうジャンルの本は読んでいて(そっとしといてあげてくれ〜)となる
  • 花蝶
    花蝶
    @hana-choh
    2025年9月13日
    先程感想書いておられ気になりました。
  • aiko
    aiko
    @aiko-0
    2025年9月2日
  • いろは
    いろは
    @iroha
    2025年9月1日
  • そ
    @__sososo10
    2025年7月26日
    先日、二階堂奥歯さんの日記部分を読み終え、今日全てを読み終えました。 この先の人生で何度も読み返したくなる、思い出して救われるであろう言葉の数々を大切に抱きしめて、生きたい。
  • そ
    @__sososo10
    2025年7月23日
    二階堂奥歯さんの日記部分を読み終えました。 土門蘭さんの『死ぬまで生きる日記』で紹介されていたのがキッカケで購入し、約二ヶ月かけて日記部分を読みました。短いような、長いような、不思議な時間。 偶然か必然か、二十五歳でこの世を去った彼女の日記と出会った私も二十五歳。 同じ歳で「死」を選んだ人間が何を考え、何を思い、何を感じていたのか、それを求め読み進めていくうちに出会ったのは、まるで自分の思考が他人によってそのまま言語化されているような感覚。同じように恐怖心に支配された人間の脳内を覗き見ると、なぜだか少し心が和らぐということ。 日記部分の最後の1頁を捲るのに数十分かかりました。残り100頁あたりから抱えていた「あと少しで彼女がいなくなってしまう」という感情は、最後の1頁で「まだいなくならないで」「もう少しあなたの言葉と一緒にいさせて」に変わり、涙が止まらず、こんなにも1頁を捲るのに時間がかかったのは初めてで少し困惑しました。こうしてすがるのもまた自分勝手な読者な気がしてしまう。 けれど読み終えた時に、きっとこの言葉があれば、この言葉を思い出せば私は生きていけるという安心感もあり、それらは本の上部に大量に貼られた付箋が物語っている気がします。 今、この本に出会わなかったら私はどうしていたんだろう。そんなことを考えながら、まだ残っている部分を読み続けます。
    八本脚の蝶
  • そ
    @__sososo10
    2025年7月20日
    「しかもこのゲームは強制終了はできてもリセットはできないらしいです。」 「毎日生きてはいるが、大抵存在していることに気がつかない。この事実は、夢は毎日見るが、夢の中で夢を見ていることに気づくのはまれであることと対比できる。 時々ふと存在していることに気がつく。」 「相手に自分が奪われていくという感覚と、自分が相手を作り出しているという感覚。」 「綺麗なものたくさん見られた。しあわせ。 そろそろこの世界をはなれよう。」 頁をめくるたびに、この言葉を忘れたくないとメモを取りながら読み進めています。時間をかけて、ゆっくり、じっくりと。
  • hokke
    hokke
    @konkonkon
    2025年7月18日
  • こたか
    こたか
    @kotaka
    2025年7月8日
  • こたか
    こたか
    @kotaka
    2025年6月23日
  • 冬
    @eiennofuyu
    2025年6月16日
    ずっと読みたかった
  • 1129_ymoi
    1129_ymoi
    @1129_ymoi
    2025年6月16日
    こんなに言葉でいっぱいの本を読んだのに、 なにも言葉が出ない。
  • クロ
    クロ
    @a____o
    2025年6月3日
  • あまね
    あまね
    @amanebooks
    2025年5月28日
  • さくら
    さくら
    @saku_kamo_ne
    2025年5月24日
  • かなこ
    @kanako-0814
    2025年5月23日
  • とりこ
    とりこ
    @retrouverruki
    2025年5月22日
  • 九
    @suik89
    2025年5月20日
  • ちの
    ちの
    @chino_58
    2025年5月18日
  • 1129_ymoi
    1129_ymoi
    @1129_ymoi
    2025年5月18日
    実はずっと、ちょっとずつ読んでいる。
  • そ
    @__sososo10
    2025年5月17日
    記録 「私はときに世界がこのように存在していることに対しておそろしささえ感じる。存在しないかもしれないことに対してではない。存在をやめてしまうかもしれないことに対してでもない。存在している、し続けているというありえない奇跡が今この瞬間にもおこっているということがおそろしいのだ。」 「恋い焦がれる人にくちづけをしてその罪で殺されるなんてそんな幸せはまたとない。 人間が、いやむしろ私が、幸せの絶頂で死んでしまうくらい弱いいきものだったらよかったのに。」
  • bus
    bus
    @busco
    2025年5月2日
  • こたか
    こたか
    @kotaka
    2025年5月2日
  • みんこ
    みんこ
    @min-ko16
    2025年4月18日
  • はるか
    はるか
    @halorso
    2025年4月12日
    新型コロナウィルス流行中にうまく読み進められなかった日記本を再読。読みきって少し泣いた。 すばらしい文章と思考(フェミニズムやトランスジェンダーの人物が過ごす日々に想いを巡らす描写など)古さを感じない。 読んでいて自分はマゾヒズムの要素の強い耽美な文章、追体験しすぎて気持ち悪くなってしまうことに気づいた。 著者がまだ生きていたら、人形を愛するものとしてのAI論、クィアの現状やルッキズムについて、書いてほしいことが山ほどあるのに。
  • ふりふろ
    ふりふろ
    @freeflow
    2025年4月3日
    2025/4/3購入
  • ieica
    ieica
    @ieica
    2025年3月28日
  • ieica
    ieica
    @ieica
    2025年3月26日
  • しか
    @shikanenekitu
