「夫婦」不在社会
156件の記録
- さららん@s1162026年8月25日読み終わった夫婦が描かれる作品ってあまり知らず、村上春樹さんの本も読んだことが無い人間だったので、村上作品には夫婦の表現がいろいろ出てくるんだと勉強になった。まえがきに書いてあった『書籍は海のなかに沈む小石を拾い上げることに向いている』『(自分に向けて書かれた本ではないと感じた場合は書店に行って他の本を手に取ってほしい)本の海は広大だから、あなたに合う本が、この世にはきっと存在する』という表現がすごく良いなと思った。



はちみつ34@832342026年8月23日読み終わった読書メモ家族愛、親子愛や恋人同士の愛は容易に語られるが、夫婦愛はなかなか語られない。いったいなぜなのか?(夫婦に愛はない?) 小説やドラマのシーンを例に切り出し、国の制度や文化、日本人の気質といった側面から考察していく書評です。読んでいくと村上春樹の小説が読みたくなります。 夫婦愛は日々の食卓に並んでいる。決していつも派手で綺麗な盛り付けや高級素材が溢れる料理ばかりではないが、滋味深く、ほっと落ち着く味わいなのではないだろうか。
もちこ@mochiko247242026年8月21日読み終わった「夫婦間のコミュニケーション不足」というテーマの本かと思いきや、「村上春樹作品で描かれる夫婦から読み解く夫婦論」がメインの印象。 …と思って読み進んでいたら、あとがきで三宅さんご自身が「夫婦というテーマで読む村上春樹作品が裏コンセプト」と書かれていました。 村上春樹作品を読んでいたら、もっと分かりやすかったのかな。 第4章では、村上春樹から少し離れて、現代における労働と私生活との時間のバランスについて書かれていて、共働き夫婦である自分たちには耳の痛い話だったけど、勇気づけられた。 いったん仕事から離れて、夫婦や自分と向き合う時間を、臆せずどんどん奪還していこうと思った。

