本は眺めたり触ったりが楽しい
83件の記録
くんちゃん@soup00552026年1月3日買った読み終わったタイトルどおり『本は眺めたり触ったりが楽しい』と私も思う。 昔読んだ本をパラパラっと見たり、お気に入りの本を入れ替えたり、表紙の紙質を触って確かめたり… 新しく手に入れた本を読むのももちろん楽しみだけれど、本には最初から最後まで読み通す以外の楽しみがいろいろあるのだということに改めて気づかされた。
ieica@ieica2025年11月12日印象的なページp172 本棚の本は、とくに本好きの本棚の本となると、かぎりなくふえていく。本は増殖する、と本好きはみな本気で信じている。勝手にふえていく、と思っているふしもある。 「信じている」とか「思っている」じゃなく、現象として本当に増えるんだってば!




文庫のある生活♪@bunko_mylife2025年10月31日読み終わった青山南『本は眺めたり触ったりが楽しい』(ちくま文庫) 翻訳家の視点が光る一冊!! (✧Д✧) 肩肘張らずに楽しめるエッセイです。 作家・文学作品をフックに、本との向き合い方を考える。 読んだ場所・関わった人との記憶、 その全部が、もう、読書なんですね〜 阿部真理子さんの挿絵も素敵デス!!




いな@hozumiina2025年10月27日読み終わった挿絵がとても可愛い。最近は集中して読むより、眺めたり触ったりしている時間が多い。電子書籍も読むけど、やっぱり紙の本が好き。外国人は朗読をする。日本語は目で見るのに適している。オーディブルで小説を聴くことも多くなったけど、登場人物の名前はどういう漢字を書くのかいつも気になって調べてしまう。



無重力くらげ@NoGravityJelly2025年9月14日読み終わった@ 自宅色々な本の読み方をする人が登場しておもしろかった。特に印象に残っているのは、本の必要なところだけを引っぺがしてホチキスで止めて読み、読み終えたら元の本にそのまま戻す、という読み方。正直ちょっと引いた。 積ん読に関する話もあって、共感できたのが24頁の以下の文章。 『積んでおくっていったって、まぁ、積みっぱなしってことは、そうはない。ときどきは気がついて、手にとって眺める。ぱらぱらと読んだりもする。そうしているうちにその本へのこっちの固い心がすこしずつ解けていく。』 最近まで読書から離れていたため、まだ本を読み始めることに対するハードルが高くて、棚の本をパラパラめくって雰囲気だけ感じ取るっていうのを私もよくやる。







千虎@chitora_101992025年9月14日読み終わった読書とは「読む」だけじゃないと教えてくれた1冊。 本は好きだが、読むのは好きじゃない私にはうってつけの1冊だった。 「膨大な本を目の前にしたときの、はて、読み通せるかしら、といった緊張感のような、本を読むことの窮屈さのなかには、本は前からよむものである、という約束事が主な原因になっている場合が多い。」 「本棚にならんでいる本でその持ち主のひととなりがわかる。」 きっともっと共感できる文章はあったはずだけど、私の記憶力はそこまで良くない。 小見出しがつくような短いトピックが沢山続くと尚記憶に残らない。 きっと読書とはそういうものである。ということにしておこう。
ごとー@ptk5102025年7月14日読み終わったきみの自由だよ、と言われたり選択肢が増えることに結構な安心感を抱くタイプなので、最初から最後まで自分の読書体験を肯定してくれる、処方箋のようなエッセイだった。 「おもうに、これが読書の醍醐味である。読書という、きわめて個人的でひそやかで秘密めいた作業は、あらゆる記憶違い、思い違い、読み違い、を許容する。正しい読み方などない。読書の力とは、心を鍛えてくれるところに、思索にはずみを授けてくれるところにある。」







DN/HP@DN_HP2025年5月22日「読者の仕事とは著者の意図を探すことではない」 引かれていた短編小説についてのブルース・ウィバーの言葉を読んで小説について考えたりした。 「だいいち、もしも小説がひとつのメッセージやひとつのテーマに圧縮できるのだとしたら、著者はそもそもなんで小説を書く必要があったんだろう?メッセージを一言書けば、それで済んだではないか。大事なことは、著者も、意味を探しながら、書いているということだ。それが、著者のつらい仕事なのだ。読者の仕事は、反応すること、である。読書とは、著者の意図や目的を、それがまるですばしこい小動物であるかのごとく、追いかけまわすことではない。本を楽しむためには、本の出来がどうだこうだと考える必要などないのだ。読者はみな、それぞれに認識する。書いてあることを、それぞれのじぶんの光のなかで、受けとめたり、受けとめ損なったりする。かくして、書いてあることの「意味」は、じぶんがどういう人間であるかということと密接にからまりあってくるのだ。そして、じぶんの心の変化や成長で、どんどん変わっていく」 わたしが小説を読む時も大体こんな感じに読めたら良いな、と思っている。とはいえ、ひとつのメッセージやテーマを小説というかたちに開いていくというのもまた「必要」というか本質のような気もしていて。「探すこと」なく自然と著者のメッセージやテーマが見つかるのであれば、その小説はきっと素晴らしい。「一言」よりも強く伝わる。強く伝われば、反応もまた強くなる。強い反応というのは、つまりはそれだけ「楽しんだ」ということでもあるだろうし、「自分の心」がより「変化や成長」することでもある。そうすれば小説もより楽しめることにもなる、のでは、とか。まあ、そもそも、「一言」では済まない、伝え切れないものもあるよね。






DN/HP@DN_HP2025年5月20日買った眺めているこのエッセイ集は完全にわかる、とジャケットを眺めながら思っているところ。 青山南さんといえば、『アメリカ短編小説興亡史』には友人を経由してかなり影響を受けている。




リチ@richi2025年4月19日かつて読んだ本読むのが好きだな、と思う人にはたまらない話ばかりではないだろうか。 速読、斜め読み、本に線を引くこと、本の端を折ること、解説についてなどなど、本読みあるあるが満載で、とても楽しい。 出てくる本たちも本当に魅力的で読みたくなる。

buch@wk_bucher_2552025年2月6日読み終わったおもしろくて1日で読み終わってしまった! 意外と本との付き合い方を友人と話すことがないから、様々なんだなぁということを確認できてうれしい
No.310@__310__2024年7月21日読み終わった軽快でさっぱりとした筆致の「読書好きあるある」が染み込むように入ってくる愉快なエッセイで、楽しく読んだ。 青山先生ほどの人でも「なんか積ん読って増えるなぁ」とか「面白いと思った本でも内容覚えてるかっつったらそんなことないよなぁ」とか「戦争と平和を朗読!?あんなに長いものを!?」とか思うものなんだ、と思ったらなんだか元気が出る。 本が好きとは言うものの読むスピードも遅いし量も読めない、これで本当に本が好きと言えるのだろうか……という気持ちに、気にすることはないぞ!と呼びかけてくれるような一冊。 読書は思っているよりずっと自由。













































































