なぜ人は締め切りを守れないのか
160件の記録
ジクロロ@jirowcrew2026年1月9日読んでるプロジェクトの最中にいる人というものは、情動を信頼する速度が遅いのだ。 (p.127) 自己が自らの人生を語る過程で、当事者としてだけではなく、あたかも他者が自分を評価するかのような二人称的な視点を内在化する。これは一見すると自己理解の深化をもたらすかのように見えるが、同時に自己の感覚や記憶が外部の期待や社会的規範に染められるリスクがある。 (p.167) 二人称の情動におもねる物語。 自身の情動は脇に据える、物語をプロジェクトとすると、「我と汝」、その二人称を誰に据えるかが問題となる。 自分自身であれば、ただの主観。 自分自身を贔屓にする者を据えれば、茶番。 自分自身を卑下する者を据えれば、自傷。 この二人称を、完全に客観性とするには神。 手の届くかもしれない希望とするには師。 その「師」と言える人物に、生身の人間に 出会えるかどうか。 なれるかどうか。 つまるところ、物語もプロジェクトも イデオロギーありきの言語遊戯。 本来の自分の情動、それを取り戻すことが 最も困難なのかもしれない。 そしてプロジェクトに鈍らされた情動を 磨きなおすことが、一番の生き甲斐なのかもしれない。 だから締め切りを守らない。そして本を読む。
- 羊@hitsuji01192025年12月31日読み終わった職場はいわゆるJTCなのだけど、子育てへの配慮が少し進んできて、子育てをしながら時短、時差出勤、在宅勤務をしながら働く人がそれなりの数いる。プロジェクトの時間と、生きている時間を合わせるための工夫と言えると思う。 一方で、それは本社だから可能なことで、工場勤務の人には難しかったりする。工場では、合理性、組織性や全体性を優先する。そうした場所で、どのようにすれば、生きている時間とプロジェクト時間を調節できるだろうか。


中村@boldmove332025年12月26日読み終わった「なぜ人は締め切りを守れないのか」という問いに対して、本書は、「私たちの〈生きている時間〉と〈締め切りの時間〉がいつもずれているから」と応答する。時間は普遍のものではない。特定の制度や装置(=〈時計〉)によってデザインされる政治的なものである。その代表例が「プロジェクト」であり、これこそが〈締め切りの時間〉を作り出していると筆者は論じる。 俺はほとんど仕事のないプロジェクトに配属されて、毎日が退屈で苦しい。プロジェクトそれ自体の終わりは見えているが、業務の締め切りが緩やかすぎて、俺の〈生きている時間〉に追いついていない。労働者にとってこの事態はひじょうに喜ばしいことなのに、自分の成長を実感できない。それが苦しい。視点を変えれば、これまで俺は外部から与えられたプロジェクトによって、成長させてもらえていたとも言える。筆者の提案する「プロジェクトいじり」(p. 129)は今の俺にとって有意義な提案だった。あと、「丁寧な暮らし動画で映される暮らしは、どうみても嘘である」(p. 141)と言い切っていておもしろかった。なお本書で展開される議論の一部は、難波優輝(2025)『物語化批判の哲学』と重なる。セットで読むとよさそうだ。 > 本当は大切な誰かとゆっくり時間を過ごすべきなのに、あるいは趣味に没頭したいのに、スマホの通知に呼び出された経験がある人は多いだろう。それは価値あることを優先したのではなく、期限を、ひいては締め切りを優先してしまったのである。(p. 70) > 全ての仕事が、誰がやっても同じになるよう分解され、交換可能な状況でこそ、資本は労働者に対して強い立場になる(あなたの代わりはいるのだから)。他方で、労働者としては、自分にしかできない仕事を持っていることは、会社と交渉する際の心強い武器となる。資本と労働者は、労働過程をめぐって、知識や経験を賭けた攻防を行っているのである。(p. 113) > だから、プロジェクトの時間に巻き込まれたとき、私たちはいち早く情動を信頼することが大切だ。プロジェクトから退散するなら、早ければ早い方がいい。(p. 128) > 「迷惑がかかる」[......]この種の発言は、言い方はそれぞれ違えど、ただ「暴走したプロジェクトの皺寄せをみんなで被ろう」と言っているにすぎない。一見、誰か関係者のことを思いやっているようでいて、実は人間よりプロジェクトが優先されているだけだ。人間がさき、プロジェクトはあと、なのだ。(p. 132)



monami@kiroku_library2025年12月25日買った大学生の時、どうにか時間論で卒論を書けないかあくせくして、結局どうにも歯が立たなくて諦めた。 なので、本屋で偶然この本を見かけて、パラパラめくって大興奮。 今まで『時間の言語学』、『時間の比較社会学』、『空間の経験』、『魔の山』などで時間についてとっかかりみたいなものを得てきたけど、この本が一番自分が気になっていた概念に近い気がする!読むのが楽しみ!





- さみ@futatabi2025年12月6日読んでる1章まで 「直線的なマジョリティの時間」を過ごせないことで代わりのようになくなっているのであろう空の時間 『虚弱に生きる』とつながるところがありそう、と思いながら読みすすめている 数年前に「なんか人生進んでないな?」と思ったけど、「人生が進む」という考え方もまた何かに支配されている


睡眠時間@yomuyomu2222025年12月4日読んでる読み終わった借りて読み始めた、めちゃくちゃ面白い 自分の生きている時間と、相手が生きている時間が違うのに、締め切りという同じ枠組みが設定されるから合わないのが当たり前。だけど会社と社会はそれを許さない仕組みになっている…というのが刺さって一瞬私は何をしてるんだろうと思った。 でも、だから諦めるんじゃなくて、時間をデザインして私たちがなるべくすり減らないようにしていくたくましい姿勢をなくさないようにしたい。 思考停止になっちゃいがちだからこの時間って心地いい?って考えるようにしたい。その心地よさは別に何かを生産してなくてもいい。 73 私たちはいつも「忙しい」。人生規模のやりたいことになかなか向き合えない理由についても、「最近忙しいから」だと理由づけたことは誰にでもあるだろう。だが、それは、大事なことに取り組んでいるから忙しいのではない。逆である。無意味なことに引っかかってばかりいるから忙しいのである。 81 時間のデザインとは、一言でいえば「私たちが生きる時間の枠組みを意図的に再設定する行為」である。 256 死という締め切りは、私たちの<いい時間>を生み出すために、おそらく必須の不幸な要素なのだ。私たちにとってもっとも不幸なものが幸福の条件になっており、死という締め切りは私たちにとって不愉快な幸福の蝶番なのである。

はな@hana-hitsuji052025年11月23日気になる読みたい時間とか締め切りって、一回でも守れないと人としての信頼が地に落ちるのはわかってるから、川の流れに逆って平泳ぎしてるくらいの努力でいつも守ってる。 でもそれのまあしんどいこと。 人が軽々と15分前行動したり締め切り数日前に記録や書類を提出しとるというのに、彼らが準備する倍の時間をかけて同じことを達成努力するのでとにかくとっても疲れる。 時間守らなくてもいいっては思ってないけど。








nagiuni@hannarina2025年11月18日気になる私は締め切りを守らないと気持ち悪く期限のあるものは先に取り掛かる 反対に夫は締切なんて守らないのが普通と言って常に締め切りを幾つも抱えている その差は一体どこからきているのか



















































































































































