「暮し」のファシズム
59件の記録
うーえの🐧@tosarino2026年8月15日読み終わった⭐️⭐️⭐️ コロナ禍の「新しい生活様式」が呼び覚ました既視感 私たちが未曾有のパンデミックに見舞われたとき、政府から提唱された「新しい生活様式」という言葉。 マスクの着用、ソーシャルディスタンスの確保、手洗いの徹底、そして不要不急の外出自粛。 未知のウイルスから身を守るため、これらは誰もが守るべき「正義」として受け入れられました。 しかし、街ではマスクをしていない人を非難する声が上がり、営業を続ける店舗には「自粛警察」からの張り紙が貼られる事態も起きました。 公衆衛生という大義名分のもと、私たちの「暮らし」の細部までが管理され、同調圧力によって相互監視が強化されていく。 この息苦しさに、言葉にできない違和感や薄気味悪さを覚えた人は少なくないはずです。 大塚英志著『「暮らし」のファシズム 戦争は「新しい生活様式」の顔をしてやってきた』は、まさにこの「違和感の正体」を歴史から解き明かしてくれる一冊です。 著者が提示するのは、1940年代の戦時下の日本において、国家がいかにして国民の生活を統制していったかという驚くべき事実です。 それは決して、軍靴の音を響かせた恐ろしい独裁者が、暴力と恐怖で民衆を弾圧したという単純な物語ではありませんでした。 ■暴力ではなく「善意」と「合理性」の顔をして 本書が描く戦時下のファシズムの姿は、私たちのステレオタイプなイメージを見事に覆します。 ファシズムは、銃剣を突きつけて「国のために死ね」と迫るのではなく、もっと親しげで、もっともらしい顔をして日常に入り込んできました。 そのスローガンは、「生活の合理化」「衛生観念の向上」「栄養改善」「無駄の排除」といったものでした。 つまり、「もっと健康になりましょう」「もっと清潔で、豊かな暮らしをしましょう」という、誰も反対できない「善意の近代化」として推進されたのです。 たとえば、国は科学的な栄養学に基づいたメニューを推奨し、不潔な台所の改善を訴え、家計簿をつけることで無駄をなくすことを奨励しました。 これらは現代の私たちから見ても、生活を豊かにするための真っ当なアドバイスに思えます。しかし、これこそが国家による「暮らしの組織化」の第一歩だったのです。 個人の私的な領域である「暮らし」を合理化し、健康な身体を作り、無駄を省いて貯蓄に回す。 そのすべてが、結果的に「強い国家」を作るためのリソースとして回収されていく。この巧妙なシステムこそが、日本のファシズムの真の姿でした。 ■「台所」から始まった動員と、女性たちの自発性 本書の最もスリリングで、かつ恐ろしい指摘は、この「暮らしのファシズム」を推進した主役が他ならぬ女性たち、特に「主婦」であったという点です。 戦前の女性たちは、単に国家に騙され、弾圧された無力な被害者だったわけではありません。 彼女たちは、封建的で非合理的な古い家父長制から抜け出し、科学的で合理的な「新しい生活」を手に入れることを強く望んでいました。 国家が提示する「生活改善」のプログラムは、彼女たちの願いと見事に合致したのです。 家計簿をつけ、栄養価を計算し、清潔な台所を維持する。それは女性たちにとって「進歩的で教養ある主婦」としての自己実現でもありました。 しかし、その「より良い暮らしを求める向上心」が、大日本国防婦人会や隣組といった戦争遂行のための組織へと彼女たちを自発的に向かわせることになります。 国家の思惑と、女性たちの「豊かな暮らしへの憧れ」が共犯関係を結んだとき、ファシズムは爆発的な推進力を得ました。 被害者と加害者の境界線が溶け合い、誰もが良かれと思って戦争体制を下支えしていく過程は、背筋が凍るようなリアリティを持っています。 ■誰も反対できない「正しさ」の恐ろしさ 「健康」「清潔」「節約」。これらの言葉は絶対的な「正しさ」を持っています。「不健康で不潔なほうがいい」と公言できる人はいないからです。 