やっと言えた (シリーズ ケアをひらく)

82件の記録
meo@meo2026年2月23日買った読み終わった死にたいと思う。もう何も考えたくない、傷つきたくない、そう思って死にたいと思う。 先輩のことが大切で大好きだけど、いつかは離れなければならないし、ずっと一緒にいることはきっと叶わない。そう考えると、今が幸せだからさっさと終わらせたいと思ってしまう。 先輩は私のことを大勢いる後輩のうちの1人としか思っていないこともわかっている。だからこそつらい。終わらせてしまえば…。 そうしたらこの気持ちにも向き合わなくて済むし、過去からも今の現実からも逃げられる。 でも、自分が大切だと思っている先輩、友人が死ぬな、生きろって言ってくれるから、私はなんとか今も生きている。 自分の過去と向き合って、自分が抑圧してきた自分の気持ちを掬いあげたいと思う。 いつか死にたいという気持ちがなくなるだろうか。 そんな日が来たらいいなと思う。
いるかれもん@reads-dolphin2026年2月23日読み終わった学び!エッセイおすすめカウンセラーが解説するカウンセリングの本は何冊もあると思うけれど、この本は著者がカウンセリングを受けながら自分自身の解放に向かう過程が書かれている。 著者の自身の感情や変化、記憶の描写が鮮明で、かつ時折フィクションを交えて書いているからだと思うけれど、小説を読んでいるような読み心地だった。 前半で、著者が他人は自分をわかってくれないから本の中に救いを求めていた姿は印象的だった。 「わたしがずっとすがってきた文学は、わたしの唯一の友達であっただけでなく、わたしが新しい世界を信頼するために言葉と力を与えてくれるものだった。」(p.33) 本ってやっぱりそういう作用があるのかと、こうして書かれると説得力がある。 また、他者に自分をわかってもらいたいと思いつつ、同時に誰にも自分は理解されないと感じるということが語られる。 「人が自分の話をするときには必ず「わかってほしい」と願う。わたしは自分の全存在をかけて毎回毎回、自分の言葉で語ろうとしていた。これまで誰にも自分の話をちゃんと聞いてもらえていない、誰もわたしの話を理解してくれはしないという思いがあった。だから切実にわかってほしかった。けれども同時にわかられてたまるものかとも思っていた。」(p.42) 少し違うけれど、私もかつて強い孤独感を抱えていた時期があって、そのときに「誰かに好かれたい。でも、自分が好かれるはずがない。」と思っていて、そんな感覚を思い出した。 カウンセラーとの緊張感のある、ギリギリの交流の末、最後、著者が自らを解放するものが「愛」であると辿り着く。しかし、その愛が叶うとかとういうのではなく、愛を必要としていると言葉にできたことで著者の苦しみが解放に向かうところも印象的だった。自らを表す言葉が見つかることの安心感や開放感はやっぱり重要で、私自身。これからも大切にしたい。 また、後書きで語られた「待つ」ということについての記述も印象的。 「わたしはわたしの話を初めて聞かれたと思った。特に大きかったのは、話を聞き出されるのではなく、「待ってもらえた」という感覚があったことだ。「待たれる」ということは、そこにわたしが「いる」ことを認め、尊重してもらうことだ。「待たれる」ということは、そこにわたしが「いる」ことを認め、尊重してもらうことだ。それは「わたしにとってあなたは大切な人です」というメッセージを与えることであって、互いのその信頼があってこそ「信じて頼る」ことが可能になる。」(p.183) そういえば、積読の中に鷲田清一の「「待つ」ということ」があった。近いうちに読みたいと思う。 以前、同じ著者の「庭に埋めたものは掘り起こさなければならない」を読んだ時は触れることに興味を持って伊藤亜沙の「手の倫理」を読んだ。斎藤さんの本を読むと、新しい本を読みたくなる。








うにか@unica8062026年2月19日読み終わったすごい本を読んだ。 結構食らったので読む時は注意が必要かもしれない。 とても真摯な文章で、心打たれつつも襟をたださざるを得ない。 これが面白かった人には『悲しき虎』もおすすめしたい。


ゆき@yuki10242026年2月1日読み終わった読んで良かった。 距離を取って読まないと痛い、血が滲むような文章。 鮮烈すぎて距離が取れず、痛みが入ってくる。 トラウマと向き合うことの困難さ、回復の途中に訪れる強烈な希死念慮、それを乗り越え、生き残った人の、繕わないこころが、文章に乗っている。 向き合うと死ぬ、でも死ななきゃ変われない。 カウンセラーは本当にすごい存在で、なくてはならない存在だけれど、カウンセリングに戻ってくる力、継続する力、命を保って向き合えるかどうかは、クライエント側の資質だと思う。 ぐちゃぐちゃになりつつ向き合う精神に、私はとても勇気付けられた。




