ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい
42件の記録
みつば@mitsuba328292026年1月3日読み終わった「周囲に理解されづらい気持ち」があることを否定しないでくれるやさしい短編が詰まった一冊だと思いました。 「その気持ちが正しいかどうかではなく、そういう思いを持っている人がいることを否定しない」そういった優しさを感じました。 どの短編も一見すると「ちょっと変な人のお話なのかな?」と感じる設定です。でも読み進めるとその登場人物たちの行動の理由がわかり、愛おしくなりました。 個人的にはそれが本当の「多様性を認める」ということなのかなと思いました。 この小説を書ける大前さんはやさしい人なのだと思います。

ばるーん@ballo____on2025年12月13日読み終わった著者の作品はデビュー作を読んだきりで、それは結構面白く読んでいたから、本書には全く違った印象を受けた。とりわけ、優しさとユーモアについて考えた。実生活でも小説でも、優しさは必要だけど面白がられない(というか面白くない?)。それが結構悲しいし傷つく。面白さだけで生きていられたら、世界がこんなになっちゃってるのを、はたと気づいて、もう何にも喋れなくなるし、反省するばっかりで、だんだん面白くなくなるし(表面的に)優しくなる。気安く生きられない。それがまっとうな大人かもしれないけど。 表題作は(強引に)意地悪な読みも可能で(というかいろんな読みの可能性に溢れていて)すごかったし、『コンビニ人間』ぐらい流行ってもいいのに!という気持ち。(映画にもなってるから流行ってるのかな?) 白城が気になるってずっと思ってたら、最後の一文で期待できそうな感じがあった。 『たのしいことに水と気づく』は(比較的)意地悪で、小説についての言葉に溢れていた。(というか全体的に自己言及とか社会に繋がる言葉が多くて、それとの葛藤?を読んだ。デビュー作からの著者なりの認識の変化があったかもしれない。小説への?社会への?読まれることへの?) 『バスタオルの映像』には、とくにコミュニケーションの交通(の不可能性?)のことを思った。(SFみたいに?)めちゃくちゃ交通してしまうと辛いことばっかりなんだけど、どうしてもそれを欲望しちゃう。 演者と観者(一人ひとりの)の認識のズレとか、ウケる場に身を任せて言った発言のネタとそれ以外の部分とか、本音と建前的なこと。書き手と読み手にも交換可能な記述が多く面白い(って何?) 「梅干しでチャーハンを作りたい」的な漫才を見て好きになったコンビが、だんだん「女のことも男と同じように殴るからおれはフェミニストですよ」的なネタをやるようになる、あの悲しさってマジだけどもっと書けるんだろうなって思う。(『おもろい以外〜』はきっとそういうのも含んだお話だよね…?) 劇場でも危うい発言のボケ(もしくはツッコミ)が、ネタがネタだとわかりやすく、かつツッコミで否定しないとボケとして成立させるの難しいんじゃないかと思う。お客さんも「これ、思いきり笑っていいやつ?」って予断してしまって、それがノイズでウケないみたいな現象が実際あるんじゃないか。その塩梅(お客んさが内面化しちゃってる社会)を上手く認識するか、ギミックとかニンでクリアするかしないと、ダメなのかな。こんな時代だらこそユーモアが必須で、それも熟慮の上というか技術とか場(関係性)作りからしていかないと、誰にも何にも伝わんないし、伝わんないのはやっぱり寂しい。 『だいじょうぶのあいさつ』は序盤の今村夏子的な不穏さがあるな、と思ったら、(タイトルから明らかにわかるけど)優しい大前粟生だった。とはいえ、敢えての定型的に書かれてる父が気になる。(でもこれは大前粟生だから?) この作品集を読む上で、絶対大事なワードが「幽霊」(おばけ)だけど、最近の作品とか他にも、見た感じ幽霊的なニュアンスがあるので期待して読んで生きたいと思う。自他をないものに(する/される)を変奏していくのかなー。



みぞグミ@mizogumi2025年10月14日読み終わった読んでいて、自分もその場にいるみたいな感覚になった。その場所の質感が分かった。 2番目に収録されていた「たのしいことに水と気づく」の終わり方がとても好き。
ちゃおくりー@qiaokeli2025年10月11日読み終わった途中から流し読みに変化。 冒頭の数行に何人もの名前と代名詞がババババと出てきて一瞬怯む。読み進められるだろうかという不安があったが、ヌイサーという知らない空間の話に興味を持ち途中までは一気に読んだ。なぜ後半読む勢いを維持できなかったのか、うーん...たぶんだけど広がりとか展開とかがなく、点を深く掘り進んでいくようなストーリーだったからワクワクが消えてしまったのかも。

