サタンタンゴ
88件の記録
- お言葉ですが@hrsszk_09612026年8月24日読み始めた「なんか、スゴイものを読んでる」感じがひしひしと。映画化作品が7時間というのもわかる。ノーベル賞受賞もむべなるかな。今年のマイベストに入る1冊。

りなっこ@rinakko2026年8月21日読み終わった素晴らしかった。暗鬱で息が詰まりそうな解きにくい文章に、絡め捕られていく(其処彼処に蜘蛛!)読み心地。ぐねぐねした重たい文体そのものがとても好みだった。 希望を失い不遇をかこちつつ、「自分たちの手の内で崩壊していくものを阻止して」くれる(であろう)イリミアーシュを待ち望む人々は愚かしく、そこにつけ込まれる。一瞬、それならそれでもよかったのでは…と思いきや、円環は閉じて救いはないらしい(え、そういうことなの…と愕然としながら幾らでも反芻できる)。あまりにも周到な罠が、あった。 “悪魔は完全な勝利をおさめていた”






あんどん書房@andn2026年8月19日読み終わった伝説の七時間映画の原作。映画は観てないけど、本で読むのもまあまあ苦行ではある。何せ改行ゼロののり弁組。ページの随所に散りばめられた蜘蛛も怖い。特にノドにいるやつ。電車とかで読んでたら覗き込んだ人が本当にビビりそうなのでおすすめしない。 秋の終わり、フタキはどこからともなく聞こえてくる鐘の音に目を覚ます。窓の外には不穏な空と枯れ果てた荒地が広がっている。 そこは解体された農場の跡地。行く当てのない夫婦や独り身の医者たちが細々とその日暮らしをしている集落なのだった。 “哀しげに、不穏な空と、イナゴの大群に襲われて無惨に枯れ果てた夏の残骸をぼんやり眺めていると、忽然として、同じ一本のアカシアの枝の上を、春、夏、秋、冬が次々と飛び去っていくのが見えたが、それは、時間とはとどのつまり、永遠という不動の球体における戯れなのであり、山あり谷ありの混沌を魔の直線と偽っては、全体を見渡せる高みを創出して、狂気や不条理を必然に見せかけている、そう直感したからなのかもしれなかった……。”(P11) 初っ端からもうだいぶ挫けそうになってしまうが、粘って読む。 フタキとシュミットは仲間たちと企んで、大金を持ち夜逃げしようとしている。その金はどこから来たのだ…? そんななか、街には死んだはずの「イリミアーシュ」が帰ってきたという目撃談が飛び交い始め——。 そこから章ごとに色々な人物の視点が移り変わってゆくが、誰と彼もがどんよりとした空気の中にいて読むのが辛い。何が起きるのかも分からない。 “ただひたすら待つ、ある時点でふいに真実が浮かび上がってくるまで、それまでただじっと待つことだ”(P126) などと居酒屋の店主は考えるが、果たしてこの作品に「真実」なるものがあるのかどうか…。 読み進めて第五章。ついに癒し枠なのかと思われたエシュティケのパートだったが、全然そんなことはなかった。「知恵おくれ」の厄介者とされ、兄からはいいように搾取されまくっている…。 “梁、「窓」、板切れ、屋根瓦、鎹、塞がれた天井口、どれもが統制が緩んだ命令待ちの軍隊のように、本来の持ち場を離れて浮遊し始め、さながらどの物体も、もはや光も届かぬ湖底の深みにあって、そこでは物体の動きの方向や勢いが、重量によって決定されるがごとくに、軽量のものは段々と遠ざかっていき、重たいものは奇妙なことにゆっくりと接近してきた。”(P153) こんなんどうやって映像化するんだ。気になる。 エシュティケのその純真さゆえに訪れてしまう不幸の数々。間違っても一休みなんかではない。サタンタンゴに癒しを求めてはならない…。あと猫好きは読まない方がいい。 六章で再びフタキとシュミットたちが出てくるあたりまできて、ようやく今起きている出来事の輪郭がぼんやり把握できた感じ。 あらすじにある「救世主」とはフタキにとってのイリミアーシュのことで、イリミアーシュがやってくることで今の出口のない日々に希望がもたらされると信じている。シュミット夫人もイリミアーシュの玉の輿みたいなのを狙ってる。 一方で居酒屋の店主(ヤーノシュ)はイリミアーシュを恐れている。住民たちにとってこの男の見え方はバラバラなのだ。 ただし読者は第二章でイリミアーシュたちの心のうちも読んでいるので、クソ詐欺師みたいな男なのだろうなとは分かっている。どう考えてもろくなことにならない。 ところで六章のタイトル「蜘蛛の戦略Ⅱ (悪魔のおっぱい、悪魔のタンゴ)」。悪魔のおっぱいって何やねんと思っていたら、店主がシュミット夫人を脱がすために気付かれずにストーブをガンガン焚いてる場面があり、そこだけ謎のコントだった。 “その「全体」を一望のもとに目で捉えたいと思ったが、興奮のあまり「細部」の「気も狂いそうになる連続」しか目に入ってこなかった。”(P173) “「人生における大なり小なりの真実」を短文に凝縮して表現する性癖のある店主は、幸せの絶頂で恍惚のうちにある自らに向かってこう問うた。「これがために灯油を節約せんとする男がこの世のどこにいようか」。”(P174) なんかここが一番筆のってない?? あと急に出てきた「校長」もアホだった。 この場の全員シュミット夫人に恋してるけど夫人は本命のイリミアーシュ以外眼中にないという喜劇空間なのである。 そしてついにタイトル回収。不運と踊っちまった的な感じかと思っていたがちゃんとタンゴを踊っている。 予告編で見たパンを両方から食べるシーンもあった。 ケレケシュが一人哀切なメロディを奏でる印象的な場面で第一部が終わり、第二部。なぜか六章から始まり逆行していて読み順に戸惑う。タンゴのステップ進んで戻るということか。 エシュティケの死に沈み込む一堂の前で演説をかますイリミアーシュ。事件の謎を解き明かし、悲嘆に暮れる人々を導こうとするような姿に「あれ?ちょっといいやつ?」と思うも、その流れからぬるっと投資話みたいな方向に持っていき、やはりクソ詐欺師だ。 ハンガリーの歴史を全然知らないので警察の場面やイリミアーシュの目的が理解できていなかったのだけれど、解説を読んでなるほど〜と思った。てっきり文字どおり爆弾テロでもするのかと思ってた。 最後のウロボロスエンドは絶望なのか、はたまた……。
Garnie@Garnie2026年8月13日読めないあーダメだ、猫虐待して殺すようなニンゲンが出てくる小説は読めない。さようなら。訳者後書き読んで嫌な予感してパラパラしたら第一部第五章で猫殺してる。さようなら。ふざけんな。 こういう本を出すなとは言わない。 でも本屋で買えばよかったなって思う。 買う前に大体訳者後書き読んだりするので…
もぐもぐ羊@sleep_sheep2026年8月2日読みたいNHKラジオ、マイあさ内の著者からの手紙で早稲田みかさんのお話を聞いて読みたくなってきた。 映画(438分!!)を観たいと思いながらアマプラのウォッチリストに入れっぱなしにしていたし。 タル・ベーラ作品は『ニーチェの馬』(154分←短く感じる)がとても好みだったのだけど、長さにひるんで手をつけられてなかった。 映画にはクラスナホルカイが脚本に参加しているので、本と映画を並行するのもよいかも。 それにしてもハンガリーの名前のルールは日本と同じで「姓」→「名」なので、クラスナホルカイ・ラースローのファーストネームは「ラースロー」、タル・ベーラのファーストネームは「ベーラ」となるのか。 そしてアゴタ・クリストフはハンガリー出身だけど移住先のスイスでフランス語で創作していたのでフランス風の名乗りをしていて、ハンガリーでの本来の姓名はクリシュトーフ・アーゴタらしい。 ちょうどアゴタ・クリストフの三部作を読みたいと思っていたところだったので、ハンガリーに関連する作品がアンテナにひっかかりやすくなってる。 チョ・ヨジョンがInstagramに韓国語版の表紙をあげていて、真っ赤な表紙がかっこよかったな〜 韓国語ではもっと読める気がしないのだけど、ジャケ買いしたくなるデザインだった。









