生きるための表現手引き
287件の記録
CARPEDIEM@Carpediem9112026年5月24日読み終わった@ 自宅今年読んだ本 Part.8 久々の更新・・・本を読むのは読んでるけど、なかなかまとめるって時間的にも労力的にも難しいけど、良い本読むとアウトプットもしたくなる。 ・・・ 芸術とかアートとか、何となく自分からは距離の遠いものだと思っていたし、ハードルが高かった。絵のセンスとかもないし、美術館に行くのとかも退屈で何が楽しいんだと思っていた時期が、私にもありました。そんな私も今はすっかりアートの虜になっているけど、アートそのものが生きることとつながっていて、特別にしなくていいのでは?と思わせてくれた素敵な一冊。 日常やありふれたものには価値をあまり置かれなくなってしまう世の中だけど、わかりやすく星空で例えられている。星空を彩る星座もすべてが一等星ではなく、小さな星々がたくさんあるからこそより一等星が輝くようになっている。「一等星になりましょう!」だったり、「みんながそれぞれ一等星」みたいな考え方もあるし、それも素敵なんだけど、それはまるで一等星以外価値がないみたいな風にも捉えることができてしまう。光の強さという軸だけで、価値をすべて決めて序列化してしまっていいものだろうか、そういう風にとらえられるようになった。取るに足らないことでも、自分に取って大事であれば、それをちゃんと大事にしてあげていい。どうやらこの世の中には2つの世界があるらしい。「生きる世界」と「生き延びる世界」。どちらが良いとかそういうのではなく、グラデーションで続いているものな気がする。だけど、仕事で成果を出さなければとか、客観性のある基準(お金とか)を求めて縛られたりとか、効率的に物事を進めなければとか、どんどん生き延びる世界の方に引きずり込まれてしまいがちに思う。そうではなくて、もっと自分の価値観や一人ひとり感じたこと、誰かの代わりじゃなくて自分という存在を生きるということをしていくと、何かを表現したくなる。それが自分らしさにつながり、生きるということになっていくのかもしれない。

- ども土空@domodossola2026年5月23日読み終わった問いかけの妙 ーどんな人も普通の人も語り手になれる タイポロジーもの(類型学) 例:二度と行けないあの店で←閉店、場所を覚えてない、恥ずかしくて行けない、などのストーリー ひとつのテーマが触媒→多様な物語が表出 テーマ設定が大事→つまりその時点で表現者 他にも; 捨てられないtシャツ worn stories →ものにまつわる記憶のエピソードを集めた本 問いかけが良ければ良いストーリーが出てくる たくさん集めることでアートに。 ※途中のワークを時間を見つけてこなしたい

為田裕行@tamehiro2026年5月16日ブログに書いた渡邉康太郎さんの『生きるための表現手引き』を読みました。章立ては、「手放す」→「つくる」→「続ける」。学校教育をサポートしていて、子どもたちには自分らしい表現をずっと続けてほしいと思っているので、勉強になりました。「人より上手くできないから」とかの思いを手放すのが大事、というのは本当にそうだなあ、と思いました。
はぴ@happy-reads2026年5月7日借りてきた図書館から届いた本。もはやいつなにをきっかけに見つけて予約していたのか記憶にない… 目次によると、表現系のワークショップ、講座を書き下ろしたもののようだ👀 表現活動に踏み出す、つくりだす、続ける、の3ステップの章立て。仲間をつくる(文学カフェ、シネマクラブ、ワークショップ)って項目を発見🔍このへん興味あるな!!


あお@ate112026年5月5日読み終わったP265 無意味だとしても、あなたはやりきらなければならない。世界を変えるためにではなく、あなたが世界によって変えられないために。 P270 回想しながらその女性は、人にもし役割があるとすれば、それは他者の記憶の器になることではないかと語っていました。 覚えておくこと。記憶をとどめておくこと。
バックナックル@BackKnuckle2026年3月29日読み終わった「人はなぜ表現するのか、表現とは何か、そしてどう表現するか」などについて優しく丁寧な語り口で綴られた一冊。 とてもよかった。自分は創作をしたがる人間だが、同時に「(他の人のほうが上手いのに)俺がやる必要もないな」と思いがちな人間なので、そんな迷いや葛藤に響く本でした。- ぼのぼの@bono_bono2026年1月29日読んでるページを繰るたび勇気づけられ、読書を続けるよりも何かつくりたいという気持ちに駆られる。著者よ、ありがとう。(あとで調べてみたら、想像していた風貌とかなり違って驚いた。アーバンでソフィスティケートな方だった。)