salguna.@3ell0fl02026年8月18日買った読み終わった特に印象に残ったのは、男性が「生産」、つまり仕事を担い、女性が「生活」、つまり家事や子育てを担うという分業が、単に役割を分けただけではなく、男性から「生活について考え、担う主体であること」をも奪ってきたのではないか、という点だった。 男性は仕事をして家族を養うことを期待される一方で、子どもをどう育てるのか、家庭をどう営むのか、日々の生活をどうつくるのかという問題については、女性ほど主体的に考えることを求められてこなかった。その結果、「家庭のことは妻が考えるもの」という構造が生まれ、男性は生活にコミットする責任からある意味で免責されてきたのではないかと思う。 私はこのことに、かなり強い気持ち悪さを覚えた。 とりわけ、男性が子どもを持つことについて自分自身の問題として考えず、黙ってしまうことと、それを許してきた社会構造について考えさせられた。女性には「母親なのだから子どものことを一番に考えるべきだ」という母性的な役割が与えられてきたのに対して、男性には「父親なのだから子どもの生活について考え、責任を負うべきだ」という要求が同じ強さでは課されてこなかったのではないか。 それは、単に男性が家事をしなかったという話ではない。人間の生活を成立させる責任が、性別によって偏って配分されていたということだと思う。 そして現代では、社会が労働力を必要とするため、女性も「生産」の領域へ進出することを求められるようになった。女性は仕事をしながら、家事や子育ても担うことを期待される。しかし、その一方で、男性が同じように「生産+生活」の両方を担う存在へと変化したのかと考えると、私は疑問を持つ。 もちろん、家事や育児を担う男性は増えている。しかし、女性の社会進出と同じほど、男性の生活領域への進出が社会構造として促進されてきたのかというと、そうではないように思う。女性だけが「仕事も家庭も」という二重の責任を引き受けることになれば、旧来の性別役割分担が形を変えて残ってしまう。 この問題を考えるうえで、『ドライブ・マイ・カー』についての考察も印象に残った。そこでは、妻が自分とは異なる「他者」であることを受け入れられない夫の姿が描かれている。 私はここにも強い違和感を覚えた。妻は夫の所有物ではない。それなのに、親密な関係になった相手について「自分なら相手のことをわかっているはずだ」「自分が知っている妻が、本当の妻なのだ」と考えてしまう。そこには、親密さと所有を混同してしまう危うさがあるように思う。 しかし、妻は夫とは別の人間であり、自分には完全には理解できない欲望や感情を持った他者である。それは妻だけではなく、恋人や親友についても同じだろう。親密になるということは、相手が自分と同じになることではなく、むしろ「自分とは異なる他者である」ことを受け入れたうえで関係をつくることなのではないかと思った。 ここまで考えると、私は自分自身の恋愛や結婚に対する欲望についても考えざるを得なかった。 家父長制が恋愛や結婚という制度にも影響を与えていることに気づいたのに、なぜ私はそれでも恋愛や結婚を求めるのだろう。 私は、恋愛や結婚という制度そのものを求めているのではないのかもしれない。私が欲しいのは、誰かに所有されることでも、誰かを所有することでもなく、自分とは異なる一人の人間と深い親密性を築き、生活をともにつくっていくことなのだと思う。 だから私は、「夫婦」という言葉をそのまま否定したいわけではない。むしろ、夫婦という関係を一度解体して考え直したうえで、それでもなお二人でいることを選びたい。 私が夢見たいのは、夫と妻がそれぞれ独立した主体であることを認めたうえで成立する、水平的なパートナーシップだ。 そこでは、「男性だから仕事、女性だから家庭」という役割分担ではなく、仕事も生活も、それぞれが自分自身の責任として引き受ける。そのうえで、二人が共有する生活については二人で責任を持つ。相手の人生を自分のものにするのではなく、別々の人間として生きながら、一緒に生きることを選択する。 そのためには、公と私を性別によって分担するのではなく、一人ひとりが仕事と生活の両方に対して主体性を持つことが必要なのだと思う。 そして私は、「傷つけない関係」よりも、「傷つくことがあっても関係を深めていける関係」をつくりたい。 相手は自分とは異なる他者なのだから、完全に理解することも、決して傷つけ合わないこともできない。それでも、相手を自分の所有物にせず、相手の異質さから逃げず、傷ついたときには話し合い、もう一度関係をつくり直していく。 そういう意味での「親密性」を、私は誰かと築いてみたい。 『「夫婦」不在社会』を読んで、私は「夫婦」という制度について考えただけではなく、自分がどのような二者関係を望んでいるのかを考えることになった。 家父長制的な夫婦像をそのまま受け入れることはできない。それでも私は、誰かと深く関わり、生活をともにし、互いに異なる人間であり続けながら一緒に生きることを諦めたくない。 むしろ、古い「夫婦」の形を疑うからこそ、私は新しい「二人でいること」の形を考えてみたいと思った。
栗太郎@hkri062026年8月18日読み終わったパートナーシップ(夫婦)というテーマの村上春樹論ときいて、三宅香帆さんを推している友人に『推したちとどう生きるか』とともに借りて読んだ。 村上春樹を読み直したくなる、面白い内容だった。 シェアのつながりである友人も大切にし、必要なときは風穴になってもらいたいなと思った。
いま@mayonakayom222026年8月15日読み終わった村上春樹論を軸にしているけど、これはドラマ『Tシャツが乾くまで』の副読本といってもよいのではなかろうか。リンクするような部分が多くて何度も振り返って読み返してしまう。 黙る夫と、ディスコミュニケーションを感じる妻。 親密性の中での傷つき。 三宅さんの本の中で『娘が母を殺すには?』に並んでかなり好きなテーマだ。
高尾清貴@kiyotakao2026年8月14日読み終わった三宅さんの本で一番おもろいかも。 子どもが産まれしなは、村上春樹の本を読むのがなんかできなかった。というか、なんか新生児をそだてながら読んじゃダメな気がしてた(そんな本を落ち着いて読む暇もなかったけれど)。その理由が整理されていたように思う。つまり、夫婦の不在が描かれた物語なので、夫婦どまんなかの状態では、近づかない方がいいと思っていたんだと思う。


buuuuchan@buuuuchan2026年8月13日読んでるテーマがすっごく面白いんだけど、 いかんせん私の理解力がなさすぎて、 文体とか、言い回しがよくわからん🫠 あと村上春樹の本が出て来すぎてて、 え?今なんの話?引用されてる本ってどんな話だっけ? と度々フリーズしてる。 これが批評なのか…私にはまだ早いのではないか…
ごんす@tkym2026年8月13日読み終わった「親密性」と「共同性」は違う。 夫婦は親密性を共有する関係であり、親密性を高める中で傷つき合うこともあるかもしれない(夫婦も他人だから)。傷を癒すには時間をかけるしかない。 夫婦のディスコミュニケーションにおいて、主な理由として描かれるのは「夫の沈黙」。それは、社会に求められる家父長制的な役割のため。 「公」的時間が「私」的時間を植民地化しているという筆者の主張にはドキドキさせられた。今の社会や企業が「あなたがこの仕事をしている意味」や「あなたの仕事のやりがい」を求めているのは、自主的に「私」的時間を「公」的時間=仕事に費やして欲しいからであると。 定年退職後、男性の方が(父含む)生きがいをなくすという一般的言説に繋がるのかなと思った。 「公」と「私」を統合していこうとする「ワーク・ライフ・インテグレーション」。いい考え方だと思う。 時間をかけて、「私」の時間を取り戻したい。