本屋lighthouse@books-lighthouse2026年7月20日読み終わったわからん祭やはり引きこもりの医者が最高だった。しかしわからん祭りに相応しくわからんことだらけなので、訳者あとがきにもあるように二巡目に入ろうと思う。








本屋lighthouse@books-lighthouse2026年7月19日読んでるわからん祭背後に蠢くなにかがわからんまま読み続けている。このままわからないまま終わるかもしれないが、それもまた楽しみ方のひとつとして歓迎。それにしても第二部の五章、これまでそれとなく示されてきた主要登場人物たちのしょうもなさが爆発していてすばらしい。





本屋lighthouse@books-lighthouse2026年7月14日読み始めたわからん祭8/2に開催する「わからん読書会(略称)」に向けて読み始める。この世界の前提自体がわからんので、なにを読んでもわからんとなる。すばらしい!いまのところ、家に引きこもっているこの町唯一らしい医者が好き。可能な限り家の中で動かないために、すべての物の配置を完璧にすべく「何年もの歳月をかけて、日々、少しずつ精密化することによって築き上げられた体系」(p.67)のなかを生きている。








鈍獣@whale_in_da_room2026年7月12日読んでるのろのろ読み続けてようやく第四章を終える。 居酒屋のシーン、重苦しい空気と注がれては干される酒(パーリンカ)。 神楽坂のBar Pálinkaに行ってみたい。
鈍獣@whale_in_da_room2026年7月10日読んでるなんかわからんけどグッとくるな “とはいえ腹の立つことはちょくちょくあるわけで、そういうときには、他人の目に触れぬよう、この場所にこもって怒りを発散させていたのである。そういうときであっても、器物を損壊しないよう配慮を怠らず、壁を蹴りつけるか、せいぜいのところ「くたばりやがれ」とばかりに空っぽのケースを鉄扉に投げつける程度だったが、今は店内に漏れ聞こえるやもしれず、それはできなかった。それで、例によって例のごとく、この時も数字の世界に逃げこんだ。数字は、どこかしら神秘的な明白性と、愚かしくも不当に過小評価される「高貴な単純性」のふたつを備えており、「この先に見込みあり」と思える背筋がぞくっとする瞬間を与えてくれるからだ。”

鈍獣@whale_in_da_room2026年6月16日気になる7時間という上映時間に怯み観れていなかった映画を原作で読める愉悦!(ノーベル賞様様) ページ数は意外にも300ページそこそこで、さらに意外なことに税込3,000円にも収まってくれているというありがたさだけで来年の翻訳大賞に推したいぐらいである









































