静と動@Kaz20252026年1月24日買った読み終わったまたいつか読書メモ絵を描くこととか、小説などの文章を書くこと、所謂『表現』は、孤独の中で、ゼロイチベースで作り上げていくもの、それができる人は特殊な才能の持ち主とずっと思ってましたが、この本は、そのような価値観を粉々にしてしまいました。 私はX上で他愛もないことをTLに載せたり、誰も見ることがないダイアリーを書いたりしてますが、それがもう『生きるための表現』の一部なんだなあと感慨に耽りました。 後半は世の中に根強い物語(成長神話)を一旦脇に置いておいて、それ以外の価値観や物語もありますよ、と提示されています。これはもう生きるための哲学っぽい。また時間おいて再読します。
tarot0r4@tarot0r42026年1月16日読み終わった「表現」というものについて 才能ある一部の人間に許された行為であるというような固定観念をいろいろな切り口から崩してくれる本でした。 真似ること、集めること、引き継ぐこと、いろいろな形の表現があること 巧拙や他者の評価を超えて、表現を受容するということ 自分が表現することこそに意味を持たせることができるということ 読んでみて自分もなにか表現してみたいと思いました。

shu@shu_2026年1月14日買った読み始めた昨年末に買ってあたためてた本。一章まで読んでこの本は渡邉康太郎さんそのものだと思った。読む前から素晴らしい本であるとわかっているのでゆっくり大事に読み進めたい。

- 糸太@itota-tboyt52026年1月12日読み終わった私にも「つたない」ながらも続けている趣味がいくつかある。これらを表現活動と呼ぶのはおこがましいが、渡邉さんはそんな気持ちを肯定して、それこそが大事なんだと背中を押してくれる。 大切なのは「変化」だという。目指すのは「上達」だけじゃなくていい。「下手」でもがいているからこそ、自分だけに見つけられることもあるのかもしれない。 「ひとりの人が自分の心身で感じ取った、言葉になりえない感触には、独特の意味が宿ります」 ここをもっと面白がれたら、「成長」という評価軸から逃れられそうだ。できないはずがない。だってその昔、面白そうという衝動にしたがってやり始めたんだから。 渡邉さんの授業って楽しいだろうなあ。いつか「ひとりだけの展覧会」も試してみようと思う。

tarot0r4@tarot0r42026年1月10日読んでる集めるー語られることのない個々人の物語や日常の風景を、問いによってすくい上げ、表現する 取るに足らないことこそに価値が見いだせるのかもしれない
tarot0r4@tarot0r42026年1月8日読み始めた2章に入ったところまで読みました 創作というものを、難しい、才能ある人のみに許された行為と捉えがちだが そんなことないですよと手を引いてくれるような優しい本 あと「存在」についてのエピソードがめちゃくちゃに優しくて素敵だな、と- ツン読のムシ@tsun_reader2026年1月4日読み終わった「つくる」ではなく「表現する」という言葉で生きることを考えている所に新鮮さを感じた。 まねること、集めることも1つの表現の形であるというのも面白い考え方だなと。 「弱さ、拙さにこそ自分らしさがある」っていうのは、言われてみればそうだなとハッとした。 引用されている絵や文に魅力的なものが多く、そこにも刺激を受けた。

- Jin@kanamejin2026年1月3日読んでるXでバズってたので読み進めてるけど既にめちゃくちゃ面白い。「自然」こそ予測できないものだと思ってたけど、自然科学って普遍を追求する学問だったんだ〜という学びを得た。

