八本脚の蝶
117件の記録
🎡⋆。˚✴︎@licht_yoruwo_koeru2026年4月12日読み始めた@ 自宅読み途中......📖´- 5年前に借りて読んだ際、彼女の文章が体に浸透しすぎて苦しくなり半分ほどで挫折。 今回、改めて再読チャレンジを試みる。 (内容はほぼ忘れているので、感覚としては初見みたいなもの) メモ ➕ 合間合間の感想 🦋𓈒𓏸 𓈒 𓏸 𓐍 化粧というものは、一般に外出する際には常にするものなだけに、義務になってしまうとこれほど面倒で気の重いものはありません。 私としては、やはり化粧は変身の儀式であってほしいのです。 テンションを高めるための、望む自分になるための。 🎡...この頃にもブルベイエベってあったんだ😳 🦋𓈒𓏸 𓈒 𓏸 𓐍 女性幻想を書いた小説は多くて、それを気にしていたらあまりに多くの物語を味わえずに終わるので我慢しているのですが。 でも、女性幻想って、われわれ(=書き手と読み手=人間)以外の何か別のものである女性を書くものなのだもの。 あなたが「われわれ」と呼び、当然男性だと信じている読み手である私は、実は女性なのですが。それでも、一緒になって女性幻想を称揚しないとわれわれ扱いしてもらえない。 人間扱いしてもらえないの。 レヴィナスなんて私はとても平静で読めないのです。 レヴィナスは、主体を男性とみなし、他者を女性とみなす。 (〜割愛〜) このようなことを言われて、聞き流さなければ議論に加わることも出来ないという事実。 日常。 哲学している主体は女性ですけれど。それとも、名誉男性にしていただいているのでしょうか? 🎡...彼女の聡明さは、先の時代を行き過ぎていたのかもしれないと開始24ページ目で感じた。 目が醒めている。でも目醒めるのが早過ぎた。時代が追いついていない。まったく。 この令和の時代でさえ、私たちの目の前に横たわる石を退ける目処が立っていないのに。 彼女の持つこの苦悩はどれ程のものだっただろうと思った。 🎡...奥歯さん、赤江瀑さん読んでたの!?5年前に読んだ時は全然気付かなかった!多分、私が赤江瀑作品を読み始めたのが八本脚の蝶を読んだ(not完読)後だったんだろうな...。『虚空のランチ』はまだ読んでないのよね...いつか読みたい。 🎡...ひっかかる、けれど惹かれる、好き、という感情。とても分かる。 こういった作品が生み出されるような世界の構造を許しているわけではないし、むしろ嫌悪している。けれど、作品(フィクション)として見る世界観であったり造形であったりに己の潜在的な好奇心から惹かれてしまうの、とても分かる...。 矛盾した、相反したものが己の体の中に同居している。 🦋𓈒𓏸 𓈒 𓏸 𓐍 その時期読んでいる本の傾向に思考は如実に動かされるから、ちょっと違う方向も伸ばしてやらないと。 🦋𓈒𓏸 𓈒 𓏸 𓐍 『遺書にして艷文、王位継承その他無し』 (加藤郁乎 『えくとぷらずま』) 🦋𓈒𓏸 𓈒 𓏸 𓐍 おそろしいのは恋のはかなさなどではない。 人生なんてたちの悪い冗談だと言えるほど私は達観できず覚悟もできない。少なくとも今はまだ。 日常はこれほど強固で、一分一秒ずつしか刻まれていかないものなのだから。 酔い続けているには人生は長すぎる。 そして、それでも酔い続けているにはこの強固な現実に対峙できる強さが必要なのだ。 ずっと覚醒し続けることができる者、甘い慰めを必要とせず、守らなければいけない「私」を持たない者にしか、全存在を投企することはできない。 「明日が来るのがこわいの」と泣きながらすがりつく夢は、日曜日のようなもの。月曜日はその後必ず来る。そのような夢は日常の中で、日常を送るために癒し手として用意されたものであり、日常の一部分に過ぎない。 目覚めなさい。 現実から目覚め、「私」から目覚めなさい。 もっと深く夢見たいのなら。 🎡...この人がまだこの世界にいたら、どんな言葉を残していたのかなと思った。 まだこの本の半分も読んでいないのに、もうここにいない彼女の言葉を恋しく、愛しく感じている。 🦋𓈒𓏸 𓈒 𓏸 𓐍 でも、マリアンナは八十三歳まで生きた。 阿部定もおばあさんになった。 そして私も日々を生きております。 過ぎればなんとかなるものよ。 🦋𓈒𓏸 𓈒 𓏸 𓐍 ドウォーキンによれば、性において主体的であろうとする女性は、自分が奴隷ではなく完全に自由であると錯覚するまでに徹底的な奴隷状態におかれているわけだ。ヤプーの幸福。 それは、強姦されている女性がどうしようもない悪意と暴力にさらされながら、それでも「楽しもうとする」かのような絶望的な努力なのだと彼女は言う。 選択の余地も与えられず強いられた暴力に対して出来ることは、自分が楽しんでいると思い込むか、それとも自分は人間ではなく使用されるための物体であるという事実を受け入れるかのどちらかなのである。 彼女の言説の持つリアリティと、しかしそれに感じる疑問。そしてその疑問は私自身に向けられる。 私はどこまで刷り込まれているのか。 私はどこまで自分をこのように育てたのか。 🎡... 「私はどこまで刷り込まれているのか。 私はどこまで自分をこのように育てたのか。」 5年前に半分読んで以降正直ほとんど何も覚えていなかったはずなのに、ここ数年ずっと同じ事を考えていた。 遅効性の毒(ある意味では薬?)のように彼女の言葉が私をじわじわと目醒めさせていたことを、今回再読を試みたことで5年を経た今になって知るとは思わなかった。 🦋𓈒𓏸 𓈒 𓏸 𓐍 人工的に身体の線を作りあげるような衣服はやめた方がいいんじゃない?とか、すっぴんのほうがいいよ!とか、ある男性に言われた。 彼の真意は別として、そういった女性に対するナチュラル志向というのは、支配欲からくるものなのだろう。 彼らが欲しいのは自分好みに作り上げるための素材としての女性であって、自分の身体(容姿)を自分自身てまコントロールしている者ではないのだ、おそらく。 ロリータファッションは、自分はあなたのための素材ではなく、自分自身のための素材なのだという意思の表明のように私には思われる。自分で自分を着せ替えできる人形には、御主人様なんて必要ないのだから。 「〇〇(女性アイドルのような彼女がほしい)」と、異性に対するアピールが今ひとつ不足しているように思われる男性が本気で言うのを聞いて驚くことがままある。 そんな「女のコ」(アイドルグラビア的表現)と付き合いたい人は何千人、何万人の中から選ばれるに足るだけの男性かどうかを、どうして考えてみないのだろう。 彼らはどうも自分は常に一方的に「見る者」であると無邪気二信じ込んでいるようだ。 自分もまたコミュニケーションの場においては「見られる物」であり、見た目で判断されるのだという意識が欠けているように思われる。 あなたは、モニター越しに、なんの痛みもなく、気楽に、「女のコ」たちを顔と肉体で審判する。 それもいいだろう、彼女たちは容姿(見た目)を売るのが仕事だから。あなたは観客だから。 しかし、あなたがその選別者の視線を隣にいる私に向けようとするのなら、あなたは知らなければならない。 私は、一方的に見られているだけのものではないということ、そして私はあなたを見、あなたもまた私によって裁かれるということを。 あなたはその覚悟があるのですか。 あなたはそれほど美しいのですか。
よつこ@yotsu_hiyoko2026年3月21日読み終わった人間が一生にできる思考には限界があるんだろうか? そう思わずにはいられない。 二階堂さんの思考がキラキラと散らばって、 目には見えないけれど、この本を手に取った人の上から振り注いでいる気がする。
そ@__sososo102025年7月26日読み終わった先日、二階堂奥歯さんの日記部分を読み終え、今日全てを読み終えました。 この先の人生で何度も読み返したくなる、思い出して救われるであろう言葉の数々を大切に抱きしめて、生きたい。