あさだ@asadadane2025年9月11日読み終わった小説すき何かに打ちのめされているとき、ふと「男とか女とかそういう概念を取っ払って、ただの球体みたいな存在になれたらいいのにな…」と思うことがあり、七森はこの感覚を理解してくれるのかもしれないと思った 七森と麦戸ちゃんの関係は勿論、ふたりに対する白城の在り方も愛があって良い


kni@hcaebehtel2025年3月18日読み終わった今ちょうど自分にも、SNSをながれるニュースにもくるしくて、そういえば借りていた本があった、とインターネットから離れて活字の本に助けを求めて読み始めて そうしたら、いまいちばんほしい言葉と寄り添ってくれるひとが存在している本で、本当に今、読めてよかった。自分のお守りの本にしたいし、好きなひとたちに贈りたい。同じように苦しんでいるひとたちの心が、この本で、ぬいぐるみに顔をうずめたときのように、やわく、安心で包まれますように。いっしょに居てくれる、ぬいぐるみみたいにたずさえつづけて、いつかこんな描写なんてもうないよって、古臭いよって、笑える日がきますように。
猫@mao10122025年3月5日かつて読んだ恋愛が人並みにできないということから生まれる疎外感、違和感、コンプレックスについてが綴られていてまさに今の私が思考していることそのもので、自分の心を具現化されたような気持ちになった。 ぬいぐるみとはなすサークル。人に話すことでその人を傷つけてしまいかねないから、ぬいぐるみに向かって話す。なんて優しいサークルなんだろうと思う。 繊細すぎるが故に、人に気を遣いすぎて、生きにくい。男で生まれてしまったが故に「男だからデカくて怖い」という事実に苦しみ、その上他者を思って更に苦しむ。なんて終わりの見えない苦しみなんだろうか。 「ひとのことを"男"とか"女"じゃなくて、ただそのひととして見て欲しい」 私もそうであって欲しい、と思う。なるべく男と女という括りや、隔たりを無くして、平らにしてほしい。男と女ということから生まれる性的な思考や、搾取され消費されるということへの嫌悪感。それが無ければどれだけ生きやすいのだろうと思う。 そういった人々が救われる世の中になって欲しいな、と思う。 読んでいるうちに自分自身の苦しみと重なって同調してしまい、頭がごちゃごちゃになりそうだった。 「こわがって、嫌ううちに、身の回りの本当よりも男のひとを悪にしてしまっている?」 「『男』とか『女』で分けないでよ…と思ってる僕がかえって男性をディスって余計に区別してるんじゃ、と思うことがある」 私自身も、今の自分の思考に対してそう思うことがある。過剰に反応しすぎて、かえって自分が相手のことを差別してるのではないか。そう考えてしまうことに対しても嫌悪感が生まれてきて、尚更、性別なんてなくても良いのに。と思ってしまう。
小野寺てる@applediaryno12025年2月25日読み終わった男らしい、女らしい、属性に分けること、消費すること、されること。 それを何より嫌だと思っていながら、外れるのが怖くて、自分が嫌なものになってしまうこと。 そんな自分が嫌で怖くて仕方がないこと。 打たれ弱いことじゃなくて、打たれ弱いひとを打つ方が悪いに決まってるけれど、世の中はふつうにひどいことが起こるから、打たれ弱くならないように生きる白城の言い分もわからなくはないなと思ってしまった。 一方で、「会社員としてやっていく人並みの強さが持てない」鱈山さんがまるで自分のようだと思った。 世の中の流れに合わせて打たれ弱さを克服することも、打たれ弱さに抗い戦うこともできない私は、せめて打つ人のいない場所、"ぬいサー"のような落ち着く楽園にいられるようにするのが幸せかもしれないと思った。
はぐらうり@hagurauri-books2023年11月12日読み終わったずっと気になっていた。主人公がしんどくて読んでいるこっちもずっとしんどい。この方の文章はぜんぶ読みたい。「死なないから、消えながら生きていたい。」あぁ、と思った。七森の居場所は、あるようなないような。












































