翻訳する私
79件の記録
いるかれもん@reads-dolphin2026年8月7日読み終わった新潮クレストブックスを何か読んでみたかったので満足。内容は専門的な部分もあり正直難しかった。文章自体は読みやすいものだったので、彼女の他のエッセイも読んでみたい。イタリア語勉強してから読んだ方が面白いかも。

Yamada Keisuke@afro1082026年7月21日新刊が出るたびに必ず買う作家の一人であるジュンパ・ラヒリの最新作。今回はエッセイの枠を超え、翻訳という営みを多角的に掘り下げた、骨太な論考集だった。 近年の著者はイタリア語の習得をライフワークとし、エッセイや小説をイタリア語で執筆してきた。本著では、そうした経験を踏まえながら英語にも立ち返り、複数の言語の間で生きることを深く考察している。移民二世である著者は、幼い頃からベンガル語で考えたことを英語へ変換するプロセスを自然に経験してきたという。複数の言語を身につけた人だからこそ見える、それぞれの言語でしか表現できないニュアンスについての考察は、どれも刺激的だった。 『変身物語』におけるナルキッソスとエコーの話と翻訳のアナロジーは著者の翻訳論の肝である。ギリシャ神話を抽象化して、自身の論理を築き上げていく様は学者さながらだ。神話に詳しくない読者にも伝わるよう丁寧に説明され、さらに繰り返し参照されることで、その比喩の説得力が増していた。 イタリア語への深い愛情が随所から伝わる一方で、イタリア社会ではなお「外様」として見られることへの戸惑いも率直に綴られている。多様なバックグラウンドを持つ人々が英語を共通言語として生きるアメリカとは対照的に、イタリアは画一性が高いからこそ、著者に対して「なぜイタリア語なのか?」と繰り返し問われることに疲れているようだった。 翻訳は生成AIの普及によって真っ先に代替される仕事として語られがちだ。しかし、実際の翻訳プロセスや思考過程について読んでいると、AIによる翻訳でどこまでフォロー可能なのかと思わされるほど、プロフェッショナルな仕事だった。コンテキストだけではなく、言葉のリズム、語同士の響き合い、一冊全体の構造まで見渡しながら訳文を組み立てていく。その徹底した仕事ぶりには圧倒された。AIが翻訳を大きく変えることは間違いないとしても、仕事のディテールを知らないまま「AIで代替できる」と決めつけることの危うさも感じさせられた。 また、「翻訳は二次創作であり、創作より下位に位置する」という価値観に著者が強い怒りを示している点も印象深い。「作家としてアイデアが枯渇したから翻訳をしているのだろう」という偏見に対し、創作と翻訳を序列化する発想そのものを問い直していく。具体例を交えながら翻訳の創造性を論じ、「すべては模倣から始まる」というクリエイティブ論へと展開していく流れは、著者の創作哲学そのものを映し出しているようだった。 著者がイタリア語で執筆を始めたのは45歳の頃らしく、物事に遅いことなんてないなと思えた。他の言語能力を取得するモチベーションはAIの台頭に伴い減退する一方だったが、著者の言語に対するピュアな興味の抱き方を読んでいると、何かを学ぶことの醍醐味を思い出させてくれた。コスパ、タイパで物事を測っていては、人生は少しずつ味気がないものになっていくからこそ、学習意欲は大切にしたいと思えたし、英語をもう1度頑張るか、韓国語を新たに勉強しようかな。



yoko@yokoko2026年1月26日読み終わったベンガル人の両親、ロンドン生まれ、アメリカ育ちで、そののちイタリアに移り住んだ著者の、翻訳に関する思索のようなもの。単なるエッセイという言葉では括れない深みのある本で、頻出するラテン語、古代ギリシャ語、イタリア語などからも著者の教養の深さが窺える。自身や言語を接ぎ木に例えたり、イタリア語の自著を英語に翻訳する過程での新たな気づきなど、様々な点で興味深く読んだ。








mayu@yatsu_books2025年12月13日読み終わった@ 自宅翻訳は原文を可能な限りリスペクトしながらも、様々に変化する柔軟性を持つとあり、ある作家が「翻訳された自分の書籍は自分の作品から手を離れて翻訳者のものとなる。」と言っていたのを思い出しました。 専門的な分野もあるけど、海外文学好きにとってはとても興味深く面白く読んだラヒリの翻訳論。とても奥が深い。