そ@__sososo102025年7月23日読み終わったまだ読んでる二階堂奥歯さんの日記部分を読み終えました。 土門蘭さんの『死ぬまで生きる日記』で紹介されていたのがキッカケで購入し、約二ヶ月かけて日記部分を読みました。短いような、長いような、不思議な時間。 偶然か必然か、二十五歳でこの世を去った彼女の日記と出会った私も二十五歳。 同じ歳で「死」を選んだ人間が何を考え、何を思い、何を感じていたのか、それを求め読み進めていくうちに出会ったのは、まるで自分の思考が他人によってそのまま言語化されているような感覚。同じように恐怖心に支配された人間の脳内を覗き見ると、なぜだか少し心が和らぐということ。 日記部分の最後の1頁を捲るのに数十分かかりました。残り100頁あたりから抱えていた「あと少しで彼女がいなくなってしまう」という感情は、最後の1頁で「まだいなくならないで」「もう少しあなたの言葉と一緒にいさせて」に変わり、涙が止まらず、こんなにも1頁を捲るのに時間がかかったのは初めてで少し困惑しました。こうしてすがるのもまた自分勝手な読者な気がしてしまう。 けれど読み終えた時に、きっとこの言葉があれば、この言葉を思い出せば私は生きていけるという安心感もあり、それらは本の上部に大量に貼られた付箋が物語っている気がします。 今、この本に出会わなかったら私はどうしていたんだろう。そんなことを考えながら、まだ残っている部分を読み続けます。