- 本を食べない山羊@goat1234562026年8月12日読み終わったファーストキスや村上春樹作品などを通して、文学に夫婦関係がどのように描かれているかを批評している一冊なのですが、このテーマで「眠り」を扱っているの、最高すぎる。


yuma32@yuma322026年8月10日読み終わった公私の公(主に仕事)が私に侵入してきやすいこの現代であえて私を大切にする。 親和性と共同性、ナイショとシェア 親和性のつながりを深めるためには傷を負わなければいけないがその傷を癒してくれるのは時間と共同性で繋がっているいわゆる第三者の存在が重要。 やはり人は1人では生きていけないし、自分が好んでいる人たち(親和性)だけでは生きていけない。

余白@Akane2block2026年8月9日読み終わった私は独身なのだけれど、最近年齢的に周りで結婚する人が非常に増えていて、私は不思議だった。どうやって結婚という選択をしているのか?どういうコミュニケーションをとっていくのか? 現代の課題に寄り添いつつ、それを紐解いてくれたのがこの本でした。三宅さんはどの本でも一貫している主張というものが糸のように見えて、それに共感できるので他の本も読んでみたいと思います。
buuuuchan@buuuuchan2026年8月9日読み始めた冒頭、推しの子の話をしていて 誰かを愛する経験をしたいという希望を叶えるのが 結婚するとかじゃなくて子どもを作ることで、 究極の愛情は母性なのかって話をしてて なるほど確かになと思った。 私は夫のことも究極に大好きなんだけどな。 比べて測れるものではないと思うのだけど、 そうじゃないのかな。ご時世的に。 じゃあなぜそんな時代に結婚したのか?とか そういった話に繋がるのかな???

Yuri@yuririri682026年8月9日読み終わった夫婦不在社会に関してうんぬんというよりも、 学生の時から読んでた村上春樹をこういう読み方もできるのか!の発見と別の新書で書かれていた「あえて書かれていないものに目を向ける」の観点が勉強になる 傷ついても時間をかけてやり過ごすのは確かに大事 でも私はもっと対話したいとも思っている



_toooofu@_toooofu2026年8月7日読み終わった親密性と共同性。親密だからこそ傷つけ合う。傷を癒すには、時間が必要。すぐに解決する必要もない… 日常的にこういう話題を話しているから、これまで断片的に触れてきたことが、一つにつながった感覚。三宅さんのあとがきにもあったけど、この本が話す議題になるだけでも、社会は少しづついい方向へ変わっていくのではないだろうか。

-ゞ-@bunkobonsuki2026年8月4日近年の創作において、「シングルマザー」はキーワードだ。「夫」という存在を喪失した家庭を描き、親子間の絆を回復する物語は消費者の胸を打つ。 本著が問うのは「なぜ『夫』『父』不在の物語が作られるのか」である。この問いは現代社会における男女間、親子間で起きている不和の問題につながる。 思えば、「女性」「母」と「男性」「夫」は意味の変容過程にかなりの差がある。前者が何度も更新していったのに対し、後者はほとんど意味を変えていない。 「女性的」という言葉は、ある時代では農業の担い手であり、ある時代では子どもの庇護者という意味があった。時代がその時の女性に求める資質を決定していたからだ。 対して「男性的」という言葉は、未だ昔ながらの家父長制的な意味を含む。それは権力を持った、金を稼ぐ、高圧的な存在である。もはや実現しようがない時代においてなお、意味が更新されていないのである。 本著のタイトル「『夫婦』不在社会」における「(夫の)不在」を私なりに解決するとすれば、それは「夫」「父親」「男性」といった人物像の更新をするべきではないかと考える。 では、人物像の更新は何によって為されるべきか? それこそ、文学の役割なのではないか。自由に世界を作り、物語を述べられる文学にこそ、その権利があるのでは。
長谷川スピン@syoseki_love_01152026年7月31日読み終わった良かったです。 端的に言うと「こんなスピード感ある時代でパートナーシップって、ままならないよね」って事なんですが、そのままならなさを結構な文学や作品を通じて理解していこうよ、という気概と優しさを感じました。 あとがきやねじまき鳥クロニクルになぞらえた章の最後の一文が特に良かったです。 私は村上春樹も好きな夫婦の婦の方なのでしみじみといいなぁと思いながら読んでいました。 とは言え、前提が「理解し合いたいが…」という方向けで「そもそも話し合う気すらないが…」という方にはもしかしたら刺さらないかも知れません。「理解し合いたいが、仕事やら何やらで最近すれ違い気味だなあ」という方にはもってこいです。 「そもそも話し合う気すらないが…」のパターンの方はもっと根本的な解決方法が載った本がおすすめかなと。この本はあくまで「文学や作品を通じて」夫婦(パートナーシップ)の在り方を考えよう!」という感じの内容なので。シリアス度合いが高い方はそちらの本を手に取るのがいいのかな、と思います。 あとやっぱり、労働史っぽい話は絶対出てくる辺り「労働と私生活」が三宅さんの大きなテーマなのかなあとも思いました。
K@fuminam2026年7月31日読み終わったどうすれば気の置けない夫婦関係のままでいられるのか?なかなか珍しい視点の本。 夫婦関係を諦めないというのはある種戦うということだと思っていて、話し合いをやめない、時間をかける、粘る、言語スキルを上げる、そういう互いの努力を続けるということだと思う。三宅さんもかなり近い考えを持たれているようで共感しやすかった。 生活世界をを植民地化する、という表現はすごく怖かったな。でも実際、最近の人々は私も含め仕事にやりがいや社会的意義を求めてしまいがちだ。何にもない時間を確保する、というのが一番難しいのかもしれない。