あるる@aru_booklog2025年11月29日読み終わった自分とラテン語、もしくはイタリア語の距離が近ければ、この本は2倍、3倍楽しめる気がする。ラテン語勉強するの、面白そうだな...!と思わせるぐらいに、イタリア語を翻訳する際のラテン語への言及が多くて楽しい。 異なる言語、特に母語の外へ出ることに関して多和田葉子さんも同じように思索されていたな〜と読みながら思う。 英語で本を書き、イタリアに渡ってイタリア文学の翻訳をし、イタリア語でも物語を書き、いよいよご自身で自著の英訳をされるわけだから翻訳に関する体験はものすごく厚く説得力がある。







ニック@moranis2025年8月29日読み終わったイタリアに移住した英語作家ジュンパ・ラヒリが、英→伊語、伊→英語など翻訳を通して得た経験と思考を書いたエッセイ集。 不正確な僕の引用だが、翻訳とは、変身であり、新しい自己の発見、拡張である。という事が繰り返し書かれていた。 翻訳をアマチュア的にやってる自分に励ましと勇気を貰った気がした。ラヒリ、ありがとう。やっていこう。いつかトルコ語を勉強して、Oguz Atayの前衛小説を翻訳したいという遥かな夢が僕に出来た笑。 最後のエッセイが感動的だった。 死の近づいたラヒリの母が、花を指さして、「その花に宿ることにするーー」と言う場面。ラヒリは自分の血中を解毒するように流れているオウィディウスの詩の力を感じる。エッセイを書いてる今、亡くなった母を大地の植物たちすべてに翻訳する事ができるのだ。 他には、ラヒリが言及していたグラムシ、ドメニコ・スタルノーネ、オウィディウス『変身物語』(僕は今までアプレイウス『黄金のろば』と混同してた)を読んでみたいと思った。






もぐもぐ羊@sleep_sheep2025年8月14日読み終わった著者の母語はベンガル語で、英国生まれの米国育ちゆえに英語は恐らく第二言語というよりもう一つの母語といえる言語なのだろう。 さらにイタリア語を学びイタリア語で執筆をしたり伊→英の翻訳をするなど多言語に長けている。 翻訳はそれぞれの言語に全く同じ意味や表現が必ずしもあるわけではなく、そこをどう折り合いをつけて文章を組み立てるか、大変な仕事だと思う。 日本にはさまざまな言語の翻訳家がいて私は母語に翻訳された本を読むことができる。 これはとても恵まれた環境であると以前沼野充義先生が著書で語っていた。 この本を翻訳した小川高義さんはきっと大変だったのではないかとその仕事に感謝と敬意を。









りなっこ@rinakko2025年8月8日読み終わった「二つに割れた言語世界」に生まれたという自意識を持つ著者にとって、書くことと訳すことは同じ行為の両面だった。そして翻訳に教えられ、翻訳故に言語へ深く踏み入り集中していく…と。 エコーとナルキッソスの神話を取りあげた、エコーはユーノーに呪われて翻訳作家となり、声でしかない最終形に至るという考察は面白かった。そしてナルキッソスは原作者でもあるが、一方で翻訳者に似た特性も持っている(二人は同じコインの裏表) 第三の言語であるイタリア語で書く理由。どんなにイタリア語に魅かれ愛しても、「私の」イタリア語とは認められないことについて、など



よあけ@mogumogu2025年4月24日買った静岡市にあるひばりブックスさんのインスタで発見して、表紙の、作家の印象的な目と目が合い、迷うことなく購入。作家のこれまでの人生、考えていること・感じていることを記したものはすべからく興味がある。 それにしても、ひばりブックスさんがインスタにあげてくださるものって、私の趣味に合うものが結構多い。。一度店舗にお邪魔してみたいなあ。


はるのひ@harunohinouta2025年4月24日気になる読みたい買ったたまたまXのおすすめに流れてきて発売を知り、せっかくなので発売日のうちに注文。届くのが楽しみ。ずっと心の中で積読してた「べつの言葉で」もこれを機にようやく注文した。
高卒派遣社員@hidari_s2025年4月9日気になるジュンパ・ラヒリが翻訳について書いた本が出ると聞いて、彼女が翻訳者としても活動していることを知った。 イタリアの作家ドメニコ・スタルノーネと公私ともに交流があり、彼のイタリア語で書かれた作品を英訳しているとのこと。 本書でそれらの翻訳について語られるかは不明だが、発売が楽しみだ。
こけしちゃん@kokeshichan1900年1月1日読み終わったベンガル語が第一言語で、英語で小説を書いている著者が、イタリア語を学びイタリア語で書き、翻訳した経験を描く。 実はこの著者の本初めてで、いまいちイタリア語にも興味がなく、著者が訳した本も日本じゃ未邦訳みたいで、あまり興味の持てないまま読み終わった。 1作目に読むにしてはふさわしくなかったかも。小説読んでから出直します。






































