咲@mare_fecunditatis2026年1月24日読み終わった@ 自宅「やっと言えた」をやっと読めた。 いつになく感情が溢れて、乱れて、やりきれなかった一週間を越えて、いま、やっと。 アラームをかけずに寝ると、昼前に目が覚める。何も食べる気にならず、3時ころまで、静かに静かに、読む。 「医療では、私の物語は[病気]や[障害]と呼ばれました。受け入れ難い気持ちになったときに食べたものを吐き出してしまうことは[摂食障害]という言葉になりました。死にたいという衝動は[希死念慮]という言葉になりました。会いたくはないのに男の人に会うことは[性的逸脱]、電車に飛び込みたくなるのは[衝動性]と言われました。でも、病気や障害として名づけられた不調や苦しみは、医療の中ではよくなりませんでした」 「わたしは、自分のこれまでの人生が臨床心理の言葉で語られて、自分のあずかり知らないところでわかったふうにまとめられるのが耐え難かった。それほど切実に、自分の物語を誰かの言葉ではなく自分の言葉で語る必要があった。誰かがわたしのことを語ってしまうと、他人の言葉の陰で自分が消え失せてしまうように感じる」 「つらいことがあったときに「悲しい」を持っていては、あまりに悲しすぎて私は生きていけなかった。「悲しい」はなかったことにして、「悔しい」が使われ、それだけでは到底足りなければ「死にたい」がやってくるのだった」 「私は愛されたいのだ。それも相手が愛したいようにではなく、私の愛してほしいように、愛してほしいだけ、愛されたいのだ。私は、相手が愛してくれるのを受け取るだけしかできないと思っていた。愛というのは、もらえて初めて受け取れるだけのものだと思っていた。でもそうじゃない。願っていいのだと初めて思えた」 大事にしたいし、大事にされたい。愛したいし、愛されたい。 不確実性に満ちた関係性を、行為を、生きるにあたって、「信頼する」というのは、おそろしいこと。 人が人を「わかる」ことは、できない。でも、それをわきまえたうえで、わかろうとすることはできる。 わかってほしくて、わかってほしくなくて、わかったようなことを言ってほしくなくて。既存のカテゴリーで、既存の理論で、誰かの言葉で、「わたしの物語」を語ること、それは、その人から尊厳を奪うことだ。 わかることはできないまま、そっと、触れる。


そんじょそこらの@Ramses_I2025年12月27日買った読み始めた多分自分は人よりも心が強くて、傷も付くし悲しくもなるし転ぶこともあるけれど、また立ち上がって走り出すことができてきた。でも大学の同期や同い年の友人が一人また一人と歩みを止めて立ち上がるのに苦しんでいるのを見ると、自分が立てているからそれでいいとは思えなくなってきた。知りたい、理解したい、愛したい。理解なんかできないとしても、諦めたくない。そう思って購入した一冊。数ページ読み始めたが、なかなか苦しい。これは書くのが大変だったろうと思う。大切に読み進めたい。

Hoshiduru@lilimoe2025年12月21日読んでる境遇が違うので程よく他者化して読めるようになってきた。1章の時点で既に著者自身がセッションに本気で向き合おうとしている様子を感じる。本人はそのつもりがなかったかもしれないけれど、とても真面目な人なんだなあ、すごく誰かに期待したかったんだなあ、と思いながら読んでいる。このエネルギーで向き合うのは大変だろうけど、この後もし大きな回復に向かうとしても、頷ける部分がある。

Hoshiduru@lilimoe2025年12月21日読み終わったとてもよかった。 知っている、わかると思うこともあれば、その対極にあると思うこともあった。一生をかけて回復のらせんを登っているという表現はとても頷けた。それ以上のことは何も言えない。 治療者ではなく当事者が、大切な体験をここまで提供してくれること自体に、とてもやさしい人なんだなあという印象を受けた。もっと苦しみや怒りがぶつかってくるかと思ったけれど、丁寧で、やさしくて、距離を置いて読むことを許してくれる文章だった。