リーリーマン@taninu0072026年7月29日読み終わった@ 自宅面白かった 夫婦に限らず「私」でのコミュニケーションが得意な人多くはないんだろうなって 「向き合う」というのは、言葉にすると簡単だが、結構難しい
sz@c_suzu2026年7月27日読み終わった「パートナーシップという対幻想の内部で、「イエ」型でも「ムラ」型でもない──つまり家父長制に巻き込まれず、暴力や搾取の起こらないありかたで──対等な関係を結ぶことは、可能なのだろうか?」という問いに対して、男女ともに「私的な時間を取り戻すこと」という結論になっているけど、果たしてそれだけで十分なのだろうか、という感想。 私的な時間があったとして、昨今の親子関係重視の風潮をふまえると、それは夫婦の関係というより子どものために使われていくのでは。(カルテットでの「子をかすがいにしたときが夫婦が終わる時や!」的なセリフが思い出される) 少子化時代ゆえの、新・子ども中心主義的なものを乗り越えるにはどうするか、も合わせて考えないといけないよなあ。どしたらいいんやろね。
藤子@fskxx2026年7月26日読み終わった村上春樹を夫婦という観点で眺める割合は大きく、そのつもりで読んでも良いのかも。昔の作品を読み返したくなった。ファーストキスで稔がなぜああなったのかも面白かった。妻と夫の関係も、読書と労働のバランスも、ある意味近しい帰結に見えたのが興味深く、そういう意味ではなぜ働と併せて読むと尚面白いなと。読んだ著者の本の中では一番興味深く読んだ。


めあ@ameamea2026年7月25日読み終わった親子、という縦の関係が描かれたフィクションはたくさんある。 そして最近の人気作品はシングルマザーの家庭が多い。 どうしてそこに夫がいないのか。 つまり、どうして夫婦(パートナー)の関係は語られないのか。 様々な作品、主に村上春樹の小説を読みときながら 夫婦関係、そして社会での人とのつながり方を考える。 「自分のつくりだしたい輪郭を言葉によって形にすること。無言で支配しようとしないこと。それこそが、家父長制にからめとられない夫婦をつくる手段ではないか。」(p116) 言葉にすること、時間と手間をかけても想いを伝えること。 あたりまえのことのように思えるけれど、できていないこと。 あくまでフィクションの話だったはずなのに、 気がつけば自分ごととして読んでメモの手が止まらない読書だった。

ブックスエコーロケーション@books-echolocation2026年7月25日新刊入荷@ ブックスエコーロケーションブックスエコーロケーション、7月25日(土)open。11‐19時。 三宅香帆『「夫婦」不在社会』講談社 日本を席巻した物語が浮き彫りにする問題──「夫婦」の不在。どうすればパートナーシップのディスコミュニケーションは解消されるのか?これからのパートナーシップのあり方を見直すための夫婦論。







neiO@naota45102026年7月23日読み終わったあとがきにもあるように内容は 「夫婦というテーマで読む村上春樹作品」でした。 村上春樹が好きな私にはとても楽しい読書で一気読み、村上春樹のことがまた好きになってしまう不思議な本。 本書を読み終えた上で、新たな視点からもう一度読み返したくなりました。