しかし、ひとたびこの「正しさ」が国家や共同体によって一元化され、絶対的なルールとして押し付けられたとき、社会はどうなるでしょうか。 「正しさ」から外れた者は、非国民として、あるいは社会の迷惑として徹底的に糾弾されます。 隣組による相互監視は、まさにこの「正しさへの同調圧力」によって機能しました。 翻って、現代の私たちはどうでしょうか。SNSでは連日のように「正しさ」を振りかざしたバッシングが繰り返され、少しでも規範から外れた発言や行動は容赦なく炎上します。 健康志向やエコ、持続可能性といった「誰も反対できない正義」が、時に他者を裁くための暴力的なツールに変わる瞬間を、私たちは何度も目撃しています。 本書が突きつけるのは、私たちが生きるこの現代社会の根底にも、「暮らしのファシズム」が容易に根を下ろす土壌が広がっているのではないか、という重い問いです。 ■今こそ読むべき、現在進行形の「私たち」の物語 『「暮らし」のファシズム』は、単なる過去の歴史を振り返るための本ではありません。これは、現在進行形の社会を読み解き、未来の危険を察知するための鮮烈な解毒剤です。 私たちは、歴史上の悲惨な出来事を「愚かな昔の人々が起こした過ち」として片付けがちです。 しかし、彼らもまた、私たちと同じように日々のささやかな幸せを願い、健康を気遣い、より良い明日を信じていたごく普通の生活者だったのです。 ファシズムは、突然やってくるわけではありません。それは、私たちが「より良い暮らし」を願い、「正しいこと」を追求する日常の延長線上に、気づかないほど静かに忍び寄ってきます。 コロナ禍という未曾有の事態を経て、国家と個人の関係、公衆衛生と自由のバランスが揺らぐ今だからこそ、本書のメッセージはかつてないほどの切実さを持って響きます。 日常に潜む同調圧力に息苦しさを感じている人、SNSの「正しさ」に疲弊している人、そして何より「自分の頭で考え、自由を守りたい」と願うすべての人に、ぜひ手に取っていただきたい一冊です。 過去の「暮らし」の姿を通して、私たちが生きる「今」の輪郭が、恐ろしいほどにクリアに浮かび上がってくるはずです。
モりこ@mooooori2026年7月24日読み終わった太宰治は利発な女学生の書いた日記を戦争体制下で都合のいい女学生に捏造し『女学生』を発表した。 ご家庭の奥さま、お母様は「節約」「合理的な生活」を「家庭で実践」するため食事の栄養量を考え子供に身近な科学のウンチクを語る。 雑誌の中のご家庭の奥さまは政治批判をしない、お国のために「科学」を用い家庭を強くする。 これが人文社会科学分野のダウンサイジングか……
nessie@nessieayako2026年6月2日借りてきた「ていねいなくらし」「断捨離」「着こなし」「町内会」「二次創作」は元を正せば戦時下に女文字のプロパガンダが生み出したもの…というカバーに書かれた文章にさっそく震えている…。



積読本を減らしたい@tsundoku-herasu2026年4月14日かつて読んだ戦争は「新しい生活様式」の顔をしてやってきた 『コロナ禍の中、滔々と説かれる「新しい生活様式」なる語の響きにどうにも不快な既視感があった。「新しい日常」という言い方もあった。それは当然だが、政治が人々の「生活」や「日常」という私権に介入することの不快さとして何より、ある。その不快さは、かつての「戦時下」を想起させるからでもある』 2021年5月8日東京新聞 2021年5月15日日本経済新聞 書評欄掲載
かうる@kaeul_25622026年2月6日読み始めたSNSで流れてきて面白そうだったので図書館で調達。 花森安治が大政翼賛会で活動してたことは知ってたけど、当時の作品と「暮らしの手帖」での仕事がここまで共通のフォームを示していたことに軽い驚き。(非難ではない。興味深い。)





































