- muma@casa_muma2026年1月2日約2年ほど、Evernoteに日記を書き殴っている。 最初は家づくりの時の思い出を残すために。 気づけば日記が自己目的化して、出来事など書かず、頭に浮かんだ考えばかりを書いた。 頻繁に新しい考えが降ってくるようになり、これまで読んだもの・体験したことが有機的に繋がっていく愉快な感覚があった。 底なしの井戸にそうっとロープを垂らすように、書いたことを足がかりに、さらに自分の奥に奥に、自覚していなかった考えを見つけていった。もう戻ってこられない予感とともに、気づきが日の目を見る小さな奇跡体験の連続だった。 些細な心の変化へのアンテナが研ぎ澄まされたことが、社会生活ではマイナスに働くこともあった。家づくりでも職場でも、実務的な選択の連続に疲弊し、それを文字に起こすことが億劫になった。やがて日記を書かなくなった。 何かの拍子にまた日記を書くようになったが、そこには以前とは異なる何かが生まれていた。 私は、「気づき」に着地する、カタルシスありきの日記を書けなくなった。 カタルシスという言葉は、「心の中に溜まっていた澱(おり)のような感情が解放され、気持ちが浄化されること」を意味します。もともとは、アリストテレスが『詩学』に書き残した悲劇論から、「悲劇が観客の心に怖れと憐れみを呼び起こし感情を浄化する効果」をさす演劇学用語です。転じて、精神医療においては「抑圧されていた心理を意識化させ、鬱積(うっせき)した感情を除去することで症状を改善しようとする精神療法」をさします。さらに、一般化して、「心の中にあるわだかまりが何かのきっかけで一気に解消すること」をいいます。 https://dictionary.sanseido-publ.co.jp/column/第36回-カタルシス 毎日脳みその迷路に分け入って、自分の考えから憂鬱のヴェールを剥がし、新鮮なつぶつぶの幸せがありがたく収穫できることを前提にした、かつての春夏秋冬な日記の型が自分にフィットしなくなった。別のヴィークルが必要になった。 ほぼ同時に、精神の浄化を目指すタイプの劇場型小説を読まなくなった。 ぬるぬると始まり、ソフトランディングして終わる、読後に情景だけが残像として置いていかれるタイプの小説に、頻繁に手を出すようになった。 これはどういうことなのだろうか。 悲しむ、回復する、目の前の幸せに目が向けられるようになる、自分は満たされ、世界は私を祝福している。また世界から見放される、悲しむ、回復する、目の前の幸せに目が向けられるようになる、自分は満たされ、世界は私を祝福している・・・ 感情の祭りに疲れ、日常・非日常という分割にも疲れた。 小説空間の中だけに存在する永遠の保留に安らぎを見出すようになり、できればそこにずっといたいと思うようになった。 私は幸福になるためのゲームから一旦降りることにしたのかもしれない。 そんな思いを抱いていた折に出会ったのが「生きるための表現手引き」である。 渡邉康太郎さんの著書で、およそ表現に対して臆病になっているアマチュアに向けて、表現することは役に立っても/立たなくてもいいし、評価されたり/されなかったりすることが表現を始めたり/やめたりする理由である必要はない、というような優しい語り口調をとる。実際に何かをつくる時に、具体的にはどういう方法があるか、模倣とは何か、などを美術史や過去のクリエイターたちの言葉を集めながら紹介していく。作りたいという気持ちを無意識に抑圧してきた人々の声に触れている。 ガイドブックのような本で、渡邉さん自身の強い主張が出てくるわけではない。 私たちはこの本から気に入った部分を抜き出し、自分のつくるためのお守りのように使うことができる。 冒頭に書いた、私の現状と照らし合わせると、「ドミナント・ストーリー」の説明が印象的だった。 「生きるための表現手引き」(著・渡邉康太郎)p232-234 他者に受け容れてもらいたい、話を聞いてもらいたい。そのために他者からの期待に応えたい。するとわたしたちはときに、他者から期待されるであろうナラティブを内面化してしまいます。つらいという本音を隠して、「いい話」に仕立てないと聞いてもらえないのではないか。いや、しばしば、実際に聞いてもらいづらいのだと想像します。すると、他者の期待をそのまま自分の意見に据えてしまったり、そもそも気持ちを言葉にすることをやめてしまったりすることもあるでしょう。 こういったナラティブをドミナント・ストーリーと呼びます。ドミナントは「支配的」を意味します。わたしたちを支配している正論的なナラティブととらえてみましょう。 わたしたちは、自らのなかにある小さな思いや違和感、「社会の常識」と異なるかもしれない考えを、知らずからずのうちに過小評価したり、打ち消したり、気づかぬふりをしたりしています。 幸福であれ、というドミナントストーリーから抜け出し、日記の中の小さな起承転結というヴィークルから降りた先に、何が待っているのだろうか。満足する文章を書けるようになるのだろうか。
- Hiroshi Ebata@HiroshiEbata2026年1月1日読み終わった庭の話で「制作」の話が出たので、そういえば最近話題になっていた制作関連の本があったなあと読了。表現者たる自負もなければ情熱もないけれど、ここでの読書記録がひとつの制作体系となればいいなと思う。章毎の課題は実践せずに一気読みしてしまったので、ふとしたときに試してみようかな。後半部までの芸術周りの話はよく知っているものが多く、自分が読者ターゲットではないかも、と心配もしたが、最後にかけては市井の人に寄り添った中身でよかったと思う。