Hoshiduru@lilimoe2025年12月20日読み始めた私は人生の半分以上の期間、もう15年、カウンセリングを受けている。私はここ数年でようやっと目を開けてスタートラインに立ったらしい。 カウンセリングの個別性の高さは様々な事例に触れて分かっているつもりだけれど、久々に比較対象に触れて刺激される。一番近い感情は嫉妬。 その感情を一旦把握して記録した上で、自分の一助にしたいと思う。


Hoshiduru@lilimoe2025年12月15日買った今日は頑張ったのでご褒美に買った。 就職できそうな糸口が少しだけ見えたのだけれど、本当に働くので良いのか、まだ休むべきなのか、自分の傷への向き合い方についてこれを読みながら考えたいと思う

さとう@satoshio2025年12月13日読み終わった前作の衝撃が強く残っていて、今作も読まなければならないと思い、手に取った。 今作はカウンセリングを主軸に据えて、自分の根底にある感情と向き合うことの過酷さや、その過程に伴う覚悟について書かれている。 作中で語られる、人とのコミュニケーションを「支配―被支配」「主―従」という構図でしか捉えられなくなっていた、という記述が印象に残った。過去の経験が、関係性の見え方そのものを限定してしまうことが示されている。 これまで、性暴力被害者が性を乱雑に扱っているように見える行動に疑問を抱いていたが、本書を通して、それが心理的な構造から行動へとつながっている可能性があるのだと理解できた。




obama@obamabooks2025年11月30日読み終わった@ 自宅ーーわたしがここで電車に轢かれてバラバラになったら、やっとわかってくれるだろうか、わたしがこんなにバラバラになるほどかなしいのだということが。わたしの途方に暮れるということが、こういうことなのだということが。(P.54)


yo_yohei@yo_yohei2025年11月28日読み終わった@ シンガポールカウンセリングの中で起こる心の変化を描いた作品。前作よりも作者自身と文章との距離が近いと感じた。 ここまで徹底して言語化するには、冷静な分析力が不可欠だろうし、それと同時に相当な痛みを伴ったのではないかと想像する。作者の誠実さが見える。 ただ、「生きるためには、ここまで恐ろしい作業をしなければならないのか」と、正直なところ、少し(いや、かなり)怖くなった。 どうして怖くなったのか、その怖さがどこから来ているのか、自分自身と向き合ってみたいと思う。こうした読後感を与えてくれることも、読書の魅力のひとつだ。





由希@yukiusagi2025年11月24日読み終わった届いた翌日、3時間くらいで読み終えた。 著者が自らのトラウマやそれに起因する行動の描写、そしてさらに傷ついていく様は私にとっても刃で刺されるようなのに、読むのが止められなかった。 前作『庭に埋めたものは掘り起こさなければならない』を補完するような本だったと思う。著者は1人で回復を進めたわけではなく、医療(精神科)が根本的な救いになったわけでもない。 彼女の過去への旅を支えたのは、カウンセリングだった。

nyannyaway@nyannyaway2025年11月24日読み終わった前著も良かったので齋藤美衣さんの本書も購入、一気に読みました。 前情報無しでしたが、あっという間に引き込まれました。 齋藤さんの物語は続いてゆくと思いますが、きっと少しだけ高い場所から御自身を見つめられるだろう、と確信しています。 途中、カウンセラーに求める"あること"の言葉の意味が共通言語となったとき、読者の私たちもそこに居る(当然齋藤さんもいる)世界となる感覚があります。




ピノ@pinofort2025年11月15日読み終わった〈感想〉 愛されたい、という言葉は好きではなかった。 愛されたい=私だけを見て、という自己中心的な 考えが凝縮されて、愛しているならば何をしても 良いという、支配するための言葉だとどうしても 曲解してしまう。 或いは、愛しているから、と免罪符のようにして 自分の領域に勝手にズカズカと入り込んでくるため の薄っぺらい言葉だと思っていた。 だけど、違うのかもしれない。 ただの甘えだ、自己満足だ、支配だ、と思っていた 「愛されたい」が何なのか。 読了した瞬間に何か滑り落ちて行ったけど、今は それが何かわからない。 あくまで、今の私には。 愛されたい、という言葉の意味と支配ー被支配は イコールでは結ばれないこと。 そんなことがあるのか。 今はまだ噛み砕けていないけど、時間をおいて 読み返してみたい。

yo_yohei@yo_yohei2025年11月1日予約した『庭に埋めたものは掘り起こさなければならない』がとても面白かったので、この本も楽しみ。 『庭に〜』は、あそこまで言語化するのは冷静な分析が必要だろうし、それとともにかなりの痛みを伴うものだっただろうと想像できる。作者の誠実な人柄が見える。

















































































