溺れながら生きる 依存とケアのあいだで

144件の記録
昆布川@knbwkmmz2026年10月9日読んでる現代のアディクションの問題いろいろに触れることができる本。広末涼子、阿部慎之助、水原一平などの話題や推し活やセルフケアなどのムーブメントを絡めた話もあって興味深い。
ふく@fukunatsu2026年10月6日読了心理学依存することは、生き延びる術である。 生き延びるために、依存する。 依存するということは「自前のケア」なのである。 しかし、生き延びるための手段だった「依存」が、いつしか目的になってしまうと、生を危うくしてしまう。 男性のセックス依存性と、女性の自傷的セックス。 母親のために生きてきたアダルトチルドレン。 摂食障害、ギャンブル、戦争トラウマについて、最近あったニュースを取り上げながら解説されている。 また、オンラインカジノやホスト、推し活は短期間で依存させるための仕組みが巧みに練られているその構造。 そして、依存の背景にある時代や社会の状況であり、依存の内容も時代とともに変化してきている。 依存することは誰かに強いられたことではなく、能動的であることは興味深い。 それがないと生きられないから、能動的に依存する。 だから、他責にできなくて「私が選択した結果だから」と自分を責めてしまう。 アディクションを考える時は、本人の責任ではなく、その社会背景を考えてみる必要がある。 大切なことがたくさん書かれていて、すべては書ききれないけれど、自分と同じ苦しみを持っている他者の苦しみを聞けるグループカウンセリングは、一対一の対話よりやはり大きな効果を生むであろうこと。 だから、私はこれからも対話で集まる場を継続していこうと、そんなことを思った。

- きいろ@petitpas2026年9月30日読み終わった昨今「セルフケア」とされているもの(健康的な生活、感情管理、瞑想など)は前向きで具体的で実践的な取り組みばかりで体育会系だ、との指摘に納得。 ちゃんとしなければ、もっと向上しなければ、と改善点ばかり見つけては焦る。今までかなり自己責任論的に考えていたと思う。それ自体が言うなれば「自己成長依存」状態だったのだろうか。 著者は、自分と似た人とつながれる場、責められない場を持つことが本当のセルフケアになると言う。 「『せめて自分だけは自分をいたわってあげたい』というセルフケアを求める人たちは、自己責任論からの出口・逃げ場を求めているのだから、『もう頑張る必要なんかない』というメッセージこそ必要だろう」

- もふもふ毛布@mofu-mofu2026年9月30日買った読み終わったセルフケアは体育会系だということ、言われてみると確かにと思う。自分をケアするための時間とお金があることが前提なのに、個人の気の持ちようで何とでもなるように世間では思われている気がする。「ていねいな暮らし」とも近いものを感じる。 自分と似た人とつながるために、どういうところが似た人とつながりたいのか、そういう人とつながるにはどうすればいいかということから考えなくてはならなくて、そう簡単なことではないと思う。この点は、同じ病を抱えている人とつながりたいというような具体的なことが決まっている人よりも、何となく日々がつらいが原因はわからないという人のほうが難易度が高いのではないだろうか。そこをどうしていくかを考えていきたい。
リチ@richi2026年9月23日読み終わった自己責任というのは、幻想なのではないか、と思った。信田さよ子さんの本は何冊か読んできたが、毎回、惹きつけられるものがある。依存症を個人の問題にとどめず、社会の問題として取り上げていること、そして依存症は病であると断言しているところに、とても納得する。「依存症は近代的自己の限界を示している」とあるのは、本当に説得力がある。自発的に選択して始めたものが、意志に反してやめられなくなる、抜け出せなくなる、という地獄への道を抜け出すには、心の矢印を自分から反転させることから生まれるのではないか、というのもとても興味深い。
もえ@moet-17152026年9月17日読みたいAmazonでよくよく解説を見てみたら思っていたのと違ったけれど、それはそれで刺さりそうな内容。 依存、か。 かつてはタバコに依存していたし、推しを書いている人に認められたい・同化したい願望に突き動かされたときもあった。ODも経験済みだしなあ私。 母に昔、あんたは男でなくて良かった、男だったらアルコール依存になってたかもねと言われたように依存体質であるので、自己の危うさと向き合うためにも読みたい。