shiori@shiori_4172025年12月31日読み終わった“生きるための表現手引き”とあるが、「表現」というテーマを通して「生きる」うえで大切なことを教えてもらった気がする。 昨年末から読書感想をnoteにアップし始めた自分にとって、役に立たなくてもいい、ゼロイチの創作でなくてもいい、自分が感じたことを弱い光でも世界に発信し続けていい、それでも「表現」なのだと、そう背中を押してもらえる内容だった。
JH@nujamah2025年12月31日読み終わった2025年内に読めてよかった。来年こそは何かを創ろうという気にさせて貰いました。ただ、良い意味で、肩肘張らず、小さなことからでも始めたい。その過程でのReads投稿(備忘録)
Daidaigo@df21792025年12月31日読み終わった「カウンセリングとは何か」で「いかに生きるか」と「いかに生きのびるか」の対比が出てきていたが、こちらでも「生きる」と「生きのびる」が対比。流行ってるのか。下手な書き手なら「AIの対等によって~」云々が出てきそうなところ、この本では触れられない辺り奥ゆかしい。 創作に手を掛ける一歩手前の人が読むととても勇気付けられる。ただ、自分のような三歩くらい手前の人が読むと、ちょっとまどろっこしく感じられる。何でだろう、本当に今から作ろうとしている人を前にした講義がベースになってるからか?


- nao@darhadanao2025年12月29日買った読み終わった1等星のように光の強いものばかりが良しとされる。5等星や6等星を見ることができるか。 生きること、生き延びること。 生きることは、合理性や効率主義的なものではない。生き延びることはそうである。 しばしば、生きることではなく生き延びることが資本主義では重要とされるが、生きることの時間を俺は設けていきたいな。生き延びることが強ければ二元論的な思考に移る気がする。 オリジナリティとは模倣。どこまでいっても模倣。これまで、芸術においてもヒップホップにおいても、模倣やサンプリングは行われてきた。 完璧にはなれない。ズレがあること。これがオリジナリティを作る。 成長を過度に求めるようなナラティブが正とされている。成長自体の否定ではない。新しいものの見方ができるようになること、新しくできる範囲が広がることは価値。ただ、成長してもしなくてもいい。成長は副次的な産物と捉える考え方もある。 成長ではなく、変化を成果として捉える。人間的な成長については、変化を見られるようになるといいのではないか。例えば、仕事がつまらないところから面白くなるような変化を捉えるとか。 表現というのは、高尚なものではない。表現は誰しもが求めるもの。アウトプットすること。ハードルは高くない。 俺の生活の中でも、ついつい表現してしまうことが仕事にも表れていると思うし、それが代替されづらい価値なんじゃないかと思う。
清水美穂子@favoriteworks2025年12月27日買った読み終わった自分にしてはめずらしく、実用的な手引き書。 表現者として、腑に落ちるところがあった。 ニュースやSNSで話題になっていることは、社会で語る価値があるとされるものごと=お金に換えられる。でも、表現において意味があるのは、それらではなく、とるにたらないことの方で、価値基準があいまいなため、他者から簡単に理解されず、お金にも(簡単には)換えられない。 自分だからこそ伝えられること、というのがあると信じているから、とても心強く読んだ。
Bruno@macchoca2025年12月25日買った読み終わった生きることと生きのびることの対比. 『生きるための表現』は,人は誰しも表現者であることを教えてくれる. 表現は意思の産物だという思い込みを捨てれば, 人は生きているだけで, すでに何かを表現してしまっていることに気付く. 視線の向き,呼吸の間,距離感. カメラのファインダー越しに切り取られた一枚を美しいと感じるのは, 目が,身体が,世界を感じている以上に, この世界にはまだまだ美しさが落ちて転がっているからだ. とまあこうして書いている僕自身もまた,何者でもない6等星の表現者だということか.
ふるえ@furu_furu2025年12月8日読んでるどれだけ何かを真似てつくってみても、全く同じものはありえず、その差異にオリジナリティが、あるいはその種が垣間見える。何かを作ることは完全に新しく、その人でしか作れないものを目指す必要はなく、その心配を他所にどうしても個人が滲み出てしまうものなのか。 読みながら、憧れの人になりたくて真似をしてもずっとその人のようなものが作れないと苦悩する人の話を思い出す。いつ、どこで見たのか読んだのか忘れてしまったけれど、自分のオリジナリティより、誰かのオリジナリティを追い求めたい欲求と苦しみもあるのではないかと思う。































































































































































