日記をつけて何になる?
173件の記録
みゆ@ant12bb212026年4月12日読み終わった@ 自宅私は小さい頃から書くことが好きだったので、日記や手帳はずっと書いているけど、それをかたちにしてみたいと思ったことはないので「第四章 自分のために日記を編む」「第五章 自分の日記を売るということ」は、いまいちピンとこなかったのが正直なところ。いろいろな人の日記本を読んではドキドキしたりしているのが今は楽しい。 「日記アイ」がまだまだ磨かれていないんだな、と自分の日記を眺めながら思う。とはいえ、この平凡な日常をずっと書き続けているのはきっと自分の中に何かがあるのだろう。その何かは分からないけれど。 「やめることはデトックス」という言葉や、付録の「日記ワークショップの記録」での書かなかったことを話し合うというのが素敵だと思った。

- 垣花つや子@tsuyakodayon2026年4月9日読み終わったとても慎重に、でも風通しのよい形で「日記」「日記本」への扉になるよう書かれた本だと思った。慎重さと風通しのよさが両立しているのがすき。読んだことで他者(過去の自分も含む)の記録や日記への触れ方、自分がどんな呼吸をしながら出会っていくのか、たのしみになった。



m@kyri2026年4月4日読み終わった@ 図書館以前読んだ『増補版にき』が土台にあるのかなと思いながらもそれより充実した内容でとてもよかった わたしも毎日日記をつけているわけではないけど毎日つけていないからといって「日記がつづかない」とは別に思っていなくて、飛び飛びでもつづいてるには違いないじゃんと思うタイプなので「日記がつづかない」と悩む人たちのこと、ストイックだな…と思う やっぱり日記をつけた人が亡くなってしまうことによる日記のおわりには心がざわついてしまうよねと思った でもそれは未完の日記ではなく完全な日記だと言い切る著者にちょっと救われた 日記は奥が深い、わたしは自分の日記を本にしたいとは思わないけど、書くことはずっと続けていきたいし、いろんな人の日記を読みたいし、好きな人たちがみんな日記を書いてくれたらいいのにって思う やっぱり日記はいいなあ









仲西森奈@mit_valentin2026年4月3日読み終わった"小説の登場人物の不安に共感することはあっても、それは作者によって設計された感情です" p.187 そうだろうか。そうだっただろうか。そうなのか。とここで立ち止まった。本書ではこのくだりで日記の「未来を知らない不安」という特徴について述べられている。それはたしかにそう。けれど小説は、そうか。小説は。 ある一定の物書きは、小説においても「未来を知らない不安」を抱き書いているのではないかな、と思った。しかしそれはあくまで初稿を書いているときの話なのかもしれない。(書き手本人以外の)読み手へパッケージとして作品が受け渡されるときにはすでにその不安は消え、"設計された感情"になっている、ということなのだろうか。そんな気もするし、そうだろうかという気もする。なんにせよ、わたしが日記下手(と自認している)である理由がなんとなく掴めたような気がする。記録と制作/創作。本書を読みながら頭の中にあったのは「これは小説の創作論としても読めるのではないか(というかまさしくそうなのでは)」という思いで、それはわたしが記録するように日記以外を書いているから、なのかもしれない。そして「このようにして日記へ人を手招きできるのなら、小説(を書くこと)へ人を手招きすることもできるな」とポジティブに思った。まとまらないけれど、そんな感じ。









仲西森奈@mit_valentin2026年4月3日読んでる内容と関係あるようなないような話だけど、あれだけ"自伝的小説"を量産してきた室生犀星はおそらく日記を書いていない/日記本を出していないのだよな(犀星の小説を私小説ということには個人的になぜかブレーキがかかる)。それは時代的な理由ももしかしたらあるのかもしれないけれど、犀星はきっと日記が書けなかったのではないかな、と、読みながらふと思った。それはなぜ?と問われても勘でしかないのだが。






ぶっく@book12026年3月31日読んでる眠れなくなる夜中思い切って起きてしまい読む。菓子パン2個は余計で罪悪感。 多分私はこれ自体を日記としたいと思っている。いろいろな場所に日記(と呼べるような文章)を書く先を持つことは私にとって可視化はされない依存先を多く持つこと。





くまこ@iitenamoko2026年3月31日読み終わった日記をつけ始めて22年経った。日記本を読むことも好きだ。それはなぜだろうかと改めて考えてみた。日記をつけるのも読むのも、つまるところ「自分とはどういう人間なのか」を考えるためだと思う。日記をつけて自分の考えを整理したり、他者の日記を読んでその人の行動や思考に触れて自分との違いを比較する。そうして自分について知っていく。その行為が楽しいのだと思う。とことん内向き性格だなぁ。 また「思い出す」という行為も好きだ。日記は(基本的に)過去のことを思い出して書くものだ。普段考え事をしていても、これから起こることより、すでに起こったことを考えている。なぜ未来より過去を考えてしまうか分からない。でもその方が安心する。自分のそういう性質にも日記はぴったりくる。 本書を読んで、「日記」についてじっくり考えるきっかけになった。私にとって日記をつけることはもはや日常。






柿内正午@kakisiesta2026年3月14日家の支度を終えてからみなを待つあいだ、プロレスを追いかけたりもしていたが主に本を読んでいた。待機時間というのはやたら捗る。この日は応接の時間を除けばほとんど読書で、『「いまどきの若者」の150年史』を読み、『ゲンロンy』をちょっと触り、献本いただいた『日記をつけて何になる?』を読み終えた。蟹の親子さんの日記論は、日記を「つける」のであって「書く」のではないところが肝腎である。蟹の親子さんの文章表現はわりとややこしい「私」を練り上げているのだけれど、そのくせ日記に対してのスタンスは驚くほどケロッと恬淡としており、そのギャップがいつも面白い。その正体が「書く」と「つける」の区分にあるのだと腑に落ちる内容だった。そのうえで、あえて日記で「書く」をやりたがる自身の趣味判断について久しぶりに考えることになったが、まとまってはいない。日記本への意欲が満ち引きしているが、やっぱり作るかなという気分に傾くいい機会にもなる。 2026.03.14



























































































































































