繰り返すことの民俗学
50件の記録
つたゐ@tutai_k2026年10月8日読み終わった焼畑、津波、クィア、強迫症、この四つがどんなふうに一冊の本になるのかなあというのは刊行前から気になっていたけど、この四つをキーワードに、民俗学的なスコープを通して「日常」を見つめる本で、とにかく面白くて一気に読んでしまった。 津波と漁村については、わたしも気になって調べたり、小説に書いたりしていることもあるので、点と点が繋がるような部分もあったのがよかった。 こういう本を待ってた!ので、出版されたことがとても嬉しい。読めてよかった。





yt@yt2026年9月29日読み終わった「自分のこととはいえ、ここまで書いちゃって大丈夫なのかな? と思うことも正直あるのですが、書いてみるとやはり、自分のやっている研究が自分自身の日常と本当の意味でつながっているのだな、と実感できました」(p6) ありふれた日常から乖離してしまった民俗学を、焼畑、津波、クィア、強迫症の観点で取り戻す。 会社員しながらフィールドワークへ出て、日々繰り返される当たり前の日常を対象化する。 「一緒に何かを食べる、という民俗学が重視してきた共食のあり方は、規範的な家族のあり方を越えていく可能性も含んでいるのではないかと思う」(p134) 日常を生きてるんだから、日常に資する研究であってほしい。 「私は民俗学とは、一見何にもなさそうな人も含めて、必ずしも言わないけれども、実はみんないろいろある、という部分に目を向ける学問であるとも思っている」(p181) 実はみんないろいろあるんよ。








柏書房@kashiwashobo2026年9月26日出版社より✎︎ 知らない誰かの旅行記や日記を読むのが好き ✎︎ 研究者の日常やエスノグラフィに関心がある ✎︎ 身近な日常を問い直す人文書に関心がある そんな方におすすめの新刊のお知らせです! ━━━━━━━━━━━━━━━━━ 民俗学にとって「日常」とは何か? 民俗学者は日々何をしているのか? いざ、切実だけど謎に満ちた日常へ! ━━━━━━━━━━━━━━━━━ 数年数十年のスパンで耕作地を移動させてきた、焼畑の民たちへの抑圧。「津波常習地」を生きる人々の弔いや忘却のリズム。伝統的な民俗学が想定してきた「人の一生」には則さない、クィアな人々の記録されない日常。「繰り返し」にとらわれる強迫症患者が日々味わう幸福と災厄、その観念…… 本書では、4つのフィールドを「民俗学的想像力」によってつなぎ合わせながら、当たり前に異なる私たちの多様な日常について考えていきます。 「現代民俗学」と「日常論」の新たな可能性を探る冒険の書にして、著者初の単著! 〈民俗学はよく「私たちの日常から問いを立てる学問である」と説明されます。(中略)ただ、お正月のお雑煮やお餅についてフィールドワークをしたり考えたりするだけで、本当の意味で日常と研究をつなげていることになるのでしょうか。むしろ、扱うテーマがあまりに日常的なあまり、本当の意味で自身の日常と研究をつなげることに、民俗学者たちはかえって無頓着になりがちなのではないでしょうか。〉(「はじめに」より)








narikawa@nari2001_2026年9月25日読み終わった研究と日常を切り離さずにやろう、という主張は私のかつての専攻領域である認知科学の界隈でもしばしば叫ばれているように思う こういう問題意識って現象学的研究の存在にも支えられているような気がしており、そういうところでも認知科学は民俗学や人類学に接続できるのかな (それに、研究が優れている人って自身の人生や生活にその動機がしっかり根ざしている人が多いように感じる) また〈おわりに〉で批判しているとおり、日本の大学院には縦割り化された研究室での徒弟制度があって、それはしばしば学生への抑圧としてはたらく みんなで学生を育てよう、という意識や制度が不十分な環境も(残念ながら)存在するのが現状だ(外部進学の院生だった私は副指導教員にすら自分の悩みを相談できず、結局そのまま退学するに至ったのだ)








