そ@__sososo102025年7月20日読んでる「しかもこのゲームは強制終了はできてもリセットはできないらしいです。」 「毎日生きてはいるが、大抵存在していることに気がつかない。この事実は、夢は毎日見るが、夢の中で夢を見ていることに気づくのはまれであることと対比できる。 時々ふと存在していることに気がつく。」 「相手に自分が奪われていくという感覚と、自分が相手を作り出しているという感覚。」 「綺麗なものたくさん見られた。しあわせ。 そろそろこの世界をはなれよう。」 頁をめくるたびに、この言葉を忘れたくないとメモを取りながら読み進めています。時間をかけて、ゆっくり、じっくりと。



そ@__sososo102025年5月17日読んでる記録 「私はときに世界がこのように存在していることに対しておそろしささえ感じる。存在しないかもしれないことに対してではない。存在をやめてしまうかもしれないことに対してでもない。存在している、し続けているというありえない奇跡が今この瞬間にもおこっているということがおそろしいのだ。」 「恋い焦がれる人にくちづけをしてその罪で殺されるなんてそんな幸せはまたとない。 人間が、いやむしろ私が、幸せの絶頂で死んでしまうくらい弱いいきものだったらよかったのに。」

はるか@halorso2025年4月12日読み終わった新型コロナウィルス流行中にうまく読み進められなかった日記本を再読。読みきって少し泣いた。 すばらしい文章と思考(フェミニズムやトランスジェンダーの人物が過ごす日々に想いを巡らす描写など)古さを感じない。 読んでいて自分はマゾヒズムの要素の強い耽美な文章、追体験しすぎて気持ち悪くなってしまうことに気づいた。 著者がまだ生きていたら、人形を愛するものとしてのAI論、クィアの現状やルッキズムについて、書いてほしいことが山ほどあるのに。


にしむら書院@heigo2025年3月23日読んでるまだ読んでる389頁 考えていたことが論駁されることはよろこびだ。なぜならそれは、行き止まりに見えていた道にまだ先があると気づかせてもらえることだからだ。
せいこ@seiko_4152025年3月12日うつくしいことばだけの世界で生きていたいと思っていた頃に愛読していた。満天の星が輝く夜空のような本。突き抜ける青空ではないが、たしかにそこは光に満ちている。どうしようもなく疲れた日や朝まで眠れない日にたまに読み返すので、いまでも手放してはいない。




ねも@nem2025年3月9日買ったかつて読んだ再読中じゅうぶん読んだオールタイムベストどうしようもなく好きな本 万人に勧められないし万人受けもしないかもしれないけれど好きな人はきっと好き わあっと顔を覆って泣きたくなるような苦しくて仕様がないときもこの本を抱きしめて温かい飲み物を口にすると落ち着いて眠りについていることがある 著者がもし今もいたならばこの世の中をどう見るのか問うてみたくて堪らない



よあけ@mogumogu2025年3月6日かつて読んだものすごく有名な作品だと思うけど、私もすごく惹きつけられる本。この若さでこのクオリティの思索・文章を遺せるって、本当に天才としか思えない。初めて読んだときから私の方が年上だったけれど、あこがれの人。こんな風に本を読み、考えられる人になりたい。

きのしたくみこ@ajaprojlike2025年3月6日かつて読んだこれ単行本で読んだなあ 若くして亡くなった人の日記読むの好きなんだけど、後半は先輩の手紙とか本の引用とかで埋め尽くされてて辛いもんがある
🎡⋆。˚✴︎@licht_yoruwo_koeru1900年1月1日エッセイ途中で挫折したけど再読チャレンジしたい昔、図書館で借りた(2021年?) 共鳴し過ぎてというか、あまりにも自分の中に彼女の文章がしっくりと流れ込み過ぎてしまって、途中で苦しくなって読むのをやめてしまった。 でもまた再読したいという気持ちと、読んだらこれまでの私が感じてきた(もしくは見てきた)ものと、彼女の感じてきた世界への失望や絶望が重なって、同じ形に引きずられてしまいそうだなという懸念がある。 それがあまりにもぴったりと重なってしまった時、大仰な言い方になってしまうけれど"自分はそこから世界をどう生きれるのだろうか"という恐怖があって、中々手に取れなかったのだが今年は挑戦してみたい。























































































