    2025年3月23日
  • にしむら書院
    にしむら書院
    @heigo
    2025年3月23日
    389頁 考えていたことが論駁されることはよろこびだ。なぜならそれは、行き止まりに見えていた道にまだ先があると気づかせてもらえることだからだ。
  • 長月秋
    長月秋
    @_aki_nagatuki
    2025年3月19日
  • キノハ
    キノハ
    @kinoha-00
    2025年3月17日
  • 悠月
    悠月
    @yzkotm38
    2025年3月16日
  • ひよぞう
    @hiyozou
    2025年3月15日
  • せいこ
    せいこ
    @seiko_415
    2025年3月12日
    うつくしいことばだけの世界で生きていたいと思っていた頃に愛読していた。満天の星が輝く夜空のような本。突き抜ける青空ではないが、たしかにそこは光に満ちている。どうしようもなく疲れた日や朝まで眠れない日にたまに読み返すので、いまでも手放してはいない。
  • さくらゆう
    さくらゆう
    @skryuh_
    2025年3月12日
    感想note https://note.com/skryuh_/n/n4b24ad044206?sub_rt=share_b
  • ari
    ari
    @321134
    2025年3月10日
  • aiko
    aiko
    @aiko-0
    2025年3月9日
  • kinoko
    kinoko
    @kinoko-font
    2025年3月9日
  • はる
    はる
    @nem
    2025年3月9日
    どうしようもなく好きな本 万人に勧められないし万人受けもしないかもしれないけれど好きな人はきっと好き わあっと顔を覆って泣きたくなるような苦しくて仕様がないときもこの本を抱きしめて温かい飲み物を口にすると落ち着いて眠りについていることがある 著者がもし今もいたならばこの世の中をどう見るのか問うてみたくて堪らない
  • なのか
    なのか
    @nem0x0
    2025年3月9日
    日常を過ごす中で行き詰まったときに読み返してる この方の書く文章が、考え方がすごく好き
  • Izmir
    Izmir
    @hamster_party
    2025年3月8日
  • 凪
    @nagi
    2025年3月8日
    一度借りて、挫折した。 今度は読み通したいとずっと思っている。
  • Rota
    Rota
    @rota
    2025年3月7日
    こころが沈んでどうしようもない夜に、 この本をパッと開いてランダムに 開かれたページを読むようにしていた。 お守り代わりの本。
  • 白雨
    白雨
    @nocturnalism
    2025年3月7日
  • よあけ
    よあけ
    @mogumogu
    2025年3月6日
    ものすごく有名な作品だと思うけど、私もすごく惹きつけられる本。この若さでこのクオリティの思索・文章を遺せるって、本当に天才としか思えない。初めて読んだときから私の方が年上だったけれど、あこがれの人。こんな風に本を読み、考えられる人になりたい。
  • chii
    chii
    @msm__38
    2025年3月6日
  • これ単行本で読んだなあ 若くして亡くなった人の日記読むの好きなんだけど、後半は先輩の手紙とか本の引用とかで埋め尽くされてて辛いもんがある
  • 翠
    @mdr_33
    2025年3月6日
  • 眩暈
    眩暈
    @7in__bm
    2025年3月6日
  • キユウ
    キユウ
    @_kiuzzz
    2025年3月5日
  • 箔
    @haku
    2025年3月5日
    一人の女性が生きた記録 心が沈んだ時に開きたくなる
  • @srsrsky
    2025年3月5日
  • 小林ぱに
    小林ぱに
    @pani30
    2025年3月5日
  • 1129_ymoi
    1129_ymoi
    @1129_ymoi
    2025年2月19日
    のんびり、ときどき開いて読んでいる。 人間の頭の中は本当に宇宙だと思う。 広がりも孤独も暗闇も喜びも!
  • 湖上
    湖上
    @l_etranger
    2025年1月1日
  • 🦈
    🦈
    @Lore_Link
    2024年8月28日
  • 43分
    43分
    @kakebuton
    2024年6月11日
  • ずっと大切な本
  • 昔、図書館で借りた(2021年?) 共鳴し過ぎてというか、あまりにも自分の中に彼女の文章がしっくりと流れ込み過ぎてしまって、途中で苦しくなって読むのをやめてしまった。 でもまた再読したいという気持ちと、読んだらこれまでの私が感じてきた(もしくは見てきた)ものと、彼女の感じてきた世界への失望や絶望が重なって、同じ形に引きずられてしまいそうだなという懸念がある。 それがあまりにもぴったりと重なってしまった時、大仰な言い方になってしまうけれど"自分はそこから世界をどう生きれるのだろうか"という恐怖があって、中々手に取れなかったのだが今年は挑戦してみたい。
  • 森
    @berry-forest
    1900年1月1日
  • Spring
    Spring
    @mmz
    1900年1月1日
  • おうめ
    おうめ
    @authenticume
    1900年1月1日
  • おm
    おm
    @yprppaaa
    1900年1月1日
  • 笛吹
    @uzushiki_kazuki
    1900年1月1日
  • 羊の国
    羊の国
    @swan
    1900年1月1日
    友人が貸してくれた。 結末を知っていても、強烈だった。 突き抜けすぎてしまったのかな。 久しぶりに本を読んだ後、心に重さを感じた。
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