エビでんす@evanser_812026年7月22日読んでる村上春樹で一番好きな長編は『ねじまき鳥クロニクル』だけど、本当に様々な読み方ができるんだなと。 最近だと東浩紀が戦争における加害と被害の二項対立に陥らない記憶の仕方を、この本で三宅香帆は日本社会における夫婦のディスコミュニケーションを読み解いている。 村上春樹を論じる女性批評家が出てきてくれて本当に嬉しい限り。
おとうふ@Ritty152026年7月22日読み終わった私は著者を応援している。あとがきを読んでさらに好きになった。この本がみんなで喋る議題になったらとてもら嬉しいと、いろいろな意味で話題になることを引き受けている。本当にすごいと思う。 振り返ると公の生活がすっかりメインになってしまっている。自分の傷と向き合い、心を揺らす私の時間を持ちたい。何かを生産するわけでもなく、効率を求めるわけでもない、ただ休む時間。 そんな時間を少しずつでも取り戻したい。 それから、夫婦の関係がなんだかんだ安定している理由にも改めて気づいた。 何か話し合わなければならないことが生じたとき、私は口下手でうまく言葉にできないことがあるが、夫は私が言葉にするのを待ち話を聞こうとしてくれる。 話すことを諦めずにいられるのは、待ってくれる人がいるからなのかもしれない。



も@ym2026年7月22日読み終わった村上春樹を読みたくなる。 というか村上春樹の文章だけ読んでも自力でこんな解釈にはたどり着けないような気がしたので、この本とセットでねじまき鳥クロニクルを読みたいなと思った。 あと、結局は労働って「私」を侵食するんだよな〜〜〜 うまくバランスを取りたいな〜〜〜〜くううう となった。半身で働きたい。 以下、読みながらぼんやり思ったことをメモ。 第3章で村上春樹の『眠り』を読み解く際に出てきた、 "夫は妻の「夫」であることより、母の「息子」であることを優先したのだ。" ここを読んだ時、ミュージカルのエリザベートを思い出した。 嫁いだばかりのエリザベートが姑のゾフィーにしきたりを守るよう強く言われている時、夫のフランツは母の肩を持つ。 結局この2人は関係を修復することなく物語は終わる。 ふたりの最後のデュエット曲『夜のボート』で 「いつか私の目で見てくれたなら あなたの誤解も解けるでしょう」と2人で声を合わせて歌う。 この曲は2人の別れの曲と認識していたが、実は「和解」や「ディスコミュニケーションの解消」の曲なのでは?と思った。 ミュージカルでは登場人物の思いが重なる際にデュエットを歌うことが多いが、まさか重なる思いが「私の立場になって物事を見てくれたらもっと違ってたかもしれないのにね」という夫婦関係の持続をほぼ諦めた思いとは…切ない… だが黙り込んですれ違い続けるよりマシなのかもしれない… 村上春樹の描く夫は妻と話さず黙り込むらしいが、 エリザベートはむしろエリザベートが黙り込む(というか逃げ回る)のが興味深い。 村上春樹をきちんと読んでから、黙り込む夫と話し合わない妻について考えてみたい。
雨と雨のあいだ@bochibochi2026年7月21日読んでる「親ガチャ」は経済的格差だけを表すのではなく、親子のコミュニケーションのあり方も含めた概念であるとの指摘。 ヨコ(夫婦)ではなくタテ(親子)の関係が重視される世の中で、親の役割を引き受けることの重みも増す。
yt@yt2026年7月21日読み終わった「なぜ現代日本の物語から「夫」という自意識が消え、父が不在になり、親子の絆ばかりが過剰に描かれるのだろう?」(p34) 家族というだけでは見えてこないので、親子と夫婦の関係を考える。 「村上春樹という作家を、自分のなかでどう捉えていいのか、いまもよくわかっていない。自分が読み続けるなかで、考え続けたい作家であることはたしかなのだが、そのなかでも私はおそらくこの「眠り」という小説について考えたくて、この作家について何かを書こうとしているのだと思う」(p140-141) 村上春樹に家父長制や戦後日本を背負わせるのは終わった。 文芸批評家の手くせのようで、読書体験からかけ離れているから。 たとえ本人が意識していたとしても、文学からはもう少し無意識の領域に耳をすませたい。 「だからこそ。しかし、だからこそ、だ」(p228) 「私」としての時間を取り戻すためには、意識して時間をかけることしかない。









頑な鰯@katakuna_iwashi2026年7月17日買ったこちらも店頭予約して購入。夫婦のありかたはずっと心に留めている私のだいじなテーマ。楽しみです。そういえば、村上春樹『カンガルー日和』を事前に読むことを勧められていたのに買ってもいない。さがそう。































































































