存在のさみしさについて: 気分はどのように世界をつくるのか

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菓子@oishii_okashi2026年9月25日読み終わったとても面白かった。 大切な存在をなくしたばかりだけど、なぜもう会えないことがさみしいのか、少しヒントがわかった気がする。 ・ コウメ太夫のさみしさについて論じられていて面白かった。🌸
じょるじゅ。@kameupaupa2026年9月19日読み終わった難波先生の新刊ということで拝読いたしました。 今回のテーマはズバリ「色々な対象に感じる“さみしさ”の正体」なのですが、これまでのご著書の中でも、難波先生の感覚(美的経験)がかなりベースとなっているように思いました。 他にも特徴的だったのは、いろんな曲の歌詞が引用として多数用いられていたところです。 全体を通して、「序章」にも書かれていたように、「自分自身が世界から欠如している感覚」(p.13)を「さみしさ」として定義されています。そのため、私個人としては「さみしさ」とまったく感じたことがない、あるいは「さみしさ」以外の感覚で受け止めていたものも「さみしさ」の対象として論じていらっしゃいました。 全体を通して、「自分の中にある無意識な期待値や基準からマイナス方向と(無意識に)認識している方への欠如、欠乏、不足などを感じた時の心の動きを“さみしさ”と呼ばれているのかな?」と感じました(まったくの見当違いだったら申し訳ありません…) ただ、難波先生もおっしゃっている通り、その心の動き自体は「あなたが知っているものもあるかもしれない。知らないものもあるだろう。最後まで分からないさみしさも、きっとたくさんあるに違いない」(p.18)ので、読んでいて「自分はそうは思わないなぁ」とか「うーん…そんな感覚になったことがないや」とか「要するに○○ってこと?」と、読んだ方それぞれの考えや感じ方があるように思います。 でも、難波先生は「このさみしさの正体はこうだ!」ということが言いたかったのではなく、その違和感から自分なりのさみしさを感じとってほしい、自分が見落としていたさみしさを拾い上げてほしい、のではないかな…とそれこそ勝手に受け取らせていただきました。 読み終えて思ったのは、「第7章 夏のサウンドスケープ」や「第10章 機械のウェルビーイング」など「分かるー!」と共感するさみしさもありましたが、私としては「さみしい」と思うことが少ないーー「自分自身が世界から欠如している感覚」を非常に好ましいものとして受け取っていたと気付きました。 私は小さい頃から「関わりがなくなったら、その相手から自分のに関する記憶が全部消えればいいのに」とか「生きた痕跡を残さずに人生を終えたいなぁ(じゃあ何でReadsに投稿してるんだって感じですが。笑)」と思っていたので、その結果だとは思うのですが、果たしてそれが“幸せ”なのかどうかは難しいところですね。

リホ@hqlsmn2026年8月25日買った読み終わったインターネットは"さみしい"場所だったはずなのに 「ふつうの市場」または「街中の市場よりもはるかにしつこい、目線を感じる市場」になってしまった。 この本を読んで、私はさみしい場所が好きなんだと思い知った。 読みながら思い浮かべた好きな場所や好きなもの、雰囲気などはすべて"さみしさ"を持ち合わせていた。 しかも文中で挙げられていた作品や名称があまりにも親しみ深いものばかりで、たまたま本屋でこれを手に取った自分を褒めてやりたくなった。






































