うにか@unica8062026年9月7日読み終わった2000年の著作を下敷きに、時代の変化に合わせて書かれている。 「アディクション」の時代では推し活などよくある消費活動も病理として回収されていく。 依存症よりもより広い概念を指しているようだ。 この本で依存症への理解が深まればいいなと思う。



- つみれ@tmrrr_2026年9月1日読み終わった信田さよ子先生×三宅香帆先生のトークイベントに向けて爆速で読了。 「何かに浸かり、溺れていく。ハマってしまい抜けられない」 アディクションの脆さと危うさを現実世界の問題とリンクさせ丁寧に語られた一冊。 推し活に溺れず推しと共に辛い世界を泳いでいきたい所存…と肝に銘じたトークイベントでした。
- いののすけ@inonosuke2026年8月23日読み終わった依存症やアディクションについて自分がいかに無知であったかを痛感すると同時に、自分とも関係してくるものとして考え続ける必要があるなと感じました。

猯@647k382026年8月23日気になる安易なカタカナ語が嫌いだよ〜😠😠 同じ一文で使ってるけど、「依存症」と「アディクション」は使い分けるために必要あって用いてるんでしょうね?? 流行りなので抑えときたさ
海辺で読書@seasidehotel2026年8月22日読み終わった衝撃的だった あれ?もしかして私に当てはまる? そう思うことが多かった 自覚なく被害者になり 無意識に子供にケアを求めていたり 野球監督の娘が父親に暴力を振るわれ、AIに相談。 その後児童相談所に連絡、警察沙汰になる事件があった。 そのニュースを聞いた時の自分の反応が凄く一方的だったと改めて思った 依存症 生きるための行為が生を危うくする アルコール 摂食障害 ギャンブル ホスト AD 推し活 アルコールやクスリといった物質依存が 行為のプロセスアディクション、そして認知機能そのもののアディクション化 自らの心や内面を深く掘り下げるのではなく 他者とともにある存在としての私 最後に『当事者研究』の綾屋さんと熊谷さん 浦河町の『べてるの家』 が出てきたのはやっぱり繋がっているのかと思った J.L.ハーマン『心的外傷と回復』を読みたい
もぐもぐ羊@sleep_sheep2026年8月19日気になる読みたいAyakoさんの投稿より。 今まで怖くて読むのを避けてきた信田さよ子さんの本、Ayakoさんの感想を読んでついに手を伸ばす時がきたかもと思った。 「自分に似た他者と集うことで、初めて少しは楽に生きられる」という帯分もいいな。











Ayako@aya_rb2026年8月19日読み終わったオンラインカジノの仕組みとホストや推し活の沼に嵌まらされる仕組み、そっくりそのまま同じで背筋が寒くなる。 頼ることに冷ややかな目を向け、自己責任で生きることが自立であるかのように謳い、実質体育会系な自己鍛錬であるセルフケアを能力として言祝ぐ世間。 ほんとに、この世の中で正気で生きるためには何かにアディクトするか鬱になるかしか方法がない気がして仕方がない。 金曜の本屋B&Bの配信に間に合ったので、なるべくリアルタイムで聴きたい。会うたびに靴の先(尖ってるらしい)を信田先生に踏まれる、精神的去勢です、とぼやいていた(『酒をやめられない文学研究者とタバコをやめられない精神科医が本気で語り明かした依存症の話』)松本先生が、信田先生にどう挑むのか楽しみ!








にわか読書家@niwakadokushoka2026年8月18日読み終わった@ 自宅働く業界を広げると、当たり前の共通認識が当たり前ではないことに気付く。逆もしかり。 オンラインでもオフラインでもいろんな声を見聞きする中で、視点を変えて見たいと思うことが増えているのでめちゃくちゃありがたい本だった。直接人を見続けてこられた方の視点は貴重だ。

2α@nyarnyamik2026年8月14日読み終わった感想やっぱり「母と娘」の章と「推し活」の章にふせんが多くなった 意外だったのは「摂食障害」の章にはふせんが少なかったこと 体重が一番コントロールしやすいものという感覚はあるのだが、体をコントロールすること自体が元々「母と娘」の問題だったのかもしれない(母は私の体重が増えることを異常に嫌がった、理由も知っているけど全く私には関係がないこと) あとは胃下垂なので、そもそも普通に食べてたらそんなに太らない笑 まぁ"苦労やグチをまるでゴミ箱であるかのように娘に注ぎ込"み、"母のカウンセラー役として育つ娘たち"の物語である「母と娘」の問題なんてありふれてるだろうし、娘と息子への対応の違いも散々言われてると思うのだけど、一般的にはどうなんだろう?私が興味があるから知ってるだけかな そして母はなぜ息子にはその役割を押し付けないんだろうね 「推し活」はね…うーん、冷静には難しいけれども、 "自分の出したお金によって推しが一瞬優しくしてくれる瞬間が「短期的報酬」"であり、"自発的選択がもたらす短期的報酬によって動機づけられたオペラント行動を、しばしばみずからの意志に反して、反復的に継続する状態"を"アディクション"と呼ぶのなら、現在ばっちり依存してるぜ☆って感じかな笑 ただ、ファンが"憧れて熱狂する自分を定義"していて、"自分が推す対象を「推し」と定義"するのであれば、私はファンなのかなとは思う、便宜上「推し」という言葉を使ってはいるけれども 信田氏は "私たちは、自分と似た他者=自分と同じ苦しみを抱えている(だろう)他者と集うことで、初めて少しは楽に生きられるようになる"という 当然長い臨床経験からの知見なので正しいのだろう けれどもその感覚が私にはわからない 自分の苦しみは自分固有のもので、他者の苦しみもその人固有のもので、あなたと私は違う、という感覚が強くある まえがきより しらふで、清明な意識では直面できない現状があまりに多すぎる。 でも、何かに溺れれば、わずかな時間だけこの日常から脱することはできる。 何かに溺れて、私という意識を消し去ること。 そうやってとりあえず生きていくことを、誰も責めることなどできない。 さてさて、この本を読んでるときに、推し活に入れこんだ女性が母親のお金を使い込み殺害した容疑で逮捕されました X上でも精神科医の先生方が議論されてたようですが "国内研究によると幸福感が低い女性は推し活の嗜癖化(依存化)に陥りやすい" というポストが非常に刺さりました笑 あとはこれ、置いときます 推される側であるVTuberの方の配信から "一般論としてお金が介在しないと成り立たない人間関係は発展しない" このVの方とよくコラボされる方は、ヤバいマシュマロ送ってくる他Vのリスナさんを「財布」と仰るのですが(これ意訳してますからね、何か言いたいことあれば配信なり切り抜きなり見てからにしてくださいね)、私は切り抜きでそれを聞くたびに冷静になれてありがたいです これね、私がそういう意識でいられてありがたいってことで、推し様がそうだって言ってるわけではないですからね、ホントここまで書かないと誤解されるからなぁ…本読みさんは誤解しないだろうけど
双子の山羊@yagiigay2026年8月10日読みたい@ カフェプレ金ナイトインタビューより 自分の機嫌は自分で取る、セルフケアという言葉を悶絶するほど嫌いだという著者。依存性を考える中で巡り合う、「自分のことは自分で責任を取る」という近代的価値観の根幹が否定されていくことについて。「セルフケア」の胡散臭さを言葉にしている人の本を読みたい。
ころっぺパン@andbook-562026年8月9日買った読み始めたトークイベントで「アディクション」という言葉が何度か出て来て気になるワードに。 その帰り、本屋で手に取り「買うしかない」となった。 まだ導入。読み終わったあと、どう感じるのかたのしみ。
江崎ぐりこ@ezaki-griko1900年1月1日読んでる珍しく途中まで読んだ。 私自身、摂食症の患者(患者という言葉には違和感バリバリだけど)なので、著者である信田さんには以前から注目していた。 この本は、文春WOMANに著者が記事を寄せていた頃からずっと読み続けていたので、もうすでにかなり読んだのと同じことになるのかな。 依存症には馴染みのある界隈なので、読みやすい。
















































































































